【今日(6/06)の予定】
道の駅:芸能とトキの里 →(県道)→ 椎崎諏訪神社(夕刻に薪能鑑賞)→ 道の駅:芸能とトキの里(泊)
【昨日(6/05)のレポート】
<行程>
道の駅:くがみ →(県道・R116他)→ 新潟港佐渡汽船乗り場 →(佐渡汽船フェリー)→ 両津港 → 道の駅:芸能とトキの里 (泊)
<レポート>
一日遅れてとなったが、今日はいよいよ佐渡上陸の日である。昨夜は深更になって風はすっかり収まり、朝は雲は多いけど晴れ間もある穏やかな空となっていた、昨日の荒天が嘘のようというのがぴったり当てはまるなという感じだった。今日のフェリー乗船は特に予約をしているわけでもなく、急ぐ必要もないので、12時35分発に乗ることにした。ここから新潟のフェリー乗り場までは1時間ほどだろうか。給水などをしてゆっくりと出発の準備をする。なるべく遅い出発にしようと思っていたのだが、結局8時半ごろにはすっかり準備は整って、もう何もすることが無くなり、9時少し前には出発することになった。
新潟の佐渡汽船フェリー乗り場に着いたのは、10時を少し過ぎた頃だった。乗船券を買った後はまだ時間があるので、少し近くを歩こうかと相棒と一緒に散策に出かけたのだが、少し歩くと相棒がたちまち新潟の街の毒気に当てられ、気分が悪くなってしまった。周囲が駐車場ばかりで、何だか相当に排気ガスが溜まっている感じがした。臭いには異常反応する人なので、とても散策の気分にはなれないようだった。相棒だけが車に戻って休むことにしたのだが、自分も佐渡汽船のターミナルを一通り覗いた後は、車に戻りネットで佐渡の情報などをチエックすることにした。相棒は寝床の中である。こんな時は旅車は便利である。1時間ほど寝ている内に相棒も元気を取り戻したようだった。
間もなく乗船の案内があって、12時少し過ぎに船の中の人となる。フェリーは「おけさ丸」という名で、かなり大型のものだった。北海道行の際には何時も大間から函館に向かうのだが、その時に乗る船の倍以上の大きさがあるように思った。昨日の様な荒天だと、幾ら大きい船でも船酔いは免れないだろうけど、今日の並みの程度では外海に出ても大丈夫だと思った。佐渡の地図や資料を持って椅子席のある方へ落ち着く。昼食は相棒の買ってきたおにぎりと何故か饅頭1個。近くのテーブルで豪華な弁当を食べているのは、ツアーの人らしい。珍しく饅頭などを食べて満足し、美食を羨ましいとは思わない。食べてしまえば皆同じなのである。
1時間ほど資料などを読んだ後は、船室に行って横たわる。相棒はそのまま椅子席に残るとのこと。1時間ほど眠って元の椅子席に戻ると、早や佐渡の島影が視界に入ってきた。後30分で両津港へ到着予定である。約2時間半の航行である。ここの位置からは新潟の方の山影も見ることができ、晴れて空気が澄んだ日ならば、双方からそれぞれを確認することが出来るのだなと思った。間もなく島が大きくなり、民家も見えて来た。15時05分、予定時刻通り両津港に到着する。いよいよ佐渡へ来たなと思った。
先ずは取り敢えず近くにある道の駅に向かうことにした。9年ぶりなので、佐渡の土地勘を取り戻すにはしばらく時間がかかりそうである。道の駅には10分ほどで到着する。何か旅の情報はないかと建物の中に入ったのだが、無人で数種類のリーフレットが置かれてあるだけの殺風景さだった。以前来た時は土産物などの売店もあり、もっと愛想良かったのに、この変わり様は何なのだろうかと思った。欲しい情報もないので、観光協会へ行くことにして、その所在をネットで調べたら、何と今来た港のフェリー乗り場の中にあるらしい。それで、もう一度逆戻りして港に向かう。港には駐車場が無くて困惑したが、道路脇に駐車している車が並んでいるので、やむを得ずそこに停めさせてもらい、相棒だけが観光協会に情報を訊きに行くことにした。15分ほどして相棒が戻ってきた。能の上演の情報などを貰って来たのだが、旅車が泊れる場所の情報は訊く余裕がなかったとのこと。ま、仕方がない。この愛想のない道の駅にお世話になるしかない。あとは前回に泊った場所を思い出しながら適当に探してゆこうと思った。間もなく道の駅に戻ったのだが、その途中にある明日薪能が上演される椎崎諏訪神社をちょっと覗くことにした。どうやら駐車も出来そうなので、早めに行っておく必要がありそうだなと思った。
16時少し過ぎ再び道の駅に戻り、錨を下ろす。広い駐車場には、旅の車と思しきものが4~5台思い思いの場所に停まっていた。それにしても愛想のない道の駅である。芸能とトキの里という名前は魅力的だけど、この現実との落差は何なのだろうかと改めて思った。駐車場の脇を走る道路の向こう側に本間家の能舞台というのがあり、そこを訪ねてみた。本間家はその昔の佐渡の治世者の一人であったようで、能への造詣が深い方がおられて、佐渡の能の普及に貢献されたとのこと。宝生流というのがそれらしいが、自分は今のところ全くの無知である。能舞台は全て戸が閉まっていて静かすぎる景観だった。昭和天皇も佐渡へ行幸の際にここで能をご覧になられたとか。年にほんの少し開催されるだけの舞台のようだった。神社の能舞台の方がずっと親近感を覚えるなと密かに思った。
本間家能舞台の景観。中央から右手の建物が能楽堂だけど、全て戸が閉まっているので、一見してはそれらしくは見えない。それでも神社の能舞台から見れば格別立派である。
車に戻り夕食とする。いよいよ明日は本番の能を観る日。期待がはずむ。そして明後日も大膳神社での能を鑑賞できることになっている。それが済んだら月曜日には大野亀に行ってトビシマカンゾウの花の群落を存分に楽しむぞ、などと考えながら間もなく眠りに着く。
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