前回からの続きで、エルケルの歌劇<フニャディ・ラースロー>の後半部分の展開。
〔 第3幕 〕・・・ブダ城内にある王の部屋
国王ラースロー5世が王の孤独感と苦悩を吐露し、マリアに対する熱い思いを歌う。総督ガラがそこへ来て、王に進言する。「反逆者フニャディ・ラースローの処刑を命じていただければ、我が娘マリアはあなたのものです。私はあの反逆者から直接、暗殺計画のことを聞きました。奴は結婚式にあなたを呼び、そこであなたを殺害しようとたくらんでいるのです」。若く未熟な王はあっさりと、その言葉を信じてしまう。「伯父のツィレイを殺されたときにも、余はフニャディ一族に慈悲をかけてやった。それが今度は、余の命を狙うというのか。許せぬ!ガラよ、フニャディ・ラースローの処分はお前に任せる」。王の部屋を出た後、ガラは一人ほくそ笑む。「ふん、恋にうつけた男ほど、だましやすいものはないわ。これでマジャールの国土は、我らガラ一族のものだ」。
場面は変わって、城の庭。ラースローとマリアの愛の二重唱に続き、舞台は結婚式の場へ。来客たちが新郎新婦をたたえ、チャルダーシュの踊り手が幸せな二人を祝って踊る。しかし、突然武装した男たちが式場に乱入し、ガラの命令でラースローを謀反人として逮捕する。愕然と立ちつくすマリア。
(※以前、モニューシュコの歌劇<ハルカ>を語ったときにも触れたが、国民歌劇によく見られる“お約束”の一つである民族舞曲が、ここにも登場する。ハンガリーの踊り『チャルダーシュ』である。今回は映像版を鑑賞しているので、目で見る楽しみが大きい。何組かの男女ペアが並んで華やかなダンスを披露してくれるのだが、特に男性の足捌きに独特な味わいを感じる。ハンガリーっぽさ、とでも言うのだろうか。そう言えば、チャイコフスキーのバレエ<白鳥の湖>に出てくる『ハンガリーの踊り』も、だいたいこのような振り付けでやっているような気がする。)
(※しかし、それにしても、「幸せな結婚式の最中に、いきなり無実の罪で逮捕されて投獄される」というこの主人公の不幸を、いったいどんな言葉で表現したらよいのだろう。捜査も検証も一切なければ、この後裁判も行なわれないのである。まさに、“中世的野蛮”という言葉を絵に描いたような状況だ。そしてオペラはここから先、非常にスピーディーに場面が進んでいく。悲劇の幕切れに向けて、一直線である。)
ブダ城の牢獄。ラースローは自分がひどい罠にはめられたこと、そして未来の希望を失ったことを嘆く。そこへ警備兵をうまく買収したマリアがやってきて、彼を安全な場所へ解放するために仲間たちが外で待っていることを伝える。ラースローは喜ぶが、部下を引き連れたガラがそこへ現れ、二人の希望を打ち砕く。マリアは外へ引き立てられていき、ラースローは処刑場へと連れ出される。
聖ジェルジの広場に、断頭台が設置された。厳粛な葬送行進曲が流れる。エルゼベトは激しい悲しみに打ちひしがれ、息子のために祈りながら、彼を捕えた者たちをののしる。処刑台に立たされたラースローは身の潔白を訴えるが、死刑執行の時がやってくる。
首切り役人が3回、ラースローの頭上から斧を打ち下ろす。しかしなぜか、いずれも失敗に終わる。ラースローは立ち上がり、「不正を認めない神が、執行人の力を奪ったのだ」と叫ぶ。続いてエルゼベトと群集が、「お慈悲を!ラースローに解放を」とガラ総督に訴える。しかし、ガラはそんな声をまったく聞き入れず、「もう一度やれ」と執行人に命じる。そしてラースローはついに、斬首されて果てるのだった。
(※以上で、歌劇<フニャディ・ラースロー>のストーリーは終了。ところで、音楽面でのお話で、実は一箇所気になっていることがある。最後の第3幕にはマリアが歌うカバレッタというのがあるはずなのだが、この映像ソフトにはそれが出てこないのだ。映画版としての収録時間の制限があったのか、それとも使用楽譜の違いによるカットなのかは不明だが、ちょっと残念な気がする。フルート・ソロを従えたその興味深い一曲には、ドニゼッティの<ルチア>に出てきそうなソプラノの技巧的パッセージが使われていて、作曲家エルケルの拠りどころが何であったかがよく分かるのだが・・。)
―という訳で、エルケルのオペラは主人公フニャディ・ラースローの悲惨な死によって幕を閉じるが、この政争劇にはまだ続きがある。それはおおよそ、次のような展開だ。
{ 傷心の母エルゼベトと彼女の兄(あるいは弟)のミハーリが、国王ラースロー5世に対して怒りの蜂起を起こす。王はラースローの弟マティアスを人質にとってプラハへ逃げるが、結局その地で客死する。18歳にも満たない夭逝であった。ガラ総督と彼の部下たちは、自分たちの影響力を維持しようと政治的な妥協を行い、フニャディ・マティアスを国王とすることに同意する。時は1458年。マティアス・コルウィヌスというラテン語名で知られることになる新しい国王は、その後1490年にこの世を去るまで、大いなる権威をもって国を治めた。彼は政治面での賢さに加えて、深い教養と芸術への愛情を備え、ハンガリーのルネサンス王として歴史に名を残すこととなったのである。 } (※ネット上の英文サイトで見つけた文章をもとに、ブログ主が訳出。)
フニャディ家の長男ラースローは非業の死を遂げたが、彼の弟であるマティアスがしっかりと、その後を補ってくれたようである。無慈悲な幕切れに愕然としたオペラ鑑賞者にとっては、この後日談が少しばかり気持ちの救いになると言えるかもしれない。なお、日本語版・ウィキペディアによると、マティアスという名はハンガリー語ではマーチャーシュのように発音され、コルウィヌスはフニャディ家の紋章である鳥のカラスに由来する呼び名だそうである。興味の向きは、そちらのサイトで「マーチャーシュ・コルヴィヌス」の項を御覧いただけたらと思う。
―次回も、フェレンツ・エルケル(※ハンガリーの語順なら、エルケル・フェレンツ)のオペラ。作曲家円熟期の力作を、一つ。
〔 第3幕 〕・・・ブダ城内にある王の部屋
国王ラースロー5世が王の孤独感と苦悩を吐露し、マリアに対する熱い思いを歌う。総督ガラがそこへ来て、王に進言する。「反逆者フニャディ・ラースローの処刑を命じていただければ、我が娘マリアはあなたのものです。私はあの反逆者から直接、暗殺計画のことを聞きました。奴は結婚式にあなたを呼び、そこであなたを殺害しようとたくらんでいるのです」。若く未熟な王はあっさりと、その言葉を信じてしまう。「伯父のツィレイを殺されたときにも、余はフニャディ一族に慈悲をかけてやった。それが今度は、余の命を狙うというのか。許せぬ!ガラよ、フニャディ・ラースローの処分はお前に任せる」。王の部屋を出た後、ガラは一人ほくそ笑む。「ふん、恋にうつけた男ほど、だましやすいものはないわ。これでマジャールの国土は、我らガラ一族のものだ」。
場面は変わって、城の庭。ラースローとマリアの愛の二重唱に続き、舞台は結婚式の場へ。来客たちが新郎新婦をたたえ、チャルダーシュの踊り手が幸せな二人を祝って踊る。しかし、突然武装した男たちが式場に乱入し、ガラの命令でラースローを謀反人として逮捕する。愕然と立ちつくすマリア。
(※以前、モニューシュコの歌劇<ハルカ>を語ったときにも触れたが、国民歌劇によく見られる“お約束”の一つである民族舞曲が、ここにも登場する。ハンガリーの踊り『チャルダーシュ』である。今回は映像版を鑑賞しているので、目で見る楽しみが大きい。何組かの男女ペアが並んで華やかなダンスを披露してくれるのだが、特に男性の足捌きに独特な味わいを感じる。ハンガリーっぽさ、とでも言うのだろうか。そう言えば、チャイコフスキーのバレエ<白鳥の湖>に出てくる『ハンガリーの踊り』も、だいたいこのような振り付けでやっているような気がする。)
(※しかし、それにしても、「幸せな結婚式の最中に、いきなり無実の罪で逮捕されて投獄される」というこの主人公の不幸を、いったいどんな言葉で表現したらよいのだろう。捜査も検証も一切なければ、この後裁判も行なわれないのである。まさに、“中世的野蛮”という言葉を絵に描いたような状況だ。そしてオペラはここから先、非常にスピーディーに場面が進んでいく。悲劇の幕切れに向けて、一直線である。)
ブダ城の牢獄。ラースローは自分がひどい罠にはめられたこと、そして未来の希望を失ったことを嘆く。そこへ警備兵をうまく買収したマリアがやってきて、彼を安全な場所へ解放するために仲間たちが外で待っていることを伝える。ラースローは喜ぶが、部下を引き連れたガラがそこへ現れ、二人の希望を打ち砕く。マリアは外へ引き立てられていき、ラースローは処刑場へと連れ出される。
聖ジェルジの広場に、断頭台が設置された。厳粛な葬送行進曲が流れる。エルゼベトは激しい悲しみに打ちひしがれ、息子のために祈りながら、彼を捕えた者たちをののしる。処刑台に立たされたラースローは身の潔白を訴えるが、死刑執行の時がやってくる。
首切り役人が3回、ラースローの頭上から斧を打ち下ろす。しかしなぜか、いずれも失敗に終わる。ラースローは立ち上がり、「不正を認めない神が、執行人の力を奪ったのだ」と叫ぶ。続いてエルゼベトと群集が、「お慈悲を!ラースローに解放を」とガラ総督に訴える。しかし、ガラはそんな声をまったく聞き入れず、「もう一度やれ」と執行人に命じる。そしてラースローはついに、斬首されて果てるのだった。
(※以上で、歌劇<フニャディ・ラースロー>のストーリーは終了。ところで、音楽面でのお話で、実は一箇所気になっていることがある。最後の第3幕にはマリアが歌うカバレッタというのがあるはずなのだが、この映像ソフトにはそれが出てこないのだ。映画版としての収録時間の制限があったのか、それとも使用楽譜の違いによるカットなのかは不明だが、ちょっと残念な気がする。フルート・ソロを従えたその興味深い一曲には、ドニゼッティの<ルチア>に出てきそうなソプラノの技巧的パッセージが使われていて、作曲家エルケルの拠りどころが何であったかがよく分かるのだが・・。)
―という訳で、エルケルのオペラは主人公フニャディ・ラースローの悲惨な死によって幕を閉じるが、この政争劇にはまだ続きがある。それはおおよそ、次のような展開だ。
{ 傷心の母エルゼベトと彼女の兄(あるいは弟)のミハーリが、国王ラースロー5世に対して怒りの蜂起を起こす。王はラースローの弟マティアスを人質にとってプラハへ逃げるが、結局その地で客死する。18歳にも満たない夭逝であった。ガラ総督と彼の部下たちは、自分たちの影響力を維持しようと政治的な妥協を行い、フニャディ・マティアスを国王とすることに同意する。時は1458年。マティアス・コルウィヌスというラテン語名で知られることになる新しい国王は、その後1490年にこの世を去るまで、大いなる権威をもって国を治めた。彼は政治面での賢さに加えて、深い教養と芸術への愛情を備え、ハンガリーのルネサンス王として歴史に名を残すこととなったのである。 } (※ネット上の英文サイトで見つけた文章をもとに、ブログ主が訳出。)
フニャディ家の長男ラースローは非業の死を遂げたが、彼の弟であるマティアスがしっかりと、その後を補ってくれたようである。無慈悲な幕切れに愕然としたオペラ鑑賞者にとっては、この後日談が少しばかり気持ちの救いになると言えるかもしれない。なお、日本語版・ウィキペディアによると、マティアスという名はハンガリー語ではマーチャーシュのように発音され、コルウィヌスはフニャディ家の紋章である鳥のカラスに由来する呼び名だそうである。興味の向きは、そちらのサイトで「マーチャーシュ・コルヴィヌス」の項を御覧いただけたらと思う。
―次回も、フェレンツ・エルケル(※ハンガリーの語順なら、エルケル・フェレンツ)のオペラ。作曲家円熟期の力作を、一つ。