馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

Rhodococcus equi 感染症を減らすために

2020-02-16 | 新生児学・小児科

あちこちの講習会などを聴くと、未だにロドコッカス感染症が生産牧場にとって大きな問題であることを感じる。

生産地の獣医さんたちも、ロドコッカス肺炎の治療に苦慮している。

しかし、みんなピントがずれていると私は思う

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ロドコッカス感染症を減らすためには、生後1ヶ月以内の子馬を感染から守ってやらなければならない。

先日、話した牧場も毎年ロド肺炎に困っている、と言う。

「去年、肺炎で治療していた子馬を入れていたパドックに、生まれたばかりの子馬を放しているでしょ?」

と訊くと、そうだ、との答え。

子馬は、生まれて早い時期ほどRhodococcus equi に感染しやすい。

ロド肺炎に感染した子馬は、糞便中にも大量のRhodococcus equi強毒株を排泄している。

Rhococcus equiは土壌菌で、土壌の中で生存しつづけられる。

去年、ロド肺炎子馬が汚した厩舎脇のパドックに新生子馬を放すのはRhodococcus equiに感染させるために入れているようなものだ。

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パドックを消毒した方が良いか?と訊かれることが多いが、土を消毒しようとするのは無理だ。

汚れたパドックは客土して、草を生やしておくのが良い。

子馬はその上で寝るからね。

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厩舎の中も洗浄、消毒した方が良い。

ロド肺炎の子馬は、咳をして大量の喀痰を厩舎の壁をはじめいたるところにつける。

乾いてホコリとして厩舎内で舞い上がるし、子馬は馬房内の壁をベロベロ舐める。

分娩馬房も使う前にきちんと洗浄・消毒すべきだ。

でないと、次から次へ出産してくる赤ちゃん馬を感染させることになる。

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すぐに、消毒薬は何が良い?とか消毒薬は何はダメ、とか言う話になりがちだが、

消毒より掃除・洗浄することの方がだいじ。

これは獣医師でさえ、それも感染症・伝染病を扱う獣医師でさえ誤解しているか、実践的な認識が足らない。

ホコリまみれ、汚れだらけの厩舎を消毒しようとしても無駄。

その前に、洗浄しなければならない。

有機物が残ったまま有効に消毒する方法はない。

そして、洗浄するためには、その前に厩舎を片付けて掃除しなければならない。

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ロド肺炎の子馬の多くは、生後1ヶ月以内、それも生後1-2週間以内に感染している。

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ロド肺炎の子馬が発症してくるのは30-45日齢だ。

「もっと遅くになった」という人が居るが、それは感染の初期を見逃している

子馬が咳をしてロド肺炎として治療を始めるときに血液検査は強い炎症像を示している。

もっと前に感染し、潜伏期間を経て、化膿性肺炎が始まり、それが肺膿瘍になり、気管の中にRhodococcus equiがいっぱいの粘液が溜まり、ゴロゴロいって咳をするようになって、から、治療が始まることがほとんどだ。

潜伏期間は感染実験で10-13日。

実験馬のほとんどが発症するような菌量に暴露させないと実験にならないのでこの潜伏期間だが、自然感染ではもっと少ない菌量に暴露されているので、野外例の潜伏期間はもっと長いはず。

化膿性肺炎が始まるときに子馬は発熱する。小さな化膿性病巣が集まって肺膿瘍になるのに2-3日。

獣医さんがロド肺炎を診たときに、X線撮影や超音波検査で肺を調べると、膿瘍が確認できることがほとんど。

つまり、多くの症例は肺膿瘍ができるまでの感染初期を過ぎてから”初診”されている。

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はっきりした症状が出ないと獣医師に診療依頼しないし、獣医師もはっきりとした症状がないと検査も治療もしない

それもその牧場にRhodococcus equiを蔓延させる。

ロド肺炎が毎年のように出る牧場の子馬は、ほとんどがRhodococcus equiに暴露される。

そのほとんどの子馬の肺に膿瘍ができる。

それでも、丈夫な子馬は自分で耐えて後遺症なく育っていく。

しかし、弱かったり、体調を崩すと肺膿瘍は大きくなり、化膿性肺炎がぶり返す。

それから治療が始まると、簡単には治らない。

膿瘍だよ?膿のかたまりだよ?切開したり排膿させたりできないんだよ?

簡単に治るわけないでしょ。

早く治したかったら、早期に治療すべきだ。

検温だけでは早期発見できないのなら、30-45日齢の子馬を血液検査や超音波検査でスクリーニングすると。良い。

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Rhodococcus equiに感染した子馬は気管内に強毒株をいっっぱい持っている。

咳をすればそれで馬房やパドックを汚す。

喀痰を飲み込んでいるので、糞便中にも強毒株が増えている。

当然、パドックはじめ放牧地もRhodococcus equi強毒株で汚れる。

その子馬は丈夫で、自分の力で悪化せずに発育しても、弱い子馬、幼い子馬は発症する。

重症化した子馬の治療に何十万もかけるより、もっと軽症の子馬を早期発見して治療した方が良いし、

なんなら早期発見のための検査に費用をかけた方が良い。

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トミー・リー・ジョーンズが登場するあのコマーシャル・シリーズは好きだ。

https://youtu.be/f9CoqIVXCUU

トミーリージョーンズの不機嫌な顔が面白いし、日本の現在を風刺していて、それでいて温かい。

コンセプトが秀逸なのだろう。

私もどういうわけか(笑)東京オリンピック馬術競技を馬外科医として手伝いに行くはめになった

スポーツにはしばしば感動させてもらい、エネルギーをもらってきた。

まあ、その代償かな;笑

4年に一度じゃない、一生に一度だ、し。

 

          

 

 

 

 



14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
そうなんですね! (とんすけ)
2020-02-16 08:01:04
私もオリンピックの馬場馬術観戦しに行きます。
観客席からは見えない場所で待機されるんでしょうけど、なんだか嬉しい気持ちです♪
先生たちの出番がないことを祈ってます
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消石灰 (東吾)
2020-02-16 09:55:35
うちでは土の消毒に消石灰を使っています。目に入ると失明するという報告がありますが、
馬房の消毒に使っている乗馬クラブが何軒もあります。
壁は水10ℓにハイター液200ccを混ぜて噴霧しました。
さすがに放牧地に消石灰は無理ですが。
オリンピック楽しみですね。
新型肺炎が何とか収まって開かれますように。
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Unknown (はとぽっけ)
2020-02-16 10:01:24
 馬も「オリンピアン」でいいのでしょうか?日本の選手たちも海外ではお世話になったことでしょうね。どんな役回りかわかりませんが、すばらしい!人選。
 
 先生方が予防が大事でこうするといいよ。と説明したり指導したりしても実践できていない場合、それにも理由があるのでは?
 5W1Hなど、具体的なイメージができないとか予備の馬房がないなど実践に何かしら問題のある状況にあるとか。きっと少しのアドバイスで動ける、実践できるケースもあると思います。
 肝心なところをしっかり踏まえて実践してみてほしいですね。発症を抑えられた方から自分のところに合うアドバイスやヒントを得るのもいいでしょうね。生まれて死んじゃうんじゃ、やりきれない気持ちでお過ごしなのでしょう。

 簡易キット、今新型コロナのができる予感。ついでのおまけで”使えるキット”をサクッと作ってもらえないものでしょかね。

 雪が消えた南向きの土手も、まだまどろみ中でした。
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hig先生! (nemobaba)
2020-02-16 12:48:20
いいね!と応援!をポチっとしましたが、ひとこと。
hig先生がOlympicの馬医者に推薦されてとってお馬さんも安心です。私もうれしいです~ぜひ裏話を聞かせてくださいませ・・
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Unknown (piebald)
2020-02-16 18:04:19
チケット抽選、全部外れて、五輪熱冷めかけてましたが、再燃しました。
オラ君、お留守番頑張ってね。
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>とんすけさん (hig)
2020-02-17 05:01:13
それが、私が受け持つのは、競技期間前と後なんです;涙。
まあ、完璧にしあげられたアスリートたちですから、めったなことはないと思っています。
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>東吾さん (hig)
2020-02-17 05:04:28
土を土として使わない(通路など)なら消石灰を撒くのも方法ですが、馬を放すためのパドックとして使うなら消石灰で消毒するのは無理でしょう。

壁も”消毒”する前によく洗わなければなりません。多くの人は、洗わないまま消毒薬をかけて消毒した気になっています。
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>はとぽっけさん (hig)
2020-02-17 05:11:38
馬にも金メダルをあげて欲しいですね。

牧場がちゃんとしたロド対策をしないままなのは人手不足、資金不足、認識不足、無知などです。ロド感染症で大きな被害を蒙っているなら、やるべき対策に時間や資金をかけても元が取れるはずです。しかし、根本に知識の不足があるので、この記事をこの時季に書きました。

もう古典的な病気になり(新しい調査研究が行われておらず、正しい知識を学ぶ機会が少ないからです)、獣医さん達の言ってること、やってることも私には間違いが多いと思えます。
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>nemobabaさん (hig)
2020-02-17 05:13:00
一生に一度の経験になると思うので、いずれ報告したいと思います。
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>piebaldさん (hig)
2020-02-17 05:16:23
チケットの入手もたいへんみたいですね。
私は競技は観れませんが、出場馬は「観る」「診る?」ことになるのでしょう。一流の競技馬ってそばで見たこともありません;笑
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Unknown (zebra)
2020-02-17 08:01:49
どうやって昔の人は馬を家畜にしていたのかというところから考えると恐ろしさが分かるのではないでしょうかね。
この感染症は有史以来の転牧の理由だと思います。

草が生えそろう時期に生まれてくればいいのですがそういうわけにもいかないですよね。
掃除は正解だと思います。特に埃は落とさないとならない。
牛屋ではドロマイド石灰を吹き付けて固着させてしまう事で腰回りを被覆してしまう器械があります。
すぐに堆肥みたいになってしまう牛舎での効果は疑問ですが、生まれて1週間せいぜい一か月の仔馬を保護する効果は期待できるかもしれません。
真っ白になってしまう馬房を母馬がどう思うかはわからないですが。

特にこの感染症の治療は飼養者と獣医師の相乗的共業だと思います。
どちらか0だと結果が0になりますよね。
恐らく数年で対策のフェーズが変わるところに来ているのですが、無くなる病気ではないでしょうから、見落としのリスクはかえって大きくなりますよね。
数年前AEEPの日本語笑レポートが総研のホームページに出ていて知ったのですが、すぐにサーバーが切り替わって読めなくなりました苦笑
拾う神ありでフリーフルペーパーになっているようですね。

hig先生を容れるハコが会場周辺にあるのですかね。
でもよい巡りあわせではないですか。
コロナ収まっていればよいですね。
マイコプラズマなんてオリンピック風邪言われていたみたいですし、大会がどれだけハイリスク環境なのかよくわかります。
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>zebraさん (hig)
2020-02-18 03:25:07
オーストラリアでは、放牧地で分娩させて、そのまま外で育てた子馬の方がR.equi感染が少なかった、というリポートがあります。

厩舎内はすごいホコリですからね。エアロゾルになって吸い込みます。

さて東京オリンピックまでに新型コロナウィルス感染症は収まるのか?
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Unknown (脱サラの牛飼い)
2020-02-18 07:05:08
投稿失敗したので改めて。

舎内の消毒に煙霧消毒という選択はないのでしょうか?

養牛界ではちょっとブームです。(当初は呼吸器等の感染症対策:我が家では斡旋業者の関係でアルデヒド系消毒薬、最近はサシバエの成虫対策:ピレスロイド系消毒薬)
深部浸透は無理のようですが、密度を減らせると思いますが。
研修での先進農場長(獣医師だったと思います。)は牛房内牛を置いたまま週1回より頻回が疾病対策に効果的と言っていました。

我が家では、牛がその雰囲気を吸うのはメリット(口腔、気道等の殺菌効果)、デメリット(粘膜、皮膚へのストレス→度が過ぎると免疫力低下)どちらもあると思い、
強い感染力を危惧するときは、連続、その後は頻回、週1、休止程度、何か変と思ったときやハエ対策は単発使用しています。

機種よるかもしれませんが、煙霧消毒機はエンジン音が大きい(我が家のはジェットエンジン?爆音タイプらしい)ので馬房で使うことがそもそも無理かも

業者は、舎外でエンジンをかけ、音を出したまま舎内に入るようにと指導してくれます。
牛はこれでケガをするような暴れ方はしないです。多くは、思ったほどビックリせず、煙の匂いを嗅ぐものも少なからずいます。
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>脱サラの牛飼いさん (hig)
2020-02-19 18:48:21
コメント機能が不調だったようですね。オーナーでありながら私も3重投稿してしまいました。

塩素系消毒剤を噴霧するという方法ですね。まだ評価は定まっていないと思います。高価を示す条件もあるようです。ただ、そもそも密飼いがよろしくない、という面もあるでしょうし、この方法に過剰な期待はできないと思います。
馬のRhodococcus感染には・・・・わかりません。が、やはり過剰な期待はできないでしょう。
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