山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

2004年 九州・山陰の旅 ジジババ漫遊紀行(第30日~最終日)

2015-03-02 00:43:05 | くるま旅くらしの話

<註:この記事は、10年前の旅の記録をリライトし、コメントを付したものです>

 第30日:12月16日(木)

 <行程>

藤枝市:妹宅 →(R1他)→ 焼津IC →(東名道・首都高・常磐道)→ 谷和原IC →(R294他)→ 自宅    <246km>

 今日もいい天気だ。とても冬とは思えないほどである。すっかりご馳走になってくつろいだ心を、チョッピリ緊張させて最後の運転日の開始である。名残りを惜しみつつ出発したのは10時半ごろ。今日は一般道ではなく高速を走って一挙に都心を通過してしまうつもりである。焼津ICから東名へ。後は適当に休憩を取りながら一路一ヶ月振りの我が家に向うだけである。

途中富士川SAで小休止。ここから見る富士山の景観は東名一であろう。由比よりも駐車場の規模が大きいのでゆっくりとその景観を味わうことが出来る。その次は御殿場にある足柄SAに寄って昼食休憩。後は都心に入る前に横浜の港北PAで小休止して気合を入れ、東名から首都高を通り、常磐道にて谷和原ICを降り我が家へ。到着は15時55分だった。丁度1ヶ月ぶりの帰宅である。全行程4,970kmの旅であった。

【コメント】

◆最終日となりました。この日についてのコメントは特にありません。

◆総合的に見れば、久しぶりの九州の旅(主に東九州エリア中心)でしたが、所期のゴールの鵜戸神宮辺りまで行っての折り返しのコースを辿ることは出来ましたが、その内容は当初の思惑とはだいぶ違ったものとなりました。思わぬ嬉しい出来事あり、予想外の失敗ありで、それが又車旅の醍醐味でもあったような気がします。

特に印象に残った出来事は、①高千穂の夜神楽の本物を見学できたこと②鳥取市内での車の故障とそれをチャンスにした鳥取市内観光の実現でした。

①の高千穂の夜神楽の探訪は、くるま旅ならではの地元の暮らしを味わう、その醍醐味を知ったということです。観光客用のちょっとの間のショ―楽しむのではなく、地元の方と一緒にその地に昔から伝わる伝統行事を探訪するのは、大げさに言えば、日本という国での暮らしの歴史の断面を体感することにつながり、民俗の持つ本物の力に触れられたという深い感動を味わえたということです。とはいうものの、只の一夜だけではまだまだ不十分であり、再度長期滞在での体験をしたいと今でも思っています。この他に、地元を理解するということでは、霧島神宮のほぜ祭りも貴重な経験でした。くるま旅はともすれば有名地へのワンウエイの一時の通過作業で終わってしまいがちなので、要注意です。予め、しっかり訪問先の情報を把握しておき、じっくりと腰を据えた訪問・探究が、旅の味わいを深めてくれると今は考えています。

②の鳥取市郊外での事件は、決してお勧めできるようなものではありませんが、臨機応変に旅を楽しめたという点で、真にラッキーだったと思います。もしこれが北海道の山の中での出来事だったとしたら、熊さんとの交流が可能などということはあり得ず、全くのお手上げ状態となるのは必至です。旅車の故障というのは、多くの場合厳しい事態の到来が常だと思いますから、やはり平時の始業点検や整備等をしっかりと行って、安全確保に万全を期しておくことが肝要だと思います。

 

さて、今回は10年前の旅の記録を引っ張り出して、今現在の目線でのコメントを付してみました。如何だったでしょうか?

 過去の記録や記憶を弄(もてあそ)ぶつもりはありませんが、時には振り返って旅のあり方を考えてみるのも必要ではないかと思いました。10年前の旅の幼さのようなものをちょっぴり感じています。

 やみくもに走り回って見聞を積み上げて行くのも旅の面白さの一つには違いないと思いますが、より目的的にこの国の各地での暮らしのあり様を訪ねてみるのも面白いなと、この頃は思っています。

 旅は人生の宝探しであり、出会いと感動がその宝ものの正体なのだと思っていますが、これからは、より深くこの国の大事なものを感ぜられるような旅を心掛けたいと思っています。

  

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