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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



ホルストメールの物語は、恐るべき多重構造の巨大な世界だ。
観客は思い思いの角度から、そこに感情移入をし、自分を投影し、
自分を代弁してくれる主張を聞くことができる。

例えば、馬を初めとする多くの動物が、人間のそば近くにあって、
常に人間の友となり、同時に人間の犠牲にもなっている、
という点から観るだけでも、この物語は感動的だ。
また、人間を客観的に眺めるためにここでは馬の視点が使われている、
と観るならば、人間固有の支配欲や所有欲への批判を読み取ることもできる。
あるいは、貴族階級から見た農奴の生き様を描いたもの、というふうに、
歴史的な視点を固定して見ることも可能であるし、
それとともに、そこから発展して、これはいつの時代にも通じる、
身分差別や人種・民族差別に光を当てたもの、と考えても良い。
私が漠然と思ったように、信仰の物語として神の視線を感じる、
という見方もあるだろう。

舞台の表現方法としては、一般的な意味での芝居という要素は無論のこと、
パントマイムがあり、ダンスがあり群舞があり、ジプシー音楽があり、
コーラスがありソロがあり、歌詞のある歌もない歌もある。
それらすべてが、境界も感じられないほど見事に融合している。
中でも、言葉にならない、楽譜に書き表すこともできない、
ホルストメールとしてのレーベジェフの叫びは圧巻だ。
それは、多分、誰が聞いても馬のいななきとして聞こえるだろうが、
同時に、文字にできないその音の中にある魂の声が、
劇場の隅々にまで響き渡り、見る者の心を揺さぶるのだ。

俳優レーベジェフ自身、スターリン時代に家族を奪われ、
想像を絶する貧困と迫害の中で演劇への情熱を貫いた人である、
ということを、私は遙か後年になって初めて知った。
ホルストメールとレーベジェフの出会いもまた、
ひとつの奇跡であったのだと思った。
自分が幼かった頃のことを語るホルストメールは、
恐らく、レーベジェフ自身の姿だった。
『五感を通して得た経験により、その役の心が理解できる』
というスタニスラーフスキー・システムの一端が、
レーベジェフによって見事に体現されていたのだと、今にして思う。

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