新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

クルミの白和え

2019年05月31日 | 食・レシピ
この地方では白和えに味噌を入れます。その白和えを作ろうとほうれん草を茹でているときに、唐突にクルミを使った東北の白和えが頭に浮かびました。
朝ドラ『あまちゃん』時代の三陸海岸のばーばの料理で、ワカメとクルミと豆腐と砂糖の白和えです。食べたい! 幸いにクルミのストックがありました。

クルミをトースターで軽く焼きすり鉢ですりつぶし、木綿豆腐と砂糖と塩で味をつけます。両方とも食べたくて二種類作りました。


左がワカメ、右がほうれん草の白和え。ゴマよりクルミの方がコクがあるし、味噌が入らないので味が上品がですが、さすがに二種類は多すぎました。

ゴーヤのチャンプルー。今は年中出回るゴーヤだから、いつが初物かわかりませんが、少し厚みのある豚肉の方が綺麗に仕上がります。
夫は相変わらずごはん50g。私は相変わらずカイザーゼンメルです。

お昼は久々の大根カレー。大根の辛味が増してきましたが、なぜかカレーにすると全く感じませんでした。ごはんは100gずつ。魚が不足するのでイワシバーグにチーズを乗せて焼きました。
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茹でほうれん草の冷凍

2019年05月29日 | 食・レシピ
野菜は茹でたばかりのものが美味しいのは当然ですが、冷凍保存しておくと重宝します。
解凍して3cmに切り、水に鶏ガラスープの素、醤油、みりん、砂糖、胡麻油、豆板醤を入れた中で形を保つように少し煮ます。皿に盛りつゆをたっぷりかけ、マヨネーズを乗せ唐辛子を振ります。2人分で1束以上使っています。

アスパラガスの肉巻きは、グリーンアスパラでなく瓶詰めのホワイトを使いました。茹で時間は必要なし。
保存食のひじきと大豆と人参とちくわの煮物は冷蔵庫に大体入っています。
どれも味は落ちるかもしれないけど時短料理です。
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「無差別殺傷事件」

2019年05月28日 | くらし
明るい一日のスタートをしたはずの小学生、それを一瞬にして地獄に陥れた殺傷事件のニュースに日本中が凍りつきました。
夢いっぱの子供たちと外務省の第一線で日本を支えた人の命を一瞬にして奪い傷つけた犯人。あげくは事件が解明される前に自分で命を絶つ。無差別に人の命を道連れにする冷酷非道で独りよがりで言葉がありません。
心よりご冥福をお祈りします。でもこの言葉だけではやりきれません。
「美しい」はずだった日本・・・、最近はニュースの時間が怖いのです。

今日は古文書サークルの日ですが、朝から鼻水が止まらなくて、診療時間の関係でサークルを休まざるを得なくなりました。診断は「季節の変わり目、寒暖差」でアレルギーのお薬だけが処方されました。

最近、昼食をヘビーにして夕食を軽めにしてほしいと言う夫。昼食のヘビーは準備がこたえます。
「紅茶豚」を二かたまり作り、一つはワカメのお礼に友人宅へ運びました。

夕食はご飯を50gにして、それを海苔で巻いてと要望されました。私はそれでは足りないのでイヤ!サイラーのカイザーゼンメルにしました。
ワンプレートですが、食材は10種類。ささみのピカタのソースは、またケチャップにマーマレードとウスターソースを混ぜたものでなかなか合います。
パプリカは紫蘇ドレッシングにつけてピクルスにしたもの。瓶を使うとスペースをとるのでジップロックで冷蔵庫保存します。ノンオイルだから食べやすいです。毎回作り置き食材が助けてくれます。
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朝乃山優勝表彰式

2019年05月26日 | くらし
平幕朝乃山の優勝はお見事でした!総理大臣杯もトランプ杯もそれぞれご本人から授与されて館内はおおいに盛り上がりましたが、ざわついた空気の中での5番の取り組みは大変だったことでしょう。
このニュースが世界に流れて、日本の国技が知られるのはいいことです。

トランプ杯が気になりながら30分で晩ごはんの準備。6時からは『いだてん』が始まるので下ごしらえは済ませていました。

ハンバーグソースの大根おろしはあいにく材料不足。全くもって新発想のケチャップ+ウスターソース+マーマレード。これがよくマッチして美味しい!次もこれにします。
ミュンヘンのホワイトソーセージには甘いマスタードが添えられていました。この美味しかった味がヒントになったのです。

作りおきの冷凍蒸し大豆は、解凍してもふっくらしていてひじきと煮ました。基本の味付けはテレビ伝授の「しそドレッシング」。自分好みに醤油少々で味を整えると薄味だけどよく滲みていました。以前の煮物よりもずーっと簡単です。
大豆だけ食べても美味しいのです。ゆで大豆とはひと味違う旨味ともっちり感です。

友人からお土産にもらった「神宗」のちりめん山椒。粒ぞろいのちりめんの質も味もさすが老舗の味。ビールにも合いました。友人の顔を思い浮かべながら美味しくいただきました。

トランプ杯に目を奪われた今日。明日の日米首脳会談がこ・わ・い。
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つかの間のデビュー

2019年05月24日 | くらし
冷蔵庫脱臭剤の容器。ラベルを丁寧に剥がしてリサイクルごみ袋へ・・・のはずが、衣を剥ぎ取った素顔の容器はなかなか捨てがたいのです。横長10センチは可愛らしくて花を入れてつかの間のデビューです。

小さいアジサイを選んで挿すといい雰囲気が出ました。ミニチュアの世界は心引かれるものがあります。

ミニチュアと言えば、『ひよっこ』のタイトルバックのミニチュアアートは田中達也さん制作でした。ほっこりと心温まる楽しいものでした。今話題の人です。

その田中さんの展覧会『ミニチュアライフ展』はもう終わったようですが、それに関するブログを見つけました。
その時の画像を楽しむことができます。ブログ名『真理を黙って実行する』で、多分Gooblogです。ハッシュタグをタップすると見られます。
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家事の「アップデート」

2019年05月23日 | くらし
生活コラムニスト・ももせ いづみさんの新聞のコラムより
『家事の世界も日々変化していて情報も書き変わっているけど、習慣で昔と同じことを繰り返しがち。家事もアップデートしていこう』の記事に納得!共鳴しました。

例①.フライパンを熱してから肉を焼くのでなく、肉もフライパンも冷たい状態から火にかけ、徐々に焼き上げる。

例②.鶏の唐揚げは、油を適温に熱してから肉を入れるのでなく、冷たい油から入れて徐々に揚げる方が失敗なくカリッと仕上がる。

例③.野菜炒め。冷たいフライパンに切った野菜を入れ、上から油を回しかけ弱火でゆっくり炒める。あまり混ぜ合わせず2~3分放置しながら返すのがコツ。

例④.野菜を茹でる。大さじ3ほどの水をフライパンに入れ、蓋をして蒸し茹でにする。最初に野菜に少量オイルを回しかけてから蒸すと、軽く塩をしただけで温野菜サラダになる。ブロッコリー、インゲンにいい。

要するにフライパンを熱したり、お湯を沸かしたりの手間が省けるというものです。

「家事はかくあるべし」と伝えられてきた世代だから、私の「時短料理」には引け目を感じていました。
『以前は手抜きや邪道に見えたことが、今の新常識になっていることも。アンテナを立てて、新しい情報はどんどん取り入れ、いっぱいラクしましょう!』は、もろ手を上げて賛成の記事でした。

ワカメをいただきました。早速ワカメごはん。過去に『あまちゃん』ブームで放映されたレシピです。




炊き込みご飯でなく、混ぜご飯です。
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パン屋さん「サイラー」

2019年05月20日 | まち歩き
ボランティア帰りの夕方、新しくできたパン屋「Sailer」の看板を発見。
もしや???と思って聞いてみると、寺塚にある有名なパン屋さんも、ミュンヘンバイエルンオフィシャルバー「バイエルン福岡」も同系列とのこと!
「バイエルン福岡」の建て替えに伴い新しくお店をオープンしたとのことでした。
南区、中央区に続いて城南区にもついにできました!





イートインもできます。

サイラーのパンは20数年前からのファンなのです。嬉しくなって、夕方なのについパンを買ってしまいました。プレッツェル、ガイザー・ゼンメル、バゲットを。
プレッツェルに散りばめた小粒の岩塩を見たらもうたまりません。予定の夕食のメニューが吹っ飛んでしまいましとた。

夫もパンでもいいよということで、家の中のストック材料を総動員したのが今日の夕食です。


岩塩が程よい量のプレッツェルとビールの組み合わせは絶妙です。
ゼンメルは旅行の時にはこればっかり食べていました。

美味しかった!サイラーパン大好きな娘にも早速連絡しておきました。
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OpAmへ

2019年05月19日 | 美術館&博物館
昨日のコンサートホールも日航ホテルもOpAmの中のレストランもドアか通路で繋がっているので、雨を気にせず快適に行動できました。

チェックアウト後はガラスの通路を通ってOpAm、大分県立美術館へ。

3か月前にも訪れていましたが、今日はゆっくり同館のコレクションを観ました。


3階のホワイエ、天井がぽっかり開いてホテルが見えます。大分県らしく杉材をふんだんに使った館内は温かくて明るくてほっとします。

孫たちの成長でスケジュール調整が難しくなりましたが、どうにか一緒にランチをすることができました。
ゴールデンウィークは我が家に向かう途中で孫息子が具合が悪くなり、そのまま自宅に逆戻り。だから久々の再会でした。明るく生き生きしている表情にほっとします。

帰りのJRの車窓から、また美しい麦畑を見ながら充実した二日間のひとり旅を思い出しています。
私の休日も終わりが近づいてきました。
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アルゲリッチを聴く

2019年05月18日 | 音楽
夢でもあり、宿願でもあったアルゲリッチのピアノを聴くこと。それを今日18日、大分のiichikoグランシアタで聴くことができました。
「第21回別府アルゲリッチ音楽祭」の中の『ベスト・オブ・ベストシリーズ Vol.7 オーケストラ・コンサート』です。
コンサートが終わり、感動を抱えてホテルで興奮覚めやらず!


約2000の座席は三階までビッシリ。私は初めてですがリピーターも多そうです。座席は88の鍵盤がきっちり見える左側席を取っていました。

チェロのミッシャ・マイスキーも。指揮はN響の元音楽監督シャルル・デュトワ。そして若手の東京音楽大学シンフォニーオーケストラ。

私の目的はアルゲリッチでしたが、二つ目の演目、ミッシャ・マイスキーの演奏が始まった途端に衝撃を受けました。こんなにスゴいチェロ演奏を聞いたことがなかったので。
サン=サーンスのチェロ協奏曲は、前奏なしにチェロとオーケストラが同時に始まります。その強く激しく美しい音色にチェロの楽器の素晴らしさに目覚めました。
アルゲリッチに行き着く前にこの充実感。来てよかったと心のなかで叫びました。

映像でもよく見るスタイルの、柄のロングスカートのアルゲリッチ。かつては夫だったデュトワさんと仲良く入場。ほほえましく、そして芸術家の強さを思いました。気難しいといわれるアルゲリッチですが、ステージでの振る舞いをみているとチャーミングな一面も垣間見られて親しみが持てました。

世界の最も高い評価を受けているピアニストの一人といわれるだけあって、人の指とは思えない早さと強さと鍵盤を叩く正確さ。指が流れて曖昧になったり濁ったりすることなく、情感タップリの音色は超一流なのが素人でもよーくわかります。衰えを知らない技巧と感性はまさに神に与えられたものとしか思えません。
難解と言われるリストの『ピアノ協奏曲第1番』の演奏です。’60年代初頭に圧倒的な演奏で世界に名を広めたと言われる曲です。まるでリストを征服するが如き演奏で、名ピアニストと言われたリストもビックリでしょう。

演奏が終了してもスタンディングオベイションの拍手が鳴り止みません。
アンコールはミッシャ・マイスキーのバッハ無伴奏チェロ組曲。彼の壮絶だった過去があるからこんな美しい音が出るのだと思いました。
続いて、アルゲリッチとの共演でショパンからポロネーズとチェロソナタ。

こんな大サービスは観客への思いがあるからでしょう。大分に根付いたアルゲリッチ音楽祭の大きさを思いました。
別府には実業家の寄贈による「椎木アルゲリッチハウス」が建っています。とにかく大分が好きらしいのです。

今日ゲットしたもの。アルゲリッチの若き頃の演奏のCDとトートバッグです。

この日に合わせてコンサートホールの向かい側のレストランが、コンサート終了後にもお店を開けていると連絡がありました。
大分産の食材を使ったフランス料理を提供するというものです。メニューが決まる前に 予約しておきました。







アルゲリッチワイン「希望の樹」と豊後牛フィレステーキの遅い夕食でしたが、ホテルがすぐ傍だったので時間を気にせずにすみました。
コンサートホールとレストランとホテルがまるで三位一体、できたら来年も来たいな。

年老いて記憶が薄れかけても、今日のコンサートは絶対忘れないと強く思いました。
このホールの観客は実にマナーがいいというのも、気持ちよく鑑賞できた理由のひとつです。

今日は夫は同窓会へ。一人で羽を伸ばそうと勢い込んで来ましたが、ひとりは何となく落ち着かないものです。


大分に来るときJRの車窓から見た麦秋。美しい日本の風景を久しぶりに見ました。
ずーっと続く金色の麦畑に、国産の誇りと信頼を得た自信のような麦の表情を見た思いです。
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日経新聞小説『ワカタケル』の中の「国宝」

2019年05月17日 | 本・新聞小説
ついにヒエンソウを切り取りました・・・。



池澤夏樹氏連載の新聞小説がいよいよ佳境に入ってきました。ワカタケル(雄略天皇)の国造りの物語です。
荒々しく、猛々しく野を駆け巡り川をくだり、異国から来た知の人びとの話を聞き、意見を聞き、霊を操る女性の言葉を尊重しながら、徐々に国の統治の形を造り上げてきました。

今月の内容は、ワカタケルに長年使えてきたヲワケが武蔵国に帰ることになり、褒美として鉄剣を贈ることになりました。出雲の砂鉄とタタラを使って剣を作る場面が詳しく書かれています。

まだまだ文字が乏しかった時代に、大王は「李先生」にこの鉄剣の銘の撰文を命じます。
『・・・ワカタケル大王、天下を治める我が、この百度鍛えた名刀を作らせ、めでたさの由来をここに記す』と漢字で彫りこんだ115文字に金線を打ち込んで武蔵国の豪族ヲワケに下賜しました。

ワカタケルはその前にも同じように火の国の豪族ムリテに下賜した剣があります。
『大王ワカタケルの御代に典曽として仕えた者、名はムリテ。八月に、大釜を用いて太刀を作る。八十回練り、九十回打つ。三寸上好の名刀・・・』の75の銀文字はヲワケより格が下だからというものです。

この二つの太刀の話になったときに、「この二つの太刀をこの目で確かに見たことがある」という確信の記憶がよみがえりました。

九州国立博物館で10年ほど前に『古代九州の国宝』展がありました。
その中に錆びた2本の太刀があり、説明がないならとても足を止めるようなものではありません。
よーく見るとその錆の中にくっきりと金色の漢字が浮かび上がってきます。1500年前の耀きと厳かな息づかい!
その漢字は音を当てはめたもので意味は全くわかりません。ただ2本とも国宝に指定されるほどに文字の内容が重要だったのです。

そして今、その文字から天皇の統治体制、漢字文化、鉄の製造、刀剣の製法が分かることをこの小説で納得しました。
当然国宝に値するものだとわかり、その鉄剣2刀をこの目で見た事実に感激しました。華のない地味な展示品でしたが。

倭の五王の一人雄略が武蔵国と火の国、つまり東と西の豪族に貴重な刀剣を与えたことから、日本の国が広範囲に形造られていくのがわかります。
日本書紀でしか伺い知ることのできない時代をこうして垣間見ることができるのは、まさにロマン、素晴らしいことです。

鴻池朋子氏のさし絵、初めの頃は、秘めたうごめくエネルギーを押さえ込むような荒削りなタッチの抽象的なものでしたが、少しずつ具象の絵になっています。まさに国造りが形をなしていくように。
ストーリーも画も、これから先が楽しみです。
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多忙な五月晴

2019年05月15日 | 食・レシピ
五月は行事が多い上に、気持ちよく晴れ上がった日は途端に家事がせわしなくなります。
面倒な加湿器3台の掃除。気化式だからフィルターと除菌ユニットはクエン酸水の浸けおき洗いが必要で、乾かして収納するまで3日間かかりました。毎年苦になるお手入れです。
今は「加湿空気清浄機」としてお手入れが簡単な高性能の機械がでていますが。

の仕事は時間に際限がなく、区切りをつけるタイミングの感覚がなくなります。こんなときの昼ごはんは常備菜としてストックしたものが役に立ちます。




お昼ご飯。二人分で200gのご飯のかさを増すために、蒸し大豆を一握り混ぜてチャーハンを作りました。ねっとりした蒸し大豆はご飯によく馴染みます。

ストックの茹で大根は、もろみをのせて一品に。

この陽気にゴーヤのツルがどんどん延びて、もうすぐネットが必要になりそうです。本来の定位置にはまだヒエンソウが陣どっているので、花を避けて部分的にネットを張りスタンバイさせました。これでひと安心。
2.7m高さのネット張りはひと苦労で、とうとう夕方5時を過ぎてしまいました。


ふ~っ、夕ご飯の準備・・・。「簡単でいいよ」といわれたものの、自分に食べたいレシピがあったので、やっぱり作りました。

「大根の鶏そぼろ煮」はカタログに掲載の生協レシピです。
1.若鶏ミンチを油で炒め、次に大根半本(1cmの角切り)を入れて炒め合わせます。
2.上に水2カップを入れ煮たたせ、醤油・酒各大さじ3、砂糖大さじ1、輪切り唐辛子少々と生姜千切り1片を入れて、蓋をして火を弱めて15~20分ほど煮ます。
3.汁を煮詰め水溶き片栗粉(水大さじ2+片栗粉大さじ1)を入れとろみをつける。盛ったら小ネギを散らす。

大根の角切りは煮崩れがなくダイス状にピシッと数学の世界???形が美しいのが心地いい!
千切り、拍子木、輪切り、半月、銀杏切りがほとんどの大根。角切りはありそうでなかった私のレシピです。

オムレツに添えたニンジンも圧力鍋使用のストック材料から。切って並べただけの柔らかニンジンです。

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ゴーヤ、地植でなくプランターで

2019年05月12日 | ガーデニング
毎年植えていたゴーヤ、台所の窓の下が長い間ゴーヤの定位置でした。
そこには今ヒエンソウが咲いています。
大好きな花をまとまったスペースに咲かせたかったので、昨秋に種をばらまいていました。
ゴーヤの植え付け時期と重なりましたが、まだ2分咲きなので抜くには忍びません。いや、抜けません!
仕方がないので、72cmの大型のプランターと土を買ってきました。
こんな大きなプランターは初めてで、大口を開けた怪物みたいに培養土も鉢底石もがっぽりと飲み込みました。
ヒエンソウが終わったらプランターごとその場所に移動させます。

連作してもOKの接ぎ木苗ですが、やっぱり土は一年は休ませた方がいいのかもしれません。収穫は年々減っていました。

もともと午後の日差しを遮るのが第一の目的です。20本も採れれば元をとるかな。

ネットを張る前にヒエンソウが咲き終わることを願っています。
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棒々鶏

2019年05月10日 | 食・レシピ
26度に上昇した今日の暑さ、初冷房です。こんなときは棒々鶏が食べたくなりました。 
鶏むね肉を酒、塩を入れたひたひたのお湯の中で弱火で10分程茹で、アクも油も少ない茹で汁は濾してスープに使います。

タレは少しずつ分量を変えて好みの味を探っています。味噌大さじ1、醤油大さじ1.5、みりん大さじ1.5、砂糖大さじ1.5、豆板醤小さじ半分、酢大さじ1、すりごま大さじ2。残っても茹で野菜にかけて使います。

ひじきと油揚げとニンジンの煮物はしそドレッシングの味付けですが、青じそが残っていたので最後に入れてみました。ひじきに青じそという発想はあまり聞きませんが、食べられるものはなんでも組み合わせてみる・・・。これは「親爺さまブログ」の発想の影響です。確かに馴染んで品のいい味になりました。

無限ピーマンはツナ缶を使い電子レンジだけの調理です。4個ほどのピーマンの細切りと汁を切ったツナ缶を混ぜてラップをして電子レンジ600wで2分。取り出して鶏ガラスープの素小さじ1、ごま油小さじ1を入れて軽く混ぜるだけ。
そうそう、ツナ缶の汁は先程の茹で汁に入れると魚の旨味が足し算されて、溶き卵のスープが美味しくなりました。

梅雨前にもち米を使い切りたくて、このところ赤飯ばかりです。あと一回炊けば消化しますが、さすがに白いご飯が食べたくなりました。
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今月の筋力テスト

2019年05月09日 | 健康・病気
カーブスの5月、月初めの測定は筋力テストの予定ですが連休で取り止めになっていると思っていました。
テストはあまり好きではなく、毎月初めは何となくトレーニングも滞りがち。
避けていたはずなのに今日バッチリ網にかかってしまいました。
スタッフさんとの一対一のテストはカウントも厳しいです。
筋力はついている実感はあったものの、それがちゃんとグラフにも表れていました。嫌なテストもこうなれば嬉しい限りです。

2年前の「30代後半」に戻っていました。トレーニングによって傷ついた筋肉を修復するときに筋肉が増えるので、毎日でなく1日間は開けたほうがベストとのことです。
昨秋からトレーニング回数を月7ほどに減らしたのが気になっていましたが、筋肉の使い方がわかったのでトレーニングの帰りは体の充足感がありました。

毎月の会費は安くはないので、回数をこなした方が得・・・と思っていましたが、効果的なトレーニングは回数ではなく、器械の正しい動かし方と休止の間隔にあるようです。

夏場は退会して秋口にまた入会しようと思っていましたが、せっかくのデータを見ると止めるのにも勇気が要ります。
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テレビ『なつぞら』と開高健『ロビンソンの末裔』

2019年05月04日 | 本・新聞小説
今放映の朝ドラのこと。ヒロイン「なつ」に絵を描く楽しみを教えてくれた友だちに「山田天陽」がいます。
彼は東京の家を戦災で失い、政府の勧める北海道開拓民として両親に連れられて移住して来た経歴を持っています。
夢の大地のはずが作物の育たない不毛の土壌、雪の降り込むバラックの家。開拓民の過酷な暮らしぶりがちらりと写し出されました。
身のすくむ思いのその光景を見てパッと思い起こしたのが、開高健『ロビンソンの末裔』です。
ずーっと前に読んだもので、茶色に変色した古本を送料込み1400円でやっと手に入れました。古本でこんなに高い文庫本は初めて。
昭和57年再発行本は文字が小さくて「行」の移動がうまくはかどりません。その頃の文庫本は今の若い世代でも読みにくいのではないかな。

やっぱりそうでした。ドラマとぴったり一致する時代の北海道への開拓移民の話でした。
太平洋戦争末期に無責任で行き当たりばったりに行われた開拓移民計画ですが、「東洋のウクライナ」という夢の宣伝文句を大勢の人が信じました。
こうして北海道に渡る最中、船上で突然の終戦を聞かされます。
情報も少ないまま、それまでの「既存農家」より20キロも奥の原野に連れていかれます。生い茂る熊笹の広大な荒れ地に放り出された移民。道もなく、畑もなく、家もなく、ランプもなく、在るのは近くの川だけ。
石をぎっしり敷き詰め、根太と厚板を敷いて床を作る。板を両側から斜めに立て掛けて屋根を作る。壁はなく、入り口と出口は二枚のムシロをぶら下げる。親子3人が寝られるだけの『拝み小屋』の作りです。

都庁職員を辞めて移民となった主人公は農業経験なし。兼業農家の町役場の指導員・久米田が時おりやって来て、誠実に現実的に指導してくれるのが唯一のたより。食料は川の魚と久米田が持ってくるジャガイモとカボチャ。
冬に向かい食料より大事だというブリキ板を張り合わせたルンペンストーブが配給されますが、吹雪けば雪はすき間から容赦なく小屋の中に入ってきます。
カレンダーも時計もない真冬の生活が客観的に克明に書かれていて、この部分がずーっと私の脳裏に凍りついていたのです。


戦後生まれとはいえ、昭和20年代の日本で育った私はこの場面をイメージするのに困難ではありませんが、多分今の若い人はイメージできず物語か創作の世界と思うかも。

本の中の開拓民の土壌はモヤシ1本育たない酸性土。川から水を引いて「毒」を薄めて流し、他から栄養分のある土を運んで客土をし、それを繰り返して3年~5年かかるという気の遠くなるものでした。その間役所からの当てがい扶持で乞食じみた暮らしをあと5年も・・・。
やっと少し耕しても撒く種がない。何回も役場へ足を運び種を手に入れても、ふた葉の後は枯れてしまうという悲惨なものでしでした。
前半はこの苦難の繰り返しですが、後半では、そんな中から組合を作って集団で交渉しようという話が持ち上がります。
寄せ集めの集団は紆余曲折しながら、土地を耕しながら、町役場、支庁、道庁へ、それでも埒が明かないので費用を出し合って上京し国会に詰め掛け抗議します。
知恵を絞った強行手段で一歩前進のお墨付きをやっと獲得することができました。 
そしてどうにか少しうまく行き始めたときに、大型の台風でおびただしい被害を受け全滅状態に陥りました。開拓の土地は人為で歯が立たず、天災で更に追い込まれたのです。
一人はタバコ一箱と土地を交換して東京に戻り、ある人は精神の障害に陥り、ある人は黙って去り、と開拓民たちは絶望して逃げ出し始め残る人はわずかになりました。
著者は、役場の人たち、既存農家の人たち、開拓民の心理と行動を感情を交えずに冷静に力強く表現しているので、私も悲愴感を押さえて読むことができました。

最終章の最後で『冬と夏と石ころだけの土があるだけです。死にはしないがまったく生きていません。来年はジャガイモを少し植えてみようかと思っています』という主人公の心情を述べて、読む側も未来に繋がるほんの少しの希望を見いだしました。

北海道の緑のあの美しいなだらかな丘、広い直線道路、カラフルな屋根。行ってみたい人気の観光地ナンバー1。北海道開拓の苦難の歴史はそのうちに伝説化することでしょう。
開拓史は日本、中南米移民を問わず過酷な自然に挑む苦難の繰り返しですが、その歴史を決して忘れてはいけない、記憶しておくべき事実だとしみじみ思っています。

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