龍谷大学教授・李相哲氏は、令和2年3月9日付の産経新聞の記事に、武漢ウイルスによる北朝鮮有事を想定した対策を講じることを提案した。
北朝鮮は、1月22日、新型コロナウイルスの流入を防ぐため、中朝国境を封鎖した。李氏は「生活必需品の9割を中国に依存し、慢性的な食糧不足に悩んできた北朝鮮が中国との国境を封鎖し、物の流入を止めたのは自殺行為に等しい」という。「ウイルスを遮断するために物を入れなければ国中に飢餓が広がるのは火を見るより明らかだ」と。
金一族は、1990年代後半に数百万人の住民が飢え死にしても動揺しなかった。その金一族がコロナウイルスを国家の存亡にかかわる問題として受け止める理由は、「50%以上の住民が栄養失調に陥っている状況下にウイルス感染が広がれば混乱に陥り、もはや統制が効かない恐れがあること、健康不安を抱えている金正恩氏に万が一のことがあれば政権を維持できないからだ」と李氏は分析する。
そして、次のように提案する。
「この際、国際社会は北朝鮮のエリート層と住民の意識変化を誘導するための公式、非公式の行動を起こすべきだ。金正恩政権に感染情報の開示を強く迫り、国際調査団の受け入れを要求し、さらに拉致被害者の安否について問いただす必要がある。それでも国を封鎖したまま我が道に固執する可能性が高い。そうなれば逆に政権崩壊を早めるかもしれない。いまわれわれは「北朝鮮有事」を想定し、その対策を議論しなければならない時期にきているのかもしれない」と。
以下は記事の全文。
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●産経新聞 令和2年3月9日
https://special.sankei.com/f/seiron/article/20200309/0001.html
「北朝鮮有事」備えるべき時きた 龍谷大学教授・李相哲
2020.3.9
≪尋常ではない状況なのに≫
肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの流入を防ぐため、北朝鮮が中朝国境を封鎖したのは1月22日。2月1日付の朝鮮労働党機関紙、労働新聞によると、1月30日には「海上、空中等通路を先制的に完全に遮断封鎖」した。北朝鮮当局は2月25日に「北朝鮮はいまなお一人の感染者も出ていない」と発表したが、韓国メディアは「国境を封鎖する前の1月中旬にすでに8人が新型コロナウイルスに感染して死亡していたことが明らかになった」と報じた。この情報の信憑(しんぴょう)性は高い。
中国で昨年末、新型コロナウイルスの感染者が確認された後、沈黙を守っていた北朝鮮当局が、コロナウイルスに言及し始めたのは1月28日付労働新聞だった。「(当局はいま)地区を回りながら熱のある患者と従来の治療では症状が改善しない肺炎患者を探しだし、疑わしい場合は徹底的に隔離させるための事業を先行させている」と伝えた。これは1月中旬に感染者が出たことで慌てて措置を取ったとしか思えない。
2月1日付では長文の社説を1面に掲載し、「コロナウイルスを徹底的に防ぐのは革命を保衛する重大な政治的事業」であると書いた。「革命」とは金正恩労働党委員長を指すのはいうまでもない。
昨年2月のハノイにおける米朝首脳会談の後、金正恩氏は年内を期限として再三、米国に制裁解除を迫った。昨年末には「近いうちに世界は(われわれの)新しい戦略武器を目撃するだろう」と脅しをかけてきたが、米国は取り合わなかった。それなのに北朝鮮は沈黙を守った。
≪不気味な沈黙3つの理由≫
なぜだろうか。3つの理由が考えられる。まず正恩氏の威信低下。昨年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会総会が4日間も続いたこと、恒例の新年の辞を発表しなかったことに加え、党中央機関、軍部、内閣を含む権力機関の高位幹部半分以上を入れ替え、6年ぶりに叔母、金敬姫氏を表に出した。権力中枢の綱紀を正し、忠誠を強要するためだったのだろう。
2月29日付労働新聞によれば「(最近)朝鮮労働党中央委員会政治局は李萬建、朴泰徳らを現職から解任した」。李氏は組織指導部で人事を担当する第一副部長、朴氏は農業担当部長、2人とも党中央委員会副委員長を兼任する。北朝鮮が権力中枢の高官の処罰を公表したのは張成沢氏を処刑して以来初めてだ。北朝鮮権力中枢が平穏ではない証拠といえよう。
次に深刻な経済危機。北朝鮮が米国や韓国との話し合いに応じない理由は、小出しの制裁緩和では北朝鮮が直面している危機的な状況を打開できないからだ。
2017年以降、経済はマイナス成長を記録するなど落ち込んだが、ハノイ会談で制裁緩和を勝ち取ると見込んだ正恩氏は観光施設の建設を目指し、輸入を減らさなかったため毎年20億ドル近くの貿易赤字を出した。韓国統一部傘下のシンクタンク「統一研究院」の報告書によれば、北朝鮮の「18年末現在の外貨保有額は25億~50億米ドル」。単純計算すれば3年で外貨は底をつく。いまや制裁の全面解除以外は北朝鮮にとって意味をなさない。
最後に、今回のコロナウイルスだ。生活必需品の9割を中国に依存し、慢性的な食糧不足に悩んできた北朝鮮が中国との国境を封鎖し、物の流入を止めたのは自殺行為に等しい。かつて、韓国に亡命した北朝鮮元高官の黄長●氏は、中国から物の流入が止まれば、北朝鮮は半年も持たないと断言した。ウイルスを遮断するために物を入れなければ国中に飢餓が広がるのは火を見るより明らかだ。
3月に入って北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射したのは権力内部の結束を図り、政権が今なお正常に機能していることを内外に示すための苦肉の策だろう。
≪国際社会、傍観してはならぬ≫
1990年代後半に数百万人の住民が飢え死にしても動揺しなかった金一族がコロナウイルスを国家の存亡にかかわる問題として受け止める理由は、50%以上の住民が栄養失調に陥っている状況下にウイルス感染が広がれば混乱に陥り、もはや統制が効かない恐れがあること、健康不安を抱えている金正恩氏に万が一のことがあれば政権を維持できないからだ。
このような危機的な状況は北朝鮮に変化をもたらす可能性もある。しかし国際社会が傍観するだけではいかなる変化も起こらず住民は塗炭の苦しみに喘(あえ)ぐだろう。
この際、国際社会は北朝鮮のエリート層と住民の意識変化を誘導するための公式、非公式の行動を起こすべきだ。金正恩政権に感染情報の開示を強く迫り、国際調査団の受け入れを要求し、さらに拉致被害者の安否について問いただす必要がある。それでも国を封鎖したまま我が道に固執する可能性が高い。そうなれば逆に政権崩壊を早めるかもしれない。
いまわれわれは「北朝鮮有事」を想定し、その対策を議論しなければならない時期にきているのかもしれない。(り そうてつ)
●=火へんに華
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『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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北朝鮮は、1月22日、新型コロナウイルスの流入を防ぐため、中朝国境を封鎖した。李氏は「生活必需品の9割を中国に依存し、慢性的な食糧不足に悩んできた北朝鮮が中国との国境を封鎖し、物の流入を止めたのは自殺行為に等しい」という。「ウイルスを遮断するために物を入れなければ国中に飢餓が広がるのは火を見るより明らかだ」と。
金一族は、1990年代後半に数百万人の住民が飢え死にしても動揺しなかった。その金一族がコロナウイルスを国家の存亡にかかわる問題として受け止める理由は、「50%以上の住民が栄養失調に陥っている状況下にウイルス感染が広がれば混乱に陥り、もはや統制が効かない恐れがあること、健康不安を抱えている金正恩氏に万が一のことがあれば政権を維持できないからだ」と李氏は分析する。
そして、次のように提案する。
「この際、国際社会は北朝鮮のエリート層と住民の意識変化を誘導するための公式、非公式の行動を起こすべきだ。金正恩政権に感染情報の開示を強く迫り、国際調査団の受け入れを要求し、さらに拉致被害者の安否について問いただす必要がある。それでも国を封鎖したまま我が道に固執する可能性が高い。そうなれば逆に政権崩壊を早めるかもしれない。いまわれわれは「北朝鮮有事」を想定し、その対策を議論しなければならない時期にきているのかもしれない」と。
以下は記事の全文。
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●産経新聞 令和2年3月9日
https://special.sankei.com/f/seiron/article/20200309/0001.html
「北朝鮮有事」備えるべき時きた 龍谷大学教授・李相哲
2020.3.9
≪尋常ではない状況なのに≫
肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの流入を防ぐため、北朝鮮が中朝国境を封鎖したのは1月22日。2月1日付の朝鮮労働党機関紙、労働新聞によると、1月30日には「海上、空中等通路を先制的に完全に遮断封鎖」した。北朝鮮当局は2月25日に「北朝鮮はいまなお一人の感染者も出ていない」と発表したが、韓国メディアは「国境を封鎖する前の1月中旬にすでに8人が新型コロナウイルスに感染して死亡していたことが明らかになった」と報じた。この情報の信憑(しんぴょう)性は高い。
中国で昨年末、新型コロナウイルスの感染者が確認された後、沈黙を守っていた北朝鮮当局が、コロナウイルスに言及し始めたのは1月28日付労働新聞だった。「(当局はいま)地区を回りながら熱のある患者と従来の治療では症状が改善しない肺炎患者を探しだし、疑わしい場合は徹底的に隔離させるための事業を先行させている」と伝えた。これは1月中旬に感染者が出たことで慌てて措置を取ったとしか思えない。
2月1日付では長文の社説を1面に掲載し、「コロナウイルスを徹底的に防ぐのは革命を保衛する重大な政治的事業」であると書いた。「革命」とは金正恩労働党委員長を指すのはいうまでもない。
昨年2月のハノイにおける米朝首脳会談の後、金正恩氏は年内を期限として再三、米国に制裁解除を迫った。昨年末には「近いうちに世界は(われわれの)新しい戦略武器を目撃するだろう」と脅しをかけてきたが、米国は取り合わなかった。それなのに北朝鮮は沈黙を守った。
≪不気味な沈黙3つの理由≫
なぜだろうか。3つの理由が考えられる。まず正恩氏の威信低下。昨年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会総会が4日間も続いたこと、恒例の新年の辞を発表しなかったことに加え、党中央機関、軍部、内閣を含む権力機関の高位幹部半分以上を入れ替え、6年ぶりに叔母、金敬姫氏を表に出した。権力中枢の綱紀を正し、忠誠を強要するためだったのだろう。
2月29日付労働新聞によれば「(最近)朝鮮労働党中央委員会政治局は李萬建、朴泰徳らを現職から解任した」。李氏は組織指導部で人事を担当する第一副部長、朴氏は農業担当部長、2人とも党中央委員会副委員長を兼任する。北朝鮮が権力中枢の高官の処罰を公表したのは張成沢氏を処刑して以来初めてだ。北朝鮮権力中枢が平穏ではない証拠といえよう。
次に深刻な経済危機。北朝鮮が米国や韓国との話し合いに応じない理由は、小出しの制裁緩和では北朝鮮が直面している危機的な状況を打開できないからだ。
2017年以降、経済はマイナス成長を記録するなど落ち込んだが、ハノイ会談で制裁緩和を勝ち取ると見込んだ正恩氏は観光施設の建設を目指し、輸入を減らさなかったため毎年20億ドル近くの貿易赤字を出した。韓国統一部傘下のシンクタンク「統一研究院」の報告書によれば、北朝鮮の「18年末現在の外貨保有額は25億~50億米ドル」。単純計算すれば3年で外貨は底をつく。いまや制裁の全面解除以外は北朝鮮にとって意味をなさない。
最後に、今回のコロナウイルスだ。生活必需品の9割を中国に依存し、慢性的な食糧不足に悩んできた北朝鮮が中国との国境を封鎖し、物の流入を止めたのは自殺行為に等しい。かつて、韓国に亡命した北朝鮮元高官の黄長●氏は、中国から物の流入が止まれば、北朝鮮は半年も持たないと断言した。ウイルスを遮断するために物を入れなければ国中に飢餓が広がるのは火を見るより明らかだ。
3月に入って北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射したのは権力内部の結束を図り、政権が今なお正常に機能していることを内外に示すための苦肉の策だろう。
≪国際社会、傍観してはならぬ≫
1990年代後半に数百万人の住民が飢え死にしても動揺しなかった金一族がコロナウイルスを国家の存亡にかかわる問題として受け止める理由は、50%以上の住民が栄養失調に陥っている状況下にウイルス感染が広がれば混乱に陥り、もはや統制が効かない恐れがあること、健康不安を抱えている金正恩氏に万が一のことがあれば政権を維持できないからだ。
このような危機的な状況は北朝鮮に変化をもたらす可能性もある。しかし国際社会が傍観するだけではいかなる変化も起こらず住民は塗炭の苦しみに喘(あえ)ぐだろう。
この際、国際社会は北朝鮮のエリート層と住民の意識変化を誘導するための公式、非公式の行動を起こすべきだ。金正恩政権に感染情報の開示を強く迫り、国際調査団の受け入れを要求し、さらに拉致被害者の安否について問いただす必要がある。それでも国を封鎖したまま我が道に固執する可能性が高い。そうなれば逆に政権崩壊を早めるかもしれない。
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●=火へんに華
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『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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