●聖典の成立
グプタ朝の最盛期は、4世紀末から5世紀初めのチャンドラグプタ2世の時代である。この頃、二大叙事詩である『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』が編纂された。また、『マヌ法典』をはじめとする法典群もつくられた。それによって、ヴェーダ文献(シュルティ)とは異なるヒンドゥー教自体の新たな聖典(スムリティ)が成立した。
◆二大叙事詩
ヴェーダ文献は、アーリヤ人が作った聖典である。これに対して、『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』は、アーリヤ人と先住民族の融合・混血を通じて生まれたヒンドゥー教の聖典である。ともにサンスクリット語で書かれている。
これらの国民的叙事詩は、紀元前2世紀頃から少しづつ作られ、数世紀にわたって繰り返し拡充や編集がなされた。グプタ朝の時代に、ほぼ現在のような形が成立したと見られる。
・『マハーバーラタ』
『マハーバーラタ』の「マハー」は「偉大な」を意味し、「バーラタ」は「バーラタ族」を意味する。それゆえ本書の題名は、「偉大なるバーラタ族の物語」を意味する。
古代ギリシャの長編叙事詩として名高いイーリアスは約1万5700行、またオデュッセイアは約1万2100行である。これらに比べ、『マハーバーラタ』は全体で約4万8000行あり、世界最長の叙事詩である。その行数は、ユダヤ民族の聖書に匹敵する。
作者は、ヴィヤーサという仙人とされる。ヴィヤーサは、もともと「編纂者」「詩の改作者」を意味する名詞であり、多数の詩人を総称し、そういう名の仙人がいたという伝説が生まれたものだろう。
内容は、バーラタ族の戦争の物語が中心である。戦争を伝える部分である第6巻~第9巻が全体で最も古い部分と考えられる。その部分に、本書で最も重要な人物であるクリシュナが登場する。
「クリシュナ」という語は、黒または青を意味する。『リグ・ヴェーダ』において、クリシュナは、肌の黒い魔族だった。このことは、アーリヤ人が征服・支配の対象とした先住民族を意味する。しかし、『マハーバーラタ』におけるクリシュナは、武勇の誉れ高い英雄である。このクリシュナの由来が、支配民族であるアーリヤ人の戦士を物語の上で先住民族に置き換えたものか、被支配民族の出身者が実際にアーリヤ人に協力したものかは、不明である。いずれにしても、肌の黒い先住民族がこの叙事詩における最高の英雄になっている。さらにクリシュナは、最高神ヴィシュヌの化身として、教えを説いている。
『マハーバーラタ』が作られた数世紀の間に、クリシュナは、偉大な英雄から人間神へと神格化され、さらに最高神の化身という究極の高みに祀り上げられた。このことは、肌の黒い先住民族の一員がインド人全体の最高神に成り上がったことになる。これは、驚くべき変化である。
『マハーバーラタ』において、上記の戦争の部分は、全体の5分の1程度であり、残りの約8割は、神話、伝説、道徳、教訓等の多数の物語が集積されている。そのことによっても本書は、ヒンドゥー教の重要な聖典となっている。ヒンドゥー教は実利 (アルタ)、性愛 (カーマ)、法(ダルマ)、解脱(モークシャ、ムクティ)を人生の四大目的と説。それらに関するもので、『マハーバーラタ』にないものはないと言われている。また、この膨大な文献集は、同時に、当時のインドの法律、政治、経済、社会制度、民間信仰等をうかがい知ることのできる豊富な資料となっている。
『マハーバーラタ』全篇で最も重要なのは、『バガヴァッド・ギーター』の部分である。これについては、後の項目に述べる。
・『ラーマーヤナ』
『ラーマーヤナ』の「ラーマ」は王子の名前であり、「ヤナ」は遠征を意味を意味する。それゆえ本書の題名は、「ラーマ王子の遠征」を意味する。
分量は『マハーバーラタ』の約4分の1であり、約2万4000詩節からなる叙事詩である。やはり古代ギリシャの長編叙事詩を上回る。
作者は、ヴァールミーキという詩聖に帰せられる。その出生は紀元前500年頃から紀元前100年頃までと推定されるが、生涯の詳細はわかっていない。インドの神話とコーサラ国のラーマ王子の伝説から、この叙事詩を編纂したとされる。
内容は、ラーマ王子が森に追放され、シーター妃を魔王ラーヴァナに誘拐されてしまう。しかし、猿たちの助けを受けて、南のランカー島に幽囚されていた妃を奪還する。そして、王に即位するという物語である。インド北部に定住したアーリヤ人が南下し、インド南部を征服した事実を反映したものと見られる。
インド人は、ラーマ王子を理想的な男性とし、誘拐されても貞操を守ったシーター妃を婦人の鑑として仰いでいる。また、ラーマは、ヴィシュヌの第7の化身ともされている。すなわち、英雄的な王子が人間神とされ、最高神の化身へと神格化されている。『マハーバーラタ』のクリシュナは、ヴィシュヌの第8の化身とされるから、ラーマはクリシュナの先代にあたる。
『ラーマーヤナ』は、東南アジアやシナ、日本等にも伝えられた。とりわけ東南アジアでは、各地で土着化し、それぞれの民族の言語で、微妙に内容の異なるものが伝承されている。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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グプタ朝の最盛期は、4世紀末から5世紀初めのチャンドラグプタ2世の時代である。この頃、二大叙事詩である『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』が編纂された。また、『マヌ法典』をはじめとする法典群もつくられた。それによって、ヴェーダ文献(シュルティ)とは異なるヒンドゥー教自体の新たな聖典(スムリティ)が成立した。
◆二大叙事詩
ヴェーダ文献は、アーリヤ人が作った聖典である。これに対して、『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』は、アーリヤ人と先住民族の融合・混血を通じて生まれたヒンドゥー教の聖典である。ともにサンスクリット語で書かれている。
これらの国民的叙事詩は、紀元前2世紀頃から少しづつ作られ、数世紀にわたって繰り返し拡充や編集がなされた。グプタ朝の時代に、ほぼ現在のような形が成立したと見られる。
・『マハーバーラタ』
『マハーバーラタ』の「マハー」は「偉大な」を意味し、「バーラタ」は「バーラタ族」を意味する。それゆえ本書の題名は、「偉大なるバーラタ族の物語」を意味する。
古代ギリシャの長編叙事詩として名高いイーリアスは約1万5700行、またオデュッセイアは約1万2100行である。これらに比べ、『マハーバーラタ』は全体で約4万8000行あり、世界最長の叙事詩である。その行数は、ユダヤ民族の聖書に匹敵する。
作者は、ヴィヤーサという仙人とされる。ヴィヤーサは、もともと「編纂者」「詩の改作者」を意味する名詞であり、多数の詩人を総称し、そういう名の仙人がいたという伝説が生まれたものだろう。
内容は、バーラタ族の戦争の物語が中心である。戦争を伝える部分である第6巻~第9巻が全体で最も古い部分と考えられる。その部分に、本書で最も重要な人物であるクリシュナが登場する。
「クリシュナ」という語は、黒または青を意味する。『リグ・ヴェーダ』において、クリシュナは、肌の黒い魔族だった。このことは、アーリヤ人が征服・支配の対象とした先住民族を意味する。しかし、『マハーバーラタ』におけるクリシュナは、武勇の誉れ高い英雄である。このクリシュナの由来が、支配民族であるアーリヤ人の戦士を物語の上で先住民族に置き換えたものか、被支配民族の出身者が実際にアーリヤ人に協力したものかは、不明である。いずれにしても、肌の黒い先住民族がこの叙事詩における最高の英雄になっている。さらにクリシュナは、最高神ヴィシュヌの化身として、教えを説いている。
『マハーバーラタ』が作られた数世紀の間に、クリシュナは、偉大な英雄から人間神へと神格化され、さらに最高神の化身という究極の高みに祀り上げられた。このことは、肌の黒い先住民族の一員がインド人全体の最高神に成り上がったことになる。これは、驚くべき変化である。
『マハーバーラタ』において、上記の戦争の部分は、全体の5分の1程度であり、残りの約8割は、神話、伝説、道徳、教訓等の多数の物語が集積されている。そのことによっても本書は、ヒンドゥー教の重要な聖典となっている。ヒンドゥー教は実利 (アルタ)、性愛 (カーマ)、法(ダルマ)、解脱(モークシャ、ムクティ)を人生の四大目的と説。それらに関するもので、『マハーバーラタ』にないものはないと言われている。また、この膨大な文献集は、同時に、当時のインドの法律、政治、経済、社会制度、民間信仰等をうかがい知ることのできる豊富な資料となっている。
『マハーバーラタ』全篇で最も重要なのは、『バガヴァッド・ギーター』の部分である。これについては、後の項目に述べる。
・『ラーマーヤナ』
『ラーマーヤナ』の「ラーマ」は王子の名前であり、「ヤナ」は遠征を意味を意味する。それゆえ本書の題名は、「ラーマ王子の遠征」を意味する。
分量は『マハーバーラタ』の約4分の1であり、約2万4000詩節からなる叙事詩である。やはり古代ギリシャの長編叙事詩を上回る。
作者は、ヴァールミーキという詩聖に帰せられる。その出生は紀元前500年頃から紀元前100年頃までと推定されるが、生涯の詳細はわかっていない。インドの神話とコーサラ国のラーマ王子の伝説から、この叙事詩を編纂したとされる。
内容は、ラーマ王子が森に追放され、シーター妃を魔王ラーヴァナに誘拐されてしまう。しかし、猿たちの助けを受けて、南のランカー島に幽囚されていた妃を奪還する。そして、王に即位するという物語である。インド北部に定住したアーリヤ人が南下し、インド南部を征服した事実を反映したものと見られる。
インド人は、ラーマ王子を理想的な男性とし、誘拐されても貞操を守ったシーター妃を婦人の鑑として仰いでいる。また、ラーマは、ヴィシュヌの第7の化身ともされている。すなわち、英雄的な王子が人間神とされ、最高神の化身へと神格化されている。『マハーバーラタ』のクリシュナは、ヴィシュヌの第8の化身とされるから、ラーマはクリシュナの先代にあたる。
『ラーマーヤナ』は、東南アジアやシナ、日本等にも伝えられた。とりわけ東南アジアでは、各地で土着化し、それぞれの民族の言語で、微妙に内容の異なるものが伝承されている。
次回に続く。
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『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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