カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

犬はどれくらい賢いか(その1)

2014-10-11 | 散歩

 犬は賢い動物といわれる。しかしながら人を犬に例える場合は、たいていは馬鹿にしている。要するに人間の多くは、犬は人間ほど賢くはないが、という前提を置き、さらに一般的な動物と比較して、犬は賢いと考えているだろうことが見て取れる。それはそうかな、とも思うが、本当にそうなのだろうか。
 僕は幼少のころから犬とともに暮らしてきたので、犬との関係はそれなりに長い。付き合いながらいろいろと思うところはあった。犬が賢いと思うこともあるが、馬鹿だと思うことも当然ある。人間と比較してどうだという考えを持ったことは少ないが、人間だったらどれくらいの知能があるものかというのは、まったく考えないではなかった。いろいろ考えるが、人間であれば3歳くらいから10歳くらいの幅が、犬によっては認められるものがあるようにも思ったことがある。確かに賢いのだが、やはり違う種である。人間のように、という前提で賢さを図ることは、人間の能力という劣った物差しで測りえないものが多すぎるように思う。さらに人間の賢さとはなんだという問題もあり、人間が賢いのであれば、人間の中にも順列があるはずなのだ。そういう一番賢い人から一番賢くない人のどの位置に犬を置いたらいいのか問題というのを考えると、そんなに簡単にものが言えなくなる。倫理問題を無視していいのならばそれは可能かもしれないが、要するに品がなくなり、たいしたことを言わなくても、危険めいた話になりかねない。
 しかしながら犬は確かに賢いのである。それは犬が持つ能力に、人間が驚かされる程度によるということだ。犬は自分の賢さを誇示していないが、しかし時にはその自覚がある犬もひょっとするといるかもしれない。それは人間にわかりえないだけの話で、犬社会には当然のことかもしれない。わかりえないことを語ることは困難なので、人間のわかりえる誤解をもとに話を進めるということにもなってしまうが、犬はいったいどのように賢いのだろうか。また、人間の賢さというものに犬がかかわっているという説もあって、それだけ歴史的に補完し合う仲だからこそ、犬という賢さの源泉は、人間の興味あるところであるということになるのかもしれない。
 ということを考えながら杏月ちゃんに翻弄される毎日。少なくとも彼女は自分がかわいく賢いと思われている自覚は持っているに違いないのである。
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