カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

若いことは悲しいことだ   恋々風塵

2017-01-06 | 映画

恋々風塵/候考賢監督

 日本で言えば進学せず義務教育を終えて都会に働きに出てきた男女。二人は幼馴染で一つ違いらしい。男の子が先に、その後女の子が頼るように台北に出てきて働く。二人とも田舎の出で都会の波ではうまく立ち回ることができない。都会でのそのような寂しさもあってか、二人は急速に魅かれあっていく。幼く大人前もう一歩にある男女のぎこちないやり取りが静かに続く。いろいろあって、男の方に兵役の通達が来る。二人は頻繁に手紙のやり取りをすることになるのだが…。
 台湾ののどかな風景とともに、極端に説明をそぎ落として、画面だけで物語が静かに展開していく。はっきり言ってずいぶん退屈な映画だが、それがいいというファンの多い作品かもしれない。何しろ著名な監督作品だし。
 しかしながら個人的にも思い当たるようなことの多い映画ともいえる。若いころにはこのようなことは確かにある。自分の内にもイライラするような心情もあるし、自分が失敗したにもかかわらず、何か他の要因が悪いような、そのような心情がある。それが若さの本当に未熟なところなのだが、それを乗り越えるまでには、まだまだ時間が必要なのだ。
 僕は田舎暮らしの人間だから、田舎の人間に幻想を抱いていない。田舎の人間は都会の人間に比べて素朴であるとか、いい人間が多いなどというのは単に勘違いだということを知っているからだ。しかし、悲しいかな田舎の人間が都市に出ると、えてして安易に失敗してしまって、心に傷を負ってしまう。そのような不幸が繰り返されて、田舎に帰っていく人は不幸なんじゃないかと思ったりする。本当は人間関係が何より大切で、それは都会も田舎も関係が無い。都会でそれが形成できる人間と、そうでない人間がいるだけのことである。
 しかしながら若いというのは、やはりそれだけで悲しいことなのだ。彼らが本当に大人になったら、そのころの過ちをいい思い出と思うのだろうか。僕なんかは若いころに特に戻りたいなんて思わないが、あの恥ずかしさは多少は修正したいとは思うかもしれない。いや、もう触れたくもないかもな。今を生きていく厚顔さというのは、そのような過去を忘れることにあるのかもしれない。
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