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212 水彩画 日曜展示

2024-05-19 04:21:56 | 水彩画
212 水彩画 日曜展示

10号前後です。





 483「紀伊半島の漁港」
2024.5






484「山の湖」
2024.5








485「紀伊半島の漁港」
2024.5








486「古木桜」
2024.5








487「伊豆高原」
2024.5







488「岬」
2024.5



 10号前後の作品を描いた。やはり、中判全紙より小さいので、絵が早くできる。何とか日々の一枚になった。のぼたん農園では稲刈りの時期だ。稲の状態が気になりながら、絵を描いていた。いつも絵は変化しているのだが、それでいいと思っている。

 古木桜は和紙に描いている。久しぶりに鉛筆でデッサンをした。と言って桜を見てデッサンをしたのでは無く、頭に湧いてくる昔描いた桜をもう一度描いた。頭の中の桜は自由で良い。見て描いたときには桜の花の方に気が取られたが、今度は花のことは忘れていた。

 紀伊半島の港も良く思い出す。又描きに行きたいと思うが、違うところになっている気がする。変ってしまったかも知れないし、私の頭の中で変っているのかも知れない。どちらでも良いが、頭の中の景色は心地が良い。現実よりもずっと居心地が良い。

 カメラも持っていなかったし、写真を撮るようになったのはブログを書くようになってからだ。ブログに写真を載せたくなって、カメラを買った。今なら、スマホで良いのだろうが、まだスマホというものがなかった。絵の写真も残すことになった。

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田んぼを描くこと

2024-05-18 04:21:56 | 水彩画


 田んぼを描いている。毎日田んぼをやっているくらい好きなのだから、田んぼが描きたくなるのは当然のことかもしれない。田んぼの様子を見続けているし、見とれても居る。目の底には田んぼの様子が焼き付いている。わずかな色の違いも栽培の上で気になっている。

 同じ葉の色でも、良い緑もあれば悪い緑もある。稲穂の黄金色にも、良い黄金色の輝きもあれば、悪い黄金色もある。言うに言われぬ微妙な感じなので絵にも描けない。葉色版という色見本があるが、あれはすべて元気のない死んだ色だ。生きた色でなければ良いお米はとれない。

 絵を描けば当然田んぼが表れてくる。田んぼは空間に描かれた図形であり、色になる。空間は様々な横を通る線が通っている。水平線であったり、地平線であったり、くうかんのおくゆきを示す線がある。そこを道路や田んぼや畑が区切って行く。そのように風景は構成されているとも言える。それはすべてが生きたものである。生命ある風景である。

 その生きている風景の骨格とも言えるものを発見して、画面の中で構成し直すのが、生きた絵を描くと言うことなのだと思う。それは難しい計算をすると言うようなことではなく、手が描いている内に、絵の中の構造がだんだんに発見されるというのが実際の所だと思う。

 描いていると何故かだんだんこのように成るはずだとか、こう出なければならないというようなことが見えてくる。その場その場のことで、絵を通してある一貫としたようなものでもない。ここに山の稜線が来る。それなら水平線はこの辺りだ。では雲はこうはいらなければと、別段理由もないのだが、徐々に場所が定まって行く。

 特には、いらないものは取り、必要なものを加え、試行錯誤を定まるまで続けて行く。こうして絵が産まれてくる。この取ったり付けたりが絵を描くということのようだ。その時にとって定まるのか、描き方を変えて収まるのかというようなことが出てくる。色を変えれば済むというようなことも多い。

 いずれにしても、何かをしたから解決するというようなことではない。何も考えないままに、反応だけを頼りに、収まるまで続けて行く。この収まると言うことは、実はどうして起こるのかが不思議なことが起こる。いつか、絵がピンと立ち上がってくる。それならこうすればよりピンとすると言うだけである。

 このピント立ち上がる感触は、絵に命が籠ったと言うことなのだ。絵が生き物になった感じである。葉色版の緑が死んだ色であるが、良い稲の葉色が生きた緑であるのとの違いのようなものだろう。田んぼから湧き出ている強い生命力は、わたしの目には印象的なものだ。この生命が絵に乗り移ったときに、絵はピンとする。

 だから絵ができたと言うより、何か安定を得たというような気がして終わる。最近ある意味「し上げる」というようなことがない。仕上げなければピンとする感じにならないと言うことがないだけだ。どうでもピンとすれば後のことはそれでいいと言うことになる。

 しかし、だんだん時間がかかり困ってる。なかなかピンとしないのだ。あれこれの試行錯誤が限りなく続く。何か生きているという違うものが、厳密化を要求している。結論が分っているから厳密化していると言うより、分らないことが多くて、切りがないと言うことの方が近いかもしれない。

 絵を描いている人なら似たような経験は誰にもあるのかも知れない。ないのかも知れないし、全く違うのかも知れない。ともかく次に進むことだけを期待している。何に向かっているのかと考えても、自分に向かっているとしか言えないのだ。だから方角はないに等しい。

 自分の世界観を絵にする。観ている世界の生命を、感じて、見て、絵の上で作り上げようと言うことをしている。世界の空間は無限で、広大であるから命が存在する。それを画面という小さな平面のなかに、模式図的に再構成しようとしているのだから、それは当然一筋縄ではいかない。

 そういうことではあるのだが、自分たるものの確立がないのだから、だめで曖昧な自分の世界観と言うことなのだろう。でっち上げてもしょうがないことだし、どれほどインチキでもインチキな自分であればそれはそれでしょうがないというようなことなのだろう。
 
 そのインチキの中に、偽物ではあるのだが、偽物を演じている私のような者が見え隠れしているような感じなのだ。これはこれで前よりは良いと思う。前の自分は、良さそうな自分を借りてきた他人の絵画から作っていたのだから、見栄えはいくらか良いがそんなものは、絵ではないと思いだした。

 ダメになって良かったというのも変なことだが、多分このだめをところをとんやることが、私絵画の道なのではないかと思っている。良いだけが絵ではないと言うこと。その覚悟だけは出来たのかも知れない。今日は絵が描けるのかは分らないが、ともかくアトリエカーで出掛けて、のぼたん農園で絵を描く。

 日々の一枚である。絵は大脳で描くものでは無い。小脳の反応で描くものだ。絵は考えてはだめなものだ。それなのに思想や哲学がなければならない。自分の人間全体が、絵を描くと言うことに反応して行かなければならない。反復運動の練習である。

 歩くことを忘れない。歩くことをしたことの無い人が歩けるようになるのは、大変なことだろう。それでも歩けるようになれば、いつの間にか考えないでも適切に歩くことが出来るようになる。その歩き方はその人間を表わしている。その人間が作り出した歩き方だからだ。

 歩き方講習会でナンバ歩きや忍者走りを覚えたとしても、忘れるまで歩かなければ、その人にとって良い歩きにはならない。こういうのがよい歩き方なのかと、考えながら歩いている内はあくまで学んだ歩き方で、その人らしい歩き方ではない。

 むしろ歩き方など学ばなかったときの方が、ずっとその人らしい歩き方をしていたはずだ。学んだことで自分なりに合理的な歩きだったものを崩して失ってしまったのだ。だから、ナンバ歩きを忘れるまで、歩き続けなければ自分の歩きにはならないのだ。

 学んだことを忘れるには、学んだ時間だけかかる。しかもはるかに忘れることの方が難しい。努力して身につけた良いと思う行いを失おうというのだ。まるでバカみたいな、無駄なような話しだ。所が、忘れかけてみると、何かまた自分と絵の上で遭遇できる。

 このたまたまの遭遇を頼りに、その方角に進むほかない。絵を描く航海には羅針盤もない。自分を捜して行く生き方にも羅針盤はない。その捜して行くこと自体を、道としてそれを良しとするほかないのだろう。そもそもその道には目的地すらない、達成できないような道らしい。
 
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211 水彩画 日曜展示

2024-05-12 04:19:50 | 水彩画
211 水彩画 日曜展示


  すべて中判全紙アルシュ手漉き紙






480「ヒカゲヘゴ」
2024.5








481「水の張られた田んぼ」
2024.5








482「たんぼ道」
2024.5









483「名蔵湾」
2024.5




 長い時間描いていたのだが、また日々の一枚には達しなかった。4枚までであった。少し絵が変化して、時間のかかるものになっているのかも知れない。写生をしているのでは無く、絵を描いている要素が強くなっているのかも知れない。

 小田原から戻ってから、丁度8枚である。通販で購入したので、アルシュの手漉きの紙に描いている。この紙は塗りやすくなるまで、水を弾いて、少し描きにくい紙だ。多分最初に霧吹きで湿らせておいて描けというような、水彩技法が必要な水彩紙なのかも知れない。

 描きづらさがこの紙の特徴だと思い、描きにくいままで描いている。色の発色が思うところまで行くのに時間がかかるが、とことんやることが出来る紙であもある。紙を変えたので、私の小脳が戸惑っているのだろう。戸惑うことも時には必要なことだ。



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210 水彩画 日曜展示

2024-05-05 04:09:46 | 水彩画
210 水彩画 日曜展示








474「舟原のかきつばた」
2024.4 中判全紙








475「舟原カキツバタ」
2024.4 中判全紙









476「ひこば田んぼ」
2024.5 中判全紙








477「ひこばえ田んぼ」
2024.5 中判全紙








478「竹富島」
2024.5 中判全紙







479「ひこばえ田んぼ」
2024.5 中判全紙




 小田原に行き舟原溜池の整備をし、舟原ため池で絵を描いた。絵を描くために溜池の整備をしてきたわけではないが、舟原の溜池を美しい場所にできれば、残されるだろうという考えであった。4つあった溜池の内3つはごみで埋め立てられてしまった。

 自分で美しい場所にしようと20年も努力してきた場所が、やっと絵が描けるような場所になってきた。今回は、ちょうどカキツバタの花が咲いていた。この目の覚めるような景色を描くことで、何かそこにある良い気配を自分の身体に取り込めるような気がした。
 
 3日間通い、2枚の絵を描いた。それは心地よい3日間だった。眼が新しくなったような気がした。次に繋がるような気がしている。このカキツバタの美しさは、日本の美だと思った。花の赤紫が、葉の緑と水面の深い緑との調和の中にある。日本人の美意識はこうしてできたという事が実感された。

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東京での絵の展示

2024-04-29 04:17:06 | 水彩画


 絵の展示をさせて貰った。東京三軒茶屋のキャロットタワーのオフィース棟ロビーである。これから時々絵を架け替えるつもりだ。なにかこう書いていることも緊張する。こんなことをしていいのかという気持ちの迷いがある。迷ってはいたがやってみることにした。

 石垣島に暮らしていると絵を実際に見てもらう機会は無くなる。絵を見る機会もなくなる。何か絵を展示する方法がないか考えていた。個展をやるという事もあるが、個展をやるのは辛すぎて嫌なのだ。個展の会場にいる自分に耐えがたいものがある。絵を販売している形が嫌なのだ。

 春日部洋先生は個展は、いつも俎板の鯉だと言われていた。だから画家にはその試練が必要なのだ。お前も個展をしなければだめだと言われた。日動の個展のオープニングセレモニーの際、誰一人会場に人が来なかったことがあり、あのときは辛かったと先生は言われた。

 私にもそれに近い辛い個展が何度もある。絵を売らなければ、画廊に申し訳ないし、毎月個展をしていれば、だんだん絵は売れなくなる。絵を商品として描いているわけではないのに、なぜ商品として売らなければならないかが耐えがたかった。日本では絵画はあくまで商品なのだ。

 最近の個展会場で聞く言葉が、「おめでとうございます」何がおめでたいのか。そんな言葉を発する、あなたがおめでたいのだ。個展の意味を誤解しているのだ。個展の開催はどこもおめでたくなどない。個展会場は自分をまな板の上に載せて、さあー腹の中を見てくれと言っているのだ。見に行く人は介錯人だ。

 画家の一期一会の切腹の場だ。それを結婚式か何かと間違っている。まあ結婚も地獄の入り口の場合もあるから、おめでとうございますというのは、ある意味正しい言葉かもしれない。地獄でもがいていて、おめでたいですね。と絵描き地獄ののたうち回りを良しとしているのかもしれない。

 それで、銀座の文春の会場で最後の個展を、生前葬として切腹個展をして、2度としないことにした。何度も切腹は出来ないと思ったわけだ。あれから30年以上たつだろう。当初は画廊の方から個展を開きたいという話はそれなりにあったのだが、やらないできた。もちろん今は音沙汰もない。

 個展を止めて、発表は公募展だけという事で来たのだが、水彩人展は絵の研究会としてやっていたので、自分としては研究の場だと考えてきた。画廊を1日だけ借りて、水彩人の仲間で絵を展示して、互いに絵を語る。「絵を語る会」を開催してきた。この形は私には良いものだった。

 「絵を語る会」はコロナの為に中止になった。コロナは本当にひどいことであった。生き方まで捻じ曲げられた。またやらなければと思ってはいる。思ってはいるが、石垣島に居て、東京で絵を語る会を開催するのはかなり気が重い。できない訳ではないので、やるべきだ。本当にまたやろう。

 それはそれとして、絵を展示するという事を自分に課さなければいけない状態になった。その機会が来た。キャロットタワーのロビーに絵を展示させてもらえることになった。絵を展示して見てもらうだけで、販売はしない。絵は商品ではなく、自分の探求の為に描いているものだからだ。

 展示させてもらう時に、久しぶりにドキドキした。昔々、公募展に絵を搬入したときのような、あるいは個展の初日のような気持だった。どうだろうか、飾ってみっともないことはないだろうか。心配で仕方がなかった。自分の絵がむき出しになるような気がした。

 このドキドキ感が、自分に必要なものだったという気がした。誰もが入ってみることが出来るから、是非東京に近い人は見て頂ければと思う。生の絵はやはり、映像とは違う。肉声と電話では伝わるものが違う。キャロットタワーは世田谷パブリックシアターのあるビルだ。地下鉄半蔵門線の三軒茶屋を降りて、駅に続いているのですぐわかる。

 そして、絵の感想をメールで貰えればと思う。先ずそこまでしてくれる人は居ないとは思うが、一応その気持ちで、絵を展示するという事にしている。切腹まではいかないが、腹の底は見せているつもりだ。実は、バーコードを名前の横に付けた。それが私の、ホームページに繋がっている。

 ホームページから、メールが送れるようにしてあるので、そこから意見は送信できる。販売をするためではない。責任の所在が分かるようにして置いた。新しい形の絵の展示法のつもりだ。どんな人間が描いたものかわかる方がいいかと思ったのだ。絵との一つの出会いだから、連絡先もある方がいいと考えた。

 絵は462「英太郎さんの田んぼ」2024.4中判全紙である。つい先週描いた絵になる。こういう形で、季節ごとぐらいに架け替えてゆきたいと思っている。これが5月からの展示であれば、7月末、10月末、1月末、そして4月末と架け替える気持ちで、それを目標に絵を描こうと思う。

 10年やれば、40点ぐらいにはなる。これは水彩人展の出品作と同じくらいになる。10年の間に少しは自分の絵になっているかどうか。そんなどこか切羽詰まった気持ちで、展示を続けてゆくつもりだ。もちろん展示に意味があるというより、それに向けて描くという自分に意味がある。見てもらうつもりで描く。絵を描くうえではこれが重要なことなのだ。

 そう思って、ブログでウエッブ展示を続けている。ただ描いているというよりも、大切なことなのだが、どこかで生の絵も出さなければという気持ちになった。緊張をすることが必要だ。このやり方はさすがに怖い。絵を描く気持ちを真剣勝負にするところがある。その為ではあるが、さすがに今回壁にかけるまでは怖かった。今も思い出すと落ち着かない。

 ロビーは静かな灰色の空間である。絵の下に小原流の生け花が飾ってある。これが何と毎週生け花が変わるのだそうだ。その生け花の上の空間に架けさせてもらった。空間が変わったと思った。とても華やいだ。色彩というものは凄い。私の絵の力というより、色彩の力がすごい。

 生け花の静かな世界を壊したようではあるが、ある意味互いに生かしたという事も言える。良い場を頂いたと思い、全力で挑んでみようと思う。何をどうしようが、絵は結果次第だ。絵がどこまで人間の奥にまで迫ったものになっているかは、これから展示してゆく絵を見ればわかる。

 絵を見れば、何かが分かる。それが絵の良いところだと思う。一日を生ききるという事は、難しいことだ。出来ているのか、そうでないのか、なかなか確信が持てない。しかし、絵には現れてくる気がする。10年前の絵、20年前の絵、そして1年前の絵。そして今日描いた絵。動いている。

 描いた世界の違いがそこにはある。世界が出来ていないという事もわかるし、世界が見え始めたという事もわかる。絵がだめであるという事は、絵との向かい合い方が、悪いという事になる。只管打画になっていないという事だ。今日をただひたすらに生きる。その実態が絵には現れる。

 絵がダメであれば、自分という人間がだめになってきた表れだと思って気を引き締めてゆく。日々絵を描く精進をして、自分の奥底までやり切りたいと思う。その為なら、少々恥ずかしいこともしても大丈夫だ。そう思って、ロビー展示を始めることにした。

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209 水彩画 日曜展示

2024-04-28 04:41:03 | 水彩画
 209 水彩画 日曜展示







467「夜の海」
2024.4 20号







468「樹木」
2024.4 20号







468「妙高山」
2024.4 中判全紙









469「草原」
2024.4 中判全紙










470「カキツバタ」
2024.4 中判全紙









471「篠窪」
2024.5 中判全紙









472「岬」
2024.4 中判全紙









473「伊豆」
2024,4 中判全紙


 小田原で描いたものだ。雨の日にゆっくり描くことができた。小田原で絵を描くのと、石垣で絵を描くのでは違うものがある。気持ちが違うという事が、絵に現れてくる。場所を変えてみるのも悪くないなと思った。絵が良くなったという事でもないのだが、新鮮な気持ちで描いていた。

 小田原に来て描くと色が変わる。小田原の色は静かで、調和がある。納まりが良い。ただただ美しいと言ってもいい。今回は春のみどりの美しさに圧倒された。舟原ため池に行き絵を描いていたのだが、咲き乱れているカキツバタは驚くほどの見事さだった。

 もっと描いてみたいのだが、今日はお茶摘みでダメだが、明日時間がとれれば、もう一日描いてみたい。あの溜池の景色の中にいるという事は、とてもいいものを受け取っているような気がした。もっと体の中にあの世界を取り入れて帰りたいと思う。


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水彩画の描き方

2024-04-25 04:52:02 | 水彩画


 水彩画は最高の描画素材だと思う。紙に水彩絵の具で着色するという事ほど、自分の内なるものに、生な形で反応できる素材はないだろう。墨絵も表現の自由さでは奥深いものがあるが、色彩がないという点で、私には物足りない。人によっては色彩ない方が良いという人も居るのだろう。

 夢を色彩で見る人と、白黒映画のように、色彩を意識させない画像で見る人が居るのと同じことかと思う。絵を描いている時の頭の中の状態は、夢を見ているのと変らないことだから、人それぞれなのだろう。頭の中の世界がどんな世界かと言えば、私には水彩画で描いたような世界なのだ。

 色彩があるのが自分にとっての世界だ。自分が生きている世界を表現するのに、色彩がないという事は私には想像ができない。墨絵で色彩を表現するというようなことを言う人が居るが、そんな荒唐無稽なことは、想像することすら耐えがたい。墨絵はあくまで色がない世界へ、置き換えたことだ。置き換えることに意味があるのだ。頭の中の世界に色彩の無い人も居るのだろう。

 水彩画の色彩の良さは、反応が早いと言うことである。油彩画であれば、気持ちに添った表現にまで持って行くには、少なくとも数日の時間が必要である。色によって、溶き油によっては2週間ほど時間をおかなければ進められないこともある。

 ゴッホの描く時間は早い方だと思うが、数日はかかっていると思う。中川一政氏の場合、数週間は早くてもかかっているのだろう。梅原龍三郎氏も早い方だと思うが数日が多いだろう。ルネッサンスの画家であれば、1か月以上、数年かかるという人もいたのだと思う。

 翌日に持ち越すとどうもその時間で、感性の持続とずれが生じる。せめて一日で一通りの仕事が終わるぐらいでありたい。もちろん数日おいてまた描き始めることもよくあるし、場合によっては何年もしてから描くこともある。その描き継ぐと言うことは、水彩画の描画法とは又別のことになる。

 描き始めた感性のまま、小脳の反応で絵を描くと言うことには、水彩画以外では難しい。他の方法では、大脳を働かせず、反応になって即応して行くような描き方は出来ないと思う。水彩画の良さは呼吸するような時間感覚で、描けるという所にある。

 日本画であれば、下絵があり、本画がある。小脳と言うより、大脳で描く絵画なのだ。当然のことで日本画は装飾画という意味が強い。デザイン画と言える。水彩画でも日本画のような描き方をする人の方が普通だと思う。しかし、水彩画でなければ難しい描き方が、私絵画なのだ。

 私絵画は造語なので説明が居る。とことん自分のために描く絵画のことだ。自分世界観の探求の為に絵を描く。描くことでっ見ている世界を確認してゆく。その絵を人に見て貰うと言うことが出てくるが。客観的評価は必要としない。あくまで自分の世界観を深めていく為に、絵を描いている。只管打画である。

 私絵画は何にもならない絵画である。何にも成らない物が、実は一番重要なものに変る。用の美と言うが、無用の美である。生きていることをとことん究める為に絵を描くのだろう。その人間が絵に現われてくるまで描きたいと言うことになる。

 何故、そんなことを考えるようになったかと言えば、好きな絵には、その人がそこに居るかのように、見えてくるからだ。中川一政氏の絵を見ていると、中川一政氏の見ようとしている世界がそこにあるのがわかる。良くも絵の上に人間を出現させたと思う。それは絵の上だから出来る事なのだ。

 絵に表れてくる世界は、絵以外では表わすことの出来ない世界なのだ。文学であれば、文学以外では表現不可能な世界がある。他人が作り上げたその世界を堪能することが出来る。学ぶことが出来る。人から学ぶように文学から誰もが、大切なことを学んできたのだろう。

 絵の場合も同じように、世界がそこにあれば、絵の世界を通して他の方法では出来ない哲学や世界観を伝えることが出来るものになる。絵で表現された思想は、一見曖昧で抽象的なようだが、実は他の方法にはない明確な表現方法だと思う。それは見るという事の意味にかかわる。

 見てわかるという事がある。みなければわからないという事もある。聞いただけでは不明だったことが、一目瞭然という事になる。人間の「見る」という事は世界を観る。描くという事を通して、見ている世界を哲学しているともいえる。

 そこには2重の難しさが存在する。絵画の画面に、自分の世界観を表現すると言うことが、誰にとっても未知なことなのだ。自分というものが、分らないものであり、その自分を探求しているのが、今生きていると言うことになる。探求過程の、何も鴨あいまいな自分を、曖昧なまま表わさなければならない難しさがある。

 ひたすら描き進んで、絵にその人間が確かに表現されたとしても、その人間がつまらないものであれば、当然つまらない絵になる。つまらない人間が、立派な世界観を表現するというようなことは、私絵画からすれば、あり得ないことになる。だから、つまらないものをつまらないと表わすのが私絵画に出発点になる。

 この2重の困難さは、生きると言うことの困難さなのだろう。人間の完成を目指して、日々努力することが、中途半端な自分の世界を描くと言うことになる。どこまでも中途半端である事こそが、究極の私絵画の宿命とも言える。背伸びのない、掛け値のない自分にこそ意味がある。

 ただ絵画は極めて難しい表現方法だ。特に装飾品としての位置づけが長い日本では、絵に対する接し方に、そうした美術品という先入観が存在する。絵は美術品ではない。装飾品でもない。絵はその人の世界観を伝えるものなのだ。何もないという意味では音楽に似ている。

 音楽を演奏すると言うことに近い気がしている。音楽の中に自分が入り音になる。音楽は表現である事は確かなことだが、それ以上に音楽に自分が成ってしまい、没頭すると言うことがある。音楽になる喜びである。自分が良しとする音楽になるという事。

  自分という存在が音楽なると言う喜びの感覚。絵を描いていると言うことはかなりそれに近い間隔である。画面の上で演奏をしている。次々画面の上に現れてくる世界が、いくらかづつ自分になってくることを、描くことで確認し続けている。
 
 歌の心が人に伝わるように、私絵画も人に伝わることはいつかあるのかもしれない。水彩画を描いていると、その確かな感触を感じることがある。水彩画は本当に素晴らしい描画素材だ。有難い。

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208 水彩画 日曜展示

2024-04-21 04:01:59 | 水彩画






462「英太郎さんの田んぼ」
2024.4 中判全紙








463「竹富島が見える」
2024.4 中判全紙








464「竹富島が見える」
2024.4 中判全紙







465「竹富島が見える」
2024.4 中判全紙







466「竹富島が見える」
2024.4 中判全紙


 今週は五枚までだった。中判全紙になると、今は1日で描けない。この間、水源の森作りで、100本の苗木を植える作業をしていた。もう30度を超える炎天下だから、かなり重い作業になった。絵の方もかなり重く描いていた。

 重くと言う意味は今度の相模原に出す絵を描いていた。キャロットタワーのロビーに展示させて貰う絵を描いていたと言うことにもなる。発表をするという意識で絵を描いていたので、少し気分が重かったと言うことになった。絵はどうだろうか。重いだろうか。

 人目を意識して描くと言っても、何かを変えると言うことも出来ないのだろう。ただ竹富島を描いてみようと決めていた。竹富島は初めて描いた。毎日、目にしない日はないのに、竹富島を正面にして居ながら、絵に出てくることはなかった。今回は竹富島を描いている。

 
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207 水彩画 日曜展示

2024-04-14 04:15:43 | 水彩画
207 水彩画 日曜展示







456「のぼたん農園」
2024.4 中判全紙







457「石垣島赤崎」
2024.4 中判全紙









458「岬」
2024.4 12号








459「漁港」
2024.4 12号 和紙







460「島」
2024.4 6号







461「ハイビスカス」
2024.4 3号


 今週は六点になった。最初の二点が時間がかかった。このどちらかを相模原である水彩人展に出そうかと思う。二点出すのだが、一点はもう決めてあるので、この二点のどちらかになると思う。今度小田原に行くときに、持って行って、額装をしておきたいと考えている。

 そのあと、その絵は三軒茶屋にあるキャロットタワーというビルの、ロビーに飾るつもりだ。3ヶ月に一回掛け替えつもりだ。絵を人に見て貰うことが必要かと考えたからだ。名前とバーコードを入れておき、意見を貰えるようにしようかと思っている。

 何しろかなりの数の絵が、誰にも見て貰わないまま、倉庫に積み上げてある。それよりはどこかで人目に触れる機会がある方が良いかと考えた。人に見て貰うことになる前提で絵を描いている方が良いと思うようになった。個展という形は、止めたのでこんな形を考えた。


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206 水彩画 日曜展示

2024-04-07 04:25:52 | 水彩画
206 水彩画 日曜展示







449「樹木」
2024.4









450「リンコステリス」
2024.4









451「稲出穂」
2024.4








452「根府川」
2024.4







453「酔仙島」
2024.4







454「のぼたん農園」
2024.4





455「トスカーナ」
2024.4




 田んぼのネット張りの毎日だったのだが、絵は描いていた。一休みするとがぜん絵が描きたくなる。休憩しに車に戻ると、絵を見る。絵を見ると絵が描いてくれと言っている。さっきまで見えていなかったことが、見えて来る。農作業をしていて眼が洗われている。

 農作業をしていると、絵のことを完全に忘れている。絵のあれこれを思い出すことは全くない。只管打農なのだろう。農作業は没頭できる。だから千日回峰行なのだろうが、こっちは食べるものを生産しているのだ。これを食べなければ死ぬのだ。担当を持ち歩いては居なくても、必ずそうなるのが自給農だ。

 絵はどうなのだろう。絵をよく見てみるしかない。これがを描いたのは私のすべてなのだ。この絵を計ってみたところで意味は無い。これからもただただ絵を描いてみるつもりだ。この絵が何かであるなど考えることも無く、描いてゆく。大学の時に一緒に美術をやった友人の坪田さんが死んだ。何か一つ、自分から消えたものがある。

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205 水彩画 日曜展示

2024-03-31 04:16:49 | 水彩画
205 水彩画 日曜展示








441「ヨットハーバー」
2024.3 4号








442「ハナ」
2024.3 10号







443「漁港」
2024.3 10号







444「朝焼け」
2024.3 3号








445「砂州」
2024.3 10号








446「乗馬クラブ」
2024.3







447「丘」
2024.3 10号





448「らん」
2024.3 10号 40年前の絵

 「らん」の絵は古い。整理するためにも今回混ぜて展示した。随分と変ったとも思えるし、ほとんど変らないとも言える。東京に暮らしていて、東京の蘭友会に毎月参加させて貰っていた頃の絵だ。「蘭友」という雑誌があり、その表紙を頼まれて時々蘭の絵を描かせて貰った。多分その一枚だと思う。

 乗馬クラブの絵は忍野で描いた素描から描いてみた。これも古い。何故か続きを描きたくなって、着色した。だから、この絵は昔と今の合作のようなものだ。古い絵の続きを描いていると、40年も前に描いたときのことを、今の時のように思い出している。

 
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204 水彩画 日曜展示

2024-03-24 04:09:57 | 水彩画
204 水彩画 日曜展示
10号ぐらいです。





434「花の咲く崖」
2024.3






435「紀伊半島」
2024.3







436「赤い花」
2024.3







437「蔵王」
2024.3







438「平戸遠望」
2024.3






439「雪の久住山」
2024.3






440「岬」
2024.3


 絵には一応題名を付けている。風景を描くことが多いので、題名は地名が多い。全国に十数カ所描く場所があった。平戸、阿蘇、瀬戸内、吉野山、紀伊半島、長野各地、能登半島、山梨各地、伊豆半島、箱根、篠窪、蔵王、鳥海山、岩手山、三陸海岸、岩木山。そして今は石垣島。

 描きたいと感じる場所を探して、アトリエカーで出掛けた。良いと思った場所に、何度も似通って描いた。今は頭の中に景色が残っている。そして、その景色が現われてきたときに描いている。蔵王が描いている内に、阿蘇になるなどと言うことは良くある。

 まだ石垣の景色で記憶になった場所は少ない。石垣ノ色彩にやっと慣れてきたくらいのところだ。ただ放牧地や、しげみの様子、ヘゴやヤシの姿は頭に入ってきた。それで突然現われる。海の色も石垣ノ海の色の素晴らしさが、やっと入ってきた。

 
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203 水彩画 日曜展示

2024-03-17 04:11:59 | 水彩画
203 水彩画 日曜展示

10号か12号ぐらい







427「戸隠山」
2023.3








428「蔵王」
2023.3








429「郵便船」
2024.3







430「蓼科山」
2024.4







431「放牧地」
2024.3







432「瀬戸内の島」
2024.3






433「瀬戸内の島」
2024.3


 少し絵がおもしろくなってきた。描きたい絵を描いているのだから、当然かも知れない。大して代わり映えはしないと思うが、わずかに絵がおもしろい感じが出てきた。自分の絵を描く感覚が変ってきたような気がするのだ。絵が変ると言うことは、人間が変ると言うことだから、これは滅多にはないことだ。

 おもしろくなったということは、いい加減でも平気になったと言うことでもある。以前も省略したり、単純化する傾向はあった。かなり適当になったのだ。ないものを加えたり、作ってしまっていたりすることが平気になった。このことは良いことだと思っている。

 絵なんだから何でもありだと思えるようになったのだろう。ササムライズルという人間が、絵を描いているという実感が出てきた。急に絵が素晴らしいものになったわけでは無いが、それが自分なのだから、大丈夫だと思えるようになった。日曜展示の御陰もあるような気がする。






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202 水彩画 日曜展示

2024-03-10 04:10:59 | 水彩画
202 水彩画 日曜展示








419「三津富士」
2024.3 12号








420「大山」
2023.3 12号








421「妙義山」
2023.3 4号








422「赤いひと」
2023.3 10号








423「赤いひと」
2023.3 5号







424「紀伊半島」
2023.3 8号







426「雪の大山」
2023.3 10号


 自分の絵から抜け始めている。自分の絵に戻っているとも言える。ただ自由な気持ちで絵を描いている。少し動き始めている気がする。感覚が変るためには時間が必要。絵を描くことを楽しめるようになってきた。色に対する枠も少し取れてきた。

 どれだけ描いた一週間かあまり分からなかったのだが、7枚の絵はあった。描きかけの物が3枚。もう少し描けるかと思って写真を撮らなかった。結局7枚あった。並べてみると色々の絵があると初めて分かる。赤い人の絵は昔描いたものを続けて描いた。

 元は正方形の絵だった。それをタテ構図に変えた。そうしたらもう一枚描いてみたくなった。どちらの方が進んだと言うこともなかった。また行為上が出てくるとも思えないが、出てくるなら出てきたで良いと思っている。自分瓦解タモのであれば、それでいい。




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水彩画の気韻生動について

2024-03-05 04:16:30 | 水彩画

 追肥に堆肥よみがえりを撒いたところの玉ねぎ。今はそれから3週間ほど経過して、球が太り始めた。

 水彩画の「気韻生動」を考えてみる。中国の「気」というものは、分かりにくい曖昧なものであるが、魅力的な概念である。あるかないか分からないようなものだが、気という概念をあるものとすれば、色々分りやすいことが多い。気合いが入ると言えば、なんとなくその感じは誰にも分かる。

 気という言葉を使わないで、気合いの入った状態は、なんと言えば良いのだろうか。力が入るとも違う、真剣になるとも違う。本気になるとか、気力を振り絞るとか、気を使えばなんとなく意味が伝わることが多い。身体中を気が巡るというように使うと、少しどうかなと思う。

 丹田に気を集中させると言うことは、太極拳では良く出てくる。疑ってかかっている。意識を腸に集中させると考えた方が良い。腸に力を入れるつもりで動くというのが私の解釈である。腸は身体の中で重要な機関であるにもかかわらず、手抜かりになっている。

 気の統一と言うようなことを、武道では言うのだろう。武道のような命のかかった場面では、気というものが浮かび上がる。分かったような分からない言葉である。科学的に考えれば、怪しげなのだが、感覚的には気というものをあるとすれば、その方が分りやすいと言うことが色々出てくる。

 そしてその気は、絵画でも重要なものとされているのだ。気韻生動は水彩画では最も重要な概念では無いだろうか。気の生き生きと動いて絵画とは何なのだろうか。さらに分かりにくい話になる。なんとなく分かったつもりにならないで、絵を描く以上科学的に考える必要がある。

 気韻とは何か。中国の絵画に於いては、4世紀頃にはすでに使われていた言葉だそうだ。中国の思想は古るくからあるからと言って素朴と言うことは無い。中国の思想哲学は、実に深いものがあり、日本の藝術や宗教はそこからまなんだものと言える。

 「気は宇宙と人体とに遍満しているもの である。陰陽の気として,あるいは元気として世界構成の主たるものである。気韻 生動とはこのような気が人物画や動物画においても働いて,生けるがごとき写 実的表現が達成されていることをいう。」と説明にはある。

 しかし、私が考える気韻生動を先に書いてしまえば、私の生命のエネルギーのようなものが、画面の上で輝いたものである。絵があるとき突然、力強く立ち上がる。多分それが、気が画面に乗り移ったと感じるのではないだろうか。この感覚は絵を描いているものでなければ分からないだろう。

 絵を見ているものはその結果だけ見るから、気韻生動の絵画といっても、それを評価基準にはしにくい。所が絵を描いているものには、絵画があるときに、生命のあるものに変るという感覚がある。気配のようなものが絵に立ち現れる。

 例えば精巧な剥製の動物であっても命は感じない。命というものはエネルギーを発していて、それを生き物である自分は感じ取っているのだ。この感覚は野生動物は人間よりもずっと強い。動物は眼で判断する以上に、この生き物の発する気配のようなものに反応している。

「画の精神的本質を指摘するは気韻生動の一項に過ぎず、しかもその気韻生動すら、後代の画家が主張するような、主観的感興を画面に横溢せしむる、というが ごとき意味ではなく、むしろ、画中の物がいきいきとまるで生きているように見えるという生気ある客観描写、を主として意味していたらしい。」

 中国では気韻生動というのはまるで生きているように描くという写実から始まったというのだ。確かに生きているかのごとく、紙の上に移すと言うことは始まりであろう。生きているように対象を写している内に、むしろ画面の中のものが生きているではなく、画面が生きているという概念に変ったのだ。

 「生き生き、生命感、生命の活力、迫力、リズム、連想、写 実、迫真、余韻、情趣、気品、品格、精神性」こうしたの絵画の大切にするものの根本にあるものが、気韻だと考えて良いのだろう。気という抽象的な概念が絵には重要になる。気の抜けた絵画は死んでいる。気のこもった絵画は生きている。

 絵画は生命のあるものの出している気配のようなものを、画面の上に再現しようとしている。例えば山を描いていても、山には生き物が持つような命の感覚が存在する。山の神というような気配が山にはある。この気配を気韻としてを描くことが東洋の風景画なのだ。

 絵を描いていると、あるとき突然に何やら生きてくる。ただの紙だったものが、一つの命あるもののように感じられ始める。そうなるとその生命に従うことが絵を進めることになる。この生きた感じと、ただのものである紙という画面と何かが違うのだが、それは絵でしか説明が付かないものだろう。

 絵になるとは、自然の持つ気韻を画面がとらえたと言うことだろう。分かりにくい概念である。西欧の科学的な精神では考えにくい物だろう。しかし、東洋画はこの分かりにくい命の捉え方を、重要な藝術の要素にした。石を描くことによって、宇宙全体をとらえられると考えたのだ。

 ものの存在をとらえるという事ができれば、すべてのものが把握できるという考え方である。西欧では人間を解剖し、デッサンすることがルネッサンスであった。東洋では石の中に宇宙を見ることで、世界の存在とは何かを考えようとした。

 それを平面の紙の上で、とらえようとしたのが東洋の絵画なのだ。それはある意味、人間の哲学の問題である。絵画を描くことで、世界観を形成しようと言うことである。世界に存在する命の気韻を、画面の上にとらえ直すことが出来ると考えたのだ。

 目の前の世界に気韻を感じている以上、画面の上に再現できると考えることが、絵画。それは、感じているのだから描けるということ。しかし感じていると言うことは見えているとは違い、簡単には描くことが出来ない。感じているものが画面に立ち現れるはずだと、絵画を続けると言うことになるのだろう。

 こうした気韻生動の湿す世界は、絵画の上で表わし示す以外にない。しかも示し得たからと言って、感じていない人には、訳の分からないものになる。見えていないものは無いとする人には、非科学的な話になる。しかしそれが藝術の体験なのかも知れない。

「見えぬ けれども あるんだよ、 見えぬ ものでも あるんだよ。 見えていないけど、あるんだよ。」金子みすゞさんは昼間の星をそう読んだ。その時見える人には星が見えてくる。それが人間の想像力であり、哲学的完成なのだと思う。
 
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