殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・4

2024年08月02日 10時10分09秒 | みりこん流

ボイスレコーダーは、長く私を苦しめた。

その後、機械が悪いと言って合計3台買い替え

その度に使い方がわからなくて夜昼無く家に呼ばれ

電器店で説明を受ける繰り返しが続いた。

 

その間、母は根性で新曲を覚えていたが

それもしんどくなったのだろう…

再びコーラスを辞めると言い出す。

「先生にはもう言うた。

年齢的にしんどいのなら仕方がないわね、と言うてくれた」

サバサバした様子だった。

引退を大々的に表明して恥をかいた前回の失敗があるので

今度はメンバーに言わず、先生だけに伝えたらしい。

ボイスレコーダーから解放された私もまた、ホッとした。

 

が、それで終わらないのが母。

「やっぱり続けたい!」

数日後にはそう言い出して、先生に復帰を頼んだ。

 

今回も先生はすんなり受け入れてくれ

次の練習日も迎えに来てくれることになった。

が、その日が来ると、母はやっぱり行きたくなくなった。

家の前まで迎えに来た先生に

「やっぱり私、行けません」

と言い、車に乗らなかったのである。

 

それから数日後、地獄の底から聞こえてくるような

暗く低い声で母から電話があった。

「携帯に何回電話をしても出んということは、壊れとるんかね」

「どこへかけたん?」

「……」

黙秘。

「家の電話にかけたらいいじゃん」

「認知症の旦那が出たら面倒くさいけん、嫌じゃ」

このデータによれば、どうやら相手はコーラスの先生らしい。

 

少しずつ話を聞き出して、着信拒否されたと判明。

せっかく先生が迎えに来てくれたのに行かなかった…

それを気に病んだ母は何度も先生に電話をして

次は必ず行くと言ったり、やっぱりこのまま辞めると言ったり

いつも私にやるように、行ったり来たりを繰り返したのだろう。

私は慣れているが、他人なら迷惑この上無い。

先生は、母の電話に出るのをやめたのである。

 

正しい措置だ。

先生は複数のコーラスグループを指導しているので、忙しい。

認知症のご主人と暮らしながら

独りよがりの長電話に付き合う暇は無いのだ。

母は自分だけに注目して欲しくて電話をかけまくるが

先生はたくさんの弟子を見なければならない。

それを認められないのが、母である。

私だって着信拒否したいぞ。

 

ここで一瞬、思案する私。

着信拒否されたと母に言うべきか

それとも言わずに「どうしたんかねぇ?」とトボけておくべきか。

言ったら、ショックで立ち直れないだろう。

言わなかったらコーラスの他のメンバーに長電話をかけまくり

大勢の人を苦しめたあげくに、やっぱり着信拒否されるだろう。

母は昔から、電話魔なのだ。

 

“不幸になる人数は少ない方がいい”

私の持論により、母にはっきり言った。

彼女はトップスターではなく、周囲の配慮と慈悲によって

メンバーでいられる一介の老婆だと

ここらで自分の身の上を認識した方がいいのだ。

 

着信拒否を伝えると

「私は先生に見捨てられた…もうおしまいじゃ…」

母はさらに低音でつぶやく。

「もう少し、日にちが経ってから電話してみんさい」

「……」

 

先生に着信拒否されたのが、よほどショックだったのだろう。

母は、その日を境にガクンと弱気になった。

持ち前の執拗で周囲を戦意喪失させる手段により

何でも思い通りにしてきた母だが、初めて通用しなかったのが先生。

母にとっては前代未聞の、着信拒否なる措置を実行された衝撃は

かなり大きかったと思われる。

 

以後、母は一人暮らしの不安や寂しさを訴えることが増え

これから先の身の振り方をしきりに案じるようになった。

それまでは「最後まで一人暮らしを続けて頑張る」と

自身に言い聞かせるようにたびたび口にしていたが

「どこでもいい…一人じゃなければ…」

という考えに変わり、老人ホームに憧れるようになった。

 

しかし身体のどこにも悪い所が無いので、入居資格が無いのが難点。

毎月検診に行く地元の医師にも、健康には太鼓判を押されている。

施設に入りたいと頼んだら

「ハハ…要介護も付いてないのに無理ですよ。

まだまだ大丈夫」

そう言われて落胆していた。

 

とはいえ母の本心は、老人ホームではない。

関西に住む自分の娘と暮らしたいのだ。

だけど知らない土地へ自分が行くのも、娘婿に気兼ねをして暮らすのも嫌。

母の願いはただ一つ、娘に単身で帰って世話をしてもらいたい。

 

が、その願いを叶えるためには難関がある。

娘夫婦を別居させ、3人の子供たちとも引き離し

さらに仕事を辞めさせなければならない。

 

50代の娘は、母の強い希望で教師になった。

それをみすみす辞めさせるのは、さすがの母も躊躇していたが

ある日、思い余って娘に今後のことを相談。

もちろん、その答えは母が期待する内容だと信じている。

 

娘は軽〜く答えたという。

「こっちに来れば?いい老人ホームがたくさんあるよ」

その言葉に、自分の世話をする気は無いと悟って衝撃を受けた母は

もう帰って来いとは言えなくなった。

継子の私には強気だが、娘には嫌われたくないので遠慮がち。

世間の姑と同じである。

 

ともあれ、コーラスの先生と我が娘…

一番思い通りにしたい執着の対象が、思い通りにならない…

このダブルのジレンマが、母の精神を追い詰めて行ったように思う。

元々、壊れていると言えば壊れている人なんだが

敬愛する先生と最愛の娘にトドメを刺された格好だ。

 

遅まきながら、ここから母の思い通りにならない人生が始まった。

今思えば、これら一連の言動は鬱病の症状だったのかもしれない。

現在、精神病院へ入院している母の病名である。

《続く》


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2 コメント

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Unknown (日向ぼっこ)
2024-08-03 09:50:16
暑中お見舞い申し上げます。

日々奮闘のみりこんさん‼️
お痩せになるのも無理ないです。

みんなに見放されたお母さんを、きちんと対応されてるみりこんさんって、凄すぎます。

お母さん!携帯電話の使い方を忘れてくれないかな~
返信する
Unknown (みりこん〜日向ぼっこさんへ)
2024-08-03 13:40:39
暑中見舞い申し上げます!

ホホホ!そう言われればそうですね!
母はみんなに見放されて、ババ抜きのババ状態じゃわ!

携帯電話を使う年寄り、まともならいいですけど
そうでなければ周りの人間にとって
凶器の一種だと思います。

日向ぼっこさんの願いが届いたのか
今現在は携帯電話の存在すら忘却の彼方になりました。
ありがとうございます。
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