晴走雨読

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原武史 『地形の思想史』 その2

2020-06-24 16:20:27 | Weblog

コロナ対策のための補正予算財源、経済活動の低下に伴う税収減の補てん。次々と発行する赤字国債で巨額に積み上がっていく国家債務。近々この問題が浮上するであろう。ポストアへは、7年間の後始末ばかりで全く良いことのない貧乏くじになるだろう。

 

『地形の思想史』 その2(原武史著 角川書店 2019年刊) 

著者の旅は続く。

第3景「島」と隔離

訪れた場所は、瀬戸内海に浮かぶ広島県と岡山県の島

エピソードは、1895年陸軍似島(にのしま)検疫所(広島県)、1905年同第二検疫所の開設。1930年国立らい療養所長島愛生園(岡山県)の開設。どちらの場所も皇室と絡む。

日清戦争では、大本営が広島に置かれ明治天皇がそこに滞在した。戦地からの帰還兵がコレラや赤痢といった病原体を持ち込む危険性があるため、万一天皇に感染することがあってはならないということで、兵士を似島に隔離して検疫を行った。第二検疫所の増設は日露戦争で兵が増えたためである。

今、僕らは新型コロナウィルス禍の真っただ中にあるが、人類と病原菌の歴史において必ず出てくるのは、第1次世界大戦の帰還兵がスペイン風邪のウィルスを各国に持ち込んだという事実だ。また、南米の先住民族が植民者スペインからもたらされた病原菌で多くの犠牲を生んだことも忘れてはいけない。

一方、ハンセン病患者の隔離施設である長島愛生園を開設するあたり、大正天皇の后節子(さだこ)=貞明皇太后が「御手許金」を下賜しお墨付きを与えている。

皇族が地方を訪問するに際して、必ずといっていいほど障がい者などの福祉施設を訪れる。日本赤十字社の名誉総裁は歴代の皇后が務めている。皇室と福祉の関係は昔から強いものがあるが、その原理的な背景について著者には掘り下げてほしかった。

 上記の2つのエピソードに共通するのは「隔離」という考え方である。「優生思想」、「衛生観念」、「清潔」という思想が諸刃の剣であることはナチスの例を見るまでもなく歴史から学ぶことができる。そして、現在流布されている言説、「PCR検査で早くして隔離すべき」、「手を洗おう」などという言説も一度疑ってみる必要があるのではないか。

 

第4景「麓」と宗教

訪れた場所は、山梨県と静岡県にまたがる富士山麓

エピソードは、山梨県旧八代郡上九一色村(現富士河口湖町)のオウム真理教施設。富士宮市の1290年に日蓮の遺命を受けて建立された日蓮正宗総本山大石寺。同じ富士宮市人穴の白光真宏会本部。富士山麓には様々な教団が集っている。

オウム真理教の教祖麻原彰晃が世界最終戦争を想定したサテェアンと呼ばれた施設があったが今は形跡すらない。一方、かつては日蓮正宗の最大の信徒組織だった創価学会は、1991年破門されている。霊峰富士は多くの宗教を寄せ付けているが、それらには盛衰も付きまとう。

著者について気になっていることがある。『平成の終焉―退位と天皇・皇后』(このブログ2019.4.10に書いた。)のあとがきで、宮内庁が2016.9.23のHPで原氏を名指しで批判していて、(引用)『こんなことは、宮内庁単独の判断ではできない。その背後にはどうやら、皇室関係のすべての記事を日々チェックし、目を光らせている「ある人物」の存在が見え隠れしているようです。』と書いている。そのために本書での著者の記述や掘り下げ方がやや抑制的なスタンスになっているのではないかと思われる。

 

 

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