風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

昭和の頃

2005-11-28 | 風屋日記
近頃、昭和の時代が懐かしくって仕方がない。
こんな田舎の小さな町でも商店街にはたくさんの人がいて、
ちょっとした外食がとても贅沢に思える時代。
まして喫茶店でコーヒーを飲むだなんて・・・。
それでも、酒は1滴も飲まなかった私の両親はコーヒーだけは大好きで、
子どもの頃、ちょっとだけお洒落させられて喫茶店に連れていかれたものだ。
私の喫茶店通いはそれ以来の習性だ。

高校時代には、
同級生達の溜まり場の本屋の2階にあり、初めてナポリタンを食べた「サントス」。
店内のすべてのテーブルがインベーダーゲーム(古っ!!)で、
1面をクリアするとコーヒー券がもらえた「レブロン」。
(私は当時からゲームはやらないので、もっぱら友人達のコーヒー券消費係だった)
黒い板壁の窓にレースのカーテンが揺れ、
店先の古いサックスの新聞受けと店内のピアノが洒落ていた「ぐがーん」。
穴蔵のような暗い店内に手作りの巨大スピーカーがあった、
市内唯一のJazz喫茶「エル・グレコ」。
その他にも、古式ゆかしい対面ベンチシートの「ルーブル」や、
ひとりになりたい時には、友人たちは来ることのなかった駅前の「深美」、
ココアが美味しかったレンガづくりの「とも」。
私が馴染んだ喫茶店はもう今ではどこもない。

    ◇      ◇      ◇      ◇

私の両親はどちらも車の免許を持っていなかったので、
その当時はどこへ行くにもバスか歩き。
でも近所や友人宅でも車がある家はそれほど多くなかったように思う。
夕方バス停の方から帰宅する親父のゆっくりした靴音が聞こえ、
少し先の外灯の下にその姿が現れてきた時のことをふと思い出すと、
今でも少し胸の辺りがじんとしてくる。
靴音が聞こえたということは、当時はそれくらい周囲が静かだったんだね。

夜も11時を過ぎ、家族皆が寝静まった家の中でひとり小さくラジオをかけながら、
ベッドの下に隠してあったウイスキーをキャップに一杯だけあおり、
夜行列車が到着した駅のアナウンスを遠くに聞いて、
将来や進路のことに思いを馳せたり、東京に憧れたり・・・。
ノートを出してきてそんな思いを綴ったことや、詩を書いていたこともある。
ラジオからは、今バンドで演奏している「セプテンバー・バレンタイン」。
だからこの曲を聞く度に、あの頃の空気や周囲の色や匂いまでもが蘇ってくるのだ。
音楽は不思議だね。

    ◇      ◇      ◇      ◇

という、今日はつれづれにちょっとした思い出話でした。
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする