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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



気温が高い、しかし湿気は感じない!
そして大して冷房されていない(笑)。
これは記憶にある、とても北海道らしい感じ。

 

駅前には、2008年北海道洞爺湖サミットの記念の旗が。

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この景色も5年ぶりか~♪
太平洋~内浦湾と車窓から海を眺めることができて
私は大変幸せだ(笑)。

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昨夜は久々に家族3人で合流して品川に一泊
(娘と私は近くの映画館のレイトショーで『海街Diary』を観たりもした)、
本日朝、京急で羽田に向かった。
いよいよお盆の休暇とあって、さすがに車内は大混雑、
大きなスーツケースを持った人も多く、座れなかったが、
手荷物預かりは割合スムーズに進み、ゆとりを持って搭乗手続ができた。

↓今朝の羽田空港
  

ありがたいことに、天候は晴れ。
羽田―札幌は、久しく乗ったことがなかった小さい機体だった。
忙しくてちゃんとチェックしていなかったのだが、
多分ボーイング737、150席超くらいだったと思う。
天候不良の中を降下するのにやや揺れたが、
全体としては十分に快適なフライトだった。

↓到着時の新千歳空港
  

さて、札幌に来たのはもしかして5年ぶりかも?
現地気温は26度。

空港で北海道アイスと札幌ラーメンを食したのち
南千歳から特急スーパー北斗に乗り、
今夜の宿・洞爺湖温泉へ……。

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成田山新勝寺と川崎大師でどちらにしようかと迷って
とりあえず横浜に帰る娘に都合のよい川崎大師にお参りした。

観光地として、成田山とここは一度は行ってみたいと
主人は前から考えていたそうだ。

まだ大晦日の午後なので、さほどの人出ではなかったが
明日は初詣で大変な混雑になることだろう。

泉岳寺は禅宗で、川崎大師のほうは弘法大師だから真言宗だ。
……が、私の隣の見知らぬ女性は堂々と柏手を打っていた。
まあ、敬う心は同じなのだから、構わないよね、きっと…(笑)。


(↑↑↑それぞれクリックすると大きめの画像が開きます)

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話にだけ聞いていた泉岳寺に初めてお参りした。
四十七士の墓の並びが御預かりの家ごとになっているとは知らなかった。
娘は最近、忠臣蔵に熱中していて
もちろんここも既に来たことがあると言っていた。
さすがに手抜かりはないようだった(笑)。

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今、東京に向かう新幹線に乗っている。
きょうから1月3日の夕方まで、都内にて年末年始休暇を過ごす予定だ。
昨日まで通常勤務できょう出発というのは
本当に鬼スケジュールであった(笑)。

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八月納涼歌舞伎の三津五郎@『たぬき』(歌舞伎座)について書きたいと
ずっと思っているのだが、落ち着いてパソコンに向かうことができないまま、
更に昨日は海老蔵@『壽三升景清』(南座)を観てしまい、その話も書かねばと、
私は今、ひとりで勝手に焦った気分になっている(^_^;。
だって私の頭の許容量だと、もう早く書いておかないと忘れるんだよ(T_T)!

これだけバタバタした日常の中で今回南座まで行って来られた理由は、
ひとえに、主人がこの週末に家族旅行を企画したからだ。
娘が広島にいるのももう明日9日までなので、
期間中最後の週末ということで、主人が娘を連れて鳴門に行き、
渦潮と大塚美術館を見せてやり、二日目は京都観光をする、
という一泊二日の旅を決めたのだ。

と言っても、私は土曜日は朝から夕方まで仕事があるのでパス、
この日は主人と娘が徳島から大阪に渡ってきたところで合流し
夜、梅田のホテルに三人で泊まって、
翌日二人が京都観光をしている間、私だけ南座で海老蔵を堪能した。
3階10列で観たのだが、いやはや、わかっちゃいるが南座は、
エスカレーターもエレベーターも無く(←本当に全く無いのですよ念のため)、
しかも三階はやたらと急勾配で、客席通路の階段は踏ん張らないと上れず、
この先、足腰がちょっとでも弱ったら、私はこの劇場では
三階席の住人で居続けることは無理だな、と今回も実感した。
空調ももうひとつで、三階の下のほうはまだしも、
てっぺんのほうにはあまりエアコンの冷気が来なかった。
安い席なのだから仕方ないか……。
しかし、山の頂から見下ろすような舞台は、まさに絶景であった!

……という話を、あとでもっと書きたい。『あと』って、いつ(^_^;。

ときに、『まいにちフランス語』『まいにちスペイン語』についても
テキストが来ると一ヵ月の反省感想その他を毎回書いてきたのだが
9月号については放送が始まっているのに、まだ何もUPしてなくて
うかうかしていると10月号のテキストが来てしまいそうだ。
もう、どんどん宿題が溜まっていく感じ(汗)。

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昨日は夕方に羽田に着き、夜7時半に東京を出る新幹線で広島まで帰った。
車中、私はもう名古屋も知らず広島駅の手前まで爆睡した(^_^;。
やはり、飛行機と違い、地上を走行していると思うと安心なのだった。

友人や職場へのお土産は知床のお菓子や、監獄の出所祝いクッキー、
知床峠観光記念のキャンデー、木彫り細工、
監獄ロック、という駄洒落のミニチュア鍵も買った。
これが駄洒落になるのは日本語ならでは。
それと、舅姑用にラベンダーお線香(笑)。

旅の後始末は、旅行中の衣類の洗濯だ。
広島が暑いのを良いことに、きょうは午前と午後、
二度、洗濯機をまわした。
午後は俄雨になってしまい、結局、外には干せなかったが(汗)。

**************

今回の旅行では、念願叶って網走~知床方面に行くことができたのだが、
これまで観光した札幌・小樽・函館とは、かなり違う印象を持った。
道東には、開拓時代を今も肌で感じられる部分があったし、
北方領土の問題も、日常生活の中に生きていることを感じた。

網走監獄の受刑者たちを使った強制労働、
あるいは後のタコ部屋労働などがなければ、
道東の幹線道路建設や河川工事は成らなかったし、
初期の入植者たちが苦難の中で切り開いた土地や道がなかったら、
観光客が峠まで登る道路も、今のようなかたちにはなっていなかった。
現在の私達はただ、「できあがり」だけを甘受しているわけだが、
開拓の歴史の陰に、大勢の人達の犠牲があったことを忘れてはいけない。

また、漁業が町や村を支えているオホーツクの海沿いでは、
国境がどこになるかが、すなわち領海を決定する死活問題であり、
漁船が拿捕される等の出来事も、日々の仕事の現場の話だから、
北方四島の返還は悲願そのものなのだ。
その切実さは、本州の者には普段なかなか思い及ばぬところだと、
このたび思った。

それと同時に、私はウトロの鄙びた静けさや、
地域の拠点とはいえ慎ましやかな網走の風情に、
なんともいえない愛着を感じたのも本当だ(笑)。
街っ子の主人や娘は恐らく共感しないだろうと思うのだが、
私は山奥の寒村の出だからか、ああした、人家もまばらな、
交通の便も良くない場所で、山や海の顔つきを眺めながら、
皆がささやかに暮らしを成り立たせている情景には、心安らぐものがあった。
勿論、そのような日常が、現実には美談で済まされないものであることも、
私自身が僻地の育ちであるだけに、よく知っている。
ヨソモノには務まらない面だってあるだろうとも思っている(^_^;。

しかしともあれ、日本全国、大きな街も小さな村も、
どこも皆、誰かの大事な故郷なのだよなと
当たり前のことをしみじみ感じた、この夏の旅だった(笑)。

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(写真は、女満別出発直前のJAL1188便。ボーイング767-300、約260席。
羽田―女満別の路線でこんな大きな機種が使用されているとは想像していなかった。
実際に乗るまでは、これより100席くらい少ない737クラスかと思っていた。)

飛行機は偉大だ(笑)。
あっという間に、暑い東京に帰って来た。
暑い。気候が全然違う~。

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女満別空港の応援キャラクターは結月ゆかり。
おサレね(笑)。
女満別―伊丹が再開されたというポスターが出発ロビーにあったが、
伊丹の「そらやん」みたいなユルいものは
女満別には居らんのかな。



『女満別空港』の文字の見える空港概観を撮影したかったが、
もともと鮮やかとは言えない配色の建物であるためと、
ガラケーカメラの能力の限界とで、あまり巧く行かなかった。

『女満別』の赤い文字は、雪の季節には映えるのだろうな、
と想像したりした。
将来的には、流氷を見に来ることが出来ると良いのだが、
冷え性のワタクシには難しいか…(^_^;?

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