古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

メタボ検診

2008-05-31 | 経済と世相
 『特定健康診査のお知らせ』なる書類が、国保から送られてきた。

 開封してみると、「特定健康診査受診券」、「〃案内」、「検診実施機関名簿」、それに「いきいき介護予防検診(生活機能評価)が始まります」というパンフが入っている。

 「案内」をみると、「メタボリックシンドロームに着目した『特定検診』を行うことになりました。年1回、ぜひ受診してください。」

 昨年メタボの検診をやるという話が新聞、TVで話題になったが、あの話かと読んでいく。

 要するに、検診で受診者を「メタボ該当者」、「メタボ予備群」、「その他」に分けて、前二者に生活習慣改善の指導を行うというもののようだ。

 一読して「あまり愉快なものでないな」と思った。「お上に生活スタイルの指導などしてもらいたくない」、一言で言うと「余計なお世話だ」と思うからです。メタボが心配な人は自分で対応を考えている筈です。

  更に読み進むと、こんな箇所が・・・

 「次のような人が特定保健指導の対象になります」

BMIが25以上、及び、腹囲男85センチ以上、女90センチ以上に該当し、次の追加リスク3のうち該当が1の人(メタボ予備群)は動機付け支援を行い、2以上の人(メタボ該当者)は継続的な支援を行う。

① 血圧(上が130mmHg以上、下が85mmHg以上)

② 脂質(中性脂肪150mg/dl以上又は善玉コレステロール40mg/dl未満)

③ 血糖(100mg/dl以上又はヘモグロビンAlc5.2%以上)

BMIがいくつかは自分で計算すれば分かるし、腹囲も自分で計れば分かる。わざわざ医療機関で調べてもらうまでのことはないと思う。

指導すると言ったって「運動しなさい」、「飲酒は控えなさい」とか、分かりきっている。

 こんなことに膨大なお金をかけて、行う必要があるのだろうか?8593で「ねんきん特別便」は無駄遣いと、編集長のご指摘がありました。同感ですが、この「メタボ検診」も無駄遣いだと私は思います。



 以上なのですが、ついでに言うと、「いきいき介護予防検診(生活機能評価)」では、以下の生活機能に関する質問にお答えいただきます、とあった。

① バスや電車で1人で外出していますか
② 日用品の買い物をしていますか
③ 預貯金の出し入れをしていますか
・・・

こんなこと、健常者に聞くのは失礼で、ほんとに「余計なお世話だ」。厚労省は、やらなくても良い仕事をやって、やってほしい仕事をやっていないのでは?

追伸:名古屋市は70歳以上の人に対して年一回無料で健康診断をやっていたが、ホームドクターに聞くと、このメタボ検診に置き換わって、廃止になったという(多分、後期医療制度の発足で、75歳以上に適用できないためだろう)。

 メタボ検診より従来の健康診断の方が検査項目がずっと多かった。金をかけて改悪です。

続・「後期高齢者医療」について思う

2008-05-17 | 経済と世相
続きです。腹が立つのは、こうした悪法を国会の委員会で強行採決して、ろくな審議もなく可決成立させたというもう一つの問題です。

成立させたのは、例の郵政選挙で3分の2を勝ち取った議員たち、即ち、「郵政の民営化のため」と称して得た3分の2を使って、「ガソリン代値上げ」法案の再可決や「インド洋の無料給油法案」を再可決した議員たちです。

もっとも、野党の議員もこの医療制度に関心もなかったらしく、最近に至るまで法案の実態を知らなかったようだから同罪です(私も、今年の保険証が送られてくるまで、こんなことになっているとは知らなかったのだから大きなことは言えないが)。

この制度にあっては、医療費の1割を後期高齢者、4割を現役世代の健保、国保からの支援、5割を国・地方自治体が負担するというのが骨子になっている。

1割負担ということは、今後医療費が増加したら保険料が増えることを意味する。75歳以上になれば収入はほとんどが年金だけになる。その年金から有無を言わさずに天引きするから、これは、年々年金を減らすと言っているのに等しい。繰り返すが、子どもの扶養家族になっていて、今まで保険料を払っていなかった人の年金も減らすのです。 

企業の健保や国保の4割負担も問題ありです。企業健保の負担額が大きくなって、もはや企業健保を独立させておく意味がなくなる(健康保険を企業や公務員、中小企業等で分割させて運営する意味がなくなっている)のでは?

それなのに、今の制度のままで、お金の帳尻だけ合わせるための制度が後期高齢者医療です。確かに今後高齢化が進むに従い、高齢者の医療費は多くなるでしょう。しかし、この制度変更で、増える医療費が減るわけではなく、ただそれの相当部分を年金以外の収入を持たない高齢者に、「お前たちが使う医療費だから、お前たちが負担せよ」と押し付けただけ。『姥捨て山』というネーミングが、一部で唱えられているが、決して大げさなものでない。

この法律こそ、日本の政治家と官僚の劣化を実証するものでは?


「後期高齢者医療」について思う

2008-05-16 | 経済と世相
「後期高齢者医療」について思うことです。

保険というものは、リスクの高い人と低い人を一緒にすることで、リスクの分散を図るものです。人は高齢者になるほど、病気になりやすい。その病気になりやすい人だけ集めた保険は保険にならない。自動車保険で、運転未熟で事故を起こしやすいドライバーばかり集めて、自動車保険がなりたつでしょうか?

 そう思ったら、この制度の名前は「後期高齢者医療制度」であって、「医療保険」という名前は使っていなかった!(以前、私は「後期高齢者医療保険」と書きましたが私のミスです)。役人は、これが保険にならないということは、とっくに承知のことでした。

 ですから、これは日本の誇る国民皆保険から75歳以上の人を放り出す試みです。

 何故そうする必要があるのか?

 確かに高齢者の医療費は高いが、1999年からの老人医療費はずっと11兆円台で、実は増えていない(文芸春秋6月号、堀内光雄氏)。

 私が問題と思うのは、大きく分けて二つです。

 一つは、この制度で「日本の家族制度を破壊するのか!」。

もう一つは、これほど重要な問題を、国会の委員会で強行採決し、ろくな審議もせず、可決したことです。

 前者について。

 子どもの扶養家族になっている親に「お父さんは後期高齢者なので、扶養家族から外れました。今後は自分で保険料を払ってください」、さらには、夫婦の間でも、夫が75歳になり妻がそれより若ければ、夫だけが新制度になり、妻は一人で国保に入らねばならない。妻に新たな保険料負担が発生する。

 これは、日本古来の家族制度を破壊するものです。健康保険の赤字という、たかが金の問題のため、家族という社会の基本を壊してしまう暴挙です。


 更に、国保と切り離したために、今まで受けていた医療サービスが受けられないケースも出てくる。たとえば、名古屋市の健保では、70歳以上の高齢者は年1回、無料で健康診断を受けられたが、この費用は名古屋市の国保が負担してきた。ところが75歳以上は健保ではないとなると、しかも運営が名古屋市でなく広域連合というものになってしまうそうだから、負担がなくなって、有料になってしまう。(つづく)

裁判員制度に思うこと

2008-05-15 | 経済と世相
裁判員精度が、あと1年で始まるそうです。

 この制度について、私はかねてから疑問に思っていたことがあります。
 「何故、裁判員制度は刑事事件のみに適用されるのか?裁判員制度が必要なら、民事裁判の方こそ先に適用すべきでは?

 おそらくこれは、民事裁判になると、日米の会社間で紛争が起きて裁判になった場合、日本人の裁判員が日本企業に有利な判定ばかり出すのを、米国政府が嫌って圧力をかけたのでは?と思っていました。

ところが、高村薫さんが、14日の中日夕刊に、こう述べていました。

【裁判員制度なるものが民意を裁判に反映させるために導入されるのであれば、なぜ死刑か無期かを争うような刑事裁判から始まるのだろうか。・・・民意を広く社会常識と捕らえるなら、それを活かすところは、加害者も被害者も個人である刑事事件ではなく、むしろ公害訴訟や薬害訴訟、あるいは近年増加している労働訴訟や行政訴訟のほうだろうと思う。裁判の長期化の弊害はこうした民事裁判も同様であるし、公害問題や労働問題は私たちにとってより大きな関心事であり得る。・・・・

 想像してみよう。もし薬害肝炎訴訟を私たち裁判員が裁いていたなら、はるか昔に国と製薬会社の責任を認めて賠償を命じていたはずだ。

 結局、ほんとうに私たちの民意が活かされるべき民事裁判が閉ざされたままであるのは、国と司法と官庁が、ここだけは国民に触れさせないとして死守しているからにほかならない。・・・】

 

 思うに、民主主義というのは、ある意味で、圧力団体による政治だと思う。経営者には経団連があり、医師には医師会がある。土建業には彼らの代弁をする道路族議員がいる。ところが、それらの団体に属していない国民の利益を代弁する組織がない。本来、官と呼ばれる人たちの使命は、こうした無辜の民の声を代弁することにあると思うのですが、司法も行政も、お役人にそうした意識はまったく見られない。残念です。

 昔、お役人は天下を考えていた。今は天下でなく、天下りを考えている、と誰かが言っていました。天下を考えるとは、無辜の民の声を代弁することでは?

 実際、最近の空港会社の外資規制や、Jパワーの外資規制は、空港会社やJパワーへの天下りのためだという説明を聞いて、なるほどと納得できました。

「ねんきん特別便」

2008-05-06 | 経済と世相
 半月ほど前「ねんきん特別便」なるものが郵送されてきた。

「今回お送りした加入記録に記載漏れがないか、記載内容に間違いがないか・・・回答いただきますよう、是非ご協力をお願い申し上げます。」とある。

 「年金記録」というものを見ると、勤務先と資格取得月日と資格を失った月日があって、厚生年金加入月数欄に「450」とある。更に、「厚生年金の標準報酬月額、国民年金の納付、未納の詳細などはお示しできていませんので、少しでもご心配のある方は、社会保険事務所等にお問い合わせください」と注書きがある。

 話題の「特別便」にしては、簡単な内容だった。連れ合いには来ていないところを見ると、内容の簡単な人だけ先に送付しているのだろう。

 これを見て思ったことは二つ。

一つ、自分の人生って、450月だけの会社勤め?「37.5年×12月=450月」だから、間違いはない!

 「喜びも悲しみも」の人生のつもりだったが、たった「450」か!会社勤めって人生のごく一部なんだ。

二つ目。「こんな簡単なことを、膨大な費用を使って国民に問い合わせしなくっちゃいけないの?」、一体、「ねんきんのコンピュータはどうなってたの?」

 せめて、インターネットのホームページで、年金番号をインプットすれば、こんなこと(保険加入期間の通知など)は問い合わせしなくても分かる仕組みにしておけば良いのに?PCがない人には、社会保険庁の各窓口にPCをおいておけばよい。

 先日読んだ野口悠紀雄さんの本に、こんなくだりがあった。

【たとえば、社会保険庁のホームページでは、「年金見込み額試算」というサービスが提供されている。55歳以上の人の年金見込み額試算と、その基となった年金加入記録を回答してくれるものだ。しかし、その注意書きを見て、私は笑い出してしまった。
「結果は郵送でお知らせします。なお、年金見込み額の試算は、申し込み順に回答しておりますが、現在、申し込みが多数となっており、回答が届くまで1ヶ月程度を擁する場合もあります・・・」
 昔、銀行のATMが設置され始めた頃、「あの中には人間が入っていて、札を勘定しているに違いない」というジョーク(?)があった。現在の日本の「電子政府」なるものは、「人間が入っているATM」以外の何者でもない。】