山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘15年 佐渡一国を味わう旅 レポート <第17回>

2015-06-17 04:33:45 | くるま旅くらしの話

【今日(6/17)の予定】 

  道の駅:芸能とトキの里 → 佐和田地区方面 → 相川地区方 → その先未定

 

【昨日(6/16)のレポート】     

<行程>

 小木港駐車場 → 度津神社参拝(羽茂地区) → 蓮華峰寺参詣 → 小木港 → 妙宣寺再訪 →新穂潟上温泉 → 道の駅:芸能とトキの里(泊)

<レポート>

 昨日は終日祭り見物、その前日も夕刻からの文弥人形と鷺流狂言の鑑賞、更にその前日も牛尾神社の神事などと付き合って、連続3日の様々な種類のイベント見物は、結構疲れることだった。小木港の朝は、もう付近の早朝散歩にトライする元気は残っておらず、何時もなら4時には目覚めるのに、ブログを書き始めたのは5時半過ぎで、それを終えるまでにかなり時間を要してしまった。今日までに芸能に関する鑑賞はほぼ終了して、あとは20日の正法寺のろうそく能を残すだけとなった。今日からそれまでの間は、特に予定も作ってはおらず、まだ訪れていない金山跡のある相川地区などを中心に、佐渡の名所などを気の向くままに訪ねることにしている。

 さて、今日はどうするか。考えた結果、昨日祭りがあった羽茂地区に佐渡一宮の度津(わたつ)神社があるので、先ずはそこを訪ねることにした。この神社はまだ一度も訪ねたことはなかった。由緒ある神社なので是非参拝したいと思った。10時少し過ぎ出発する。昨日の薪能のあった草苅神社を脇に見て少し行くと正面に立派な赤い鳥居が見えて来て、その奥に度津神社があった。早速参拝する。今日も天気が良くて、気温は上がり始めて蒸し暑い。神社の境内の中は樹木に囲まれていて、実に爽やかである。駐車場が樹木と無縁の場所なので、午睡を貪るというわけにもゆかない。

  

佐渡一宮の度津(わたつ)神社の鳥居。朱色が木立の森に映えて一段と鮮やかに見えた。

参拝を済ました後は、傍にある市立の植物園というのを見学することにした。佐渡に来てから佐渡市の市の木に指定されている「アテビ」というのがあるのを知り、それがどんな木なのかを知りたかったのだが、この植物園の木に付けられている名札には、アテビは見当たらず、皆既知の木ばかりだった。奥の方にも植物園は広がっているようなので、そちらに行けばあったのかも知れないけど、何しろ暑いのでその気にはなれなかった。市の木というのであれば、目立つ場所に植えてくれればいいのになあと思った。樹木の下は野草園となっていたが、自分的にはそのほとんどは既知のものであり、新しい発見は殆どなかった。最近は殆ど手入れが為されていないらしく、案内板も樹木や野草たちも風雪に為されるがままで、荒れ放題だった。このような状態の場合は、弱い野草たちは消え去ってゆく運命にある。名札があってもそこには実在しないものが結構多くみられた。この種の施設は、何処においても造った当初はちやほやされるけど、少し時間が経つとメンテナンスを疎かにして、気づけばダメになっているというケースが多い。佐渡のこの植物園もその運命に載りかかっている感じがした。是非そのようにならないことを祈りたい。

 1時間ほど滞在して、その後は近くにある名刹の蓮華峰寺に参詣することにして出発。このお寺は9年前にも参詣しており、その歴史とスケールの大きさに感動したのを覚えている。今回も必ず参詣しようと思っていた。15分ほどで到着する。

 蓮華峰寺は、山号を小比叡山という。もともとこの辺りの小高い丘は、そのように呼ばれていたのかも知れない。境内には村社の小比叡神社も同居している。このお寺は真言宗であり、開祖は空海との伝承があるとか。3千坪もある境内にはたくさんのアジサイに囲まれて金堂、骨堂、弘法堂の重文始め、山門や八角堂など特徴のある古い建築物が幾つも建っている。

   

蓮華峰寺の国重文指定金堂の偉容。アジサイ寺を代表する壮大な建築物である。

 その中をゆっくり歩いて回った。どの建物も建築や仏像に興味を持つ人たちには、超魅力的な存在だろうなと思った。自分的には、骨堂という茅葺の小さな建物に興味を覚えた。何故なのかはわからない。新潟県では最古というこの建物は、きりっとして建っていて、小さいながらも只ものではないという存在感がある。アジサイはまだ2分咲きくらいのレベルで、梅雨の最盛期を迎える頃は、まさにここはアジサイ寺に相応しい世界になるのだろうなと思った。

  

小さいけど堂々たる姿を今に見せている骨堂の建物。9年前と少しも変わらぬ佇まいだった。

 相棒とは別行動だったが、後で聞くと石段を下る途中で、スタッフに取り巻かれて上って来る女性人気歌手に出遭い、階段を塞いでやってきた人たちに、どうして道を開けて頂けないのかという主旨のことばを掛けたら、その歌手の方が反応してくれて、彼女のその後の対応がとてもよかったらしく、一緒に写真を撮ったなどと嬉しげに話していた。自分はあまりそのような世界には関心がなく、先ほど階段下ですれ違った何かのモデル商売の人がスタッフを引き連れて写真でも撮りに来ているのかと思っただけだった。因みにその女性歌手は伍代夏子という方だったとのこと。ま、いろいろ歩き回っていると、そのような有名人との出会いもあるあるのだろうと思った。

 蓮華峰寺参詣の後は、昼食を小木のフェリー乗り場内にあるレストランで食べることにして向かう。佐渡ではブリカツ丼というのが有名らしい。相棒はそれをオーダーしていたが、自分はトンカツ定食にした。ぶりは何といってもカマを焼いた奴が一番だと思い込んでいる。ま、食べ物の嗜好のことは、それぞれの自由な世界である。

 昼食を済ませた後は、暑いし早く休みたいので、潟上温泉に行って、入浴するなり午睡をとるなりすることにして出発する。その途中に、先日訪ねた妙宣寺を再訪し、文弥人形の「檀風」の場であったこのお寺の地と、そこにあった日野資朝の墓を訪ね、更に一子阿新丸が隠れたという松の木跡も確認することにした。小木から真野までは30分以上時間がかかった。一昨日来訪した場所をもう一度訪ねるというのは、佐渡ならではのくるま旅の面白さかなと思いながらの運転だった。妙宣寺に着いて、早速日野資朝の墓に参詣する。相棒は一昨日はこの墓の存在に気づいていなかったとのこと。先日撮り忘れた日野資朝の歌の碑を写すことにした。

  

日野資朝の歌碑「秋たけし檀(まゆみ)の梢吹く風に澤田の里は紅葉しにけり」とある。文弥人形の演題の「檀風」はこの歌から作られているのが判る。

 そういえば先日うっかり見過ごしていたのだが、日野卿がこの島に流されて来てここに幽閉された時は、この地はお寺などではなく、阿新丸が仇と狙う本間何某かの居城である雑太(さわだ)城があった場所なのである。そう思うと、あの「檀風」という芝居の情景がここに重なって、ぐっと想像力が膨らんだ。いい経験だった。その後隠れ松の跡地に行き、枯れた松の残っているのを見たのだが、本物何かどうかは知る由もない。相棒の要請で、この仇打ちに関係の深い大膳神社にももう一度寄った後、新穂潟上温泉へ。

 一眠りした後温泉へ。風呂から上がって体重を計ったら、2kg近く減っていたので驚いた。今までは減るのを喜んでいたけど、60kgを切るというレベルは要注意だと思った。今日は久しぶりにトンカツを食べたのに、何が不足だったのか。少し反省した。枇杷茶を飲むのが少なかったのも一因なのかもしれない。こんな時には早く寝るのが一番である。

 その後道の駅に行き、夕食を済ませ、寝るはずだったのだが、男子サッカーW杯アジア地区第2次予選の対シンガポール戦があり、これを最後まで見てしまった。選手は一所懸命やっているのだろうけど、何だか空回りばかりしていて、引き分けになるというさっぱり面白味のないゲームだった。こんなことなら、TVなど見ずにさっさと寝ればよかったと寝床にもぐりこむ。

コメント
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