因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

早稲田大学エクステンションセンターオープンカレッジ「新劇の歴史と現在」/第七回岸田國士『風俗時評』

2014-06-05 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら1,2,3,4,5,6
 今回はチェーホフの『桜の園』読解と思って準備していたら、前々回コピーをいただいた岸田國士『風俗時評』がテーマであった。気を取り直してこの不可思議な戯曲を読む。本作は1936年(昭和11年)『中央公論』3月号に発表された。3月号ということは、発行されたのは2月。昭和11年の2月は2.26事件(Wikipedia)が勃発しており、日本が軍事国家として戦争に突き進まんとしていた時期である。

 『風俗時評』は、1,小さな医院の診療室 2, 警察署 3,小学校 4,理髪店 5,ある家庭 6,ホテル 7,警察署 と、複数の場での個々のやりとりが描かれるものだ。年に一度のお祭りを控えた町内でのできごとの点描の連続と読めるが、時代や場所を特定するただし書きもト書きもなく、日常生活の場面を切り取ったようで、どこか現実ばなれした寓話ふうでもある。コーディネーターの宮本啓子さんの「一種の不条理劇のようでもあり、コントのような面も」という解説にもうなづける。そしてこれは特徴というほどではないかもしれないが、人物の出入りを指示するト書きがまったくない。戯曲のかたちをとってはいるが、戯曲らしからぬ面があり、何かちがう意図をもって書かれたものなのか?・・・。

 そう、「『或こと』を云ふために芝居を書くのではない、芝居を書くために『何か知ら』云ふのだ」と宣言していた岸田が、はじめてその逆を行った作品なのだ。

 舞台での上演もおもしろいだろうが、エッジの効いた深夜番組の枠で、あまり遊ばず淡々と作ってみるのもよいのでは?毎回ゲスト出演があるのもいいし、ひとり何役もつぎつぎに演じつぐのもおもしろそうだ。近ごろよく目にするマキタスポーツ氏にはぜひご出演いただきたいなあ。

 戯曲の読み方というのはむずかしいものだ。『風俗時評』は何の予備知識もなく読むと、内容が重苦しかったり複雑だったりするわけではなく、わけありの人物が登場して一筋縄ではいかない物語が展開するわけでもない。誤解を恐れずにいえば、人間の日常の現実をリアルに切り立ったのではなく、全編どこか冗談のような軽さがあって、何となくおもしろいなという印象である。しかしあの岸田が何となくおもしろい戯曲を書くというのも腑に落ちない話であり、「たぶん何かもっと言いたいことがあるのでは?」とこちらを身構えさせる面もあり、油断がならない。

 たとえばケラリーノ・サンドロヴィッチ構成・演出(1)のNYLON100℃ならば、青山円形劇場を縦横無尽につかい、達者な俳優たちが「岸田戯曲を遊ぶ」感覚でさぞかし生き生きとおもしろい舞台になるのではないかと想像する。

 いっけん軽くさらりと書かれた戯曲にみえるが、本作を執筆、発表した当時の岸田にはことばにしつくせぬ葛藤や苦悩があった。また本作はこれまで上演された記録がない。それなのに当時の論壇をおおいににぎわせたという。自分なりに戯曲というものは「上演されるための文学のひとつ」であり、上演されなければまったく意味はないと言いきることはできないが、上演されてこそさらに生かされる文学だと考えており、ますますわからなくなる。

 こうしてあらためて読みなおしてみると、『風俗時評』は風刺の効いた、なかなかの曲者である。政治的な意識や思想、政情への憂慮、政局への批判を強く出す方法もあるが、やりすぎると辛気くさいものになり、かといってそういったものをすべて排除するとほんとうにショートコントになってしまう。いや、なったらなったでいいのだが。

 わけがわからずからだのどこかが痛いと訴える患者たち、医者は彼らの話を聞いているうちに、自分もからだが痛みだす。痛みを訴える人々で騒がしい町内、小学校も大混乱だ。本作で示される原因不明の痛み、人々のあいだにみるみる蔓延する状況が何を指すかは、当時の時代背景や作者の心象を考えれば、わりあいすぐにたどり着ける。
 また「戦争のできる国」へと近づきつつあるいま現在の日本の状況と結びつけることも可能で、コントふうの軽妙な雰囲気でありながら、非常におそろしい劇なのだ。
 「或こと」を言うために書いた戯曲が上演されないというのは、ある意味で皮肉であり、しかしそれこそが作者の意図の成就であるとも考えられる。

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