古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

路(るう)

2015-07-20 | 読書
 『路(るう)』吉田修一著、文春文庫を読みました。
吉田修一は沢山の小説を著しているようですが(http://yoshidashuichi.com/)私は初めて彼の小説を読んだ。
台湾新幹線の建設にかかわる人々の物語。「路」は、新幹線という路と人々の人生行路」の意味らしい。
「新幹線が開通したら、二人で台湾に行ってみるか?」と勝一郎は言った。
「開通したらって、まだ5年も先の話じゃないですか」と妻は笑った。
「そうか。5年も先か」
「そうですよ」
「5年なんてあっという間かもしれないぞ」
「70過ぎたおじいちゃんが元気溌剌だとみっともないですよ」
台湾出身の夫婦の会話だが、台湾新幹線が出来、夫は妻の遺影とともに新幹線を旅することになる。
しかし夫も、
台湾で幼馴染の、今は台湾で病院を経営する中野に会う。
・・・
中野が、車がやってくる方へ目を向けた。
「すい臓がんらしい」
その背中に勝一郎は言った。言うつもりなどなかった。中野はすぐには振り返らない。
「死ぬのに早いって齢でもないけどな」と勝一郎は笑った。
自分自分でも不思議だったが、病院での診断の後、初めて口にしたにも拘わらず、何の動揺もなかった。やっと振り返った中野が「そうか」とだけ応える。
「ああそうだ」と勝一郎も短くうなずく。
「医者はなんて言ってる?」
「そう長くはないそうだ」
「そうか」
・・・中野は昔、曜子(勝一郎の奥さん)を恋していた。
「曜子もいない。お前と違って子供もいない。天涯孤独ってやつだ。まぁ思い残すこともなし、一人でのんびり死んでくよ」
「だったら、お前、こっちで死ね。・・・俺の病院で、この台湾で死ね」
こっちで死ね。この台湾で死ね。・・・

「冗談で言ってるんじゃないぞ、ちゃんと考えてくれ」
・・・
「ありがとう」
ただ一言、勝一郎はそういった。
 若い人の物語もある。
東京の会社に勤めていた多田春香は台湾のプロジェクトに出向することになる。
台湾への赴任を期に春香は・・・…東京のアパートを引き払っている。・・・実際に暮しているのは台北で、実家は神戸。しかし会社は東京にあり、恋人である繁之もそこにいる。
話は6年前に遡る。春香は気ままな一人旅で台湾を訪れる。偶然、一人の台湾男性に会う・。「電話してください」とメモを貰うのだが、それを紛失する。
神戸の大震災で、春香の安否を心配した彼、劉人豪(ジンチャン)は、ボランテイアとして日本にやってくるが、再会は出来なかった。一方、その後台湾で大地震。彼を心配して春香は台湾に行くが、これまた再会できなかった。
ジンチャンは、台湾の大学を卒業後日本に留学して、日本の建設会社に入社する。
 つまり、彼は日本で働き、彼女は台北で働くことになる。
 こうした若い人々の物語と、人生晩年にさしかかった人々の物語が、台湾新幹線の建設と組み合わされて展開されるのである。
『日本側が提出したスケジュールによれば、いよいよ来月から試運転が始まる予定だったのだが、来月どころか、いつになったら始められるのかさえ予測できないほど工事が遅れている。
「台湾の人たちがスケジュールにたいして呑気なんじゃないんだよ。ヨーロッパだってアメリカだってそう。
結局、世界中で日本だけがスケジュールに対する心構えが違うってことだと考えるしかないんだな」』
こうした苦労を交えた恋愛小説です。