ツアコンころもん企画により、朝から山口へ行ってきた。
特に何かイベントがあったわけではなかったのだが、
隣の県にあるのに、山口市そのものには、
日頃ほとんど行ったことがなかったので、
きょうは休みで天気も良いし、ちょっと覗いてみるか、
という話になったのだった。
これで我々は、中国地方の県庁所在地は全部観光したことになった
(広島は以前から地元だし、岡山にも行く機会はそれなりにあり、
松江・鳥取は、主人の松江勤務時代に観光したので)。
山口県でも、岩国と下関と萩には既に幾度か行っており、
湯田温泉には舅姑が元気だった頃に家族で泊まったし、
秋芳洞や秋吉台も、娘を連れて観光したことがあった。
だから今回は、日帰りでもあるし、あちこちまわることは考えずに、
とにかく山口駅から山口市内を歩いてみよう、と我々は計画した。
それで、まずは新幹線で「新山口」まで行った。
……というか、この駅は以前、「小郡」と言わなかったか?
調べてみたら、2003年に改称されたということだった。
そういえば、そのような話を聞いたことがあった(汗)。
その「新山口」で降りると、よくあることだが、
JR「山口」駅は、すぐ隣というわけではなかった。
「新神戸」駅と「神戸」駅ほどには乖離していなかったが、
在来線の1番線から「山口線」に乗り、
「山口」駅まで行くには、20分余りかかるのだった。
山口市内は、着いてみて思ったのだが、道路事情はとても良かった。
広々とした道路が市内を走っていて、自動車には快適そうだった。
歴代首相や大物政治家のお膝元なのに、これなら、どうしてもっと、
新幹線を市の中心まで引っ張っておかなかったのだろう、
と私は思ったが、勿論よけいなことだった(^_^;。
主人と私は、アーケード商店街を冷やかし、ういろう屋など覗いて、
それから、サビエル記念聖堂に向かった。
ここは私は、大昔、小学校の修学旅行で来たことがあったのだが、
当時あった聖堂は、20年以上前に火事で全焼して、
今あるのは、その数年後に建てられた新しい聖堂なのだった。
これがあまりにもモダンな建築で、再建当時に賛否両論あったと
報道で見聞きしていたので、一度は実際に観てみたいと思っていたのだ。
山口カトリック教会 サビエル記念聖堂
なるほど、聞きしに勝る斬新な聖堂で、
外観だけでなく、内部もモダンアートの世界だった。
旧聖堂はヨーロッパの伝統的な雰囲気のものだったので、
その面影が全くない、新しいものが建設されたとき、
違和感を覚えた人たちが少なくなかったことは容易に想像できた。
設計段階でコンペなどあったかどうか、経緯はわからないが、
これほど革新的なものを採用することを
よくぞ、教区関係者が決断されたものだと思った。
ちなみに新しい聖堂ながら、「ひざまづき台」は各列すべてにあった
(観光客には、足置き台として活用されているようだったが・汗)。
そのあと、もう午後になっていたので、私達は商店街に戻り、
昼食をとるためウナギ屋さんに入った。
ウナギは主人の好物だし、私も久しぶりに良いなと思ったのだ。
私達はうな重を注文し、それなりに時間はかかるだろうと、
それからしばらく、とりとめのない話をしながら、待った。
だが。
ここからが凄かった(汗)。
突然、私の背後で、ガターン!!と物凄い音がして、
振り返ったら、な、なんと、
生きたウナギが一匹、調理場から飛び出してきて、
カウンターにいた客を直撃し、バーン!と床に落ちたのだ。
にょろんとした黒い体に、ヒレの生えたウナギがビシビシ!
と私の席から1メートルも離れていないところで暴れていた。
ウナギを逃がしたウナギ屋さん……!?(汗)
私はボー然となった。
すぐさま、店のオジサンが手ぬぐいを持って飛び出してきて、
ウナギを押さえ、厨房へ連れて帰ったのだが(汗)、
いや~、ビックリした。ホントに。
私の向かい側にいて、一部始終を見ていた主人によると、
どうもウナギは、生け簀に移されるときに暴れて、
それを店の主人が捕まえ損ねて、逃がしたらしかった。
「大丈夫ですか」
と女性店員さんに尋ねられ、
「ああ、大丈夫です大丈夫です」
と笑顔で応えたカウンター客の度量の大きさにも
私は非常に感銘を受けた。
彼は、別段、驚いたともなんとも言っていなかった。
そして店側も、謝ってはいたけど、結局それで終わり!?
もしかして、ここのウナギじゃ、よくあることなんですかね!??
「もっかい見たい~」
と私達の近くの席にいた女児が言った。
そのあと運ばれてきたウナギを、私達は苦笑をこらえつつ、
もくもくと食べた。
ちなみに、うな重は、なかなか美味しかった(爆)。
支払いを済ませ、苦笑いの主人とともに、私は店を出て、
通りを歩きながら、二人して笑いが止まらなかった。
「あり得ん……(^_^;」
「ウナギ逃がすか……(^_^;」
山口観光のつもりが、ウナギにすべて持って行かれた一日だった。
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