ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

沖縄戦集団自決の教科書記述

2007-12-19 19:02:56 | 教育
 来年4月から使用される高校日本史教科書をめぐり、教科書検定制度自体がゆれる事態となっている。文部科学省は今春、沖縄戦での「集団自決」について、日本軍の「命令」や「強制」によるものとした記述に検定意見を付け、修正を求めた。これに反発して、検定意見の撤回を求める動きが沖縄を中心に広がりつつある。9月29日に開催された沖縄県民集会には、11万人が集まったと報道され、政府はこれに対応する形で、各教科書会社による自主訂正を容認する方針に転換した。
 文部科学省は4日、教科書会社に「複合的な背景によって住民が集団自決に追い込まれた」とする教科書検定審議会の見解を伝え、再考を促した。これは事実上、検定意見撤回となるものである。当然、教科書の執筆者及び教科書会社は、「集団自決」が日本軍の「命令」や「強制」によるものとする記述を復活する訂正を申請する流れとなっている。

 教科書の記述で重要なのは、年齢に応じて教える内容として適当であることと、教える内容として史実に基づいて正確であることだと思う。沖縄戦による「集団自決」については、軍命令や軍の強制によるという見解に対し、実証的な研究を踏まえた有力な反論が出ている。なにより集団自決せよと命令した軍命令の証拠がない。今春の検定における検定意見もそのような研究に配慮し、記述内容の正確さを期したものだろう。
 軍命令とは、最高司令官が軍の部下に与えるものである。それ以外の下士官などが、何か言ったとしても軍命令ではない。軍が民間人に軍命令を出すことはありえない。民間の防衛隊の人たちが、県民に自決を促すようなことを言ったとしても、それは軍命令ではない。これに対し、軍の命令は無くとも、軍の強制があったという主張がある。しかし、強制は、拒否したり抵抗したりすれば、実力で意思を強いるというものでなければ、強制とは言えない。受け手の主観によって、感じ方が異なるものまでも強制というならば、とめどなく拡大解釈が可能になっていくだろう。慰安婦問題における「広義の強制性」と似た発想が読み取れる。

 私は、今回の政府の判断は、教科書検定制度を揺るがす大失策であると思う。私は平成8年、翌春から使用される中学校の歴史教科書に慰安婦問題が記述されることを知って、インターネット上に意見掲示を始めた。当時から教科書の記述内容をめぐって激しい応酬が行なわれ、中学校の歴史教科書に関しては、この約10年の間に、かなりの改善がなされてきた。今回の政府の対応は、こうした改善の動きを逆戻りさせ、内容の後退・悪化を招くものと思う。今後、慰安婦問題、在日朝鮮人問題、問題等に関しても、一部の国民が検定に反発すれば、そのたびに教科書の記述が書き改められることになり、教育の中立性は失われるおそれがある。
 既に広く知られているが、9月29日の沖縄県民集会は、参加者11万人と報道されたが、航空写真から参加者数を数え上げた警備会社「テイケイ」の調査では、会場全体を捉えた写真に写っているのは約1万8千人だったという。警察当局の発表でもは4万3千人だった。11万人という数字は、誇大なものと疑われている。そのような集会の政治的な圧力とマスメディアによる虚偽報道によって、教育の根本に関る政府の方針を変えることは、断じて許されない。
 以下は報道のクリップ

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●産経新聞 平成19年12月17日

http://sankei.jp.msn.com/life/education/071217/edc0712171740003-n1.htm
教科書検定審見解 軍命断定せずに評価も 沖縄集団自決
2007.12.17 17:40

 沖縄戦集団自決をめぐる高校日本史の教科書検定で、教科書会社が軍強制の記述復活を求めた訂正申請の可否を決める作業が年内決着へ向けて大詰めを迎えている。文部科学省は4日、教科書会社に「複合的な背景によって住民が集団自決に追い込まれた」とする教科書検定審議会の見解を伝え、再考を促した。識者からは「軍の直接的な命令は確認できていない」と検定意見堅持への評価が相次ぐ一方、軍強制のニュアンスを否定していないことなどを疑問視している。(小田博士)
■軍関与の例適切?
 検定審の日本史小委員会が示した見解について、ある委員は「審議会として主体的に考え方を表そうとした。『軍強制ばかり書くな』という趣旨だ」と話す。
 だが、藤岡信勝拓殖大教授は「『生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず』といった戦陣訓や手榴(しゅりゅう)弾の配布を書かせることで、軍強制のイメージが出て、事実上認めたことになる」と憤る。
 軍関与の主な例として「手榴弾の配布」「壕の追い出し」を挙げたことへの批判もある。
 現代史家の秦郁彦氏は当初の検定意見を堅持したことを評価しつつも、「集団自決の際に使われた主な武器はナタやカマなどだ。手榴弾は攻撃用の武器であり、自決に流用された例は少ない」と指摘。さらに「軍がいる場所が主戦場で危険だったため、『心を鬼にして追い出した』という軍側の証言もある」と善意の追い出しがあった事例にも留意すべきだとする。

■自決の概念否定?
 検定審の見解が「自決に追い込まれた」との視点を強調。自らの意思で自決したニュアンスが盛り込まれていないことを疑問視する声もある。
 沖縄戦に参加した皆本義博・元陸軍海上挺進第3戦隊中隊長は「戦後の風潮は旧日本軍イコール悪となっているが、当時の国民感情は『一億総特攻。竹やりでも戦う』だった。潔く自決した当時の沖縄県民の純朴で崇高な精神を侮辱している」と話す。
 中村粲獨協大名誉教授は「沖縄県民は捕虜になるより自決するという『皇民道徳』をストレートに実践した。大変痛ましい悲劇ではあるが、ユダヤ人は(対ローマ反乱の拠点となった)マサダの自決を誇りにしている」と述べ、否定的側面だけでとらえることに懸念を示している。
 検定審議会のある委員は「自らの意思で死んだという視点を排除するものではない」と強調するが、検定審の見解に沿えば「集団自決」より「(強制)集団死」の表記の方が適切ともなりかねない。

■「書かせる」検定?
 教科書検定は、学習指導要領に沿わない記述でなければ、誤った記載に修正を求めるというのが原則だ。検定審や文科省が記述の欠陥を指摘する場合、「こう書け」と具体的に指示せず、認めない理由や背景を示すのみにとどめている。
 文科省では「教科書会社に現段階での検定審の考え方を伝えただけであり『指針』ではない」と強調する。だが、検定審の見解は「…教科書記述が望ましい」として、「指針」と受け取られてもやむを得ない表現だ。
 藤岡教授は「文科省主導で多様な背景を記述させようとしており、『書かせる検定』に近い。検定意見撤回派と堅持派の双方を納得させようとしたのだろうが、いずれの陣営にも不満が残る」と指摘。さらに「教科書は確実な事実だけ書けばよい。パンドラの箱を開けてしまったのではないか」と話している。

●産経新聞 平成19年11月22日

http://sankei.jp.msn.com/life/education/071122/edc0711220335000-n1.htm
【正論】再論・沖縄集団自決 拓殖大学教授・藤岡信勝
2007.11.22 03:35

■検定再審を渡海文科相に問う 制度否定の記述訂正を認めるな

≪歴史に汚名を残すのか≫
 拝啓 渡海紀三朗・文部科学大臣殿
 率直に申し上げます。このまま推移するなら、福田首相と渡海文科大臣はあの悪名高い「近隣諸国条項」を推進した宮沢官房長官と同じ、拭(ぬぐ)いがたい汚点の刻印を文教行政に刻んだ政治家としてその名前を後世に記憶されることになります。
 渡海大臣は「9・29沖縄県民大会」直後に方針を大転換し、高校日本史教科書に「沖縄集団自決」で日本軍の「命令・強制」があったとの記述を回復しようとする教科書会社の訂正申請があればこれを「真摯(しんし)に検討」すると言い出しました。
 教科書会社各社は早速、検定意見をつけられた5社7冊のみならず検定意見をつけられなかった1社1冊までもが便乗して、11月上旬までに訂正申請を提出しました。
 例えば実教出版は、【検定前】「日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺し合いをさせ」→【検定後】「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった。」→【訂正申請】「日本軍は、住民に手榴弾をくばって集団自害と殺し合いを強制した。」と変遷しています。
 この訂正申請が承認されるなら、文科省が一度つけた「沖縄戦の実態について誤解を与える表現である」という検定意見は完全に否定され、検定前よりもさらにあくどい反軍イデオロギーに基づく歴史の虚構が教科書に載ることになります。目の前でこのような歴史の再偽造が行われ子供に提供されるのを見るのは到底耐えられません。
 ≪異例ずくめの展開≫
 大臣もよくご存じのとおり、「軍の命令」とは「司令官の命令」にほかなりません。下士官や兵士が何を言おうとそれは「軍の命令」ではありません。そして、慶良間諸島の集団自決で司令官たる2人の隊長が命令を出したという確かな証拠は何一つありません。教科書記述から「軍の命令・強制」の要素を取り除いた検定意見と検定実務には何一つ瑕疵(かし)はないのです。それなのにこれまでの事態は異例ずくめの展開です。
 第1に、実数2万人以下の沖縄県民大会が「11万人」と誤報された直後に方針転換したことです。「集会で歴史を書き換えさせる」という前例をつくることは法治国家の基礎を揺るがす最悪の「政治介入」です。
 第2に、沖縄戦については昭和57年にも日本軍による住民の「虐殺」の記述に検定意見がつき、今回と同じ撤回運動が起こって文部大臣が妥協した前例がありますが、その時でも、次期検定で県民感情に配慮すると答弁したのであって、今回のように同一検定期間内に検定意見の事実上の撤回に踏み切ったのは初めてです。
 第3に、文科省は訂正申請を出させる際、その理由を「学習をすすめる上に支障となる記載」とするよう教科書会社に示唆しました。しかし、教科用図書検定規則第13条に定められた訂正申請制度の趣旨は、検定終了時点から使用開始にいたる約1年の間に発見された誤記・誤植・脱字などについて教科書会社からの訂正申請を認めるもので、検定意見を否定するような訂正は認められていません。ところが、今回は文科省みずから教科書会社をたきつけて「学習上の支障」というこじつけで検定意見を否定する訂正申請をさせているのです。

≪見識ある人物を入れよ≫
 第4に、訂正申請を受けて教科用図書検定調査審議会が開催されたことです。本来、訂正申請の審査はあくまで検定意見の範囲内で行われるべきものであり、検定審議会を開催する必要はありません。それなのに、11月5日には、この問題を審議する日本史小委員会が開催され、集団自決に関して沖縄戦の専門家から意見を聞くこと、人選はこれから詰めることなどを決めたとされています。
 これでは、検定意見撤回運動を推進してきた特定勢力の4つの目標、すなわち、(1)検定意見の撤回(2)「軍の命令・強制」記述の復活(3)沖縄条項の制定(4)検定審議会の改組-のすべてに対して全面的に屈服・容認することになります。
 そこで具体的な提言をさせていただきます。日本史小委員会の特別委員またはヒアリングに少なくとも秦郁彦、中村粲、曽野綾子の諸氏など集団自決問題に見識と実績のある学者・研究者・作家をくわえねばなりません。そして、年内に結論を出すなどという無謀な拙速主義はやめて、結論を次回検定以降に持ち越し、時間をかけた検証と公開の討論を組織すべきです。国民の歴史認識の成熟を甘く見た対応をなさらないよう切にご忠告申し上げておきます。敬具
 (ふじおか のぶかつ)
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関連掲示
・拙稿「教科書を改善し、誇りある歴史を伝えよう~戦後教科書の歴史と教科書改善運動の歩み」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06c.htm