新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

ゴーヤの植え付け

2009年04月30日 | ガーデニング
 
このところ、ホームセンターの園芸コーナーには野菜Suzuran_004の苗がたくさん出回り、家庭菜園を楽しむ人の数も確実に増えています。数年前からエコ対策のキャッチフレーズで、緑のカーテンのことがよく言われるようになりました。私も、今年で4年目になるゴーヤのカーテンを作るために、さっそく苗を買い求めました。
2週間前にまだ咲いていた花を抜き取り、腐葉土と苦土石灰を混ぜて耕していたので、植え付けは簡単。まずリビング側だけを植えましたが、4m×4mのネットをこしらえるのに大奮闘です。
Suzuran_003_3よそのブログで、ドイツスズランと日本スズランのことを見ました。庭にひっそり咲く我が家のスズランは、まだ名前がわかりません。どなたかアドバイスを頂けたら幸いです。
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『スラムドッグ$ミリオネア』

2009年04月26日 | 映画

2009年アカデミー賞8部門受賞の「スラムドッグ$ミリオネア」を観てきました。冒頭から猥雑極まりないムンバイのスラム街、その迷路を駆け抜ける少年たちのエネルギーと生命力、息詰まるようなクイズ番組、警察での過酷な拷問の取り調べ、離れ離れになった同じ境遇の少女への純粋な愛情、兄弟の離反と融和・・・。

チラシには、『世界最大のクイズショーで、残り一問まで辿り着いたスラムの少年。間違えれば、一文無し。正解すれば、番組史上最高額の賞金を手に入れる。<スラムの負け犬>がすべてをかけて出した、人選の“ファイナル・アンサー”は―?』と書かれています。実際に映画を見てその結果を確かめてください。

エンドクレジットでのプラットホームでのダンスの場面。暗かったジャマールの打って変った生き生き、きびきびした動きは最高に素晴らしかったともいます。この最終章への導き方が観た後の印象をさわやかに印象づけました。

Img_4399ボストン・グローブ紙のコメントに『今晩どんなことがあっても中止して、この映画を見に行くべきだ!』とありましたが、映画もレストランも、と両方が可能に。予定通り「最後の晩餐」に行くことができました。

なぜ「最後」かというと、そのレストラン、ヌーベル文雅は、ゴールデンウィークの終わりとともに閉店するからです。味も盛り付けもセンスがあり、福岡では一番気にいっているフレンチのレストランでよく利用しました。最初にいつも美しいエルメスの皿がおいてあり、ナプキンが乗っています。ウィークデイの夜でも次々にお客が入ってきて、こんなに惜しまれているのに、とても残念です。

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Itigo_003地面ばかりを見て草取りをしていたら、青い実がたくさん落ちています。「?、何の実?」と見上げたら、何と真っ赤なサクランボがたくさんなっていてびっくり!

昨年もそうだったけど、すっかり忘れていました。10年くらいの木でしたが、見栄えもよくなく、実りもなかったので、枝葉を切り落とし幹だけを残していたのです。

そのことに生命の危機を感じたのか、昨年から幹にしがみつくように実をつけるようになりました。300g足らずですが、ルビーのような甘酸っぱいサクランボの収穫ができました。

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コーリン鉛筆削り

2009年04月16日 | くらし

Niwa_015Korin2_5実家に行くと、 私たちが子供のころ使っていたコーリンの 鉛筆削りを母がまだ大切に使っていました。

三角顔のブランドマークに胸がキュン。そういえば最近このマークは見かけないな~、もうあれから何十年たったのかしら・・・。

使ってみると、今のものよりしっかりと鉛筆をつかみ、鉛筆と刃のかみ合わせがしっくりいき、削るときも本体に安定感があります。手動の鉛筆削りは当時はまだ珍しく、ずしりと存在感のあ る鋼鉄製で、ハンドルを回すとくるっと丸まった小さな削り カスが下の小引出しにたまっていく感じが大好きでした。

Korin_002確か刃の部分は取り外しが可能のはずでしたが、長年のサビで固くなっていました。が、コツンと一撃を加えるとすんなり外れました!

子供のころはこのカッター部分が魔法のように思え、よく取り外しては眺めていたものです。今の手動タイプの削りは確か固定式になっています。

このレトロな削りは、今も十分にその機能を備えていました。左がコーリン、右が今の鉛筆削りを使用したもの です。削った姿もなかなかシャープで何の遜色もないどころか、かえって美しい気がします。

Enpitu_002_2当時は、「鉛筆は前の晩に家できれいに削っておく」というのが学校の課題で、先生が筆箱の中をチェックして回った…という記憶があります。

だから、その頃の小学生は、上手にナイフを使って削るどころか、さらに器用な男の子は肥後の守で削ってきて自慢していました。もちろん筆箱の中にはナイフや肥後の守を入れておいても何の問題もありませんでした。(肥後の守と聞いてピンとくる人も少ないでしょうね・・・)

時代が下って、自分の子供たちが小学校に行くようになると、ナイフは危険だからという理由で学校に持っていくのも禁じられるようになりました。何度か怪我をしながら、自分で刃ものの使い方を習得していくはずなのに、とりあえず「何か」が起こる前に禁止しておく・・・。とてもさみしい気がしました。

10年ほど前、私がとある塾でナイフで鉛筆を削っていると、子供たちが集まってきて「わ~ぁ、すごい!手で削るの?」と顔を輝かせて歓声をあげました。「???・・・」ショックでした。今は、学校の制約も多いし、もう電動シャープナーの時代なのですね・・・。

コーリンの、日本では初めてのA.L式の鉛筆削りNo.6000 には、子供時代の思い出がたくさん詰まっています。母にほしいというとあっさりOKで、その代わりにカラフルな軽い鉛筆削りを持っていきました。あとでゆっくり考えてみると、今一人暮らしになった母は、子供過ごした日々を懐かしんで大切にいとおしんで使っていたのかもしれません。娘というものは、ある意味で残酷なことをするものですね・・・。

そのころ、鉛筆は三菱かトンボかコーリンで、セルロイドの筆入れに入った鉛筆は、小学時代の象徴にも思えます。しかし、調べてみるとコーリンの会社は1997年に倒産しており、思い出にチクリと痛みが走りました。半世紀たらずの間に急激な高度成長を経験し、それがもう行き詰って、世の中の早い変遷に胸が詰まります。

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1枚のレシート

2009年04月05日 | くらし

Siba_008_2読み終えた司馬遼太郎『播磨灘物語』1巻~4巻は、Amazonの古本を購入したものです。新品だと2600円余り、古本だと送料が1冊ごとにかかるので2000円余り。価格的にはそれほど違わなくても、ほとんど新品と思えるほど保存状態がよくすぐ届くので、私はここの中古商品をよく利用しています。

丁寧に梱包されて送られてくるその向こうに、かっての持ち主の人柄が見えてくることがあるし、同じ本をどんな気持ちで読んだのだろうと想像するのも楽しいのです。少なくとも選んだきっかけは似ている気がします。

この本の2巻目を読んでいるときに1枚のレシートがでてきました。≪喫茶室「庭」、吉祥寺、2006年8月28日、16:37、アメリカーノ 420円・・・≫ 

このレシートを見ながら、2巻目を買ったこの人は家に帰り着くのを待ち切れずに、喫茶室でコーヒー片手に読みふけったのかしらと想像してしまいました。分かるなぁ、そのはやる気持ち。夕方のこの時間に、喫茶室でくつろげるのは主婦ではないだろうなぁ・・・。

もう40年前ですが、吉祥寺は学生時代によく行ったところ。当時はクラシック専門の2つの大きな純喫茶がありました。思い出は美しい!胸がキュンとなってネットで探すと「あったー!」。なんとワンクリックで出てきました。

今でも吉祥寺の喧騒を忘れさせてくれる静かで清潔な空間「だった」ようです。「だった」と書いたのは、その喫茶室は既に昨年の2008年12月に閉店されたことが書いてあったからです。今は純喫茶だけでは存続できなくなった時代でしょうか・・・。

私の空想もぴたりと扉を閉ざされてしまいましたが、学生時代が急に懐かしくよみがえってきました。サークルの終わった後、ソファーを並べてもらってコーヒー100円でずいぶんねばったものです。みんなどうしているかしら…。

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ばらく家を空けていたら、オランダで買ってきたチューリップが咲き誇っていました。やたらと埋め込んだので景観的にはよくないのですが、わ~っと咲いて春の象徴として存在感はバツグンです。

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今年の桜

2009年04月04日 | まち歩き

Niwasaiki_068娘の引っ越しの手伝いにS市まで出かけました。荷造りの合間にベビーカーを押して町歩きをすると、このところかなり冷え込んでいるせいか、桜がまだ豪華に咲き誇っていてラッキーな花見ができました。

公園の桜の木を見上げては、指をさし目を細めて、一オクターブ高い声で「あ~ぁ~」とニッコリし、落ちている花びらを小さい指で1枚ずつつまんでは私の手のひらに乗せてくれます。こんな赤ん坊の行動にちょっとびっくり!1歳2カ月なのに、人は生まれながらにして本能的に美しさに対する感動の心を持っているのでしょうか。自分の子供の時は心のゆとりがなくて、そんなことには気づきもしませんでした。

その後、咲き乱れる満開の桜の花を見るとなぜかウキウキして心嬉しくなるのは、脳内ホルモンのドーパミンの放出の効果だという新聞記事を目にしました。

ストレスの多い世の中では、心を開いて自然の光や風や音や色を感じれば気持のリフレッシュができドーパミンが分泌されるとのこと。春の明るい日差しを全身で受け止めた赤ん坊がこのような行動したのも、なるほど理にかなったものだったのです。

散歩から帰ると、赤ん坊の母親はすぐに子供の満ち足りた表情に気づきました。小さな幸せはちょっとしたところに転がっているものなんですね。

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Niwasaiki_071_2博多からS 市まで、JR特急の3時間は私の貴重な時間です。車内販売のコーヒーでくつろぎながら、司馬遼太郎「播磨灘物語(四)」を読み終えました。

ベビーカーを押して石畳の元の城下町を歩いていると、なんと読んだばかりの秀吉の九州征伐に縁の深い名前に遭遇!毛利高政。元の名を森勘八高政。秀吉の命で毛利軍の人質になり、敵の毛利輝元にも愛され毛利の姓をもらったほどの人で、読んでいるときも非常に気になった人でした。その人が佐伯藩の藩祖に抜擢されたのでした。まだ新しい記憶が目の前に・・・。こんなちょっとした喜びが歴史小説の醍醐味でもあるのです。

もっと町巡りをしたかったけれど、翌日は帰宅予定だし娘もここから引っ越すので、この地に再び来る可能性は低いのが残念です。

この5日間の手伝いは引っ越しのbeforeの部分。明後日からafterの部分の手伝いに、今度は特急で2時間のところに出かけます。

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