
娘の進路をどうしたものか。
高校部に上がり、学校でもいよいよ卒業後どうするかの話が出てきたし、
来週からは担任と本人の個人面接も始まるようだ。
本人は今のところ、考古学趣味から史学科を考えていて、
同時に、絵のほうも捨て難いと思っている様子だ。
最後に選ぶのは本人だとはわかっているが、
本人の望みでも、ありとあらゆるものを支援できるわけではないし、
未成年の子にどういう教育環境を与えるかを決めるのは
親の特権でもあると思う。
学費生活すべての面で、全く親に頼らずに進学することは、
普通の子の場合、まずあり得ないのだから。
私は別に、○○大学に行って貰わねば、という類の希望はないのだが、
そこに行くことで、親なしで本人が社会的に自立できるようになって貰いたい、
ということは強く願っている。
好きなことしかできないニートやフリーターの娘を死ぬまで養えるほど
我が家には経済的な余裕はないし、
親の寿命だって長いかどうかなんてアテにできるものではない。
夢を追えるなら、最後は誰からも省みられずノタレ死んでも本懐だろう、
とまでは、我々、平凡な親としては悟れない。
私の親世代なら、女の子はどうせ嫁に行って旦那に食べさせて貰うのだから、
若いときくらい、何をやっていようが縁談に差し支えなければ良い、
と考えることが、まだ出来ていただろうと思う。
しかし今時は、男女とも、家庭を持つ持たないに関係なく、
自分の生活は自分で成り立たせる社会的経済的自立が不可欠だ。
私は別に、自分の、無職の専業主婦としてのルサンチマンから
娘に是非キャリアを持たせたい・女も働いて一人前、
などと言っているのではない。
誰かと一緒になるなら、状況によって自分が仕事を辞めて家庭に入る、
と考えるような、柔軟性や合理性も必要だと思っている。
しかしそれはパートナーとの話し合いや選択の結果であるべきで、
それしかできないから仕方なく、というのでは危険だと思うのだ。
高校生の娘にとっての現実的な話として、一般の大学を志すのなら、
大学受験予備校に近いうちに通い始めなくてはならないだろうし、
美大を希望するなら、芸大美大受験科のある予備校のほうに、
放課後通ってデッサンやデザインを学ばなくてはならないだろう。
残念ながらそれらは同時進行でやって二兎を追えるものではないし、
学年が上がるほどに、方向転換は不利になり難しくなると思う。
主人のほうは、以前から美術系の進路には賛成できないと言っていて、
それは娘が将来、生活のできないヲタク崩れで終わることを
ひとえに心配してのことだと思われる。
確かに、娘があまりにも前衛的な顔のカレシを連れて帰ってきたりしたら、
私も、まさか「ハデな海ボウズね♪」と面白がることはできないと思う(爆)。
だいたい、娘には絵の才能なんか、ないんぢゃないか(汗)?
かと言って、大昔の墓を掘るほうの話も、アブナいといえば、まあそうなのだが。
しかし本人が「やりたい」と言い出すものは、
少なくとも「向いて」はいるのだと思うので、
頭ごなしに否定するのもいけないだろう。
私の感じとしては、英語や国語などの学科で行く大学のほうが簡単、
というか、時間をかけたぶんだけ努力の成果が現れやすいと思う。
「時間をかける」ことに最低限、耐えられなければ話にならないが。
一方、美術のほうは、最初から根幹のところは才能で決定されいて、
技術の研鑽はそこに上乗せする部分に過ぎないのではなかろうか。
なので、これは例えばなのだが、もし娘が決めかねるなら、
現役時には、まず全力で美大を目指してみて、不合格なら諦め、
一浪して普通の大学の文学部史学科に入れるよう受験勉強をする、
ということでどうだろうかと思っている。
あるいは、まず一般の大学または美大のどちらかに進学してみて、
卒業まで頑張ったあと、なおかつ諦めきれなければ、
再度、もう一方の方面に編入や学士入学のかたちで入り直す、
ということも、可能かもしれない。
成功の保障はないし、他人のしない努力が要るが、「縁」の有無もあろうし、
こうした数年の回り道が、人生を誤るほどのマイナスにはなるまいと思う。
そしてここでまた、曾野綾子の名言、
「思いがすべて叶うというのは、美しいことではない」
を思い出すワタクシなのだった(^_^;)。
現時点で「思い通りにならなかった」ことが
かえって結果として実り多い人生につながる、
という可能性もまた、否定できないのだ。
だから選ぶことも、粘ることも、諦めることも、本当に大切で、難しい。
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