新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

鶏レバーの簡単レシピ

2013年10月31日 | 食・レシピ

焼き鳥屋さんの鶏レバーならいざ知らず、キッチンでレバーを目の前にすると深呼吸がいります。あのぬるりとした手触り・・・。その処理さえ我慢すれば、今回はとてもおいしい料理です。簡単で子供でも食べられそうなレシピです。酒の肴にはぴったり。

♪:;;;:♪:;;;:♪  鶏キモのウスターソース煮 ♪:;;;:♪:;;;:♪

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◆ 鶏レバー300g、 ローリエ2枚、 牛乳大さじ2、 ニンニク1片、 
  酒50ml、 ウスターソース150ml、 砂糖大さじ2、 唐辛子

①レバーは一口大。血合いや脂の部分を取り除き、さっと洗って牛乳に10分ほどつけておく
②鍋にローリエ、ウスターソース、酒、砂糖、ニンニク、唐辛子少々を入れて軽く温める
③レバーの牛乳をさっと洗い流し、水気を拭いて鍋に入れる。蓋はせずに、煮汁が半分くらいになるまで煮詰める。

汁ごと冷蔵庫で保存すれば1週間は持ちます。冷えた方が特有の臭さがありません。とても食べやすいです。
  

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スペインの「ハポン」さん、先祖は「サムライ」

2013年10月29日 | 本・新聞小説

今年は日本・スペイン交流400年の年。その中で「ハポン」姓の先祖は日本人という衝撃的な話に出会いました。
調べてみると、なるほど遣欧使節使のスペイン残留者の子孫が、それも数百人単位で今も存在しているという事実に行き当たりました。このロマンあふれる話は放ってはおけません。


Img_2そこで手に入れたのほが 、太田尚樹『ヨーロッパに消えたサムライたち』(筑摩書房)です。
南欧文明史を専門にしている太田氏が、実際に現地に残る資料を丹念に探して書いているだけあり、歴史ノンフィクションという面白さがあります。歴史の空白はロマンの世界です

1613年、仙台藩主伊達政宗はヨーロッパに向けて国交樹立の野望をいだいて使節団を送りました。向かう船「サン・ファン・ヴァウティスタ号
」は日本製。船大工600人、鍛冶600人、雑役3000人で、45日間で作り上げた横10m、長さ18m、500トン。17世紀の初頭に、日本がこの技術を持っていたことがまずは驚きでした。

乗り込んだのは、支倉たち使節団、幕府関係者、ソロテ神父等キリスト教関係者で180人。それぞれの異なった使命と思惑と希望をのせて、太平洋へ乗り出し、3か月をかけてノビスパニア(メキシコ)のアカプルコに到着しました。
はじめて見る異文化、異民族の国。様々な困難を乗り越え、メキシコを大西洋側に横断して目的地スペインへ向かいます。

マドリッドでの国王フェリペ3世に謁見したことは資料にも残っており、少禄の武士でも魂は武士道にかなったものであり、そのふるまいに賞賛の言葉が見えます。しかし歓待はされたものの仙台藩の望むスペインとの国交の返答は得られませんでした。
日本は「金銀」の島ではないこと、あまりに遠すぎて「征服」するには至らないこと、キリスト教事情もよくないことなど、スペインの国益には程遠いものでした。折からスペインの国家財政は窮乏し、「病める強国」になっていたのも不運でした。
しかも、日本からもたらされる情報は常長たちにとっても、キリスト教関係者にとっても不利なものばかりでした。幕府は相手国としてスペイン、ポルトガルよりも宗教的に寛容なオランダを選びつつあり、キリシタン弾圧が着々と進んでいたのです。

満足のいく返書が得られないまま次の目的地ローマに出発します。
ローマでは、空前絶後の華麗なパレードが行われ、盛大なローマ入府式が行われます。法王パウロ5世に謁見して伊達政宗からの2通の親書を手渡し、「ローマ市公民権証書」も与えられ、油絵のモデルになったりします。
しかし、結局ヴァチカンは使節団の後ろ盾にはなってくれず、支倉らの望む返書は得られず、傷心のうちにローマを去り、再度マドリッドに向けて出発します。途中、フィレンツェ、ジェノバに立ち寄り、半年前に出発したマドリッドにまた戻ってきました。


しかし藩主政宗から国王にあてた親書の返答はとうとう得られず、追われるように帰国の途につくことになりました。この時点では国王からの返書は「大阪の役以後の日本の政情とキリスト教事情を見極めたうえで、ルソンで渡す」ということになっていました。この頃日本では家康が世を去り、将軍秀忠はキリスト教弾圧をさらに強めようとしていました。

資料によるとスペインを出発した日本人の数から計算して、はっきり名前の残っている瀧野嘉兵衛を始め5~8人がセビリヤに残っています。後に同道の神父ヘスースの出身地コリア・デル・リオに移り住みます。そこには日本と同じような水田が今でも広がっているそうです。

1613年10月に月の浦を出発し、1620年9月に故郷に帰り着くまで丸7年。日本とは全く違う文明文化に触れた日本人は、ヨーロッパの人々が人間性豊かに生きる世界に感銘を受けたことは確かでしょう。日本に帰るかスペインに残るかの苦悩は相当なものだったと思いますが、残る選択をした人がいても不思議ではありません。

苦難の末、常長が伊達藩に帰り着いたときは、幕府の体制が整った時期でした。常長は蟄居。歴史の表舞台から完全に消え去り、清貧に甘んじ、以前から体調がすぐれず帰国2年後に世を去ったそうです。

スペインの新聞やテレビで『昔日本から来た支倉常長一行のサムライの子孫が600人くらい住んでいると』というニュースがあったそうです。
ハポン姓の人が600名ほどいる事は住民登録で確認されているそうですが、『状況証拠は数多く存在するものの、確証に結びつく手がかりはまだ弱い』とは太田氏の意見です。
セビリヤ大学のヒル教授も『疑問は消えたわけではないけれど、80パーセントの可能性はある』としています。

この6月に世界記憶遺産に登録されたのが、常長が持ち帰った品とスペインに残っている関係文書です。写真の文庫の表紙、国宝「支倉常長像」は、使節時代に現地で描かれたものでもちろん登録品です。


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    読売新聞
2013年10月24日(木) 配信記事より

コリア・デル・リオ(スペイン南部)=藤原善晴】スペイン南部の「ハポン(日本)」姓の人々と約400年前に渡航した日本人のサムライらとの血縁関係をDNA鑑定で探る名古屋大学、東京大学、国立遺伝学研究所などによる共同研究チームが24日、約600人のハポンさんたちが住む町コリア・デル・リオで初めての血液採取を行った。研究チームは今後、日本人の遺伝情報との比較を行う予定だ。

同町の古文書に「ハポン」姓が現れ始めるのは、慶長遣欧使節一行が訪れて数十年後から。地元の郷土史家らは「ハポンさんたちは、スペインに残留したサムライたちの子孫」との説を提起している。

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秋といえば・・・。

2013年10月22日 | くらし

 ♪:;;;:♪:;;;:♪ カボスポン酢   ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

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今年も「秋」をびっしり詰め込んだ新鮮なカボスが送られてきました。大分県竹田産です。数年前にイタリア旅行でご一緒したご夫妻からで、自宅の庭で収穫されたものです。

Img_2623_2毎年自家製のカボスポン酢を作ります。果汁をしぼるために、今年は「木頭杉」の絞り器をゲット。

二つ切りにしたカボスを2枚の板に挟んで軽めに絞ります。
この絞り板は、高知県の木頭(きとう)村特産の柚子をしぼるためのもので、香り高い木頭杉で作られたものです。注文が殺到したとかで、大分待たされました。

説明書には、柚子をしぼるときはレモン絞り器は使わないようにと注意書きがあります。何でも、果皮のにがみがでたり、香りが飛んでしまうとか。
カボスに適用してもOkだろうと使うことにしました。

2キロのカボスの果汁と同量のかけ醤油を混ぜて、800ml × 2本の出来上がりです。冷蔵庫で保存します。
折角の自家製ポン酢だから、Wordの「クリップアート」と「図」を使ってラベルも作りました。


 ♪:;;;:♪:;;;:♪  綿の実  ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

Img_2654コットンボールの実がはじけて、ふわふわの綿が顔を出しました。

夏に咲く清楚な花もいいのですが、そのあとに大きな固い緑の実ができ、刈り取っておくとそのうちにボールがはじけて白い綿の繊維が飛び出します。この瞬間が愛おしいのです。ここがたまらなく好きなのです。
放っておけば、糸が自然にほぐれてもっと大きくふわふわになります。

1個のボールの中は4つのふわふわの綿に分かれています。それぞれの中に種が4,5個入っています。4月に土に埋めると、また芽が出て楽しみを膨らませてくれます。

 

日当たりのいいところに植えると高さ1mぐらいになり横にも広がりますが、インテリアとして使うには、北側に植えた方が生育がおとなしくて、まとまりますいようです。

 

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草間彌生展

2013年10月21日 | 美術館&博物館

所用で大分に2泊。大分市美術館で開催の「草間彌生展」も、終了間際にぎりぎりで観ることが出来ました。20日まで。9万人が入場したそうです。

蠢く生命体ようなドット模様には感覚的に反発するものがありあまり好きではありませんでしたが、草間氏のドキュメント番組で、その抑えきれないような命の力強さと、線の美しさと、幾何学模様の連続の美しさを見て以来、いつの間にか心惹かれるようになりました。
会場は若い女性から50代ぐらいの女性が多く、女性だからこそ共感できる何かがあるのかな~・・・。


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会場の13分間のビデオの中で「自分は外出することも怖くて、精神病院にいると落ち着く。強い自殺願望があり、それから逃れるために描いて描いて描きまくる」という言葉がありました。天才だから苦しむのか、苦しみが天才を生むのか、どちらにしても強烈な個性の持ち主の天才だというこは確かな事実です。

草間さんの芸術は画集で観るのでなく、実際に体験しないとその良さがわからないことに気づきました。作品がこちらに押し寄せてくるというよりは、自分が吸い込まれるような感じです。
中でも「魂の灯」は圧巻です。お借りしたYoutubeの中ほどに出てきます。LEDの光の色を変えながら「光の球」が増殖していく感じで、目を凝らせば凝らすほど、遠くを見れば見るほど、無限の空間へと永遠に広がっていく感じです。貴重な体験でした。ほんのちょっとだけYoutubeで体験してみてください。

暗い空間の中で浮遊する感じに、飛行士の「若田さん」ってこんな風に宇宙を体験したのかも・・・と思ってしまいました。





お昼は美術館に隣接するレストランひかり。安くておいしいという評判のお店は、並んでからテーブルに着きお皿が出てくるまで1時間もかかりました。
岩に乗り上げたようなエビ。愛嬌あるメニューには親近感がわきます。安くておいしいメニューでした。

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before そして after

2013年10月11日 | 住まい&掃除

周囲で安全なガス台を取り付けたとか、故障のついでに新しい機種に取り換えたとか、この1年の間にそういう話をたくさん聞きました。我が家もそろそろかな~・・・。

そしてついに、20年間使ってきたガス台を取り換えることにしました。ずっと家族の「胃」に貢献してきましたが、消費税の増税も決まったし、ここが潮時だと思ったのです。
まだ故障したわけではないし、一抹のというより、愛情を持って使ってきたのでかなりの寂しさがあります。何しろ私の歴史がしみ込んでいるのです。
20年の間に子供たちは家を出、義母も亡くなり、我が家の暮らしをずっと見続けてきた同士なのです。そんなガス台の雄姿をぜひ残しておきたいのです。ほんとにお疲れさま!ありがとう!
   

 
  ♪;;;:♪:;;;:♪:;;;: before ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

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    ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;: after  ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪
新しいガス台を選ぶ優先順位は、まずセキュリティ。危険を察知したら自動消火するという機能はずっと欲しかったのです。これからは年齢が進むばかりだし、先ずは安全から。
次に魚を焼いたことのない夫も焼ける「オートグリル」機能の付いたもの。スイッチポンで焼きあがります。匂いも吸収してくれるそうです。ここらで夫の「出番」を期待したいところです。

  

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まずは機能ばかりを重視してパンフレットに載っている商品を指定したので、天板を明るい色にすればよかったとちょっと悔やんでいます。
以前のガス台がどっしりと存在感を示していたのに比べると、今度のは暗いところで見ると、流し台の天板と同化して消え入りそう。手入れが簡単なのは何よりですが。さぁまた、頑張って台所に立ちましょう!

 

 

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渋皮煮

2013年10月09日 | 食・レシピ

Img_25619月、10月と忙しいスケジュールに、今年の渋皮煮はパス・・・と思っていましたが、あちこちのブログでおいしそうな渋皮煮を見るとやっぱり頑張って作りました。

熊本産と大分産の大ぶりの栗です。9月末日までに買ったのでどうにか虫食いはありませんでしたが、若干硬いのが混じっていました。
 

過去の自分のブログを見ると、その頃は丁寧にラベルまで作っている懐かしい写真がありました。

そこで今年は、またラベルを作ってみました。
ワードの図形、テキストボックス、クリップアートを使った簡単なもの。前回と変わり映えしませんが、遊ぶ心がちょっとゆとりを感じさせます o(^-^)o

毎年鬼皮むきは夫の役割でしたが、今年は500gだけ担当してくれて、残りは私が。2キロを2度に分けて作りました。1キロは、作るにはちょうどいい分量です。
マロングラッセも今年はなしで、いたってシンプルに。30年前から、料理研究家の遠藤きよ子さんのレシピを参考に作っています。

Img_2539①栗1キロは鬼皮を剥き、小さじ1のタンサンを入れ水に一晩浸しておく。
②一晩おいた水を捨て、またタンサン小さじ1を入れて30分茹でます。
③今度は水だけで30分茹でます。
④さらにもう一度水だけで30分茹でます。
⑤茹でた栗にひたひたの水と砂糖500gを入れて、煮立ったら弱火にして50分ことこと踊らないように煮ます。火が強いと煮崩れをおこします。
⑥最後に、醤油 「大さじ1+ 2分の1」を入れて5分ほど煮手汁を含ませます。粗熱を取って冷蔵庫で保存します。(私は翌日にもう一度軽く火を通して煮汁を含ませます。)



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金沢に仕事に来たからと息子が名物のきんつばを送ってくれました。前回行ったときに買いそびれた中田屋のきんつばです

北海道の上質な極上大納言小豆と丹波寒天を薄~い衣で包んだきんつばは、和菓子の良さをギュッと詰め込んだ銘菓です。食べた後の小豆の甘さがちょうどよくて、老舗の計算しつくした砂糖加減が実に見事だと思います。


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カステラに和三盆を使ったものが、今、静かな人気を呼んでいるようです。「和三盆カステラ」です。

茶碗はトルコで買ったもの。ガラス器のように見えますが陶器。お抹茶にちょうど手ごろな大きさです。
お抹茶を飲むと、底の模様がだんだん見えてくる愉しい茶碗です。

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