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新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

沖縄の旅① 世界遺産・ 首里城

2013年02月21日 | 国内旅行記

マイレージの有効期限が切れる直前に気づいて、あわてて申し込んだ特典航空券。行先を沖縄に絞り、モノレールの駅にもバスセンターにも国際通りにもアクセスのよいコンフォートホテルを選びました。 

私には初めての沖縄です。一度は行っておくべき所でしたが、暑がりの私にはいつも旅先の選定から外されていました。 

行ってよかったー!美しい海、独自の歴史、郷土料理、若い世代の祈りを込めた沖縄への思いを身近に感じてきました。根底にはずしりと重たい問題を抱えていますが、それでもNHK「純と愛」を彷彿とさせるまさに「夢の国」でした。 

8:05発のANAに乗り込むと、9:50にはもう那覇空港に。まずモノレール首里駅に荷物を預けて首里城へ直行。
予約した3日目の定期観光バスのコースには入っていますが、じっくり見学したいので別に時間をかけて回ることにしました。ラッキーなことにはちょうど館内ガイドが始まる時間でした。
 

下は平成4年に復元された首里城正殿。太平洋戦争中に、日本軍が首里城の下に地下壕を掘り陸軍司令部を置いたことから、米軍から総攻撃にあい焼失してしまいました。復元は県民の悲願でした。
中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や石組み技術が認められ、2000年12月に世界文化遺産に登録。
 

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下は、首里王府の元旦の儀式 「朝拝御規式」の模型。NHKの「テンペスト」が思い起こされます。

琉球王国は小さくはありましたが、海上交易による富が蓄積されていた当時の様子がしのばれます。

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那覇港を拠点にした海外交易は琉球王宮の重要な経済的基盤でした。交易をおこなうには、中国皇帝から冊封を受け名目上の君臣関係を結び、臣下の琉球が貢物を捧げる義務があります。船には、中国皇帝への進貢物よりもはるかに多い貨物を積んでそれを売りさばき、琉球国王は朝貢よりも交易に重点を置いていました。

その進貢(朝貢)の儀式の模型です。

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屋根つきの舞台には国書と使節が鎮座し、それに向かいあって真ん中に立っているのが琉球国王。右の小さな櫓には使節の文書を代読する中国の役人がいます。立ち位置は両国の外交関係を左右するほど大切なことなのです。

庭の一角にある建物「系図座・用物座」で琉球舞踊の公演を見学することができました。中国の冊封使を歓待する為の古典舞踊です。文化にはその国の歴史や暮らしが端的に表れます。

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守礼の門を出てほどなく歩くと石造建造物 玉陵( たまうどぅんがあります。やはり世界遺産で、王、王妃、家族が葬られています。庭に敷き詰められているのは、砂利ではなくサンゴの化石でした。

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これも世界遺産で、石門と周りの木々を総称して園比屋武御嶽そのひゃんうたき と呼ばれています国王が安全を祈願したいわば拝所です。御嶽(うたき)とは村落に点在する聖域で、神にかかわる祭りや行事を行い、信仰の対象となっています。現在も祈願に訪れる人があるそうです。

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1429年に琉球王国が成立し、1879年に琉球王国が崩壊し沖縄県が置かれるまでの450年間、琉球は独自の文化を持つ独立国でした。発音と漢字が一致しないところにも、琉球独自の言語があったことがしのばれます。

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