馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

牛の骨折プレート固定の治癒率、成功率を上げるには

2023-11-20 | 牛、ウシ、丑

牛の骨折治療、特にプレート固定が必要な骨折の治癒率にかかわる要因と方策について考えてみたい。

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牛が骨折して、プレート固定が必要なら、

できるだけ早く手術した方が良い。

そのためには、農場からの診療依頼が早くされることが必要。

「この牛、きのうから立てないんだけど・・・」は、ちょっとのんびりすぎる。

骨折したあと、手術までできるだけ早く、正しく応急処置されることも大事。

橈骨骨折、脛骨骨折では、正しく副木を当てたり、キャストを巻いたりするのは難しい。

上腕骨骨折、大腿骨骨折では副木やキャストによる固定は無理。

子牛では、ベルポー包帯、ベルポースリング、Velpeau sling が有効だろう。

後肢なら、エーマー包帯、エーマースリング、Ehmer sling だ。

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骨折を診断し、評価するためのX線撮影もだいじ。

手術する外科医が欲しい角度で、良い画質のX線画像があれば、

手術適応を判断し、プレート固定計画を立て、準備しやすい。

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初期というか導入期には、難しい症例には手を出さないほうが良いかもしれない。

上腕骨骨折は、部位の中では難しいだろうし、

粉砕骨折や、

骨折部が長い骨折、

大きなピースがある骨折、

骨端に近い部位での骨折は、

難易度が高い。

体重が重い育成牛、成牛の骨折は、粉砕骨折が多く、整復が困難で、固定の強度が不足しがちだ。

「やってもダメだったじゃないか」と言われないためには、自分たちの現在の限界を知っておくこと、

症例を選びながら実績と成功体験を積んでいくことも大事かもしれない。

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一人で、往診先でできるのはX線撮影くらいで、そこからはチーム獣医療になる。

いつ手術できるか、術者、助手、麻酔、外回り、の人員をそろえられるか。

器具器材も滅菌して用意しなければならない。 

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内固定が失敗するパターンは主に3つ。

内固定の崩壊

感染

不運

これは、ペンシルヴァニア大学New Bolton Center で馬の内固定に取り組んで来られたRichardson教授の、経験から出た名言だと思う。

崩壊しない内固定を行うのは、手術する獣医外科医の経験と技量に負うところが大きい。

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強度があるプレート固定をするためには、まず、整復が完全であることが重要。

整復を完全にすることで、骨折面は嵌まり込むように一致し、あとはずれないように固定するだけで強度が出る。

整復が不完全だと、インプラントで支えるプレート固定になりがちだ。

ピース、フラグメント、粉砕がある骨折では完全な整復が難しいこともある。

長斜骨折でも、牽引しきれないことがある。

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プレート固定に、どのくらいの強度が必要かは確率論でもある。

できるだけ頑丈な内固定をすれば良いというわけではない。

そして、牛の骨折治療には経費を節約したい、という要素も付きまとう。

LCP/LHSは使いたくても、現実問題としては使いづらいだろう。

ダブルプレートが必要か?と考えても、プレート・スクリューの値段、2回に分けて抜く手間と費用を考えると、

プレート1枚でやってみよう、という判断は間違いではないかもしれない。

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そして、強度のあるプレート固定のためには、ひとつひとつの手技が正確に行われていることも大切。

対側皮質にもしっかり効いていなければならないし、

DCPは正しくcontour されていなければならないし、

骨幹端には、6.5mm 海綿骨スクリューを使いたい。

必要かつ充分な強さでスクリューが締められているかどうかはX線画像ではわからない。

子牛のプレート固定で強度を創るひとつひとつの方法は、研修で紹介し、お教えしたつもり。

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感染してダメでした。というのは意外に牛のプレート固定では聞くことが少ない。

チャレンジしておられる獣医さんは充分注意しているのだろうし、牛は感染に強いのかもしれない。

感染したから、あるいは開放骨折だったから感染によってインプラントが緩んでダメになったのだ、

という認識がされていない、なんてことはないと思うけど・・・

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不運

これはあらゆる症例で付きまとう。

例えば親に蹴られて骨折する子牛も多い。

治療を機会に離乳して人工哺乳してもらえるならそのほうが安全だが、そうもいかないこともある。

その粗暴な母牛がまた蹴るかもしれない。

長い目で見れば、何が不運の要素なのか考えておくことは将来につながるのかもしれない。

逆に、やるべきことをやっても不運でダメだったら、また次回を目指せば良い。

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骨折症例は、それぞれが特異的であり、1例1例に個別のチャレンジが要求される。

Veterinary Cininics of North America, Bovine Orthopedics の中の一文だ。

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「北の国から」最初の家。

人の生活は便利になり、その分、人は不器用になり、創意工夫や手間をかけることはしなくなっている。

黒板五郎さんの生き方や暮らし方に見習うところがあるかもしれない。

 

 

 



14 コメント

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Unknown (パドナム)
2023-11-20 12:53:46
獣医療…難しいですね。
私はこのブログが好きです。山医者、那須の見川鯛山先生の匂いがします。50年前の僻地(人間ですが)医療、出来ない事もたくさんあり、先生とは逆に藪医者を自任してますが根底に流れるものは似ている気がしてます。そして現在の私にもあきらめるは無縁ではありません。
たくさんありますが息抜きにお勧めします。
先生の過去記事、蹄葉炎を見ております。
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>パドナムさん (hig)
2023-11-20 18:03:32
レベルアップしたいと思い課題を書いていますが楽しいですよ。向上、上達する可能性があるからです。

見山鯛山さんの本は昔、何冊か読んだように思います。すっかり那須はゆかりの地になりましたが、那須が舞台の話だったのですね。ゆっくり那須周辺を回ってみたいです。
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Unknown (はとぽっけ)
2023-11-20 19:39:15
 そもそも難しい骨折かどうかの相談をしたい先生もいらっしゃるのではないでしょうか?
 まずかかりつけの先生に診てもらったとき、そういうこともサクサクしてくれたらダメだったときの心象はだいぶ違うと思います。
 競走馬の生産地で牛の骨折を治療することへの期待は大きいと思います。
 酪農家さんの数は減っても牛さんはむしろ増加しているのですよね

 いまだに多くのファンがいるのでしょうね。
 時代ごとに生きるために必要なスキルは違うのでしょうけれど、臨機応変に対処できるかどうかは様々な経験やタスクをこなすことで身に着くことが多いとはいえ、賢さとセンスも必要だなと常々。
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>はとぽっけさん (hig)
2023-11-21 04:49:49
骨折に遭遇したときには、外部に相談する時間がないことが多いです。プレート固定を自分でやろうとしたことがない獣医師は、プレート固定が難しい症例か、考えた経験もないでしょう。長斜骨折は整復がたいへん、粉砕骨折は強度が不足しがち、横骨折は意外に注意が必要、etc.研修の中ではお伝えしたつもりです。

牛飼養戸数、牛飼養数の変化、そのうち紹介します。

レンタルとか、オンデマンドで観れるんでしょうかね。再放送も期待したいです。
続編の製作は無理でしょうかね。やめておいた方が良いでしょうか・・・
その後の人々がどう生きたのかも気になります。
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Unknown (zebra)
2023-11-21 06:59:11
たまにしか見る機会ないけれどこの前のマイルCS面白かったです。
乗り替わり紅一点がごぼう抜きってどういうことか思ったらマルシュロレーヌの姪っ子さんなのね。
気立て侮れない。
チームの屋台骨。

子牛のジャケットがかなり丈夫なので、見つけ次第張ってしまうというのはありなのかもしれません。
多少時間稼いでトーマス作れればこれ見よがしでも牽引かけれるかもです。
大動物の骨折整復は短縮との闘いなのかな、とも思います。
コラーゲン動き出して瘢痕始まればまずAO的整復は不可能なのではないでしょうか。
創外固定やLCPは多少デマンドされても大丈夫かもしれませんが、DCPは完全な整復が絶対でしょうから。

最終的な生産性はあらかたシマの購買者みればわかるかもです。
ハイエナに捕まるような子牛は生産したくないのがブリーダーの本心でしょう。

石組本当の石でした?
発泡スチロール削って作ったと思えるくらいみな同じ角なもので。
メディア演出もLEDやドローンになってこんなセット作れなくなっているかもですね。
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>zebraさん (hig)
2023-11-21 07:29:08
楽しめたのなら良かったですね。

子牛用のジャケットで、肢も覆われるのがあるのですか?包帯代わりにはなるかも。
トーマスは苦労のわりに報われないことが多いだろうと思います。人も牛も。
DCP固定も完全な整復は絶対ではありません。より丈夫にするには、ということです。どこまで妥協できるか、の判断も経験が必要ですけど。

本物の石でできていました。老朽化したら危ないんじゃないか、建てた時の建築基準法はどうなってるんだろう、とかは思いました。あと、断熱性ですね。
CGの質が向上すると、ドラマや映画もヴァーチャルなものになっていくでしょうね。そういう点からも、あのドラマは骨太でリアルで、これからも価値が増すかもしれません。
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Unknown (zebra)
2023-11-23 05:58:44
コンダクター家系なんだと思います。
遠征に付き合ってみたり、牧羊犬みたいにマイラー列強後ろから追ってみたり。
それで結局前に出て行く訳ですから、凄くて楽しいですね。

牛ぶら下げられるくらい丈夫なので、ジャケットで体ごと吊って負重させない感じですね。
和牛バブル前にはこんなの作ってくれる業者限られていて、古毛布使い捨てでこんなの作って着せましょう、なんて広報したこともあります。
リアル北の国からですよ笑
今は立派なジャケット使い回して脱がせれば皮膚病みっしり、などということも。
今風ですね。

外科できるくらいの手先あればトーマス作れると思いますが、これ見よがしになりがちなのは確かですね。
ベルポーとかそれ自体眼中になく育って来た獣医師には結構カルチャーショックみたいです。
牛でこれやんの変か?と思いましたけれど。

撮影はFFボーボーの中でやるでしょうから断熱関係ないのではないでしょうか。
それでも聖地巡礼のため?セット造りが維持されているのは結構努力されているのではないかと思います。
結界も綺麗に掃かれて、落ち葉までセットのようです。
小説の実写なんかもセットどころではなく、アバター化して行くのは近未来かも知れないですね。
COVID19前にそうなっていたらクラスターの危惧で連続ドラマ滞ることもなかったか。
初音ミクをリアルで歌う人のフェスみたいに、実写ドラマは文士劇みたいな風俗で残って行くでしょうけれどもね。
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>zebraさん (hig)
2023-11-23 12:08:09
ほう、ジャケットで子牛を吊りっぱなしにしますか。肢はなんとか固定しないと振られるだけでもよろしくないでしょう。

トーマススプリントはかなり太いワイヤーや鉄柱を曲げなければなりません。万力など特殊な道具と怪力が必要です。そして重いので子牛は立ちにくいでしょう。滑って倒れればより近位に致命的な骨折を負う可能性もあります。苦労してやることか、と思うわけです。

「北の国から」の草太にいちゃんが早逝したのは、俳優が北海道ロケを嫌ったから、という噂もあるようです。

「最初の家」の前の落ち葉は掃かれているのではなく、草が生えている所にだけ落ち葉がひっかかってる、が正解のようです。
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Unknown (zebra)
2023-11-24 05:21:52
獣医師がたどり着けるまでのハーネス処置となりますからね。
開放しないための選択肢はどんなに次善的でも多ければ良いのかと思います。
開放しなくても障害が重くなれば血行的に感染を抱えてしまってガッカリすることもあると思いますが、より対応が難しい競走馬生産でそういうことに直面することはありませんか。

パイプベンダーを使えばアルミ管で軽量なものも作れますが、それ使わないとなるともはや職人ですね笑
何本か折って、加減を習得しておけばできなくはないかもです。
パイプも生き物というか、そうでないというか。
不要なマスぶら下げて悪くする危惧抱えなければならないのは外固定の重大な短所でしょうね。

そういうところでリアル演じるのが役者でしょー
モデルさんも冬に夏服撮影したり大変ですよね。
スーパーモデルになると現実ありえない服装で闊歩することになる訳ですが、みなさん憧れますね。。

今年は残暑が延々と続いてあり得ないくらい雑草が繁茂してえらい事になりました。
それが枯れた風情はもはや廃墟ですよ。
放置すると。
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>zebraさん (hig)
2023-11-24 07:27:00
サラブレッドが中手骨、中足骨をボッキリ折るとたいてい開放してしまいます。放牧地の事故でも、「とりあえず厩舎まで連れてきた」という牧場が多いですが、歩かさず放牧地からスマホで獣医師に骨折であることを伝えて来てもらうのが正解です。獣医師は応急処置器材を抱えて大急ぎで現地へ向かい、放牧地で開放しないための応急処置をする。

アルミかチタンですか・・・どこか市販してくれないですかね。売れるかな?決まった形のものですから製品にするのは難しくありません。海外でも市販されていない理由は・・・やはり苦労の割りに成果が得られないからではないでしょうか。
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