カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

アリス・イン・ワンダーランド

2011-02-04 | 映画
アリス・イン・ワンダーランド/ティム・バートン監督

 これは無いんじゃないか、という批判の声があり、却って興味を持った。反骨のティム・バートンがどんなことをやらかしたのか、確かめなてみなくては。
 そうしていきなり率直な感想をいうと、ぜんぜんアリな演出ばっかりじゃなかろうか。むしろもう少し逸脱してもいいくらいな感じの、じつにバランスの良いファンタジー世界なのであった。
 「不思議の国のアリス」は妹の本棚から拝借して読んだ覚えがある。挿絵がたくさんあって、そしてやはり面白い。子供向きだとバカにしてた(たぶん僕は高校生くらいだったのだろうが)くせに意外に面白いじゃないかと思ったような気がする。翻訳の加減なのか分かりにくいところはあったにせよ、やはり名作なのだな、と思ったことだった。
 確かにそういう原作とは少しばかり展開は違うのだが、少女アリスの後日談という設定であるらしい。ずいぶん活発になっているというきらいは確かにあろうが、まあ、これはファンタジーとしての許容内とは言える程度だろう。不思議の国の住人の描き方も、そのファニーなストレンジ具合だって十分に面白い。いや、ほとんどそれだけを楽しむ映画ともいえて、だからこそこの映画はいい出来だといってしまっていいとも思う。
 このようなファンタジーは自分の想像を映像が越えきれないジレンマが残るものなのだが、キャラクターの造形は、おおむねかなりいびつである。これこそがティム・バートンの魅力ともいえて、だからこそこの映画が面白いのだと思う。主人公の女の子も最初は何だかそんなにイケてないように見えて、なかなかどうしていい味のある可愛さである。どっから探してくるのか知らないけど、そういうところがやはり上手いもんだなと思う。息子はジブリみたいだと言っていたけど、そういう作家性には共通したところがあるのかもしれない。宮崎駿も負けないくらい変人だからね。
 ところでこのような不思議の国というのは、子供時代には多かれ少なかれ誰もが行ったことのあるものだとは思うのだが、しかしながらお国柄というか、そういう習慣の上の背景があるから、必ずしも王国のような世界では無いとは思われる。はっきり言って僕は忘れてしまってどんなだったか定かではないのだけれど、ちょっとだけ思い出すのは火山のような山があった気がする。そしてたぶん山羊が居た。忘れていたはずだけど、映画を観ながらなんとなく懐かしいと思ったのも確かで、もう二度と行けないというのはやっぱり惜しいことのようにも思えるのだった。
 今の子供がどのように感じるのかは知らないが、このような具体的なワンダーランドを見せられると、それはそれなりに影響があるんじゃなかろうかとも考えられる。僕の記憶だっておそらくそれはその当時の何らかの影響があってのものだろうが、しかしそこのキャラクターは具体的なものがあってのことではなさそうである。まあ、だからなんなのだということではあるにせよ、この映画を楽しんだ子供が大人になって、もっと変な映画を作ってくれないものだろうか、というのが率直な希望である。
 (ほとんど絶望的であるにせよ)もしかすると僕だって長生きをするかもしれないので、その時はファンタジーを楽しみにするのもいいのかもしれない。
コメント
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