生誕290年記念の「勝川春章」展が出光美術館と太田記念美術館で同時に開催されており、どちらにしようかな・・・。そして下段の《美人鑑賞図》が展示されている出光に決めました。
展示メインの春章最晩年の《美人鑑賞図》。この絵は鳥文斎栄之《福神の軸を見る美人》の構図を元に描かれています。横にシカゴ美術館所蔵の絵が写真で出ていました。なぜ30歳も年下の栄之の絵を参考にしたのか・・・、その理由を解く美しい展覧会でした。
ついでに画中画の右軸は狩野探幽の《寿老図》、中央下の軸は《竹鶴図》だそうで、ほぼ正確に描き込まれているとか。美人図もですが、その掛け軸にも気を取られてしまいます。こんな趣向が春章が行きついた芸術かもしれません。
春章の墨と絵の具で一筆ひと筆丁寧に引き重ねていった美人画は、宮川長春からの系譜につながります。すでに歌舞伎の役者絵で人気を得ていた春章ですが、肉筆美人画を手がけるようになったのは50歳前後から。
「美人画家・春章の出発」の章は、上方の絵師の美人画にその表現の源流を求めたという絵が並んでいます。《雪中傘持美人図》等21点。
「春章の季節」の章は、彼が当代随一の美人画作家として名を馳せると、多くの浮世絵師が春章の美人画へと表現を近づけようとします。その中に酒井抱一の絵もありました。
「俗の中のみやび」の章は、円熟期に入った春宵は、中国や日本の古典的な文化になぞらえようとして芸術の深みを増していきます。《花魁図》等12点が勢ぞろい。
最後に、春章が残したものとして「浮世絵の黄金期へ」の章があります。春章が世を去った後、北多川歌麿、鳥文斎栄之の華々しい登場です。鳥文斎栄之の絵は品のある清廉な美人画でとても美しいものでした。ここにきて春章《美人鑑賞図》が栄之の美の世界と一致したところが納得できました。
この章に北斎の肉筆画も一枚ありました。彼は若き日に春章のもとで学んだ弟子だったのです。そういえば北斎も一時「勝川春朗」と名乗った時期がありました。
面白い資料の解説が展示されていました。江戸の著名人を職業別に記号をつけて表したものです。当時は浮世絵師と画家は区別されているのがわかり、画家の方が上に見られていたそうです。春章の扱いは画家。浮世絵画家から肉筆画家をめざし、そこで活躍し名声を得たのがうかがわれます。
( 国会図書館デジタルコレクション「江戸方角分」で1000人分の職業を見ることが出来ます )
今回はフェルメール、レンブラント、ボッテェチェリ、ダ・ヴィンチと、世界的にも超メジャーな画家の名前が東京まで飛んでいくきっかけを作ってくれました。それはテレビでもよく目にする絵であり画家であったりしましたが、今回特に心に残ったものは、そのほかのカラヴァッジョと勝川春章でした。両者とも超メジャーではないからこそ新鮮で、新しい知識を得られて心弾む思いでした。理解するというのは好きになるための一歩です。
江戸時代、たくさんの浮世絵や陶磁器が西欧に流れました。それは西欧人にショックを与えるほどの異世界の新鮮さでした。ジャポニズムという言葉が生まれたほどです。
だから2日間洋画ばかりを見た後、日本画のこの出光美術館に来た時の新鮮な感覚が、江戸の頃日本の絵を初めて目にした西欧人の衝撃の心とダブって、さもありなんと一人納得したものです。絵画芸術は洋の東西を問わず人間の心に問いかけ、奥深く入り込む魔法のようなものかもしれません。
随分前に娘と大英博物館を訪れた時に「日本館」にも足を延ばしました。百済観音の3体のレプリカのひとつが展示されていると聞いたからです。
しかし日本館に入った途端に目の前のガラスケースに凛と収まった美しい日本刀が目に飛び込みました。これが日本文化だったのか・・・、と衝撃的でした。一刀に込められた日本の精神。余分なものをそぎ落としそこに込められた心というか崇高なもの、それへの畏敬の念がわいてきて日本文化がいとおしく、とても誇りに思いました。今回の出光の日本画でさらにそれを確認しました。
絵を見終わってロビーのソファーでくつろぐと、全面ガラスの向うに桜田門が見えます。頭に浮かぶのは井伊直弼ですが、春の陽はそんな暗い歴史を飲みこんで、どっしりとした門は静謐に包まれてとても穏やかでした。
見終ってからの遅いランチは、丸の内ブリックスクエアのA16で。ガーデンを眺めながら窯焼きピッツァを。お店の人が「かなり大きいから二人で1個の方がいいと思います」とアドバイス。
ケーキは岩塩とオリーブオイルをトッピングしたチョコレートプディーノ。人気のケーキらしいけどチョコレートが濃厚過ぎて甘すぎて。日本初上陸のサンフランシスコのお店らしいけど、アメリカのケーキは超甘いから。
そういえばニューヨークの空港で、朝からサラリーマンらしきイケメンが砂糖がけの菓子パンを頬張っていました・・・。「ひぇ~っ」とびっくりポンの光景でした。
かくして3日間の旅は終了。 やはりカラバッジョと勝川春章が深く心にしみました。鼻歌が出そうなくらい満足した美術鑑賞でした。
(東京3日目 3月17日)