古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

一人当たりでGDPを見る

2017-07-30 | 経済と世相

 

服部茂幸さんの本で面白いデータを見つけました。

日米の一人当たりGDPのグラフです。2000年から2012年まで日米二つのグラフがほとんど重なっています。

日米ともに2007年の値を100にとっていますから、このグラフは日米の経済成長率を表示しています。日本とアメリカのGDP成長率は一人当たりでみると、ほとんど同じということになります。90年代以降「失われた10年」とか「失われた20年」(最近は30年とも言われる)とか言われています、つまり、政府の政策がよろしきを得ないので、90年以降、経済が成長しなくなっているというのです。しかし、このグラフからいうと、少なくとも2000年以降は米国並みの経済成長はしているので、「失われた10年」はともかく「20年」、「30年」は言いすぎです。考えてみれば、グローバル化されて、同じような政策をとっているのですから、大体同じ成長率になるのは不思議でない。

にも拘らず、「失われた20年」が納得されやすいのは、所得が伸びていないからでしょう。米国では、上位1%の所得は伸びているが、99%は全く延びていないとか。

そもそもGDPが増えてもそれが所得の上昇につながるとは言えない。GDPが増えてもその大部分が企業の内部留保に回っているだけではないのか!

上の図から見ると、2000年から2007-年までかなり成長していますが、所得が伸びないので「実感なき経済成長」になっているのでしょう。消費を増やすには、消費性向の高くない、上位1%でなく、所得の少ない人々の所得を増やさねばならない。日米政府の政策がまずかったとしたら、それは経済を成長させる政策でなく、所得を配分する政策だったと思います。

 


新自由主義の帰結

2017-07-29 | 読書

福井大学教授の服部茂幸さんが、近年岩波新書を3冊出している。

『新自由主義の帰結』 2013年5月

『アベノミクスの終焉』2014年8月

『偽りの経済政策2017年

目次をパラパラめくってみたら、この著者のいいたいことは、小生の思っていることと同じだと感じて、読んでみることにした。3冊を通読しましたが、要するに最初の本で述べていることを最近のの本経済に適用して、2冊目、3冊目は「アベノミクス」の批判で、2冊目が中間報告と言う位置づけのようです。

そこで、「新自由主義の帰結」から紹介します。

「新自由主義の帰結」の前に「自由主義の帰結」の説明が必要です。

1930年代、ケインズは世界大恐慌は自由放任経済の帰結であると論じ、政府による総需要管理の必要性を訴え、アメリカではニューデイール政策が実施された。ケインズやニューデイールの考え方を受け継ぎ戦後資本主義を形成していたのは、福祉国家であり、大きな企業、大きな政府、大きな労働組合の資本主義であった。むき出しの市場の力を規制する制度によって、戦後の資本主義は経済成長と経済的平等を両立させてきた。多くの人々は、少なくとも先進国においては古典的な貧困は過去のもの、あるいは近い将来には解決できるものと考えていた。

しかし、ハイエクやフリードマンなどの新自由主義経済学者たちは、大きな政府による経済管理は非効率であるだけでなく、人間の自由を奪うといい、ケインズ主義に反対した。

こうしたケインズ主義、福祉国家、混合経済に対する反対は戦後直後にはすでに存在していた。しかし、大恐慌と第二次世界大戦の記憶が生々しい時代には、彼らの主張が広く受け入れられることはなかった。

 しかし、70年代のスタグフレーシヨンは、戦後資本主義とケインズ経済学を失墜させた。代わってハイエク、フリードマンなどの影響力が強まった。フリードマンはスタグフレーシヨンはケインズ経済学に基づくマクロ経済政策が原因であると論じた。80年代、イギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、日本の中曽根といった新自由主義に基づく政権が誕生し、彼らは福祉国家、大きな政府、労働と金融の規制と言った戦後資本主義を支えていた制度を解体する。

 同時にアメリカは世界各国に新自由主義の制度と政策を押し付けた。アメリカのソフトパワーに支配されたIMFの構図調整政策によっても新自由主義の政策はアメリカから世界各国に広がり、かくして新自由主義の時代が始まった。

 新自由主義は、市場の見えざる手による資源配分が効率的であると主張する。それだけでなく、市場における選択は自由の基礎であり、政府による規制は個人の自由を奪うと論じてきた。

 こうした新自由主義の帰結はどうであったか。これがこの本での主題です。

 2008年の世界的金融崩壊で、新自由主義の考えに従って政策が行われ、結果、アメリカとイギリスの経済は復活したと思われた。英米とは逆に1990年代の日本経済は長期に停滞していた。そのため、日本でも、英米を見習い、新自由主義の考え方による改革を行うべきという考え方が強まった。小泉政権の構造改革はこの考え方であった。結論を言うと、

 2002年~07年の主要先進国の一人当たり成長率を見ると、米国の成長率は高くない。日本は長期停滞の中にあると思われ散るが、アメリカとさほど変わらない。「経済復活を遂げたアメリカ」と「長期停滞が続く日本経済」というイメージは誤りである。

 アメリカ経済が成功したのは、スーパリッチに富と所得を集中させることであった。


地球システム論的文明論

2017-07-28 | 読書

 

松井孝典さんの本は面白い、と北区図書館で検索して、『松井教授の東大駒場講義録』(2005年12月集英社新書)を見つけました。

 松井教授が、東大の駒場(教養部)で行った11時間の講義を11章の文章にまとめた本です。

 第3章「文明とは何か(地球システム論的文明論)」を紹介しましょう。

夜の地球を宇宙から眺めると、煌々と輝く光の海が見えます。宇宙から我々の存在が見える。可視光として見えるだけでなく、電波でも認識出来る。宇宙的スケールから見た場合、これこそが文明なる生き方の特徴です。

この光の海を概念化して考えると、我々はいま、地球システムの中に「人間圏」という新しいシステムを作って生きているということになります。このことを理解するためには地球システムとは何かを理解しなければならない。

 システムは複数の構成要素からなります。構成要素というのは、それぞれに固有の力学と特性時間があります。たとえば地球には、大気、海洋、大陸地殻、生物圏といった構成要素があります。大気の運動は海洋の運動とは異なる。これが固有の力学という意味です。また、何か変化が起きた時、その変化が減衰していく時間それを特性時間と言う。大気で起こる現象は短いが海はもう少し長く、マントルだともっと長い。このように固有の力学と特性時間をもつものを構成要素と定義し、複数の構成要素から成るというのがシステムの第一要件です。

 次の要件は、構成要素が互いに相互作用(関係性)を持つこと。地球の場合、システムの外部と内部に関係性を生み出す駆動力があります。外部の動力の主要なものは太陽エネルギー、月も潮汐力を及ぼして水を動かす。天体衝突も駆動力の一つです。また、地球内部には熱エネルギーが蓄えられ、駆動力になっている。

 誕生時、地球の材料は岩石と氷とガス(水素とヘリウム)。ガスは地球の重力では長期にわたって保持できないので、基本的には岩石と氷です。

1980年代に「白亜紀末の生物絶滅(恐竜)の原因は巨大隕石の衝突だ」という仮説が発表されました。当時にはその衝突によって形成されたクレーターが発見されていなかったので、単なる仮説として扱われました。そのクレーターがメキシコのユカタン半島に見つかったのが1991年。このクレーターの年代を放射性元素を用いて決めると6500万年前、白亜期末だったのです。

 原始地球は海洋地殻と大陸地殻に分化するのがだいたい40億年前です。大陸地殻分化以後の大きな変化は生物圏が生まれたこと。最初の生命は大陸誕生後すぐ誕生したと考えられますが、その後20億年前には生物が地表付近で大量に繁殖して、有機物から成る新しい物質圏が生まれる。生物圏です。その生物圏から、1万年ぐらい前に人間圏が分化した。これがシステム論的に見た地球史です。

「文明」とは、「人間圏を作って生きる生き方」です。人間圏が何故1万年前に誕生したのかというと、気候シウテムが現在のような気候に安定してきたのが1万年前なのです。その頃、我々はその気候に適応して生き方を変えたのです。

「人間圏」を作って生きるとは、言い換えると農耕牧畜という生き方です。それ以前は狩猟採集という生き方だった。この段階までは人類と動物との間で差異は無かった。地球システム論的に言うと、生物圏の中の物質循環を使った生き方、生物圏の中に閉じた生き方でした。

 農耕牧畜は、例えば森林を伐採して畑に変えると、太陽からの光に対する反射能が変わる。言い換えると地球システムにおける太陽エネルギーの流れが変わる。エネルギーだけでなく、物質循環も変わる。

 人間圏が出来たのは気候が変わったからだと述べましたが、そういう時期は、人類誕生の700年前からは何回かあった。だから、ネアンデルタール人が農耕を始めてもよかったが、農耕牧畜という生き方を選択したのは我々現生人類(ホモサピエンス)だけだった。

 その原因について松井教授は面白い仮説を提出している。

一つは「おばあさん」の存在(生殖年齢を超えて生きているメス)。人類の人口増加に貢献しそれが人類の地球上の拡散につながった。もう一つは「言語の使用とそれに基づく脳の内部モデルの共有」だというのです。

 松井教授の「地球システム論的文明論」。興味深い主張に思えました。

こんな記載もありました。

月のクレーターを最初に発見したのはガリレオでした。クレーターの正体については、当初、火山の火口という説が有力、20世紀に入っても火山野跡か隕石の衝突跡か論争が続いていたが、決着がついたのはアポロ探査で、1969~1972年のことです。天体衝突の跡とどうしてわかったか?天体が超高速でぶつかると、衝撃波が発生し、その通過の際高圧が発生し、鉱物がその高圧を受けると結晶構造が変わる。この高圧相の鉱物が月から持ち帰ったサンプルから一杯見つかったというのです。

 月表面の凸凹が隕石の衝突跡だということは以前からわかっていたと思っていたのですが、最近のことなんですね。


地上の暮らしは大変だ

2017-07-23 | 読書

本川達雄先生の本はいつも面白い話題が満載です。2月に出た「ウニは凄い バッタもすごい」(中公新書)を購入しました。

生物は海で誕生した。陸にまず上がったのは植物である。次いで節足動物が上陸、植物を餌とし、さらに四肢動物が上陸して節足動物を餌とした。初期の四肢動物はすべて肉食である。四肢動物が陸上で暮らす困難をどう解決しちったか、見てみよう。

1.  水の入手

生物の身体は重量で見ると、半分以上が水で、水がなければ生きていけない。水中なら周りにいくらでも水があるが、陸では水の入手が深刻な問題になる。

入手だけでなく、水を失うことも問題となる。周りが乾いた空気だから、生物の身体のように水っぽいものからは水は蒸発して逃げてしまう。体表を覆ってそれを防がねばならない。昆虫では体表のクチクラのワックス層がその役目を担い、四肢動物ではグループにより異なるが、昆虫類では鱗、鳥類は羽毛、哺乳類では毛がその役目を果たす。

 両生類ではどうか。両生類は魚から進化して最初に陸に上がった四肢動物である。魚には鱗があったが、両生類はそれを脱ぎ捨ててしまった。

 鱗を脱いだことには呼吸が関係しているかもしれない。両生類では肺が発達しておらず、かなりの程度皮膚呼吸に頼る。酸素の半分以上は皮膚から取り込み、二酸化炭素の排出にいたってはほとんど皮膚からで、皮膚呼吸の妨げになる鱗を両生類は脱いでしまった。

2.  姿勢の維持

水中では体重のほとんどは水の浮力が支えてくれる。ところが空気の比重は水の800分の1だから陸では体重の0.1%ほどしか浮力がない。水中で暮らしていた時の身体のままでは自重で身体がつぶれてしまう恐れがある。身体を支える支持系(骨格系)が必要になる。陸では歩くのも大変である。身体を地面につけ雨脚で這えば、ものすごく大きい摩擦が生ずる。それを避けるには身体を地面から持ち上げる必要があり、それには大きなエネルギーがいる。水中なら浮力で支えられるし、水の流れに乗ってしまえば何もしなくても遠くまで行ける。

3. 食物の入手と消化

水中の生物は身体を支えるための硬い構造を持たないため、食物としては扱いやすい。また水中には生物の遺骸が分解された小さな粒子が沢山漂っている。

 それに対して、陸上生物は姿勢維持のために硬い構造を持っている。これを破壊しないと中身は消化できない。そのためには丈夫な歯や顎にょる物理的な破砕や、長い腸を時間をかけて通す化学的処理が必要になる。

4. 窒素代謝物の処理

身体を作っているタンパク質は、毎日分解され新たに作り直されている。タンパク質は分解されアンモニヤが生じ、これは有毒。水中なら体外に放出すればすぐ薄められるが、陸ではそうはいかない。身の回りを汚染してしまう。

そこで陸上動物はアンモニヤを無毒な尿素にして水に溶かし尿にして捨てる。ただし工ネルギーと、水が失われる。鳥類では水に溶けない尿酸にして固形物として排泄する。これは節水には良いが尿酸を創るのは尿素を造る3倍のエネルギーが必要だ。

5. 生殖

身体の小さいものほど体の割に表面積が大きい。水が逃げやすい。だから体の極端に小さい時代(卵、精子、幼生の時期)は陸上生活者にとって最も乾燥しやすい危険な時期である。両生類ではこの時期を水中ですごす。その他の四肢類では、卵や精子が大概の環境に直接触れないよう、交尾してオスがメスの体内に直接精子を送り込みメスの体内で受精させる。

爬虫類、鳥類、哺乳類の三つはまとめて有羊膜類と呼ばれる。胚が羊膜でできた袋で包まれているからだ。袋の中は水(羊水)が詰まっており、胚は水中で育つ。袋は、爬虫類・鳥類では丈夫で乾燥しにくい卵殻に包まれて母体の外に生み出される。哺乳類の場合には、袋が母の子宮内に入ったままで胚は育っていく。

 陸ではこれほど生殖に手間がかかるが、水中では事態はいとも簡単。乾燥の心配はないし、周りの水は動いており、短距離なら精子も泳いでいける。体外に卵と精子を放出するだけで受精がおこせてしまう。

(この時、メスとオスに快感があるかどうか、かねてから疑問におもっているが)

受精して子が出来たら、子供たちを広い範囲に散らばせるのがいい。陸ではそれをするにもコストがかかる。ところが水中では、幼生が水流に乗って遠くまで流れていける。小さければ相対的に表面積が大きいので沈みにくく流れを受けやすい。乾燥の心配もないので長期間漂うことが可能だ。そこで水中生活者では、幼生が子孫を広くばらまく作割を担う。成長した後に移動するよりコストがはるかに少ないのだ。

 ただし食われるリスクはたかまるから沢山の卵をばらまくことになる。

6. 温度の安定

水は空気より温めにくく冷めにくい。水の比熱は空気の4.2倍。密度は空気の830倍あるからだ。水中では気温の変化が少ないが、陸上では気温変化が大きい。生きているとは体内で化学反応が行われていることを意味し、化学反応は温度の変化を大きく受ける。この問題を鳥や哺乳類は恒温動物になることで解決する。まわりが寒くなれば食物を燃やして発熱し、暑くなれば汗を出してその気化熱で体を冷やす。ただし大量のエネルギーと水が必要になる。

7. 酸素の入手

陸上で容易になるのは酸素の入手だけ。陸の酸素濃度は海の30倍。空中の酸素の拡散速度も水中の8000倍もある。空中での呼吸は楽なのだが、だからといって呼吸器官に何の工夫も施さずに陸上生活に移動できるわけではない。エラは空中では働かないので肺を発達させなければならなかった。

 

最後に本川先生が授業の最後に歌った曲

地上の暮らしは大変だ

 

大変だ。大変だ。大変だ。大変だ。

地上の暮らしは大変なのだ。

丈夫な骨や細胞壁がなければ姿勢が保てない。

楽じゃないんだ地上の暮らし

 

大変だ。大変だ。大変だ。大変だ。

餌を食べるのも大変なのだ。

硬いクチクラや細胞壁を砕いて初めて中身が食える。

手間暇かかるぞ 地上の暮らし。

 

大変だ。大変だ。大変だ。大変だ。

水場は遠いぞ大変だ。

身体の6.7.8割水なのだから表面覆って節水しなきゃ

粘液、クチクラ、羽毛にうろこ

 

大変だ。大変だ。大変だ。大変だ。

歩いて行くのも大変なのだ。

水の中ならば浮力の支え

流れも後押ししてくれる。

そんなことは期待できぬ

地上の暮らし。

 


「いのち」はシステム

2017-07-21 | 読書

 

喫茶店d週刊文春の7月13日号を見ていたら、松井孝典さんが住宅履歴を語る文が載っていた。

「梅原(猛)先生の住いは京都の山の登り口にあって、和辻哲郎が住んだ由緒ある家、さらに上にも旧家があって、このころ“上の家が空いたから買わないか。それで日文研に移ってこい”と電話をもらった。「先生、私、家を建てたばかりで、もう一軒買う余裕なんてないですよ」って苦笑い。

哲学者の梅原先生と天文学の松井先生とはそんなに親しい間柄なの?北区図書館で書棚を見ていて「いま、のちを考える」(梅原猛、河合隼雄、松井孝典著、岩波書店1999年)という本を見つけた。

 「絵本・児童文学研究センター」(小樽市)主催で、1998年4月15日行われたシンポジュウムの記録です。第一部は、3先生の講演の記録、第二部は3先生の対談である。

 まず河合先生。「児童文学の中のいのち」を語ります。

 ミヒャエル・エンデの『モモ』は時間がテーマになっていますが、時間ということも、そのままいのちのことを書いているといってもおかしくはない。女の子が生まれてからお母さんになるまでを描いた童話を引用して話しています。

妊娠に関する女性の実感について、自分のなかにあるが、自分のものではない。何か天から降りてきたいのちを、たまたま自分があずからせてもらっているような感覚。「コウノトリが赤ちゃんをh混んできたという説明の方が、私の卵子が夫の精子と結びついてという科学的事実よりよほどしっくりきた」と書かれている。

ヘレンは妊娠していることが完全にわかってきてお母さんに言おうとする。その時に、お母さんの言うセリフが「すごい。「いったい何回したの、え?」

あなたはクリスがどれだけ好きか、どんなふうになったのかではなしに、貴女は何回やったのかという事実だけが知りたい。事実の周りにある真実と言うものをぜんぶ取り払ってしまう。

次は梅原先生の「日本文化の中のいのち」です。

梅原先生は「視点を変える文学」を言う。

結論を言うと、人間中心主義は古い思想です。まして私小説というのは、古い小説としか言えない。視点を変えなければいけない。人間の社会だけでもいけないかもしれない。人間と他の動植物との関係、むしろ、他の動植物から人間を見る。そういう文学が21世紀の文学です。

最後の松井先生の「地球のいのち」

 生命の特徴を一つだけ挙げるとすると、外界と、ものとかエネルギーのやりとりをして、自分を維持している。それが生命というものの本質。難しい言葉で言うと、外とのやりとりをするというのは、閉鎖系でなく、開放系であるということ。そうした過程を通じて、ある動的な平衡状態が維持されているという意味で、非平衡。平衡と言うのは周りと同じになってしまうということですから、生命とは、外界即ち環境と非平衡な関係にあるものです。これを物理、化学的に考えれば、生命の本質はシステムだということになります。システムというのは、簡単に言えば、いくつか構成要素があって、それぞれの間に相互作用があり、その相互作用の結果としてシステムの状態が決まるというものです。

対談ではこう語っています。

梅原 松井さんと話していて教えられるのだけど、人間の歴史も自然史の一部だという、これはたいへんいい視点だと思います。今まで人類はそう考えてこなかったのです。人間の歴史だけ特別だという。

河合 中村圭子さんが生命誌と言っているでしょう。あれも歴史ではないですか。

松井 あれはあえて「史」ではなく「誌」という漢字を使っていることからもわかるように、歴史というより、あらゆるものの関係性を全部含めて考えるということではないですか。彼女が歴史をどう考えているかしらないけれど、生物だけではなくて、地球も人類も宇宙も、それとの関係の中で声明をみていきたいという願望があるのではないか。そのことが史ではなくて誌で、生命誌という考え方になる。


クロールとバタフライ

2017-07-06 | 水泳

7月4日夕方、整形外科病院に行き、前川さんにリハビイをやってもらう。その後先生の診察を受けた。

「水泳のコーチに、この前の先生の言葉「バタフライ以外の種目をやったらどうか」を伝えて相談したのですが、「平泳ぎ」を練習することにしました。

でも、今のリハビリは、バタフライを泳げるようにやっていたのですから、バタフライをやらないなら、リハビリをやる必要はないのです。しばらくリハビリは中止したいのですが…」

「リハビリ止めると、筋力は落ちていくよ」と先生は言う。

「いったいどうして左足だけ動かなくなるのでしょう」

「脊柱管狭窄症」で、脚の動きが悪くなる場合、脳からの神経が脊柱管を通り、腰の辺り(馬尾という)で左脚を動かす神経と右脚を動かす神経が分かれる。左を動かす神経が骨に圧迫されると左が動きずらい。右を動かす神経が骨に圧迫されると右が動きずらい。どちらか片方が動きにくくなるのが普通です。

「だから、腰を動かす泳ぎは勧められない。クロールか、バックの方がいいと思うが・・・」

「クロールでも、左足の動きはわるいですよ。ただ、クロールだと、左が動かなくても「泳法違反」にならないけど」。

「ここでのリハビリは止めてもいいけど、ジムに行って筋トレはやった方がいい」と先生は言ったが、暫く休むことの了解は得た。

さて5日である。

どうも足が重いのだが、プールには行くことにする。

「先生の言葉があったから今日はバタと平泳ぎは止めてクロールとバックを泳ごうと1000m泳いで見た。気の所為か、いつもより疲労が少ない。「しばらくはクロールチュ新で練習しよう」

 


バタフライが泳げない

2017-07-03 | 水泳

 

「6連覇ならず」と2014年6月2日のブログに記した。

http://blog.goo.ne.jp/snozue/d/20140602

3年間大会を休んだので今年は出場しようと、練習を頑張ってきたがダメだった。http://blog.goo.ne.jp/snozue/d/20170529

要するに、バタフライを泳ぐ時に左足が動かない。右脚だけで水をけっている。それでも

バタフライで50m泳いでしまうから、その粘りは立派だと言えないことはないが、片足だけの泳ぎはバタフライでは永法違反なのだ。

やはり2年半前の転倒による頸の怪我が原因と思う。脚が動かないのは足の筋力がないのか、脚を動かそうとする神経系統のどこかがおかしいのだ。左足の筋力が落ちているということはない。

前川さんにそう言ったら、「頸の怪我だったら、脚よりも手の方が症状が出るのではないですか?足がうまく動かないのは神経の所為なら、頸の神経でなく、腰の神経がおかしいと思う。先生に相談してみたら」という。

前川さんは、かかりつけにしている整形外科医院の理学療養士である。頸の怪我の後、全然泳げなくなったので、名古屋市の「障碍者スポーツ診断」に出掛けてスポーツ医師に相談したら、腹筋群の中で夫も深部にある体幹の筋肉を鍛えてはどうか、と言われた。

そこで、かかりつけになっているS整形外科で相談したら、「たしかに水泳にはコアマッスルの強化は効果がある筈」と言うので、週に1~2回この病院で理学療養士の前川さんに面倒をいてもらい、リハビリを始めた。確かに前川さんは若いけれども専門知識を基にいろいろアドバイスしてくれるので参考になることが多い。

 それで一度MRIで調べてみようと先生が西部医療センターに依頼してくれた。6月14日イリョウセンターに出向き画像診断を受けた。結果のデータはCDに落として病院に送ってくれた。その画像をみて、先生の診断をきいたのが、6月22日です。

「明らかに脊柱管狭窄症ですね」という。「脚が動かないとなると、バタフライは諦めて別の種目を選んでください」。

「バタフライ」を止めて「平泳ぎで挑戦するかな!」平泳ぎなら左足も動く。バタのキックは足を上下に打つが、平泳ぎは横に動かす。どうやら上下の動きが出来ないみたい。

それにしても何故脊柱管狭窄症になると、泳いでいて何故右足でなく左足が動かないのか?とか全然わからないが「脊柱管狭窄症」は勉強する必要性がありそうだと、大学図書館で『腰痛は「動かして」直しなさい』(松平浩著、講談社α新書2016年7月)を借りてきました。

「脊柱管」とは、背骨、椎間板・関節、黄色靭帯などで囲まれた脊髄(馬尾)が通る「トンネル」です。

齢をとると背骨が変形したり、椎間板が膨らんだり、黄色靭帯が厚くなってトンネルが狭くなる。これにより神経が圧迫されるのが、「脊柱管狭窄症」。

 著者の松平先生の言うところでは、「痛みを感ずるのは脳の所為」だ。特に腰痛にとって「安静は百外あって一利なし」、痛みに馴れさせるには動かす訓練をした方がいいというのです。

「脊柱管

狭窄症」がすべて腰痛を起こすわけではないが、治療には「動かして」治す方がいいらしい。

問題がもう一つ。前川さんに診てもらっているリハビリ。バタフライを泳ぐためにやっているので、バタを止めるのならやる必要はない。

毎週月曜日に、北スポーツセンターでコーチに診てもらっているが、

当面、水泳はドルフィンキックで、脚を上下に動かすキックを練習して脚が動くかどうか25mだけ泳いでコーチにチェックしてもらう。後、平泳ぎを診てもらおう。


2017私選第1四半期(1月~3月)10大ニュース

2017-07-01 | 経済と世相

 

順不同ですが、2017私選第1四半期(1月~3月)10大ニュースです。

わずか3ヶ月で、こんなにいろんな事件がありました。

  1. タカタ、1兆円負債(国内製造業で最大)で民事更生法申請
    経営者のミスであることは間違いないが、経営のグローバル化のおそらしさも感じました。
  2. 東芝、半導体事業売却
    政府の原発推進策も責任あり?経営者のミスであることは間違いないが、、、、
  3. 豊洲に移転後、築地は再開発と小池知事発表
    小池劇場続く。
  4. 「共謀罪法」成立。
    参院委員会を省略して可決
  5. 天皇退位特別法成立
    「昭和」、「平成」後の年号を生きることになるかな?
  6. 韓国大統領選挙
    韓国、米国で慰安婦像。日韓関係は本当に難しい。
  7. 北朝鮮、ミサイル実験を続ける
     米国日本海に原子力空母派遣、自衛隊艦、米韓を防御。きな臭くなりました。
  8. 藤井4段、29連勝
    コンピュタ・ソフトで練習できるようになったことも影響したのかな?
  9. 真子さま婚約
        おめでたいニュースです。結婚後女性の皇族問題が浮上する?安倍さんは嫌うだろうが

 10. 中日荒木の2000本安打
    小生の定年退職後入団した選手が2000本安打なんて、