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カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

夏が戻ってきても歩く

2021-08-20 | 散歩

 盆にこんなに雨が降ったことなんて記憶にない。それはおそらく、僕の頼りない記憶の所為だけではないだろう。記憶だけでなく、記録にも残っていないはずだからだ。
 僕自身は、必ずしも雨が嫌いではないのだけれど、ずっと降ってもらっては、やはり困ることになる。日課のようにしている散歩ができないからだ。今年はずっと暑い日が続いて、そうしてそれを言い訳にして、目標にしている歩数に届かない日が増えていた。そういう日が続くと、万歩計の記録は残るので、何かとても残念な気分になった。そうして達成できない歩数というのは蓄積されていき、その月の目標とする歩数から、かけ離れていくのだった。足りない歩数のはずなのに、それが増えることは、何か借金の額が増えるような錯覚を起こした。そういうものは、心の片隅にだんだんと積み上がっていって、そうして僕自身を脅迫するのだ。そのまま返さないつもりか? それでお前は平気なのか?
 もちろん気の弱い僕は、そういうことが平気ではない。実際にしている借金のことは、日常では忘れているくせに、歩いていない歩数の積み上がりは、気にかかるものである。
 雨は続いていたが、時折止んでいることはある。そういう空具合を見計らって、少しでも歩こうとした。そうするとまたパラパラと雨粒が落ちてきて、慌てて元の道を帰ったりした。
 何にもやることのない日曜に、ふと雨が止んでいる。これはチャンスだと思って、まとめ歩きを断行した。それも午前も午後も。3時間くらいは合計で歩くことができた。散歩以外にもいくらかは歩くので、久しぶりに2万歩を超える歩数が稼げた。それでも全部の借金は返し終えていなかったのだが、少し見通しが明るく感じられた。まだ残りの日数から考えて、この月には見込みがある。一日に借金を増やさない頑張りはもちろん維持して、そうしてできることならば、プラス千歩でいいから超過できれば、この月はクリアができるだろう。
 読んでいる本のあとがきに、著者のコロナ禍の心労のようなことが書いてあった。親しい人とも会うこともかなわないし、研究に必要な文献を見るための図書館の制限などもあったという。そういうつらい条件の中にあって、なんとか書き上げられたということだろう。そうしてこういう時には散歩しかないといわれて、ひたすら散歩に励んだのだという。わかるよ分かるよ、まさにそんな気持ちの時、ひたすら歩くという感じはよく分かる。散歩は気分転換というよりも、何か瞑想のような心の平穏を保つような作用があるはずなのだ。それも気分よく歩くのではなく、何か励むように歩いているような場合においても、それがそれだけの目的化したとしても、自分を助けてくれるのである。でもそれだけでは何か自分を維持できなくて、例えば万歩計のような、目標の後押しがなければ自分を動かせない。人のモチベーションというものは、なかなか難しいのである。
 そうしてやっと長い雨が明けたような気がする。ああ、やっぱり心はなんとなく晴れやかになるのだな。そうして外に出てみて、あっと思った。暑いのである。青空に入道雲がぐんぐん育つように伸びていく。それは真夏のそれで、暑いのである。
 長時間歩くのは無理だ。時計を見て時間を刻んで歩くよりないと、来た道を帰っていくと、クラクションが鳴って横にするすると軽トラックが止まった。ご近所の農家のおじいさんで、僕を見かけて声を掛けたのだ。そうしてそのまま通り過ぎるのではなく、車から降りて話をし出した。僕はもう一度時計を見て、「帰らなければ……」と言ったのだけれど、「ああそれはヨカ」と言って、また話をするのだった。田舎で自由に歩くというのは、それなりにむつかしいことなのであった。
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平均歩数未達成の言い訳をする

2021-08-10 | 散歩

 何しろ毎日暑い。これくらい暑いと言い訳でも使えることになりそうだ。僕は基本的に、毎日8000歩を目安に歩くことにしている。その妨げになっている第一は、この暑さだ。8000歩歩けない日(歩くには困難だった日)というのはある。雨が降っていたり、会議が続いた上にすぐに懇親会があったり、ともかく都合が悪い日があるのだ。空き時間にできるだけ歩数を伸ばそうとするが、それなりのかたまりとして歩く時間が取れないと、一日8000歩のハードルは案外高い。実をいうと、10年くらい前は1万歩を目標にしていた時期があったのだが、これは未達成の日が増えていくにつれ、あきらめの気持ちが芽生えやすいということを発見して、目標を下げたのである。6000歩くらいなら何とか達成することが可能だったので、やはりそれより少し高い目標の方がいいとして、8000にした。ちょっと無理をして、しかしなんとか手が届くから、頑張ろうというわけだ。
 しかしながら万歩計の記録というのは、それなりに残酷である。一日8000歩というのは、未達だと借金が残る感じがある。なんとか6000くらいまで歩けていても、それが二三日つづくと平均値としての8000歩に届きにくくなる。週のカウントが7000いくらというくらいで踏みとどまっておかないと、挽回がきかない。そういうことを続けて月末になると、これがどんどん苦しくなる。月が替わるとリセットされるが、年間平均もあるし、これまでの何年もの平均がある。長いものの数値は変わりにくいとはいえ、それが少しでも下がると、今度はなかなか上がりにくい。なんとか月平均を8000歩以上でキープしておきたい。そういう思いで続けてきて、6月までは、それが達成できていた。暑いといっても、まだ何とかなったからであり、時間の確保というよりも、スムーズに外に繰り出せる気分があったのだ。
 ところがこの暑さだ。軽く昼を済ませたり、または欠食して時間を作ったとしても、とても歩く状況にない。外には出てみるのだが、吹き出す汗と、太陽の圧力に、これは身の危険を感じる。二日酔いの日であると、本当に具体的に気分が悪くなり、クラクラしてしまう。電話しながら歩いていたりすると、電話と耳の接点が、汗で大変なことになる。携帯電話がどれほどの防水がされているのか知らないが、汗で漏電する危険もあるのではないか。そんなことで故障させるわけにはいかない。
 夕方以降も、そう簡単には気温が下がらない。ましてや日差しも力が強いままだ。西日で日陰になったようなところを選んで歩く。さえぎるものがない場所にかかると、ドッと汗が噴き出す。シャツが体にまとわりついてくる。やっぱりとても歩ける状況ではないのだ。朝ならどうだという意見もあろうが、新聞読んだり体調を整えたりしなければならない訳で、通勤のために準備が必要だ。そういう時間に歩くとなると、仕事にも支障が出かねない。やっぱり現実的ではないのだ。
 そうなると夜しか適当な時間はない。でも夜には食事をとるわけで、休肝日以外はアルコールもとる。酔っぱらって夜道を歩いたところで、ろくなことになりそうにない。不審者として尋問されても不愉快だし、夜は夜で暑いのは暑いのである。また汗を補充するために飲まなければならなくなると、その分家計のやりくりも大変そうである。
 というような言い訳が増えて、未達成が少しづつ増えてしまった。なんとか挽回しようと月末にもがきはしたが、取り戻せなかった。結局二万歩近く借金が残った。
 でもまあ夏場は仕方ないかな、という気分が抜けない。昨年は7月も8月も平均8000歩は、記録を見ると達成している。昨年は頑張ったのに、今年は気持ちがそうならない。それほどの暑さがいけないのだ。いや、昨年も暑かったはずなんだけど……。
 熱中症で亡くなるのは不幸なことだが、冬に寒さで亡くなる人よりは、はるかに少ないのだという。そうすると人間にとっての最適な平均気温は、まだまだ高くてよいのだそうだ。うーん、それでも夏に外に出られない現実を考えると、やっぱり印象的には厳しいものがある。人間の感情を理性で抑えるのは、こういう意味でも難しいです。
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杏月ちゃんと心臓

2021-06-06 | 散歩

 もともと年を取ってきたな、という感覚はあった。何しろ14年と半年である。それでも杏月ちゃんの足取りが重かったわけではなく、飛び跳ねてステップを踏むように歩くさまはいつも通りだ。テリトリーの確認にも余念がなく、主要な樹木や電柱などのチェックは入念である。雌犬だが、場合によっては足を上げてマーキングの尿をかけるほどだ。どんなライバル意識なのだろう。
 土日限定というのはあるけど、少し遠出の散歩に出ることがある。時間にするとたっぷり90分。なんとなくだが、いくつかあるコースのうち、これが最適という感じにいつの間にか決まった。雨天であるとか、ものすごく暑い日でない限り、淡々とこのコースを回る。
 知り合いというか、目にする人や飼われているワンちゃんともなじみの人が増えた。その都度アヅちゃんはしっぽを振り、時には芸を披露した。相手が子供だとノリが悪くて、無視したりするが(子供は基本的に嫌いらしい)。自分より同じようなクラスの大きさの犬には特に激しく反応して、勢い良く吠えて威嚇する。どのみち本気ではないことくらいは分かるが、リードでつながっていて制されることを了解済みでこのような行動をとるのである。
 そういう具合で、この日も調子はよさそうだったのである。一通りぐるっと回って、フィニッシュに坂道を登るとき、前方に柴犬を連れて歩いている人がいる。二十メートルは先を歩いており、そうして足取りもしっかりした方で、こちらにかまう様子もない。ただし、距離はつかず離れずで、50メートルくらいだろうか、こちらはそのまま追っかけるような感じになっていた。息は荒々しく興奮した様子で、足取りも強く前に進もうとする杏月ちゃんだったのだが、ちょっと疲れてきたのか急に立ち止まって、後ろ足で顔を掻こうとしたのかどうか。そうしたらフラフラッというか、そのままバタリと横倒しに倒れてしまった。
 一瞬何が起こったか理解ができなかったのだが、あれッ、倒れたのか? という感じ。すぐにしゃがんで胡坐を組んだような足の上に持ち上げて様子を見る。意識はあるがぐにゃりとして力が感じられない。先ほどの鼻息とは裏腹に、息遣いは静かだ。体温は熱いのだろうか? それは僕も汗をかいているのでよく分からない。しかしそのように暑い中なのに、静かな息遣いというのが、大体おかしいのではないか。ぐにゃりとして力はないが、自宅までは8分くらいで歩いて行けるはずだ。そのまま抱っこして、うちに帰ろう。何かおかしいにせよ、腕の中では少しづつ反応は戻っている。
 そうして抱っこしながら歩いていると、フッという感じに急に眼の色が戻って息遣いがハッハッというかんじに戻った。腕の中でマゴマゴしだして、いわゆる降ろせ、という。しずしず地面に体を下すと、何事もなかったように歩き出した。いや、まだちょっと信用できないか。ともかく自分で歩きたいらしい。もう自宅は二三分先だ。やっぱり年なんだろうな、興奮して疲れすぎてしまったのだろうか……。
 ということがあって、やはりなんとなく元気はなくなっている感じはないではないが、翌週を迎えて家にいると、普通通り散歩に行きたがる。さて、今日は様子を見ながら短いコースで行ってみようかな、と思って外に出た。家の塀の手前までグイグイリードを引いて、急げの意志を見せている。こういうのはいつも通りだろうか。と、塀の外側の他の犬の匂いがするのだろう所を熱心に嗅ぎまわり、次へ行こうと前を向いたまま、今度は硬直したようにばたりとそのまま横倒しに倒れた。とにかく僕はびっくりしてしまって取り乱してしまったが、よく確かめるとやっぱり意識がない訳ではない。そのまま家に帰って、つれあいに話し、一緒に病院に連れて行ってもらった。
 この犬種(老犬)の場合よくあることらしく、心臓の弁の開け閉じに不調があって、一所懸命心臓を動かすにもかかわらず、脳に酸素が十分に回らなくなってしまうのだろう、というお話だった。注射して様子を見ようということになる。
 それから後日再度息が荒くなるなどして受診し、別の薬ももらってくる。家での様子は完全に変容して力がない。寝てばかりになり、水をたくさん飲む。トイレにはいく。食欲はあってご飯ばかり要求が激しい。しかし抱っこしても力が弱いし、座り方もおかしいし、歩くときに後ろ足の踏ん張りがきかない。段差を登るのも一苦労だ。ほんの最近まで、僕たちのベイビーだったのに、やっぱり犬というのは人間よりも老化が早いらしい。原因の第一は心臓にあるようだが、人間のように手術ができるものかもよく分からない。ましてや出来たとしても、それでどれくらい良くなるというのか。その後の寿命がどれくらいになるというのか。
 今はきつそうだからという理由で、むやみに抱っこさせてももらえない。実際きつそうだし、以前より明らかに嫌がっている。胡坐をかいて座っていると、必ずと言っていいほどやってきて間に座ったものだが、そういうことよりも一人で伸びあがって息を荒くして寝ている。僕らはしずかにその様子を見守っているだけなのである。

※追伸: 結局今朝、杏月ちゃんは事切れてしまった。
 これを書いたのは1日のことで、その後状態はさらに悪くなり、ずっと何も食べず、ほとんど寝たきり状態になってしまった。ただし、自分で水を飲んだりトイレには行っていた。何度も病院に連れては行ったが、一進一退、いいとも悪いとも……。息苦しそうで心苦しかったりもするが、ほとんど静かになって死んでいるのではないかと思ったりもした。そういうことを繰り返し、体のどこから出血しているかは不明だが、口からにじんでくる血で、前足やあごがゴワゴワと固まった血に覆われていった。
 深夜3時過ぎ位から呼吸の仕方というか、様子が変化し、何か吐きたいようでいて、それができず苦しんでいる感じだった。這うように時折移動し続け、ちょっと静かになったようでいて、顔をあげたようだったが……。心臓が止まっているはずなのに、何度か呼吸のようなものを繰り返して、まだ動いているような気もするが、ダメなようだった。今は、最後までよく頑張ったな、という思いである。楽になってよかったとも思っている。
 今静かになった杏月ちゃんを目の前にして、悲しいは悲しいのだが、そうして、寂しいのかどうかさえ、よく分からないのである。

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歩きスマホは危険です、が

2021-03-18 | 散歩

 多分雑誌をパラパラと読んでいての話だと思うんだが、東大のようないわゆる一流の大学の学生さんというのは、歩きスマホをする割合が少ないらしい。それというのもそうではない大学の学生というのは、大抵キャンパス内で歩きスマホをしているらしい。だからそういう大学に慣れている先生なんかが、改めて一流系の大学に行くと、学生が歩きスマホをしていないということに驚愕するらしい。
 マナーの問題なのかどうかわからないけど、街中の歩きスマホというのは、田舎ではそんなに多くはない。そもそも人はあんまり歩いていないので、それが正確な情報なのか僕には自信がないのだけれど。
 実を言うと、案外歩きスマホはしている。何しろ田舎道で車なんて通らないし、いや少しは通るけど、まずぶつかる気配がないので、何か気になったことがあると、歩きながら調べ物をしている。歩いていると、風景を見たいとかいうこともあるけど、他にやることがないから、一種の瞑想状態のようなことになって、雑念がたくさん出てくる。そういうの中に、あれは何だっけというようなことがある。それをスマホの音声で検索する。いつもそうしているわけではないが、そんなふうにして、歩きながら辞書代わりにしているスマホは重宝である。昔聞いたあの曲は何だっけ、みたいな、歌詞の一部だけとか、それがうろ覚えの英語の歌詞であっても、ちゃんと検索してくれる。本当にすごい。もっとも全然わからないものもないではないが、それは 僕の記憶の方が悪いだけのことだ。もしくは何かの勘違いという可能性もある。そういう勘違いのものまで正解として導き出せるはずはない。 
 ところで大学生の歩きスマホの件だが、要するにスマホに頼り切っている生活をしている人間というのは、三流だということだろう。 そして言いたいことは確かに分かるんだが、もしもっとはっきりとそういうものを規定したいのであれば、もう少し統計としてしっかりしたものをとるべきだと思う。せっかく明確な違いらしいものを見つけたのであれば、それをちゃんと調査するだけで、それなりの研究成果である。そして因果関係として何かを明示できるんであれば、それはある意味で大発見ではないか。でもまあ、知らないで言うことはそういうことを言いたい人と同じではあるが、そういう発見はおそらくできないだろう。いい大学は歩きスマホをしていると危険である可能性だってあるし、何か時間的に急ぎの用がある学生が特に多いだけの事情かもしれない。スマホに頼りきっていることと、歩きスマホの関連性自体も、しっかりした統計がとられていると言えるのだろうか。 そもそも二宮金次郎は歩きながら本を読んだ。僕らの子供のころは、それをえらいこととして大人から教わった。現代の歩きスマホが、それとどんな違いがあるのだろうか。
 もっとはっきりした予想を立てるとしたら、このようにスマホと一体化したような、仮に歩きスマホを自在にするような人が増えるようであれば、または歩きスマホをもっと自由にできるようにな形になるに違いなくて、そうした人たちの中から、もっと次世代を作るような優秀な人が出てくるだろう。もちろんそうしない人にも可能性はあるが、勝利するのは歩きスマホの方だろう。まあそんな予想が当たったとしても、何の報酬もありはしないが。
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バスクリンの海 五島うどん

2020-11-15 | 散歩
 朝とりあえず出発しまして、運転手さんが時間があるんで一か所寄りましょう、というところが桐教会。
 まずは目の前の島々とモスグリーンの海が素晴らしい。誰かバスクリンみたいだ、といってましたが、ほんとに着色したみたいな感じもしないではないですね。


 指さしている先は外海町(長崎)なんだそうです。皆、そこから流れてこの島に点在して移り住んできたわけです。それも人里離れた寂しい浦に集落を作って、魚を獲って生活したんでしょう。逆に言うと、逃げてきたけど、ここがフロンティアでもあったわけです。


 白を基調とした教会で、これもきれいでした。ステンドグラスの明り取りが、まるで電気の照明のように明るいのでした。


 向かいの島のどれかには人が住んでいるそうです。人が住んでいる島では、日本で二番目に小さい島だとか言ってました。そういうものなんですかね。郵便屋さんは大変でしょう。



 さて、ここで少し移動しまして、やってきたのは矢堅目の塩製造所。
 実は最初椿油の搾油作業を体験したのですが、動画しかとってなくて、なぜかパソコンでアップできないんですよ。もっと勉強します。そういう体験コーナーがあってお勉強もできて、塩づくりも見学しました。何段階も蒸発させて、塩って作るものなんですね~。


 あの岩が、通称トトロ岩。まあ、そんなように見えないではない。


 そうして、今度は昼ごはんです。
 予定表では時間通りだったのですが、店の方ではまだだったようで、しばらく付近を散策致します。



 船が一杯泊ってまして。まあ、皆さん漁業を中心に頑張ってらっしゃるんのでしょう。


 なんとなく先に見える岩が気になって近づいてみました。


 外側の海は、やっぱり雰囲気違うんですよね。あっちが高速船などの船着き場だな。


 船で、どこにでも繋がってはいる訳です。


 釣りする人には、いろんなところがポイントになるのかもしれませんね。僕にはわかりませんが……。


 実は僕はテトラポットファンなんですよ。こういう変な形のでかいやつがゴロゴロ海岸にあるのを見ると、たまらなくうれしいのです。よくもまあ重たいのに一個一個運んだものだよなあ、と感心してしまいます。でもものすごい波が来ると、これが動いたりするんですからね。自然って凄いですよ。


 と戻ってきたら、皆さんもう食事しておられました。慌てて追いつくべく、食いつきました。


 ざるうどんもツルツル旨い。


 海鮮丼もあるんです。バクバク。


 茹でたあつあつ饂飩は、卵にまぶしていただきます。
 他にもだし汁で食べるのがあるんですが、まあ、どっちも旨いんですが、物珍しさもあって、今回は卵でツルツルがよかったです。


 食べ終わったら、海童神社。クジラの骨で鳥居が模してある。


 一応お参り。安全でありますように。


 その裏の鯨見山展望台にも上りました。鯨を追い込んだ入江なども見えました。周りは椿の木だらけで、資生堂さんなんかに卸しているそうです。

 ということで観光は終了。お世話になりました。

 でもまあ時間はまだたっぷりあって、船着き場の売店は店休日だそうで、歩いて別の場所におみやげを買いに行きました(すでにあちこちで買ってはいるんだけどね)。



 漁港の街も中に入ると結構入り組んでました。通りは狭いんですよね。


 ターミナルが鯨賓館ミュージアムにもなってます。ちょっと見学して時間つぶして、地元の盟主佐田の山関の展示品なんかもありました。



 サヨナラ上五島。


 で、すいーっと長崎港に帰ってきたよ。




 皆さん、お疲れさまでした。

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なぜか龍馬。 そして海岸

2020-11-14 | 散歩

 あそこに立っておられるのは誰ね~。
 っということで、坂本龍馬ゆかりの広場なのである。銅像の彼は祈りをささげており、その方向というのが、亀山社中所蔵の木造船「ワイル・ウエフ号」が遭難した沖合に望んでいるのである。
 当時難破した船の破片がこのあたりに流れ着き、そういうものを集落の人が隠し持っていたこともあったのだという。


 釣り場としてもよさそうなところでした。実際釣りから帰ってきている人もいたみたい。魚はもってなかったような気もしたけど……。


 この後僕らもここで記念撮影しました。坂本はんは、いろんなところで銅像にされたとバイね。人気のあらす人は、あっちこっちで使われらすバイ。


 単に波に洗われただけの岩だけじゃなく、切り出されたり崩されたりしたのもゴロゴロと転がっておりました。


 まあ、そういう石の多いところというのを銘記しておいてください。


 それで、運転手さんが、このあたりの小さな集落を見てくれってことでやってきたのは、赤尾地区。石を使った家づくりのものが残っているのだということでした。 
 ははあ、なるほど。



 細い通りの両脇に、なんというのかな、下のところだけは石を板にして使ってますね、その上は木造の建物であるようです。



 それにしても建物のあいだの間隔が狭い。密集住宅の上、小さい路地が縦横にめぐってます。子供のかくれんぼには、最適の場所かもしれないです。


 こういう風にして、石文化が生かされているんでしょうね。


 さて、またちょっと移動しまして砂浜にやってきました。


 蛤浜海水浴場です。名前の通り以前はハマグリがたくさんいたんだそうですが、今はほとんどとれん、ということでした。
 仲間の一人が、以前子どもさんと一緒に来たことがあるそうで、本当にいつまでたっても膝の高さくらいの浅い海が沖の方まで続く、いわゆるとんでもない遠浅の海岸なんだということでした。今回は誰も水着も持ってきてないし、半ズボンでもないし、チャレンジする人はいませんでした。大人だもんね。


 カラスがたむろって何かつついてまして、近づいたら、打ち上げられた魚でした。食事を邪魔してすんませんでした。



 これは満ちてきているようで、もう少し引いたら、もっと砂浜の臨場感がうまく撮れたかもしれません。



 ということで、ホテルに入って食事です。温泉施設は、今夏の台風で壊れて、まだ復旧がかなわないということで、少し残念でした。高台にあるリッチな感じのホテルでしたが、コロナ対策もあるということで、時間入れ替え制の食事となりました。


 まあしかし、料理はこじゃれてて美味しかったです。


 いろいろお話はできて、いつの間にか大音声だったことと推察いたします。楽しくてよかったですが……。


 そうして二次会は部屋飲みで、ここに来る前にスーパーで買い出ししておいたものをガツガツ食い直し飲み直ししたのでした。まあ、よいところで就寝出来て、体力的には助かりました。

 ということで朝になり、同室の人は朝風呂ということで、僕は朝食前の散歩に向かいました。
 近くに野球場があるようでした。


 奈良尾というのは上五島の南側にありまして、しかし空を見ると東の空に太陽が昇ってきてまして、一瞬方角が分からなくなりました。
 まあ、入江が入り組んでいるので、そういう錯覚に陥ってしまったのでしょう。とにかく入り江がいくつもあって、漁港がそこにいくつも点在して、本当に面白いところだなあ、と思います。


 なんか偉い人なんだろうか。


 奈良尾の集落。


 泊まっていたホテルです。


 朝食もいただきました。


 後に知ったところによると、ふるさと観音公園というそうです。


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上五島を行く 頭ヶ島教会

2020-11-13 | 散歩
 訳あって、上五島に行ってきた。
 出発は長崎港。


 女神大橋をくぐります。このあたりから高速船のスピードが上がってきました。


 あのあたりが神ノ島あたりだろう。


 高速船って思ったより揺れて、とても船内を歩いて回れない。とてもじゃないけど本も読めない。会話も二対一でないとどうも難しい。つまりやることないので弁当を早々に食べた。



 写真じゃよく分からないが、水しぶきが上がって虹が出ていた。とにかく激しい。


 頭ヶ島大橋をくぐった。


 有川港に到着。



 いわゆる下五島には一時期毎年行っていたが、上へは行く機会が無かった。奈留には葬式で行ったことがあるので、今回でだいぶ征服感は増すように感じる。

 龍馬がマスクしてた。


 車に乗って、まず向かったのが頭ヶ島。
 先ほどくぐった橋を、今度は渡る。


 右側と左側でだいぶ波の高さが違う。北の方の波が荒いようだ。


 向かいに見えるロクロ島ってところから石を切り出して、教会を建てる石にしたんだそうだ。それは後程確認する。
 旧空港でシャトルバスに乗り換えて現地へ向かう。


 たぶん世界遺産になったために、いろいろ配慮があるんだろう。
 僕ら以外にもたくさんの集団観光客がいました。
 そうして着いたよ、頭ヶ島教会。確かに石造りである。


 信者さんたちのカンパなどの資金を投じて、さらに自分たちでも石を運んで、十年の歳月を要して作られたのだそうだ。大変な苦労があって、破産した人もいたらしい。そういう苦労がありながら、残っている信者さんは高齢の上に少ないのだという。
 石垣の組み方も変わってました。


 門柱なんかは日本的で、和洋折衷なんである。


 壁面の波の飾りも説明受けたが忘れてしまった。まあ、小さい教会だけど、荘厳でモダンなのだ。


 こじんまりとしながら、皆でコツコツ建てていったんでしょうね。


 マリア様もしつらえてありました。


 建物下の方には大きな穴が開いてました。
 通風孔で、湿気を逃すためなんでしょうね。野生動物が入ってこないのかな、とも思いましたが、人間が頻繁に出入りすると、面倒で住まないのかもしれませんね。


 ステンドグラスは木枠ですし、写真撮れなかったけど、室内の天井は船底を模したような作りになってまして、なかなかに凝ってました。ツバキの花らしきものが飾りに彫られてましたが、なぜか花弁が四枚(実際の椿は5枚)なのは、やはり十字架を模したものなのだそうです。


 運ばれてきた石には数字が振ってあります。間違わんごとかな。



 ということで、やっぱり立派であります。


 近くには信者の墓地がありました。


 ロクロ島を望む側はきれいな砂浜なのでした。


 ザザーン。


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万歩計が無ければ歩けない

2020-09-17 | 散歩

 夏の暑さには参る。だいぶ涼しくなったとの声があるが、日中に外出すると容赦ない日差しにさらされ、血液が沸騰するのではないかと心配になる。車の中は何℃になっているか。エアコンの効き具合によっては、そのまま死んでしまいそうだ。そうであるから、何とか建物の中でやり過ごして一日を過ごそうとしている。おかげさまでコロナ禍ということもあって、そういうこともそれなりに許されている。外に会議に出ないので、気分転換にはならないが、やっぱり仕事は内にこもっている分押し付けられることもあり、気分の重さに変わりはない。
 そういうことで太るというのはよく分かる。運動のみで太るということは無いのだろうが、体は確実になまる。そうして動かなくなると、手を伸ばせば食品にありつける世の中にあって、やはり結果的に太る、という付随現象も起こりうるのであろう。
 困ったことは万歩計の数値なのである。外に出ないので、歩数が増えないのだ。僕の場合は主に昼休みに外に出てぶらりと歩いて稼いでいたのだが、それがもうほとんどできない。一応外の様子をうかがいに出てみるが、25秒くらいで汗が噴き出てきて、結局戻ってきてしまう。頑張って数分粘る日もあるが、そういう日もあるということに過ぎない。
 さらに最近は、それなりに雨も多かった。炎天下であるか、雨天で、さらに荒天だったりする。それはつまり外に出歩くべき日ではなくて、屋内待機なのである。
 多少の雨なら傘をさして歩いてもよさそうなものだ。しかしこれも自意識のようなものが邪魔をする。雨の日にまでわざわざ傘をさして散歩するような人だと思われたくない。いや、どう思われようとかまわないはずなのだが、それは一種の酔狂めいた気分を帯びていて、そういう気分にはとてもなれないのである。
 歩かないと、万歩計の数値が伸びない。万歩計には一日の目標歩数というのがあって、僕は基本的に一日8000歩を目指すことにしている。1万歩といいたいところだが、当然歩けない日もあるのだから、少し間引いてある。それは他でもなく、万歩計というのは一日の平均歩数というのも分かるようになっているからだ。一週間の平均歩数、一か月の平均歩数、そうして年間、さらにはそのトータルとしての平均である。長い年月のものほど平均の歩数の変動は少ないが、連日歩かないでいると、一月の平均が8000歩を割るような事態を招くことになる。そうすると変動が少ないのだから、挽回も難しい。何日か数百歩なんて日が続くと、平均歩数を8000歩に戻すために、何万歩か歩かなければならない、などというデータが教えてくれることになる。それは簡単ではなく、やはり数日にわたって平均歩数を、例えば一万歩以上ということを続けていかなければ届かなくなる場合がある。その月の残り日数で割ってみて、その歩数が一万歩を大きく上回る平均値になると、これはもう毎日がたいへんである。サボってしまったツケであるが、本当にそれは、何か借金を背負わされてしまったような負担を感じる。
 結局のところ、僕は万歩計のために歩いているようなものかもしれない。しかしその強制力こそが万歩計の魅力でもある。人間は自分の意思の力のみを信用して自分を律するのは難しいのだ。万歩計という小さな魔力が、僕を今日も何とか外へ連れ出してくれるのかもしれない。
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池田の堤の思い出

2020-09-09 | 散歩

 家を出て坂を下り、愛犬の杏月ちゃんが一回目をもよおして処理をし、さらに高速道路の高架脇のアップダウンを抜けて、新しく開けつつある新興住宅地をさらに行くと、公園が見える。池田の堤である。今は整備されてそれなりに立派な公園になっており、池田湖公園と呼ばれている。
 子供のころにはこの池で釣りをする人が結構いた。整備され親水護岸の作りになっているにもかかわらず、今は釣りがなぜか禁止になっている(役場が管理すると、結局はそうしたがるのではないか。池のふちに人が寄り、水の事故が起こると厄介だと考えるのか? いや、池の鯉は放流もされていると聞くが、それらが育ち、堤干しをする時に業者に売るというから、そういうものの利権の問題があるのかもしれない。また、手ごろな釣り場として人気が出るのもまずいと考えるのかもしれない。地域住民を中心とした憩いの公園であるために、ちょっと遠方からの部外者を呼び込むことの恐れがあるのではないか。外来種の魚の放流の問題もあるし、そういう厄介ごと回避という視点に陥ると、釣りは禁止されることになるのではあるまいか)。以前は堤には、主に釣りに行くところだったように思う。遊歩道などはなかったし、葦の林が結構あって、そういうものを振り分けていって岸に行ける箇所がいくつかあって、ガサガサやって釣り場を探すと、カップルなんかがいちゃついていて、お互い驚いたりしたものだ。確かに悪いことをしてしまったかもしれない。また、一度は車が池に落ちている事件があって、ああ、やっちゃってるな、と思ったのだが、後に車中に人がいた(要するに死んでいた)ということがニュースになって、結構驚いた。その後も釣りをしている人がいて、なんだか死体を餌にした魚を釣って、それを食うのではないかと想像して、恐ろしかった。
 しかしながら正直に白状すると、僕は男の子としてはいささかこういうのはあまり得意ではない方で、ほとんど釣れた記憶がない。兄や友人は釣るが、僕の竿には何の反応も無い。つまらないから釣り場を離れてしまって、その周辺をあちこち探索した。
 そうではあるが、今は見違えるように整備されているので、僕が歩いた堤の周りの風景は一変してしまっている。何がどうなったのか、ちょっと昔を思い出せない。当時は高速道路のインターチェンジも無かったし、先にふれたように遊歩道も無かった。以前の方が堤自体が大きかったような印象があるのだが、子供のころの記憶なので、思い違いかもしれない。堤から少し上った方角に、以前の自衛隊の射撃場があったということで、薬莢を拾いに行くという話も聞いたことがあるが、僕も探してみたのだが、そんなものが落ちている気配はない。おそらく僕が歩いているところの見当違いがあったのだろうと思うが、何か金属片のようなものを拾うと、それが薬莢なのではないかと小さく興奮した。
 以前もすでに住宅地があったものだと思うが、やはり前には田んぼや畑もずいぶん残っていた。堤というくらいだから、農業用水のために作られた溜め池に違いなくて、ずいぶん古いものだという話も聞いたことがあるようだ。堤干しも見たことがあって、しかし僕は服が汚れるのを嫌ったのか(記憶がない)、実際に魚を取ることはしなかったのではなかろうか。あれは地域の子供が優先だったのだろうか。僕は隣の町だから遠慮したのかもしれない。何年かに一度干すということで、段々水が減っていって泥なのか土なのかの面積がどんどん増えて行って、あちこちに水たまりのようなところができると魚がバチャバチャと暴れている。それに人々が群がって大騒ぎで魚をつかみ取りする。鯉やフナが大量にいて、皆が大興奮している様をいつまでも眺めていたように思う。あれは何年生のことだったのだろうか。ああ、あの大量の魚たちは、何年も堤の中で生活して、そうして最後には騙されて人間に全部殺されてしまうのだな、と思った。後で稚魚など放流するのだということを聞いたが、それまではわざわざ魚が流れ着いて堤に住み着くものだと思っていたので、ある意味運の悪い奴らだったな、と考えていたのだった。ここに住み着いたものは、最後には結局助からない。そういうものは、何かの教訓めいて、印象に残ったということだろうか。
 少なくとも住むところは、先のことまで考えて決めるように致しましょう。
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雨の合間に散歩をする

2020-07-25 | 散歩

 コロナ太りという言葉もあるそうで、あまり出歩くことも無く自主的な自粛生活を送っておられる人も多いと聞く。まあ、それなりにお気の毒ではある。しかしながら僕が住んでいるのは田舎である。今年は雨が多いのでその合間を縫ってという感じにはなってしまっているが、雨のおかげで多少気温が上がっていないこともあってか、この季節にしてはそれなりに健闘して歩いているのではないか。
 さすがにザーザー降っているような時には歩いている人なんていないんだけど、小雨であるとか、曇り空であるとかすると、時間帯によってはずいぶんの人が道を闊歩している。一応傘を持っている人もいるし、合羽ではないが、少し濡れても平気な恰好を選んでおられる人もいる。少し年配のご婦人だと、数人のグループを作っている人もいるし、犬を連れている人もいる。事業所がこっちに越してきた頃にはそんなに人は歩いていなかったものだが、やはりそれなりに皆さん意識しているということなんだろう、一時期に比べると健康志向が高まっているというか、それなりに頑張って歩こうと心掛けている人が増えているのではないか。通勤中にも通りで見るし、職場で朝の準備をしているときも少し人数が増える。昼休みも人影があるし、夕方になると、またどっと人が出る。少し日がかげるころに僕も帰宅の準備をするが、その時間帯にもまた別の人々が出てくる。そうして車で自宅近辺に来ると、今度は完全にスポーツウェア姿のジョギング族などが広い通りの歩道を走ったりしている。以前はジョギングなんて都会の人しかやってなかったが、田舎の風景もずいぶん変わったものだな、と思うのである。徐々にこんな感じには変化してはいたんだけど、特に今回の騒ぎの渦中から、このような人々が格段に増えたようだ。
 今の時期は田んぼにはアオサギなどが結構いて、僕らのような散歩の人間が通ると、あまり動きが少ないながら、彼らも警戒してこちらを見ている。彼らの生態のことはよく知らないのだけど、普段は結構単独でポツンポツンと佇んでいる感じの鳥だが、まだ田んぼの稲の背が低いこの時期は、どうもいくつかつるんでいるような雰囲気がある。繁殖期というのかもしれないが、巣がどこにあるのかは確認できていない。しかしちょっと色の茶色っぽい個体が並んでいる場合があって、あれが実は雛ではないか(大きさは成体とそう変わらない)と思ったりする。それにしても、そんなに近づきもしないのに妙に警戒してグアーなどと鳴いて飛び去る姿が、不機嫌そうである。
 さて、この散歩風景もこの騒ぎの中少しだけ変化していて、それは何かというと、小学生くらいの小さい子以外は、ほとんどの人がマスクなどしていないことかもしれない。さすがに小運動をするのに不自然だし、お互いの距離はアオサギくらいは十分ある。ポケットの中にはもっているのかもしれないけれど、もうお互い必要ないでしょうオーラもすれ違う時に伝わっては来る。僕はもともとそんなことはしてなかったけど、こういう感じになるとなんとなく歩きやすさもあるように思える。なんということも考えないで歩いているが、健全な人が共通にいるような楽しさというのも、なんとなくあるかもしれない。
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図書館がまちにやってきた(遅ればせながら)

2020-05-28 | 散歩

 別段なめていたわけではないが、ちょっと反省したというか。
 実はできてから初めて、大村の「ミライON」に行ったのである。名前が気に食わないというのはあるが、だからと言ってそれは理由ではない。ふつうに僕の周りでは、図書館という人が多いので、問題はない。もうそんなに混んでないということは聞いていたので、行こうかな、とは思っていた。そうして今こそちょうどいい時期だな、と思ったら、コロナ禍ということなのか、しばらく閉まっているということだった。何の意味があるのか分からなかったが、行政のやる事なら仕方ない。もう行くもんか、とまではいかなくて、もう開いてるらしいと聞いたから、寄ってみたのだ。
 駐車場はそんなに多くは無かったのだが、それなりに人はいた。学生もいるが、高齢の人も多い。居眠りしている人もいる。働いている人も多そうで、それなりに忙しいのか。で、まあぶらりと本棚を覘くが、なるほど、確かに本は多いな。書店よりは多いな。しかし並べ方が今一つ気に食わないな。分類しているのは分かるが、やっぱりそういう分類の仕方しかしょうがないのだろうか。それというのも書店のそれと違うから、かなり見当がつかない。まあこのような分野別というのは、何か法則があるのだろうが、いや、実はその法則らしいことは分からないではないが、無理な分類がありそうなことはすぐに見て取れる。結局分類する人の悩みの種になるのではないか。そうしてぐるぐるやっていると、30分以上滞在を避けろ、などとアナウンスも聞こえる。いやまてよ、座って読んでいる人とか、勉強している人もいる。彼らが30分なんてことは無かろう。それに今ちょっと見ているだけで全体の8分の1くらいしか回ってないのではないか。
 結局もう少し集中して見なければ。とりあえず手に取る本が数冊ある。もう借りるべきか、とは思ったが、もう少し周りを見なければいけない気がする。本当にだいたいの感じすらつかめていないのが実感だ。建物が新しいのはあるが、やはり人も多いしあまり落ち着いたところではない。しかしいわゆる密集を避けているらしく椅子が少ない。こういうのはかえって緊迫を強いている。本をゆっくり見る気分にはなれない。しかし見ないことにはやはり分からないではないか。
 思ったより高価な図鑑の類はそろっていない。美術の方はあるように思うので、偏りがあるかもしれない。分野によっても、それなりに中途半端である。作家によってそろっているのにも偏りがある。なるほど一般的に人気のあるものは比較的揃っているようだが、例えば1~4巻ある本の二までしか無くてどうするんだ。まあ、借りられているということかもしれないが。人気作家のものは複数冊あるので、借りる要望によって購入冊数が違うのだろう。それは確かに要望かもしれないが、そんな本は新刊書店で買わせるべきではないのか。また、妙な一般書はあるものの、例えば新書の流れのようなものが見つけにくい。
 段々らちがあかないことに気づいて、パソコンの検索をみることにした。とりあえず絶版になっていることを知ってる本などあるのかな。二三調べたら、無かった。うーん。作家別ならどうか。やはりない本は書いてない。調べながら分かったが、詳細を見るとどこの本棚にあるか、分類先は分かる。なるほど、やっぱり分類で分かれているようだ。これが紙に印刷できることも後で分かった。その時は自分のメモ帳に記録して、いろいろ探しに行った。ついでに買おうかどうか迷っている本も検索しておいた。貸出可となっているのに、無いのが二冊あった。それ以外は、当たり前だがちゃんとあった。凄い! これはやはり慣れると便利である。それにまとまっていろいろ調べられる。夢のようだ。さすがじゃないか図書館! 
 実に楽しくて、いつの間にか足が棒のようになる。もう四時間近く経過していた。それでもまだまだほとんど見てないよ、って感じだ。だいたいのさわりは掴んだが、ほんの入り口に過ぎない。まだ借り方すらぜんぜんわかっていないのだ。
 実物を見て買うことにしたのが数冊、諦めて買わなくていい本もたくさん見つけた。買ってもたぶん読まない。ちょっと僕には難しすぎるようだ。それが分かっただけでも大収穫だ。
 さらにやはりちょっと通って読んだ方がいいような本もあるし、先々は借りるかもしれない本も物色できた。飛ばし読みでもいい本と、じっくり読むならやはり買うが、それなりに借りて読んでもいい本もあるように思えた。図書館だから借りてもいいのだ! 凄い社会だな、ほんとにここは。
 ということで結局借りることは無かったが、次の楽しみが増えた。それに帰りにわかったが、駐車場代をタダにしてくれるのだ。太っ腹だな。他の理由で駐車して、帰りに立ち寄ってタダにするやり方もできないではなかろうが、もうそういうのは一応チャラにして考えているのかもしれない。
 しかしまあ、時間に余裕がないと遊べないということも分かる。図書館というのはそういうものだろうが、こういうところがまちにあるというのは、大変な財産である。これは住んでいる人にとって、間違いなく恵まれ度感が違うはずである。棚から牡丹餅というけれど、これはまさしくそういうものなんじゃなかろうか。
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万歩計にまたまた振り回される(8年ぶりだけど)

2020-03-17 | 散歩

 また万歩計の調子が悪くなった。また、と言っても2011年の年末からなので、寿命なのかもしれない。
 最初は、もしやと思って電池を変えてみた。電池切れ前には表示があるのだが、以前にも電池切れちょい前くらいに調子の悪かったことがあったからだ。とりあえず動いてはいる様子だが、後で考えるとカウントが弱い。もっと歩いていたはずの歩数に満たない気がする。こういうのは習慣的にだいたいの感覚として分かるもので、ちょっと損した感じだ。歩いたことを認めてもらえてない悔しさのようなものがあるのだ。
 さて、それは昨日のことで、今日になるとそのことをちょっと失念していた。いつものように生活し、昼休み散歩する。途中でふと、歩数確認するが、やはりカウントが少ない。三十分歩いたのに2000歩に満たない。そんなことは無い筈だし、さらに10分以上連続して歩くと初めてカウントされる「しっかり歩行」が10分しかカウントされていない。これはもう故障であろうな、とあきらめて散歩も断念して帰ってきた。歩き甲斐が無ければ、歩いたって仕方ない(気分)。
 実はちょっと前にそのように調子が悪い時に、すでに製造中止になっていたこともあって、ネットでこの機種を買っておいたのがある。もう手に入らなくなるかもしれないのが不安だったからだ。万歩計にも相性のようなものがあって、後継機種や他のメーカーのものが、今一つ気に食わないというのもある。いっそのこと万歩計生活に頼らずに行こうかとも考えたのだけれど、なんとなく、やはり万歩計があったほうが僕のような人間にとってはいいような気もして備えていたというわけだ。
 電池を入れて作動させ、さて、とりあえずまだ昼休みの時間はあったので、試しに二つ同時にもって10分程度散歩してみた。そうしたら、何と前のヤツも普通に動くではないか。念のために再起動させてカウンターはゼロにしてみたが、誤差は100歩も無い。何故かカロリー消費が以前のものの方が0.1グラム多いのだが、理由はよく分からない。調子よく動かなくなったのは残念だから取り換えようとしているのに、ちゃんと動くと、それはそれでなんだか残念にも思うのである。複雑な人間心理である。
 しかしこれはもう、僕個人の信用問題というのがある。いつまでも二つ持って歩いているのも馬鹿らしいし、ちょっと動きが正常に戻ったように見せかけておいて、またちゃんとカウントしてくれない方が困ったことになる。僕はそういうのが嫌いである。
 というわけで、やっぱり持ち歩くのは新しいほうだけにすることにした。いつまでもこういうことに気をかけているのが、嫌なのかもしれない。そうしてちゃんと断ち切ってしまわないと、僕のような人間はいつまでもこだわってしまいかねない。それでは人生が少なくなってしまうんじゃなかろうか。
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日本橋、昼休みに桜田門

2020-03-14 | 散歩
 どんだけ好きなんだ日本橋。ってことで、ほんとにもう何度目でしょうか日本橋。この界隈では株価の暴落でてんやわんやの関係者も多いことかもしれませんが(自殺者が出ませんように)、静かな名所であるのは変わりません。将来的には高速道路は地下に潜るそうで、その時もまた見てみたいな。僕は生きているかな。


 先の東京オリンピック前に、土地買収の面倒さを省くためにこの橋の上に高速道路が走るようになったといいます。景観としては最悪だけど、下の橋の立派さは見事です。


 麒麟も見事ですね。


 先に見えるは三越です。



 古くから栄え、そうして新しいビルとも融合している街という感じですかね。


 時代がかってものものしくもあります。


 日本銀行本店です。


 さて、そろそろ戻ろうかな。
 地下に潜ると、地下道までなんか豪華だな。


 ということで、実は銀座線で簡単だったのでさかのぼったので、会議場所までは10数分。でも、出口間違えちゃった。ま、時間的には余裕ありですからね。大丈夫。


 霞が関ビルは、子供のころにはよくテレビで出てたけど(高層ビルの象徴として)、今はほかにもたくさん高いビルはあるから、目立たなくなりました。


 あっち方面が赤坂だな。


 


 さてさて、総会のほうも滞りなく進行し、お昼の弁当も豪華でした。弁当食べながらも会議は続いてますが、まあ、欠席者も多いし、なんだか気楽かな。



 お昼休みだから、また散歩に出よう。外はいい天気ですよ。


 先月も来たっけ国会議事堂。


 国土交通省ですか。


 皇居。


 法務省旧本館。


 この向かいにあるのが。


 桜田門であります。


 案内板もあります。周りではランナーがたくさん走ってます。皇居ランってやつですね。昼休みだから増えているのかな。


 向かいは警視庁。


 お濠も静かな景観。国会議事堂も見えます。


 桜田門外の変があった場所なんだよなあ、と思うと感慨深い。



 お濠のうちっかわも広々してます。




 中国だと天安門広場みたいなものだろうか。


 駅伝なんかはあの先あたりから出発するんだろうな。


 おっと、時間切れだから戻らねば。


 というわけで午後の部も頑張ってお勉強。
 結構それが収穫ありましたよ。これは帰ってからもいろいろ検討しなければ。
 ところで、プレゼンしてたある会社の人は、コロナ対策で会社が出張などの自粛を決めたそうで、それはあんまり行き過ぎだ、と発言したら、営業部でもないのに今回の出張に回されたそうです。ウケましたが、ひどい会社ですね。いや、今や日本社会がこのようなものかもしれませんが…。頑張っている人が報われる社会になるといいですね(夢ですが)。

 ということで、今回の出張は終了。お疲れさまでした。





 ちなみに帰りの飛行機はガラガラ。機内サービスは中止。毛布貸し出しも無し。機内の雑誌も無し。
 こういう客相手の会社の苦悩は分からないではないですが、自分の首を絞めているのは何かを根本的に考えたほうがいいですよ。もっとも、もう洗脳されている国民に、聞く耳は無いのかもしれませんけどね。合掌。


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朝の銀座を歩く

2020-03-13 | 散歩
 朝のSL広場。テレビのインタビュー姿もなく平穏です。


 とりあえず銀座方面に向かいます。というかお隣だし、もう入ってるのかな。


 夜は近づけないけど、朝なら平気です。


 せっかくだから中央通りを歩きましょう。


 まあ、銀座らしいっちゃそういう感じのビルが続きます。


 心なしか、歩いている人たちが、お金持ちに見えてくるんですよね。
 これが銀座SIXかな。


 ブランドのビルも続きます。


 四丁目交差点に近づいてきました。


 和光の時計台。


 信号わたって振り返ったところ。


 地下鉄銀座駅。


 松屋銀座。


 ブルガリ、ティファニー、もうキラキラだ。


 キラキラは続く。でもまあ、そろそろ銀座としては終わりかな。


 京橋のモニュメントと交番。


 これで銀座抜けたって感じになってきました。ぐっとビジネスっぽい人が増えるのです。(ここ、後で気づいたけど、家に帰ってから観た「七つの会議」の会社があったところですね)


 鍛冶橋通り交差点。




 渡る向かいにキリンがいます。


 古いビルなんで背が低く見えますが。


 近づくと風格のある高島屋。


 この高い立派なビルより向こうに行くと。


 日本橋の高速高架がみえてくるのでした。


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池袋駅前。新橋戻って、ちょい勉強

2020-03-12 | 散歩



 同じく椎名町駅から移動します。だからふたたび戻ってきたぜ、つのだじろう。「恐怖新聞」ほんとに怖かったよなあ。みんなで回し読みして怖がったものでした。


 池袋乗り換えついで、ちょとだけ外に出た。


 駅前ロータリーの妙なオブジェ。奇妙です。フランス人の彫刻家の作品だそうです。やっぱりフランス人は、どこかおかしいのかもしれません。


 かわいいバスも走ってます。


 こっちから見ても変だ。


 待ち合わせに便利な母子像もあります。


 丸の内線だったので、霞ヶ関駅下車。


 そういえばここの通路長いんだったな。通勤時は凄い人になりますが。


 ということで、やっと本番。勉強できました。


 さて、懇親会のほうは、急遽中止になったそうで(立食で一万円だったので助かりました)、さらに一緒に飲んでくれそうな人々はみな忙しいとか、別の用があるとかで、実は一人になってしまいました。(本当は嫌われているのかもしれません。まあ、それなら、どこに行っても同じ事ですが)



 いったんホテルに戻るとして、それからどうすっかな。って、別に悩んでもいないんですけど。


 ああ、工事してたビルが稼働してる。けっこう立派だな。



 ということなんですが、気分は何となく焼き鳥のほうかな。


 最初に行こうと思ってた場所は、なんとカウンターがいっぱいで断念。やっぱり新橋は底力あるな。
 で、駅前の居酒屋に適当に入りました。



 お隣の席では、上司らしい人が、部下らしい若い人を励ましながら、持論をぶっておりました。まさに日本の居酒屋だな、という感じ。奥では西洋系外国人カップル。店員さんは東南アジア系が一人、日本のニート系と、ベテラン焼き係2名、といった構成でありました。


 黒板に書いてあったので赤ウインナーも頼んでしまった。そしたらですね、説教オヤジも僕の後に注文したんですよ。なんか仲間意識でもあったのかな。そして若い人にこれがうまいんだよ! って勧めてました。うーん、その気持ちは少しわかるかな。


 そういえばポテトサラダまで注文してました。一人なんで食べすぎですな。(反省)


 後はホテルで寝るまで飲んでました。コンビニの店員さんがやはりアジアンな感じの人だったのですが、電子レンジとか手数かけてすんませんね、と声かけたら、しばらくキョトンとしたのちに、満面の笑顔になったのが印象的でした。まあ、日本の生活もつらいこともあるかもしれませんが、頑張ってください。日本人の差別になんかに負けるなよ! 

 翌朝の朝食。何となくそんなにおいしくないところが、ちょっと残念かもしれません。ここは便利なんだけど、今後は別のところにするかな。まあ、飯はコンビニにでもいいかな。


 で、すぐに会場には向かわないで、逆方向に歩きだしたのでした。



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