古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

日本がグローバル化の発信源(2)

2014-12-14 | 経済と世相
 1994年アメリカは教育法の改正を行った。改正の目的は、スキル・スタンダードという制度を学校教育と職業訓練の世界に持ち込むことだった。これは企業全体が有機的に連携しあう組織になるため必要な能力をはかる尺度だった。スキル・スタンダードを導入するため学校教育における基礎学力の向上を、企業競争力のかなめとなる従業員の能力の育成とリンクさせた。
 能力には潜在能力と顕在能力がある。日本企業は潜在能力を重視してきた。働いている人の能力が将来的に伸びてさまざまな知識を身に着けることで、企業全体の連携を高めることに有利になるからだ。一方、日本以外の国では顕在能力を重視してきた。フォード生産方式では、定められた職務以外のことを働く人に求めなかったからで、その伝統を覆す試みがスキル・スタンダード制度の導入だった。
 教育制度まで変えようと法律を定めたのだから、日本企業の進出を、アメリカ政財界の当局者がいかに脅威と受け止めていたかが分かる。
 アメリカ政府は、スキル・スタンダード制度をあらゆる産業に広めようとしていた。だが、実際に普及させるにはハードルが高かった。読み書き計算能力が不足する労働者が少なくなかったからである。
 日本企業のしくみを欧米が取り入れる試みは簡単には終わらなかった。
結論的からいうと、スキルスタンダードはうまくいかなかった。その理由は、求める能力要件と必要な訓練内容が、普通の労働者にとって難しすぎたからである
この失敗からアメリカ企業が学んだことがある。
 スキル・スタンダード制度が想定したような能力は、企業にとって中核的な役割を担う従業員だけが身につければいい、ということだ。
 企業は中核的な役割を期待する従業員を絞り込み、これまでより熱心に訓練をおこなうようになった。これはいわば、日本発の働き方のグローバル化であった。
 欧米にせよ日本にせよ、進行しているには、人数を絞り込んだ中核的な従業員によるメンバーシップ型の働かせ方への移行と、低賃金で単純作業を行うジョブ型の働きをする労働者への置き換えだ。こうした雇用モデルは、日本においての正社員と非正規社員の雇用モデルに似るのである。
 1980年代の日本が世界に与えたインパクトは、企業組織の在り方や労働者の働かせ方、評価や訓練の内容にとどまらず、社会システムそのものを変化させていった。それは、さながらグローバルスタンダードの発信源が日本であることを明らかにするものだった。
にも拘らず、ろうの当事者であるはずの日本は自らが何をなしたかを気づかなかった。
 ホンダをはじめとした自動車メーカーがアメリカに拠点を移したとき、参考にしたのは労働組合を作らせないアメリカの企業だった。ハーバードの調査でも、アメリカ国内で高い業績を上げている事例として、労働組合のない企業を参考にすべきだとしている。
 しかし、労働組合を必要としない社会、という選択はほんとうに正しいのか。日本とアメリカの異なる労使関係システム。この二つが接近することがなければ問題はおきなかった。だが、日本企業の海外進出はそれを許さなかった。これは欧米諸国の社会システムを根本から変えるものへとつながった。
 一人ひとりの仕事をなるべく細かく単純にして、ベルトコンベアでつなぎ合わせる。これがアメリカの自動車産業を強くした生産方式だった。労働組合は、それを受け入れることと引き換えに、それぞれの仕事に当てはまる賃金や労働者がどの賃金のポストに移るかをコントロールし、高い技能を持たなくても、子供に教育を受けさせ家や自動車を買うことが出来るようにした。こうした労働条件は労組のない企業にも波及していく。それだけでなく、健康保険や年金等の社会保障制度を社会に普及させることにも貢献した。
こうした仕組みが日本企業の躍進で壊されていく。
 アメリカの労使関係がつくってきたモデルは、高いスキルがなくても、ミドルクラスの生活や、社会保障制度を手にすることができるというものだった。それがくずされることになった。
 だがしかし、「利益の追求だけが目的なら、企業経営にとって労働組合は必ずしも必要ない」という発見は、めぐりめぐって日本に戻ってくる。
 労使関係の意義は、労使の交渉が個別企業という限られた場所で起ころうとも、労働条件の向上や社会保障制度に波及し社会全体に拡大することにあった。裏を返せば、社会への波及効果のない労使関係の存在意義はない。
 企業経営に協力するという労働組合の戦略は、1980年代までの日本企業の国際市場における躍進を支えてきたし、今もってその意味の役割を終えたわけではない。しかし、様々な変化の中で制度疲労を起こしたことも、また事実である。
結論に移ろう。
非正規社員の増加で正規社員だけで組織される労働組合の、交渉力を弱め、さらには社会への影響力を失わせている。欧米の労働組合の影響力を弱めた海外進出した日本企業の労使関係は、ブーメランのように、日本に戻ってきて日本に非正規雇用の増加と、労働組合の弱体化をもたらしたのである。