馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

頭頚部損傷

2018-01-27 | 馬神経病学

その繁殖雌馬は土曜日の夕方、「収牧しようとしたら様子がヘンで・・・」ということで来院した。

異常に興奮し、四本肢で飛び上がりそうになったり、体をこわばらせたりすると言う。

口粘膜はチアノーゼ。上唇全体が腫れていた。少し鼻血もでていた。

それで居て心拍は40台。

血液検査では大きな異常は無かった。

超音波画像診断で、腹腔、胸腔に著変認めず。

鼻道から喉頭の内視鏡検査では、鼻出血が咽喉頭壁に付いていたが著変認めず。

血ガスで酸素分圧が低いようだったので、入院厩舎で酸素吸入を2時間ほどした。

                          -

翌日曜日は様子は落ち着いたようだった。が、頭は下がり、沈鬱。

血液生化学検査を全項目やったが、ビリルビンが少し高めくらいで、SAA(血清アミロイドA;急性炎症の指標)も0。

上唇の腫れは顎の方へ広がった。

                          -

飲まず喰わずなので、持続点滴を始めた。

3月分娩予定。

                          -

診療室へ連れて来て、再度超音波検査。

喉嚢内視鏡検査では、右の喉嚢の奥の壁に腫れて、赤くなった部位があり、鉗子で触れると痛がった。

顎も押し方によっては身を震わせるくらい痛がる。

外傷性にどこか頭か顎の奥を傷めたのかもと思い始めた。

X線撮影では顎の骨折、頭部の大きな骨折は無し。

持続点滴は3日間で終了した。いつまでも輸液しているわけにはいかない。

が、水を飲まないなら水分を与えなければならない・・・・

                          -

沈鬱、動きを嫌う症状は痛みによるようだと判断し、フルニキシンは連日投与していた。

フルニキシン投与後は少し食欲を見せるようだった。

鎮痛効果を期待してブトルファノールを使ってみた水曜の夜、歩様蹌踉となったのでデキサメサゾンを投与した。        

                          -

木曜、鼻や顎の腫れはかなりひいた。

頭は水平くらいに上がるようになった。

しかし、左右へは頭を動かせるものの、頭を下げたり、挙げたりができない。

昼から倒れて起きなくなった。

ときどき起立意欲は見せる。苦しそうではない。

夕方、鼻カテーテルを入れて電解質液を10リットル投与。暴れるので危なかった。

                          -

早朝も起立していない。昼前は、鼻翼開帳した呼吸で苦しそう。

1週間経過を観たが、良くなってはおらず、もう24時間起立不能なので、あきらめることにした。

                          ---

解剖場で、後頭骨と第一頚椎間を穿刺して脳脊髄液を採ろうとしたが、脳脊髄液はまったく出てこなかった。

これはどこか傷めて脳脊髄液が漏れてしまったんだな・・・・・

後頭骨部での脊髄腔。

硬膜の外側に出血がある。

後頭骨右側。

顆傍突起が折れていた。

そこから喉嚢や周囲の筋間に出血がある。

喉頭骨と第一頚椎、第一頚椎(環椎)と第二頚椎(軸椎)の関節は傷んでいるようだった。

                           -

頭部や頚椎のひどい骨折をして、即死したり、そのまま起立不能になる事故はけっこうあるが、

今回の馬は、ひどい骨折まで行かず、頭頚部を傷めたのだろう。

最初はひどい痛みの症状を示し、数日後から徐々に脊髄液が漏れた症状を示したのだろう。

診断が難しい症例だった。

 

 

 



10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (大学の獣医)
2018-01-27 06:31:38
長い1週間だったと思います。先生方も生産者の方もお疲れさまでした。

頭は下げていたのではなく上げられなかったのかな?とか、内視鏡検査の途中で飛び上がったのは、嫌がって頭を動かした時に痛みがあったからかな?とか、正解(解剖所見)を見れば色々思うところがありますが、私には鑑別診断リストに挙げることさえ難しいです。
先日、学生に“もっと丁寧に身体所見とりなさいよ!”と言ったことが恥ずかしくなってきました(ー ー;)
返信する
Unknown (はとぽっけ)
2018-01-27 07:15:53
 診断がついたとして、そこから治療、出産、育児までいけたでしょうか?
 いろいろ考えちゃいます。
 
返信する
Unknown (piebald)
2018-01-27 10:05:31
氷で滑ったのかな?
返信する
Unknown (anko)
2018-01-27 16:10:48
難しい症例ですね。
牛でも柵に頭挟んでたしか軸椎?がヒビ割れしていたことがあります。終始横倒しで全く改善もみられませんでした。

X線の方はそのつもりで(頸椎疑いで)見ても単純撮影での診断は難しいでしょうか?
また、デキサ投与量はこういう場合はショック時のような高用量になりますか?
返信する
>大学の獣医さん (hig)
2018-01-27 23:21:58
発熱、炎症像、感染所見がなかったので、感染や炎症性疾患はほぼ否定。抗生物質で治せる疾患でないと、外傷性にせよ、腫瘍にせよ、できることは対症療法しかないな、と考えていたので、あとは経過による予後判定だけでした。
徐々に回復してくれるのではないか、と期待しましたが、逆に悪化してしまいました。
返信する
>はとぽっけさん (hig)
2018-01-27 23:23:36
正常分娩に到る可能性はほぼ完全になくなり、あきらめました。ほぼ100%生きながらえることもなかったでしょう。
返信する
>piebaldさん (hig)
2018-01-27 23:25:11
転倒した可能性が一番でしょうね。他の馬に蹴られたなら、傷があってしかるべきかと。
しかし、どんな倒れ方をしたのか・・・・
返信する
>ankoさん (hig)
2018-01-27 23:30:34
一度頭や顎をポータブル撮影装置で撮って、異常はわかりませんでした。
頚椎を大型x線装置で撮影しようかと思いましたが、x線室まで歩けそうにありませんでした。そして、頚椎には大きな骨折はありませんでした。

水性デキサを10mg1回だけでした。顔の腫れはひきましたが、痛みや脊髄損傷への効果は感じられませんでした。
妊娠牛だと使えませんよね。
返信する
Unknown (azaodoroki)
2018-01-29 10:13:29
こんにちは、診断難しい症例ですね。勝手に想像させて頂きます。鼻先だけ受傷していたとなると何かに突っ込んだか滑って鼻先から地面に着いて頸部を著しく屈曲もしくは頸部に強い衝撃が加わった。結果、環椎軸椎亜脱臼を起こして軸椎の歯突起が背側に脱臼して頸部脊髄を損傷したのかなとか思いました。頭を挙げると頸部は屈曲し歯突起が上部の脊髄を圧迫し、下げると頸部が伸展して歯突起による圧迫が減るから下げっぱなしなのかなと。勝手な想像ですが、犬の上部頸椎不安定症ではこの軸椎の歯突起による脊髄の圧迫が問題になる事が多いので。そしてそのような犬は頸を下方に伸ばした感じで上目ずかいになり口元に持って行ってやらないと餌をたべたり水を飲んだりしなくなります。ちょっと違いますかね。
返信する
<azaodorokiさん (hig)
2018-01-30 18:33:35
馬の頸椎骨折では軸椎歯状突起はよく折れる部位なのですが、この症例ではそこは大丈夫でした。数日遅れて腰痿症状が出て、さらに翌日からは起立不能になったので、脊髄硬膜外の出血や、脊髄液が減少してしまったことによる症状かと思います。
犬も近い症状・経過の病気があるのですね。勉強になります。
返信する

コメントを投稿