魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

無自覚

2009年11月01日 | 日記・エッセイ・コラム

案の定、高速道路無料化は反対が多く、事実上、ボシャりそうだ。
いわゆる、多数意見だ。

「何でもタダにしてくれ」と言う、アサマシさに対する「良識の拒絶」だ。環境に悪い、渋滞する、財源がないのに・・・
『自分は良識人だから、そんなアサマシイことは反対です』
それが「良識」多数であり、アサマシイ無節操は少数派だ。

しかし、さらに極少数には、正解もあるかも知れない。
前回も言ったように、安定期の多数決は有効だが、転換期、変革期には、むしろ、少数意見こそ重要な場合がある。

民主党が掲げた無料化は、必ずしも票集めのためではない。
これは、シミュレーションをやったとしても理解されないだろうが、幾つかの無料化例で、体験的直観的に「効果絶大」だと信じる。

大転換の無自覚
変化に対する反対意見は、過去を前提としている。
「こんな状態なのにそんなことができるか」と言う保守の良識
「こんな状態だから変えよう」と言う山師の意見。

今ここに無い状態を創ろうという意見は、良識からみれば「山師」だ。
世の中は、山師が成功すると初めは妬み、次には尊敬する。
コロンブスの卵は、成し遂げてみせれば、当然になる。

もちろん、高速道路無料化は、ただ、無料化するのではマイナスばかりだから、それに伴う様々な施策を含む話だ。
これが総合的な改革であることを説明するのは、政治家の仕事だ。
反対が多い一つの理由は、政治家が仕事をしていないからだ。

すべての改革は財源のジレンマにつかまる。
財源問題は元本保証の投資のようなもので、不測の事態を計算に入れない場合のみ有効で、これを得意とするのは、学業優秀な、つまり、テーマに従って予定通りの答えを出すことが得意な官僚の論理だ。

あらゆるビジョンは、官僚の「つじつま合わせ」という寝技に持ち込まれたら、すべて消える。
前提がダメになっている時には、「つじつま合わせ」そのものが無意味になっている。

アレキサンダー大王が、遠征の途上、ゴルディオスの結び目を断ち切った逸話は、意志が結果をもたらすことを教えている。
「伝説がもたらすものではない」とは、皆が信じている手法が結果をもたらすのではないと言うことだ。(つじつま合わせの無意味)

崩壊に向かってたたずむわけにはいかない。
政治家には、夢とビジョンを語って欲しい。

大転換の時代には、「山師」が必要になるが、問題は、大多数の人がそれを望まないし、何よりも、大転換が通り過ぎるまで気づかないということだ。


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