古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

資本主義の終焉と歴史の危機(2)

2014-04-08 | 読書
 分かり易く言うとこうです。売り上げが伸びなくなった会社が、売り上げを増やすためには、今まで売っていなかった地域(例えば海外)に売り込みます。空間に販売領域を広げる。地球上すべてに売り込み、売り込む先がなくなったら、新商品を開発して拡販を図ります。新商品開発とは、現在は存在しないが将来は出てくるはずのものを見つけることです。換言すると、時間軸で販売領域を広げる。ところが新商品開発など、辛気臭いことをしなくても時間軸で稼ぐ方法があるのです。金融業です。
 「ものづくり」で稼げなった時、金融を商売にすることは、利潤の源泉を時間軸で得ることです。金融市場が商品の先物を取引することから始まったことを考えれば、ご理解いただけると思います。
 アメリカの金融帝国化を数字でみます。1984年、金融業の全産業利益に占める比率はシェアは9.6%。2002年には30.9%に達しました。

 「周辺」がなくなった時に資本主義は変換を余儀なくされるという水野理論の当否は別として、この理論に基づく現在の経済現象の説明には頷ける点が多いのです。
 従来、マネーは銀行の信用創造によって作られていました。それには家計の所得が増加してある程度貯蓄率が高くならなければならない。しかし、1970年代半ば以降、利潤率は低下し、所得の増加率が鈍化したので、銀行を通じて創造されるマネーは、従来のように増えなくなってしまった。そこでアメリカ政府は、商業銀行の投資銀行化を政策的に後押しした。金融・資本市場を自由化し、資産価格の値上がりで利益を極大化する方が、はるかに効率的です。しかし、このことはバブルを繰り返すことにつながった。
 別の観点から言うと、資本主義には「周辺」が必要だが、途上国が成長し、新興国に転ずれば、新たな「周辺」をつくる必要がある。それが、アメリカで言えば、サブプライム層、日本でいえば、非正規社員であり、EUでいえば、ギリシャやキプロス。21世紀の新興国の台頭とアメリカのサブプライム・ローン問題、ギリシャ危機、日本の非正規社員化問題はコインの裏と表なのです。
 こうした国境の内側で格差を広げることも厭わない「資本のための資本主義」は、民主主義も同時に破壊することになりました。民主主義は価値観を同じくする中間層の存在があってはじめて機能するのであり、多くの人の所得が減少する中間層の没落は、民主主義の基盤を崩壊することに他ならない。
 民主主義を機能させるには情報の公開性を原則としなければなりません。・・・国家も情報を独占することは許されません。この意味でスノーデン事件はおそらく21世紀の大問題に発展すると思います。
 情報を独占する側が常に敗者となるのが歴史の教訓です。この観点からもスノーデン事件が問いかけているのは民主国家の危機なのです。
 民主国家の危機という意味では、リーマン・ショック以降のベン・バーナンキFRB前議長による量的緩和政策も、その文脈でとらえることができます。マネーの膨張は、中間層を置き去りにし、富裕層のみを豊かにするバブルを醸成するものだからです。
 そもそも、マネタリスト的な金融政策の有効性は、1995年で切れています。
 金融緩和の有効性を主張する彼らの言い分は、貨幣数量説に基づく。貨幣の流通速度が長期的には一定のもと「貨幣の数量が物価水準を決定する」という理論で、数式で表現すると、Mv=PT(M:貨幣数量、v:流通速度、P:物価水準、T:取引量)だが、vが一定であるという前提が低金利のもとで崩れている。さらに取引量のなかには、金融市場での株や土地の売買取引が多く含まれるようになった。
 現在、金融経済の規模は実物経済よりもはるかに膨らんでいて、「金融空間」には余剰マネーがストック・ベースで140兆ドルあり、レバレッジを高めれば、この数十倍のマネーが「金融空間」を徘徊する。対して、実物経済の規模は2013年で74.2兆ドル(IMF推定)です。
 以下、オバマの輸出倍増計画もアメリカのシェールガス革命もアメリカの資本主義を救えないことを詳述しています。いずれも納得できる説明です。等々。