殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・5

2024年08月03日 14時30分16秒 | みりこん流

先生の着信拒否にショックを受けた母が

コーラスに行かなくなったので

ボイスレコーダーから解放された喜びを味わっていた私。

けれども世の中には親切な人がいるもので

コーラスのお仲間が、先生と母の間を取り持ってくれた。

 

何ヶ月か経っていたのもあって先生は怒っておらず、お仲間に

「あなたがいないと寂しいから、早く戻ってね」

などと言われるのも嬉しくて、母はしれっとコーラスに復帰した。

今回も、先生の送迎付きだ。

きついので有名な先生だが、かなりの人格者らしい。

 

母のコーラス再開で、またボイスレコーダーが浮上すると身構えた私だった。

けれども今回はボイスレコーダーのボの字も出ず、いささか拍子抜けした。

最初は忘れたのかと思っていたが、真相はどうやら違うらしい。

辞めると言い出したのは、実はボイスレコーダーが使えないから…

そのことをコーラスのお仲間に知られたくない一心だった。

 

あらぬ所で気位の高さを発動するのが、老人というもの。

文明の利器が使えないことを恥じるより

歌は命よ生き甲斐よと豪語して25年…

未だ音符ひとつ読めないのを恥じるべきだと思う私は

意地悪だろうか。

 

さらに母のコーラスグループもご多聞に漏れず、高齢化が深刻だ。

30年前の発足当時は30人いたメンバーも

歯が抜けるようにいなくなり、今では半分以下。

そのため先生が難解な新曲へのチャレンジをやめ

その年以降のコンサートでは、過去に歌った曲をやるようになったので

メロディーを暗記する必要が無くなったのも一因である。

いずれにしても、私には幸運なことだった。

 

ところで、こんなハタ迷惑を繰り返して平気なのか…

普通は思うだろう。

母は元々そういう人なので

私はその行為自体に取り立てて異常を感じなかった。

しかし、その行為は主に身内の前で見せるものと決まっており

外部に披露することは無かったはず。

隠していた面を、他人の前で惜しげもなくさらした現実には

多少の危機感を持った。

 

内と外の顔が同じになってきた…

それは彼女の理性が薄れてきたことを意味する。

今思えばあれが、認知症の前触れだったのかもしれない。

 

コーラスに復帰した母に強制され

私は再びコンサートを見に行くようになったが

舞台の母は、もう以前の母ではなかった。

無理に真っ赤なドレスを着た、ヨボヨボのお婆ちゃん。

歌姫どころの騒ぎではない。

母がよその老人を見て、みっともないと軽蔑していた

“引き際の間違い”を、自身が体現しているのだった。

 

そのうち母は、家に人が来るのを嫌がるようになった。

玄関先で応対できる相手であれば、話ができるので歓迎ムードだが

浄化槽の点検や家電の修理で、あんまり知らない人が家に入るとなると

泣きながら電話で私を呼ぶ。

一人で応対するのがつらいので、お前も来いというわけだ。

 

中でも特に嫌がるのが、お坊さん。

祖父の代から、うちには毎月お坊さんが来てお経をあげる。

その2年前、納骨堂を買った時にはチヤホヤして頼っていたお坊さんが

急に嫌いになったらしい。

日頃は公務員の年金の多さを自慢していながら

毎月のお布施がもったいないとまで言うようになった。

 

お坊さんが来るのを嫌がるのは、認知症の老人を抱える家族からよく聞く。

激しく嫌がるので、家族はスピリチュアル関係を疑うが

私は物理的な理由だと思っている。

仏壇はたいてい玄関から離れた家の奥にあるので

お坊さんを嫌がるというより

他人に奥まで入られることに抵抗を感じるようだ。

 

『魔の訪れ』

月日は経ち、昨年の春。

相変わらず、母の丁稚(でっち)として

気ままな命令に奔走する日々を続けていたある日

母が「足が痛い」と言い出したので

私の住む町にある整形外科へ連れて行った。

 

検査の結果、『巨大椎間板ヘルニア』と診断。

レントゲン写真でも、脊髄からボコッとコブのように

大きなヘルニアが飛び出している。

このコブが、母の左大腿部に痛みをもたらしているそうだ。

通常なら手術かブロック注射が妥当な症状だが

89才の高齢なので、鎮痛剤で様子を見ることになった。

 

怪我や病気をしたことのない母は、痛みに弱い。

今度は、泣きながら足の痛みを訴える電話が続く。

しかし、痛いのはどうしてやることもできない。

困ったことになった…と思いながら週に一度、通院することになった。

 

そして1ヶ月後、奇跡が起こる。

あれほど痛がっていたのに、ある朝、起きたら痛みが消えており

それっきり痛がることはなくなったので、通院も終わった。

 

「なんと、よう効く薬じゃ」

病院慣れしてない母は、薬で完治したと思っている。

しかしそれは普通の痛み止めであり、ヘルニアが治る薬ではない。

そんなすごい薬があったら、全国のヘルニア患者が欲しがるだろう。

私は彼女の脳を疑うようになった。

 

仲良し同級生で結成する5人会のメンバー

けいちゃんのお母さんがそうだったのだ。

アルツハイマー型認知症で病院に入っていたが

ある日、右利きのはずのお母さんが左手でごはんを食べていることに

看護師が気づいた。

検査をしてみたらベッドから落ちたのか

右腕がポッキリ折れていたという。

認知症でなければ七転八倒して痛がるはずが、脳が萎縮しているため

神経が麻痺して痛みを感じなかったそうである。

 

けいちゃんのお母さんと同じケースかもしれない…

そう思いはしたものの、ここが他人。

私は急に痛みが消えた理由をはっきりさせたいとも思わず

再発の恐れも気にならず、ただ「痛い、痛い」の電話が無くなったので

ホッとするのみ。

母の所業をあれこれ言っている私だが、“しょせん他人”はお互い様で

ただ過ぎ去ればオールOKの冷酷な継子である。

《続く》


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2 コメント

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Unknown (ちぃやん)
2024-08-03 22:55:51
冷酷とは思いませんし
継子だから、とも思いません

今年89歳と87際の実の親と暮らしています
二人ともが骨折、入院を経て4年を超えましたが、生来の性格が捻じ曲がっているので(そういう私ももれなく😝)、どんな行動が、いつの会話がそれなのか、振り回され迷いながら過ごしています

自分が病まず冷静を保つためには、いつも献身的になんて無理です
時短勤務の仕事ですが、お互いに物理的に離れる(存在を忘れられる)ことができるのがとても大事だとしみじみ感じています

今回もみりこんさんに色々教われることが嬉しいです
返信する
Unknown (みりこん〜ちぃやんさんへ)
2024-08-04 07:54:09
ちぃやんさんもご両親のお世話をなさって
いるんですね!
お二人共が骨折経験者と聞いただけでも
ちぃやんさんのご苦労がわかりますよ。
私は主婦なので時間的にフリーですが
仕事をしながら二人の介護は、とても口では
言い表せないほど大変だと思いますが
物理的に離れることも大事なんですね。

そうなんです…世話より何より、まず自分が病まずに
冷静を保つのが一番難しい。
本当によく頑張っていらっしゃいますね。

捻じ曲がっているから長生きなのか
長生きすると捻じ曲がるものなのか
これを考えながらやってきました。
そういう自分も長生き決定かもです。

記事を読んでくださってスツとしたり
何かの参考になることがあれば幸いです。
嬉しいと言ってくださって、ありがとうございます。
返信する

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