古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

瀬戸のウオーキング

2015-05-31 | 旅行
 30日は、駅ちかウオーキングに出掛けました。今回は名鉄との共催で印場駅(名鉄瀬戸線)から地下鉄なごやドーム駅までおよそ10.5㎞のコースです。唐九郎記念館と瀬戸市の緑地がメインです。
 地下鉄で大曽根駅。名鉄のホームへ行くと「8:01の瀬戸由紀急行はハイキングのため印場駅に臨時停車します」のアナウンス。8:20頃印場駅に着くと、駅前のロータリーはぐるりと8:30の受付開始を待つ人の列。健康ブームで、ウオーキングは大賑わいだ。
 ロータリを出て南西に1kmほど歩くと八竜入り口。オーバーな表現だが、「昼なお暗き木陰道」になる。なるほど龍が住んでいたという伝説もあるのだろう。緑地をめぐって4kmほど、少し疲れたので石段を見つけて一休み。隣から「こんにちは」と声がかかったので見ると、同じ住宅のIさんでした。

その後、加藤藤九郎記念館に出た。普段300円の入場料が200円。展示室は1室だけだが、志野の名品が展示してあった。帰宅後記念館をwIKIで見たら、
http://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/toukurou.htm
「加藤唐九郎の作品の、氏の蒐集した桃山陶片を展示する。 展示室一室のみではあるが、唐九郎の最高傑作といわれる「氷柱」や「紫匂い」を所蔵しており、 焼き物に少しでも関心のある者には必見の場所である。交通の便が極めて悪い」
なるほどこれだけ木陰道を歩くから交通の便は最悪だ。
藤九郎といえば、私は「志野」を復活させた陶工と思い起こすが、世間的には「永仁の壺事件」で有名らしい。
これもWIKIによると、
「加藤 唐九郎(かとう とうくろう、1897年(明治30)7月19日(※戸籍上は1898年(明治31)1月17日)~ 1985年(昭和60)12月24日)は陶芸家、また陶磁史研究家。愛知県東春日井郡水野村(現・瀬戸市水北町)出身。桃山時代の陶芸の研究と再現に努めたが、永仁の壺事件で行った捏造により、無形文化財の資格を失った。事件後は作陶に専念した。建築物と陶磁器の組み合わせ陶壁を創出。陶壁は唐九郎の造語。
1959年、「永仁二年」(1294年)の銘を持つ瓶子(へいし=酒器、壺)が、鎌倉時代の古瀬戸の傑作として国の重要無形文化財に指定されます。しかしその直後から、贋作疑惑が浮上。二年後、重要文化財の指定は解除となります。
指定に際して、国際的な陶磁研究の第一人者で、文部技官・文化財専門審議会委員であった小山冨士夫(こやま ふじお)氏は引責辞任。美術史学界、古美術界、文化財保護行政を巻き込むスキャンダルとなりました。
瓶子は加藤唐九郎氏の作であったということで決着しましたが、長男・嶺男氏、次男・重高氏、弟・武一氏などとする異説もあり、事件の真相についてはなお謎の部分が残されているといわれています。」
記念館を出て少し歩くと、二つ池公園があった。

緑地の新緑を楽しんだあと瀬戸街道に出て小幡まで歩く。

小幡白山神社にお参りして小幡宮前の信号を南に歩いて矢田川に出る。川の堤防の上を歩いて宮前橋まで。河原に千代田橋緑地が広がる。

日差しの中、人々が散策やキャッチボールを楽しんでいる。川の向こうは市内の高層住宅が並んでいる。
駅ちかの案内標識、いつも100本ぐらいで終りになるのだが、もう110本を超えている。宮前橋を渡るとすぐ地下鉄の「砂田橋駅」
「ここでゴールならいいのに」疲れてきたのでそう思う。1km弱、大幸町を歩いてゴールに着く。11時20分。標識は125本だった。
その後、プールでトレーニング、イーオンで食事、図書館で雑誌を読み3時半帰宅しました。

消費税を論ずる

2015-05-29 | 経済と世相
 「日本を滅ぼす消費税増税」(講談社現代新書、2012年11月、菊池英博著)は意外と拾い物、痛快な本だというのが読後感でした。
著者は、帯の紹介によると、1936年生まれ、[エコノミストは役に立つのか](文藝春秋2009年7月号)で国内外ノエコノミスト25名中ナンバー1にランクされる。
この紹介もさることながら、巻末の図表リスト一覧を見て、読んでみようと思いました。
 著者の主張は明快で「デフレとは継続してGDPデフレーターがマイナスになること」、日本では1998年から継続してGDPデフレーターがマイナスであり、2012年ですでに15年目のデフレである。デフレが続く原因は投資の不足である。
「日本は政府と投資が民間投資を補完する経済体質」である。
内閣府の「国民経済計算2012年」によると、過去10年間で、家計部門の金融資産は114兆円も増加しているのに、国内の個人・企業・政府の使用した金額は6兆円減少し、これらの余剰分である120兆円が海外に流出している。折角の国民の貯蓄が国内で有効に使われていないことこそが問題です。
つまり、投資の不足がデフレを継続させている。民間の投資が不足していれば政府投資で補うしかない。もちろん無駄な公共投資は止めるべきだが、大恐慌型デフレは、まず政府がリスクをとって投資をし、民間には投資減税で民間投資を誘発するしかない。
日本のデフレは金融緩和だけでは解消しない。
海外の消費者に販売する製品を日本国内で製造し、採算が合う時代は終わっている。海外の消費者への販売は海外生産にゆだね、国内は高付加価値製品生産のための機械と技術の開発に集中すべきで、そのための投資をすべきである。
日本は財政危機ではなく政策危機なのだ。財政収支均衡政策は、「地方からカネを召し上げるが、地方には回さない」という政策で国内経済を疲弊させた。「カネは天下の回りもの」おカネを国内で回さないと経済は活性化しない。
筆者は強調する。
デフレに悩む日本経済が消費税を上げなくてはならなという経済学的理由はまったくない。
日本の消費税率は低いという人がいるが、表面税率は低いが、国税全体に占める消費税収入の割合は、次の通りで、既に日本の消費税は充分高い。
     消費税率  国税収入のうち消費税の占める比率
イギリス  17.5%     21.1%
ドイツ   19.0%     35.6%
イタリヤ  20%      28.3%
スウェーデン25%      18.5%
日本 (消費税5%うち国税4%)24.4%

 日本の財政は危機的であり、政府投資の財源はないという意見がある。
何を根拠にして危機的というか。1996年、橋本首相に増税と支出削減を進言した財務省の判断の根拠は「日本政府の債務残高は名目GDPとの比率でみると、主要国の中で最も高い、と言うことだった。日本政府の債務を「粗債務」だけでとらえていたのだ。1994年のデータで、粗債務の名目GDP比は、日本80%、米国71%、ユーロ69%。しかし純債務(債務から金融資産を引くネットの債務)でみると、日本は20%、米国54%、ユーロ43%である。
2000年代半ばのOECDの統計によれば、日本の貧困率(平均所得の半分以下の世帯の比率)は14.9%で、G7中でアメリカに次ぐ高い水準である。
デフレに加えて新自由主義・市場原理の政策が国民を苦しめた。
2003年から日本では、時価会計が採用された。竹中大臣は時価会計を駆使してUFJ銀行を破たんさせた。(時価会計で評価損を出させ、その分貸し倒れ引当金を積ませ自己資本を減額させた)
2004年1月1日、労働基準法が改定され「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする」と変更された。主旨は「客観的に合法的な理由があれば解雇できる」
 2004年から製造業に派遣社員の採用が認められた。
為替についてもデフレが始まった1998年から2012年までのGDPデフレータの累積は日本がマイナス21%、米国はプラス33%。円の価値が21%上がり、ドルの価値が33%さがっているから、1998年の基準になる円ドル相場を120円とすれば55円、110円とすれば51円になるわけだ。
「現世代の債務は後の世代の負担になる」という論法を財務省が国民だましに使っている。
しかし国の会計と家計とは違う。国債の95%は国民が所有する。従って政府債務の返済が次世代なら、その返済を受け取るのも次世代である。
 いちいちもっともで、消費税引き上げを必要とする理由は、高齢化により毎年1兆円の社会保障費が増加し、財務相官僚の配布する予算が年々1兆円減る。それだけ役人の権限を減らすことになるので、彼らにとって我慢できないのだという俗説が正しいと思えてきます。

円が安い

2015-05-28 | 経済と世相
円相場が124円台で、およそ8年ぶりの安値だそうです。
こういうニュースを聞くと心配になることがあります。ドルが上がっているのは、米国の景気が回復し、金利を引き上げるらしいという予測からですね。米国金利が上がれば世界中にばらまかれたドルが米国に還流します。米ドルは世界中で決済に使われていますから、世界経済が流動性不足になる恐れがあります。そこで、米国は日本に期待している。異次元の金融緩和で、流れ出した円(日本の金利は低いから相当部分が海外に出るだろう)が流動性不足を補うという期待sです。
米国を援助するために日本の金融政策が使われているのではないか。
 先日「ハードランデイング?」と題して以下のように述べました。
http://blog.goo.ne.jp/snozue/d/20150508
【「ある国で行われている経済政策が正しく、景気がこれからよくなる」と思えば「その国の株・通貨を買い、債権を売る」。逆に経済政策が誤っている」と思えば、「その国の株、通貨を売り、債券を買う」のが原則です。
  藤巻さんの主張は、勿論ドル資産を買って置け、です。FRBの方針がドルの価値を保存するであれば、私も全資産をドルにします。しかし、日銀と同様通貨価値の保存に関心がないみたいです。日銀だけでなく、各国中央銀行とも、異次元の金融緩和に熱心で、お札の増刷に熱心です。
ハイパーインフレが起こるか否か、日本の金融政策の行方を注視している必要を、2冊の本を読んで感じます。】
浜さんの「円ドル同時終焉の跫音」についてこう記したことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/snozue/d/20141115
世界最大の債権国になった日本の経済動向は大きく世界の経済に影響するということです。そういえば、 日銀の先日の異次元金融緩和第二弾も、も米国の量的金融緩和の停止宣言を受けたものだといわれています。つまり、米国が量的緩和を止めると、ドルが米国に還流する。世界経済は流動性が減少する。そこへ日銀がカネを流せば、米国は世界経済の流動性不足を心配することなく、ドルを引き締めることが出来るというのです。

 安保法制の議論が国会中継で流されていましたが、安倍内閣は「防衛政策も経済政策も「アメリカと心中するつもりなのか?」と、心配なのです。

秀吉の枷

2015-05-25 | 読書
 最近は小説を読んでいない。久しぶりに面白い小説を読んでみたいと、図書館の棚をみていたら、加藤廣著「秀吉の枷(上)」を見つけました。
WIKIで著者を調べたら
『東京大学法学部卒。山一證券に勤務し、経済研究所顧問を経て、2005年に作家としてデビュー。75歳での高齢デビューが話題となった。
作家デビュー以前からビジネス書を著していたが、小説『信長の棺』は日本経済新聞に連載され、当時の小泉純一郎総理が愛読書として挙げたことからベストセラーとなった。大阪経済大学客員教授。』
本能寺の変で死んだ織田信長、遺体が見つからなかった。この一つの事実から作者は想像の羽を広げる。
天正7年、信長は秀吉を呼んである密命を与える。密命とは、本能寺から東の南蛮寺まで秘密の地下道を掘削せよというのだ。本能寺を京の宿舎としたい信長は、万一の事態に備え避難ルートを造ろうと考えたのである。
 さて、この年、秀吉の軍師竹中半兵衛が死ぬ。死に臨んで、秀吉に遺言する。
「殿はあの『覇王』より大きな器の持ち主です。殿はあの『覇王』を早急にお捨てになるか、踏み台として利用されたい」と言うのだ。
 天正10年、本能寺の変、秀吉は諜報を駆使して光秀の謀反を察知する。秀吉は直ちに南蛮寺の地下道の出口をふさぐ工作隊を派遣する。といったストーリーです。
 下巻は、秀吉・家康の対決。本能寺の工作を家康配下の伊賀者に捕まれていたらしい。ことが明らかになることを恐れた秀吉は戦機での判断を誤る小牧長久手の戦いから始まりますが、中心は、もう一つのミステルー、秀頼は秀吉の子だったかを巡ってストーリー展開する。
 天正15年、秀吉は九州遠征であったが、彼の念頭にあったのは、戦の状況でなく、世継ぎにめぐまれるかどうかだけだった。世継ぎを諦めた秀吉の打った手は、皇室からの養子だった。ところが、それを決めた直後、淀の方が心変わりして子を産もうとする。鶴松の誕生で、一旦まとまった皇室との話を白紙に戻すが、その後、鶴松の病死。
 秀吉の小田原攻め(天正18年)の真の目的は、北条攻めではなく、家康の箱根以東への追放であった。しかし北条が降った後、秀吉は江戸、宇都宮、白川と北関東から東北の入り口まで視察して、自分の失敗に気付いた。見渡す限りの関東平野に驚嘆し、今は荒蕪の地だが、開墾が進めば一大宝庫になる。考えが浅かったと悔いる。
 天正19年。1月弟秀長が死ぬ。
宣教師から秀吉への献上品の中に地球儀があった。地球儀を回して明の大陸の右に日本を見出し驚嘆する。日本64州は「犬のふぐり」ほどのおおきさではないか。これが、後の朝鮮戦役のきっかけとなる。利休との確執があった後、8月鶴松が病死。翌日「明を攻める」の宣言。それから殺生関白秀次の事件に入る。
「身内の秀次さまを排してまで不倫の明々白々な子、」拾い君を跡継ぎに選ばれたか。
太閤は秀次の乱行は、痘瘡(性病)で頭が犯されたと誤解した。真実は鉛を盛られた中毒で、それは淀の方の陰謀であった。
醍醐の花見で、最後を飾ったが、その後狂い死同様に世を去る。
秀吉の生涯にわたって、信長を殺した秀吉の工作が、彼にとって心理的な枷になったことを物語る小説です。枷とは「あしかせ」の「かせ」で、物理的あるいは心理的に心身の動きを妨げるものの意味です。
たしかに面白い小説でした。小泉元首相が愛読した作家だというのも、うなずける話ですね。


水平な虹を見ました

2015-05-23 | 旅行
5月22日、住宅シニアクラブのウオーキングに出掛けました。男子4名、女子6名で9時半出発。地下鉄で東海通駅。4番出口を出て左にしばらく歩くと南郊公園の入り口が左にある。船の形をした案内標識があります。昔ここは中川運河の支流南郊運河があったが、それを埋め立て公園にした。昔は船が通っていたという標識です。テニス場もありました。

公園を通り抜けて、次の目標は中川運河にかかる東海橋である。ところが南に折れる地点を間違えた。下見の時は直角に折れたはずだが、ななめ左に道が続く。はてな?大通りに出て右へ曲がれば橋に出るはずだが・・・途中でコンビニがあったので確認しようと道を聞くと、東海橋は反対方向だという。信号三つ分戻って東海橋の東に出た。ここで、西へ、橋を渡る。まっすぐ歩けば名古屋競馬場の筈。競馬場の前の信号で、後を歩いていた筈のグループに追いついた。後続グループは道に詳しいHさんがいたので間違えなかったようだ。
競馬場は、レースのある日は入場料¥100で、ない日は無料で入場できる。「今日はやっている日だ」とHさんが言う。しかし競馬に興味のある人はいなかったみたいなので入場はパスして西へまっすぐ。間もなく「あおなみ線」の高架がある。

「あおなみ線」は、「あお」は青い電車を意味し、「な」は名古屋駅、「み」は港で、つまり「名古屋駅と港の間を走る青い電車」の意味だそうです。一番遅いSさんが追いつくのを待って、「左へ行けば1㎞で荒子川公園ですが、疲れた方は此処の駅(競馬場前)から一駅のっていただいてもいいですよ」。二人が電車に乗る。8人が高架沿いに荒子川公園駅まで歩きました。駅前のベンチに電車組がすわっていた。12時に近かったので、公園内の橋を渡り屋根のあるベンチに腰を下ろし弁当にする。

 食事を済ませて、荒子川の両岸に整備された散策道を歩くことにしました。下流に向かって1㎞ほど、フェニックス・アイランドにきました。

昭和62年6月10日オープンした公園で、周囲には、フェニックス・ワシントンヤシ・ココスヤシ・ソテツなど約170本の樹木が植えられている。

写真を撮ったあと、フェニックスブリッジを渡り対岸の散策道を駅まで戻りました。
駅前まで戻った時、珍しい景色を見ました。「虹よ」と言う声に空を見上げたら虹!それも水平な虹です。80年近く生きてきて水平な虹を見たのは初めて!
電車に乗り二時過ぎ帰宅しました。

南区を歩く

2015-05-18 | 旅行
南区を歩くウオーキングでした。
 南区というと、水泳大会でJR笠寺駅前の日本ガイシプールには度々行ったことがあるが、それ以外はほとんど訪れてない。行ってみるかと出掛けることにしました。
 17日、地下鉄の「駅ちかウオーキング」、9時半スタート駅の桜通線鶴里駅に着き、改札口を出ると、受付には黒山の人。健康のため歩く人が多くなっていますね。

2番出口を出て右へ歩くと中井用水緑道です。ふつう散歩道は川のほとりなどが多いのですが、ここの緑道は一般車道の真ん中に樹を植えて散策道にしている。桜台高校前から南に折れると、見晴台。


考古資料館がある。見晴台遺跡の出土品他市内の発掘調査で見つかった出土品を展示している。平成25年、きんさんぎんさん手植えの桜が南区役所から移植されている。
資料館の隣に笠寺観音があった。


西門を抜けて北へ。桜本町を西へ曲がり、呼続公園に向かう。
11時になったので、池のほとり(写真)で弁当を拡げた。

公園西口を出て大磯通りを西へ歩く。間もなく東海道線と新幹線高架(巻頭写真)を潜る。駅ちかの案内標識が毎回大体100本掲示されています。「しばらくまっすぐ」の表示がついている。その通りまっすぐ
 途中アピタによってみたが、南陽通りまではまっすぐ、堀川の手前で南に折れると「きらく橋東」。この橋は大きな橋です。

二階建てで1Fが一般車道と歩道、2Fが高速道になっている。ここを渡ると港区に入る。
橋を渡りしばらく歩くと港北公園。
道案内敬司が94本目だ。

ここまで8㎞とのことだが10㎞以上歩いた感じ。公園を抜けると区役所の隣に港防災センター。先着2000名に「名水」(災害用備蓄飲料水の缶)プレゼントがあった。
地下鉄東海通の2番出口がに12時半ゴール。8㎞しかあるいていないのい、すごく疲れた。年は争えないか!

ハードランデイング?

2015-05-08 | 経済と世相
人気のエコノミスト二人の本を読みました。
浜矩子著『もうエコノミストに騙されないために』(毎日新聞社、2015年3月刊)
藤巻健司著『吹けば飛ぶよな日本経済』(朝日新聞、2015年3月刊)
The purpose of studying economics is not to acquire of ready-made answers to economics questions ,but to learn how to avoid being deceivedby economists
「経済学を学ぶ目的は、経済の諸問題について出来合いの回答を手に入れることではない。経済学を学ぶ目的は、エコノミストに騙されないようにするためだ」[
お浜さんの本は、この経済学者ジョーン・ロビンソンの言葉で始まります。
一体世の経済学者は、「何について騙そうとしている」と、彼女は怒っているのか¥1100(税別)のこの本をGETしてしまいました。
 金融と通貨を専門とする浜さんは、「中央銀行は通貨価値を護る存在」であるべき、と考えているのでしょう。だから、中央銀行が「物価を上げる」(換言すると貨幣価値を下げる)とか、為替を安くする(これも自国通貨価の価値を下げる)ことを目的とする政策をとることなど我慢できないのでしょう。そうした経済理論に反撃を加えるたため、この著を著したというのが、読み終わっての私の感想です。
 こうした政策を続ける結果はどうなるでしょう。
 これについて詳述するのが藤巻さんの著書です。藤巻さんはこういう。
残念ながら、この期に至っては「財政破綻/ハイパーインフレ」のハードランデイングは不可避だと思います。
『自国通貨の価値をどんどん下げることに情熱を燃やす中央銀行。そのような日銀のありさまが投資家たちの不信感に火をつけてしまえば、誰も円を買わなくなる。そうなれば、円相場は暴落、崖から転落しあの世行きです。次の恐慌はひょっとして日銀恐慌として歴史に名を留めることに?』
 浜さんの主張は、藤巻さんのハードランデイング論と同じです。
円が下落し、財政が破たんするって、具体的にどんなことが起きるの?」この疑問に二人の本がどう描いているかを辿ります。
 私は、正直に言って、財政が破たんするとどういうことが起きるのか、良くわからない。企業が破たんすると、約束した支払いができなくなります。国が破たんしたら公務員の給料や年金が支払えなくなるのか。だがそうなれば、政府は当然日銀にカネを印刷してくれるよう依頼する。そうなれば、日銀は拒否しないでしょう。お札を印刷して給料も年金も払うことになる。そうすると、今だって政府は不足するお金(予算の半分)を、国債を発行して日銀に引き取ってもらい、日銀はその代価にお札を印刷しているのです。そのお金で政府は支払いをしている。今とどう変わる?貨幣価値が暴落するからインフレになる。と言う人もいる。では。不動産を買っておけば、困らないのでは?
藤巻さんによれば、
トレーダーは、「ある国で行われている経済政策が正しく、景気がこれからよくなる」と思えば「その国の株・通貨を買い、債権を売る」。逆に経済政策が誤っている」と思えば、「その国の株、通貨を売り、債券を買う」のが原則です。
  藤巻さんの主張は、勿論ドル資産を買って置け、です。FRBの方針がドルの価値を保存するであれば、私も全資産をドルにします。しかし、日銀と同様通貨価値の保存に関心がないみたいです。日銀だけでなく、各国中央銀行とも、異次元の金融緩和に熱心でお札の増刷に熱心です。
 その場合、各国資産に分散するという手があります。が、幸いにして分散しなければならないほど沢山資産を持ち合わせません。
 藤巻さんは、「事ここに及んでは、ハイパーインフレというハードランデイングしかない」と言います。しかし、消費者物価上昇は消費税増税の影響を除いて計算すれば、2%未満です。
ここで80年代後半のバブルの時代を振り返ってみます。円高不況を恐れた政府は超低金利政策に走りました。その結果物価は上がったか。当時は円高であったため、モノの値段が上がると、海外から安いモノが入ってきました。しかし、海外から入らない不動産や日本株は暴騰しました。今回はどうなるか。今回は円安なのです。当然物価は上がる筈です。でも、現状それほど上がっていないことを藤巻さんはこう説明しています。
コップに水を注ぐ時、水がコップの容量以内なら溢れない。しかし、容量を越した瞬間、水は周りに溢れる。今は溢れ出す直前の状態だというのです。
藤巻さんの説が当たるかどうか、わかりませんが、ハイパーインフレが起こるか否か、日本の金融政策の行方を注視している必要を、2冊の本を読んで感じます。

全国民が年金をもらえる

2015-05-04 | 経済と世相
 私は、近年の日本経済の不調の大きな原因の一つは、非正規雇用を製造業に認めたことにあると考えていました。
所が『ベーシック・インカム』(原田泰著、中公新書2015年2月刊)を読んで、べつの考え方もあると気づかされました。著者はこういいます。
「これまで日本社会の安心は、会社が中心になって担っていた。しかし、日本の会社はそのような重みに耐えかね、正社員を極力採用しなくなってきた。企業に無理やり正社員を採用するよう求めることには無理がある。」
言われてみれば、従来の日本の社会保障は企業が多くを負担してきた。しかし、国民の生活の保障は、本来企業でなく、国の仕事です。グローバル競争に直面する企業には、企業が国民の社会保障の中心になるシステムは維持できない時代になっているのでは?
とすると、非正規雇用を認めるのであれば、企業を通さずとも、社会保障が担保される制度を準備しておくべきだった。
政治が責められるべきは、非正規雇用を認めたことでなく、そうした社会保障システムを準備できていなかったことだった。
 どうすれば、そういうシステムができるのか、その答えは「ベーシック・インカム」だというのが、本書で述べている著者の主張です。
 ベーシック・インカク(以下BIと書く,基礎的所得)とは、すべての国民に最低限の健康で文化的な生活をするための所得を支給するという制度です。なぜそうするのか。そんなことをしたら、財政赤字がとんでもないことにならないか、福祉を充実させるべきだと考えている人からは、貧困は単に所得がないことから生まれるのではなくて、仕事がない、社会から排除されるなどの問題から生まれるのであって、単にお金を配れば解決できるという批判がすぐ帰ってくるだろう。
これに対する私の答えは簡単だ。なぜそうするのか。人々の生活を保障することは現代の先進国家がすでにしていることだから。日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な採点限度の生活を営む権利を有する」第2項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。そのための施策としてもっとも効率的な施策がBIである。
 財政赤字がひどいことになるという批判には、すでに行っていることを別の形でするだけだから、赤字がさらに膨らむことはないと答える。むしろいままでの施策を効率化するから財政移出を減らすことが出来る。(第3章で詳述)
 貧困とは単に所得がないという批判には、
それでは現行の福祉制度は問題を解決できているのか。BIは、福祉官僚の仕事を減らし、そうした課題、彼らの本来の仕事に、取り組む余裕を生むのである。
貧困とは所得が少ないことだ。現行の生活保護制度の問題点は、その給付額が十分か否かではなくて、そこにアクセスすできない、つまりもらうべき人がもらっていないことだ。BIという制度にアクセスできればその問題は生じない。BIの利点は、すべての人々を貧困から救うことができる。
 以下、著者の述べるBIの具体案です。
すべての成人に年84万円のBIを各自の銀行口座に振り込む。配偶者の扶養講座、基礎控除などほとんどの控除を廃止する。子供にも年36万円のBIを振り込み、子供の扶養控除も廃止する。65歳以上は別途年金制度があるので除外し、20~64歳の国民全員、7476万人すべてにBIを給付すればすべての人の貧困をなくすことが出来る。その費用は63兆円である。一方、所得税は、ほとんどの控除を廃止し、一律3割の税率とする。
 さらに、今まで政府が使っていた政策経費のかなりがBIの採用により節約できる。
日本はこれまで無理やり仕事を作ることで人々の生活を護ろうとしてきた。公共事業、農業保護、中小企業保護などの政策である。これらの政策に予算をどの程度つかっているのだろうか。これらの予算を人々への直接給付にしたらどれだけのことができるか。公共事業予算は一般会計では7兆円だが、特別会計、地方予算、すべてをあわせた国民経済計算ベースでは19.6兆円(2008年実績)農業予算は一般会計で2.6兆円だが、地方の農業予算は3.9兆円。一般会計の中小企業予算は0.2兆円だが、地方自治体の商工予算は4.9兆円である。一般会計の生活保護費は2.1兆円、地方自治体の福祉費は18.7兆円。これらをBIの導入で半減できれば23.6兆円が捻出できる。これと雇用保険に使っている2.4兆円と合せると、26兆円が直接給付できるの、という。
景気振興にカネを使うということは、企業を通じて国民の生活を守るということだが、企業にカネを使うより国民に直接給付する方が、予算の使い方として効率的だとの指摘です。社会保障も、企業を通じて行う従来方式よりも、国民への直接給付の方が効率的だとの指摘、傾聴に値する指摘だと思いました。
我々年金世代は、年金の受給で生活の安定を得ています。このBⅠは、年金世代だけでなく、全国民の生活の安定のため、年金を支給しようという制度で、それは発想を変えることで可能になるというのです。