殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・28

2024年08月26日 09時02分00秒 | みりこん流

病院へ面会に行かなくなって、3日。

祥子ちゃんに渡すと言った通帳も鍵のこともすっかり忘れ

母の電話を警戒しながらも、穏やかに過ごしていた私に

その祥子ちゃんから電話がかかる。

 

「サチコさんと連絡が取れん言うて

民生委員さんが心配しとるんよ。

入院でもしたんかね?」

「うん、6月の終わり頃から入院しとるんよ」

「やっぱりそうだったんじゃね。

うちの近所に民生委員さんの畑があるけん

よう会うんじゃけど、サチコさんとこへ何回行っても留守で

携帯も家の電話も繋がらん言うとってんよ」

 

一人暮らしをする後期高齢者には

市から任命された民生委員が担当として付いている。

月に一度か二度、家を訪問して

独居老人の安否を確認することになっているのだ。

その安否が確認できないので、民生委員が困っているという

祥子ちゃんの話であった。

 

入院する時、私は母に問うた。

「近所には連絡したけど、民生委員さんには連絡せんでもええん?」

「民生委員?

3年前に1回来ただけで、顔も覚えとりゃせん。

連絡なんか、せんでええわ」

母がそう言うので、そのまま忘れていた。

 

しかし祥子ちゃんによると、その民生委員はとても熱心な人で

月に2回は必ず母の様子を見に行ってくれるのだそう。

「3年前に来たきりなんて、民生委員さんが気の毒じゃわ」

祥子ちゃんは笑いながら言った。

 

民生委員は、私の携帯番号を母から聞いているので

連絡しようとしたが、その番号が違っていたので

連絡がつかなかったそう。

母の消息を聞くために連絡を待っているので

民生委員に電話して欲しい…

というのが祥子ちゃんの用件だった。

 

「電話をもらったついでで悪いけど…」

私は祥子ちゃんにたずねる。

「今までお母さんの通帳と家の鍵は私が持っとったけど

何日か前、祥子ちゃんに預けたいと言い出したんよ。

念の為に一応聞くけど、それについてどう思う?」

祥子ちゃんと私は、遠慮無く何でも言い合える間柄。

こういう時に、気を遣って話さなくていいので助かる。

この人、本当にあっさりしたいい人なのだ。

母と血が繋がっているとは思えない。

 

「何だって?

叔母さんが言い出しそうなことじゃけど

そんなの、筋が通らんわ。

あの人、やっぱりおかしいんじゃね。

私、あの人が家に居るのが嫌で

高校もわざわざ遠くへ通うたし、大学も大阪を選んだんよ。

あの人がおらんかったら、どっちも近い所で済ませたわいね。

あんた、悪いけど現状維持で頼むわ」

「そう言うと思ったよ」

「あんたにばっかり押し付けて、ホンマにごめん。

私にも手伝えることがあったら手伝うけん、いつでも言うて」

「じゃあ、葬式の時にでも呼ぶわ」

「アハハ!わかった」

 

こうして、民生委員に電話をすることになった。

女性と思い込んでいたのに、男性だったので驚いた。

優しい声の誠実そうな人だ。

はは〜ん、この人、母の好みのタイプじゃなかったんじゃな。

だから、3年前に来たきりなんて言うたんじゃわ。

いかにも母らしい。

 

民生委員との電話を皮切りに

あちこちから母の消息をたずねる連絡が入り始める。

母は精神病院への入院を知られたくないのと

すぐに退院するつもりだったのとで

「近所以外には黙っておいて」

と言っていたが、町から姿を消して半月…

趣味の仲間を始め、1日おきに行っていた美容院などが

心配しているのだった。

 

その中には、コーラスの先生もいた。

黙っていたことを詫び、事情を説明すると

「あの人は、とにかく嘆く人だからねぇ…

病気になるのも無理は無いわ」

と言って納得していた。

嘆きの女王は、先生にもさんざん嘆いていたらしい。

 

さて、私が家に居るようになったので、家族は不思議がっていた。

「今日は電話、無かった?」

息子たちは毎日、電話の有無をたずね

携帯の着信音を口笛で真似る。

「およし!」

私がそう言って嫌がるのを楽しんでいるのだ。

 

義母ヨシコも不思議がった。

「あれだけ日に何回も電話があったのに、パッタリ無いし

あんたも病院へ行かんようになったし、急にどしたん?」

そうたずねるので、通帳と鍵の件を話すと

ヨシコは烈火のごとく怒り狂った。

「恩知らずもええとこじゃ!もうほっときんさい!」

ヨシコもまた、母の被害に遭っていたので彼女には厳しいのだ。

 

母は今年の春あたりから

私の携帯と家の電話の区別がつかなくなり

ヨシコが出る家の電話にも頻繁にかけるようになった。

本人は携帯にかけていると思い込んでいるため

私と間違ってヨシコにぞんざいな口をきいたり

私が留守だと不機嫌になって暴言を吐く。

ヨシコはよく腹を立てたが、相手は病人だと思って

ずっと我慢していたのだ。

 

そして母のワガママぶりを見るにつけ、我が身を振り返るようになった。

「私はサチコさんとは違う!」

口癖のように言い始め、自分でできることは私に頼らず

できるだけ自分でやるようになった。

つまりヨシコは、ちょっと変わった。

 

私もまた、母がこうなって以来

ヨシコがいかに扱いやすい年寄りかを知った。

言い出したら絶対に聞かない、譲らない、諦めない母と違い

ヨシコは話せばわかってくれる。

人の言葉尻を取って執拗に引っかかる母との会話は

常に油断のできない真剣勝負だが

ヨシコと話す時は何も考えなくていいので、楽だと気づいたのだ。

 

通帳と鍵の問題が勃発する少し前…

この辺に暴風雨が吹き荒れた日のことだ。

母からはいつものように、面会に来いと電話があった。

病気や認知症になる前から、彼女はそうだった。

来させるのは我が子でなく継子、天気も危険も知ったこっちゃない。

 

「行ったらいけん!」

その時、ヨシコはいつになく素早い動きで玄関へ走り

私に通せんぼをした。

「大雨じゃのに山奥へ行って、何かあったらどうするん!

また電話があったら、姑に止められたと言いんさい!

それでも来い言うたら、私が文句言うてやる!」

ヨシコの剣幕に驚いて、私は面会に行くのをやめた。

 

私にもしものことがあったら家政婦がいなくなるので

困るのは彼女だから、止めたい気持ちはわかる。

しかしそれ以上に、ヨシコの親心もわかった。

ありがたいと思った。

その日、母からの電話はもう無かった。

《続く》


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 始まりは4年前・27 | トップ | 始まりは4年前・29 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (モモ)
2024-08-26 11:36:05
なんとまあ・・・
害にしかならない、と思っていた人が周りに与える影響が、いずれ害になるかも?と思っていた人の更生、だなんて。(ヨシコさんすみません(;^_^A)
被害に合うことで自身を振り返るきっかけ、注意喚起、そして、あれよりマシ、という気づき。

やっぱり人生、何が幸いするか判りませんね。万事塞翁が馬、かな。
返信する
Unknown (みりこん〜モモさんへ)
2024-08-26 15:47:46
更生!
大笑いしちゃいました!

だけどヨシコ、本当に更生したんです笑
母とヨシコは2才違いで、昔から何かと
張り合う関係でした。
母の方が先に弱ったので、最初は
勝ち誇っていたヨシコですが
だんだん自分の未来を見ているような気持ちに
なってきたんだと思います。

あれよりマシになるべく、近頃は手押し車で
長く歩く練習まで始めました。
家事もよく手伝ってくれるようになったし
いつまで続くかわかりませんが、良い傾向です。
何が幸いするかわからないもんですね。
返信する

コメントを投稿

みりこん流」カテゴリの最新記事