クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

日本がらみの珍品オペラ

2007年08月31日 | 作品を語る
前回のトピックで、ラモーの歌劇<ピグマリオン>に言及した。今回は、そこから連想された珍しいオペラを一つ、まず採りあげてみることにしたい。サン=サーンスの歌劇<黄色い王女>(1872年・初演)である。作曲家のジャポニスム趣味が反映された44分ほどのこのオペラ、実はストーリーの前半部分がラモー作<ピグマリオン>の展開によく似ているのだ。

{ 序曲に続いて、まずレナ(S)という女性が登場。彼は画家コルネリス(T)を愛しているのだが、彼の方はイメージの世界に思い描く日本に憧れていて、ほとんど病的なほどにのめり込んでいる。若い日本女性の肖像画に「ミン王女」という名前をつけ、彼はありったけの愛情を注いでいる。そのことを知っているレナは、強い嫉妬心を歌う。(※ここでいきなり、古い日本語らしき歌詞が日本的な旋律に乗って歌われるのだが、これがよく分からない。「うつせみし かみに たえねば あれいて あさ なげくきみ さかりいて わが こる きみ わがこいん きみぞ きぞぬ よいめに みえ つる」【注1】。)

続いてコルネリスが登場し、神秘の国・日本への強い憧れを歌う。それを聴いたレナは失望し、「彼は幻想の恋に没頭している。私のことなど眼中にない。もう終わりね」とあきらめの心を歌って、いったんその場を去る。

コルネリスは、怪しげな薬の入ったフラスコとグラスを持ち出す。その薬を飲んだ彼は、ミン王女の肖像画に向かって歌いだす。「愛しい王女よ、どうか、命あるものになっておくれ」。(※心を持った生身の女性を無視して、倒錯愛の男がイメージ世界の美女に入れ込むというここまでの展開は、ラモーの<ピグマリオン>にそっくりだ。ところで、このコルネリスの祈りの歌、これは結構美しいアリアに仕上がっていてなかなかの聴き物である。)

薬による幻覚が始まる。夢に見た憧れの国・日本へと、彼の心はトリップする。「何という妙なる音楽!いざ、想像の楽園へ」。彼の目の前には戻ってきたレナがいるのだが、彼には、「命を吹き込まれたミン王女」がそこにいるように見える。熱烈な愛を訴えるコルネリス。(※ここでコルネリスが言う「妙なる音楽」は、美しい女声合唱によって歌いだされる。で、その日本語による歌詞がなかなか凄い。「アナタ ワドウ ナサイマシタ? コニツィワ ヨイ テン キデ ゴザイマス」。www )

やがて幻覚から醒めて正気に戻ったコルネリスは、目の前にいるレナへの愛を確信し、ミン姫の肖像画などどうでもいい気持ちになる。喜ぶレナと愛の二重唱が始まり、めでたし、めでたしのハッピー・エンド。 }

という訳で歌劇<黄色い王女>は、ちょっと勘違いしているような部分はあるものの、神秘の国・日本に対して当時の一部ヨーロッパ人が抱いていた憧れみたいなものが素直に表現された、なかなかの傑作だと思う。プッチーニの歌劇<蝶々夫人>はともかくとして、日本を題材にしたオペラ系の作品にはあまり感心できる物が無いから、よけいにそう感じられるのだろう。

例えば、アーサー・サリヴァンの喜歌劇<ミカド>など、もう困ったチャンの代表と言っていいように思う。これについては随分昔NHK―FMでハイライトだけ聴いたことがあるが、とにかくトホホの一語だった。ひたすら変てこな音楽が流れる中で、『宮さま、宮さま』のメロディが途中で混じってきたりする。それだけでも十分苦笑させられるのだが、登場人物たちの名前がまた失笑モノ。ヒロインの名前がヤムヤムっていうのもさることながら、ナンキプーだのピープブーだのって、一体何なんだ?どこにそんな名前の日本人がいるんだよ?ドリフのコントじゃあるまいし。ダメだ、こりゃ。w

変な名前の日本人が出て来るといえば、レオナルド・バラダの<欲望の街>もその一つ。これは1997年に作曲されたばかりの比較的新しい作品だが、ここにはトコポコという名の日本人が登場する。そんな名前がどこにあるかあ、という義憤(?)はとりあえず抑えよう。主人公のジョニーと商談をするためにやってくるこの一風変わった人物は、「天皇の特使であると同時に、トヨタ自動車の社員」という設定。(←大丈夫か?そんなことして。w )彼の目当ては、自社製の車のためのガソリンをジョニーから買うことである。フォード車とトヨタ車の優劣を比べつつ、「奥様に日本のキモノをお贈りしましょう」などと巧みに話を進める。当作品の前編に当たる<ハングマン、ハングマン!>ともども、キワモノ好きの方にのみお勧めしておこう。ただし、背景に流れる音楽はかなりオチャラカなものなので、間違っても純粋な感動などを求めたりしないように。

そう言えば、歌劇<カヴァレリア・ルスティカーナ>がとりわけ有名な作曲家ピエトロ・マスカーニにも、日本を舞台にしたオペラがある。これは、ご存知の方が多いかも知れない。歌劇<イリス>である。実はこのオペラ、現段階で私は未聴なので何も語れない。登場人物の名前がキョートやオーサカだったりするので、まあ、ある程度は推して知るべしかなとも思うのだが、このオペラが大好きという方もおられるので、未聴の私が勝手な評価を下すわけにはいかない。ちなみに、当作品の中では、テノール役のオーサカが歌うセレナータ『窓をあけよ』がとても良い曲だ。この素敵な1曲を含んだパヴァロッティの《ヴェリズモ・オペラ・アリア集》(L)は、長年にわたる私の愛聴盤だった。

【注1 2017年2月23日 付記】

つい先日、この不思議な歌は『万葉集』に元ネタがあることを知った。以下、「万葉集入門」サイトから戴いたコピペ。現代の日本人にとっても難解な物ゆえ、外国人には尚更“わけわかめ”だったろう。

{ うつせみし 神に堪(あ)へねば 離(さか)り居て 朝嘆く君 放(さか)り居て わが恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣(きぬ)ならば 脱く時もなく わが恋ふる 君そ昨(きそ)の夜(よ) 夢に見えつる 【巻二(一五〇)】

―現実の身では神の力には逆らえぬので、遠くあの世に離れてしまったと、朝も私の嘆く君。放れていても私の恋する君。君がもし玉ならば手に巻いて離さずに持ち、衣ならば脱ぐときもないほどに私の恋する君と、昨日の夜夢で逢えましたね。 }

【2019年1月8日 追記】

この記事を投稿してから、およそ11年半。時代は変わった。サン=サーンス(Saint=Saens)の<黄色い王女(La princesse jaune)>、サリヴァン(Sullivan)の<ミカド(Mikado)>、マスカーニ(Mascagni)の<イリス(Iris)>・・・これらすべての全曲録音が現在、Youtubeで普通に聴けるようになっている。バラダ(Balada)の<欲望の街(The town of greed)>全曲は無いようだが、姉妹作<ハングマン、ハングマン(Hangman,Hangman!)>の全曲映像が載っているので、<欲望の街>もそのうち、YouTubeで鑑賞できる日が来るかもしれない。興味の向きは当該サイトでそれぞれを検索し、お楽しみいただけたらと思う。

【2019年3月27日 追記2】

マスカーニの歌劇<イリス>については、この記事を投稿してから約9年3ヶ月後(2016年12月9日・金曜日)、NHK-FMで同オペラの全曲公演が放送されたのを録音し、初めて全体を聴くことが出来た。あらすじ等は他のサイトで既に紹介されているので省略するが、音楽的には、開幕の壮麗な合唱(但し、全然日本的ではない物)と、上に書いていたオーサカのセレナータが主な聴きどころになっているようだ。
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