鑑定士と顔のない依頼人/ジョゼッペ・トルナトーレ監督
多少偏屈だが天才的な鑑定の知識を持つ男に、姿を見せない女から、両親からの遺産の鑑定の依頼が舞い込む。女は強度の対人恐怖を持つ精神障害があるようなのだが、美術品の鑑定のために屋敷に通ううちに、男はその姿を見せない女にどうしようもなく惹かれていく。そうしてある日、帰ったかに見せかけて物陰に隠れて女の姿を盗み見ることに成功する。あらわれた女は、実に美しい魅惑的な容姿をしていたのだった。男はひそかにコレクションしている女の肖像画の実在として、この強度の対人恐怖を持つ女にどうしようもなく恋に落ちていくのだった。
隠れて女の姿を見る場面など、なかなかドキドキしてしまう。もともと異常な設定の女なのだが、遺産としての持ち物にも興味があり、二重のサスペンスを楽しめる。最後のどんでん返しも驚きだが、しかしながらそういう伏線が幾重も張り巡らされていたことにも、結構驚くのではないか。後味はかなり悪いものだが、サスペンスとしてはそれなりに成功している。しかしながら、ちょっとかわいそうすぎて立ち直れない気分になってしまった。
こういう物語を見ていると、やはり恋愛ということそれ自体が、大変に恐ろしい要素をたくさん含んでいることが改めてよく分かる。普通の恋愛でもこのような恐怖感というのはたぶんあって、自分勝手な感情であるにせよ、その恐怖に打ちのめされるような経験を数多く積んでいるように思える。そういうことに何故か疎いままそれなりに年を重ねてしまった、壮年というか老人になってしまった男が、そのような残酷な恋愛の罠にまんまと陥ってしまう。それは人生の絶頂を遅ればせながら味わうとともに、一気にジェットコースターが転落するような激しい経験に違いないのだ。ああ、と思っても、もう誰も止めることが出来ないし、その傷をいやすことはかなわない。観ている人間も同じように打ちのめされて立ち直れない。そういう気分にさせられる、まったくやりきれない上手なサスペンス物語なのであった。