風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「甘粕正彦 乱心の曠野」

2013-06-22 | 読書
評伝を読む前と読んだあとでこれほど印象が変わる人間も珍しい。
震災のどさくさに紛れて
いとも簡単に主義主張の違う人間を妻や幼い子とともに残虐に殺し、
その後ものうのうと生きるべく満州に渡り
表向きは文化人を気取りながら
その実、闇の世界を統べる悪魔のような人間。
いかにも旧大日本帝国を体現する冷酷な人間・・・そう思っていた。
が、実は彼こそ旧日本軍の最大の被害者ではないのか?

陸軍士官学校を出ているのだからもちろん頭はいい。
それでいて繊細で温かく、差別を持たず、子どもを愛し
偏見を持たず、広く高い視野を持ち、
経営者としても優秀な人間・・・だった。
そんな彼が陸軍の思惑に人生を翻弄されて
大きな秘密を抱えながらひとり自決していった。
何よりも、自決の前に
自分が理事長を務める満映の全従業員の退職金を確保し
中国人従業員に後を託した上で
終戦により右往左往する日本人従業員が逃げる列車まで手配していたことに
大きな感銘を受けた。
関東軍と違い、彼だけは中国人や朝鮮人を差別しなかった。
立場を利用して関東軍をうまく使い、
自らの情報網をアジア全域に張り巡らせ、
日本の敗戦も、かなり早い段階で察知していたに違いない。
自決に当たって逡巡する姿が印象的だ。
心優しく、実は弱い人間であることを感じさせる。

こんな、現代なら優秀な経営者だったであろう人間の人生を
簡単に踏みにじるのが軍隊なのだ。
以下に挙げる彼の言葉が実際の彼の姿を表している。

「黄禍といふ言葉は白人が自己の優越、
自己の専横をほしいままにしやうと思はなければ
出てこない語である。
将来のことを考へると日本人は支那人を馬鹿にしてはいけない。
英人の手先に使はれている印度人を
イヂメルやうな愚なことをしてはならない」

「うつかりすると私は ホントの弱い人間、真の私に帰ります。
どうぞ、こゝのところは私を強い人間として置いて下さい。
非人情にして置いて下さい。」

「日の丸の下に国民精神総動員などという文字を書いたポスターを
到るところに貼ってありますが、
こんなことで、精神が総動員されると思っているのが間違いです。
宮城の前を電車が通るとき、 帽子を脱いで頭を下げさせることになったようですが、
こんな馬鹿なことをさせる指導者は人間の心持がわからない人たちです。
こういうやり方は偽善者を作ることになります。
頭を下げたい人は下げたらよろしいし、下げたくなかったら下げなくてもよろしい。
国に対する忠誠は、宮城の前で頭を下げる下げないで決まるわけではありません。
(そういう精神指導は誰がやってるか、という問に対して)
そりゃ軍人どもですよ。それから軍人に迎合する人たちですよ。
軍人というものは人殺しが専門なのです。
人を殺すのは、異常な心理状態でなければできないことです。」

そして本書の筆者は以下のようにいう。

「甘粕は帝国の盛衰に自分の運命を重ねて自決した。
そして甘粕自決後の旧満映スタッフたちは
東西冷戦時代の中国と日本の国家意思にそれぞれ玩ばれて苦しんだ。
それは帝国が終焉してもなお、人びとが国家というものに
翻弄される存在であることに変わりがないことを示している。」

いざとなれば「国家」は国民を盾にする。
「国民の生命と財産を守る」なんてのは詭弁だ。
沖縄戦を見てもわかる通り、
人は命を捨てて国を(というより為政者を)守ることを強いられる。
そして軍は軍の価値観に従い、簡単に人の人生を振り回す。
そこが今の文民統制下の自衛隊と違うところだろう。
そんな「国防軍」を作ろうとしているのが
甘粕の人生を弄びつつ利用し、満州を私物化した
岸信介の後衛である安倍晋三であるというのは単なる偶然ではない。

ところで本書には以下のような記述もある。
大阪市長は「軍隊というものはすべからく・・・」という言い方をしていたが、
果たしてそうなのだろうか?
「八路軍で有名なのは、人民からは一本の針も一筋の糸もとってはならない、
女をからかってはならないなどからなる
『三大規律、八項注意』という厳しい軍律である。」

蛇足ながらついでに
別のとある本で読んだ一節が頭に残っている。
「帝国とは他国を侵略しつつ自国土を増やしていく国家体制である」
日本は侵略をしていないと強固に言い張る元と知事は
当時の日本が「大日本帝国」だったことを知らないのか?

「甘粕正彦 乱心の曠野」佐野眞一:著 新潮文庫
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