シオッペの告白を聞いた数日後、A生命の東京本社から
調査チームの人がうちへ来るという連絡があった。
訪問の目的は、聴き取り調査。
加えて加入した二つの保険証書の確認。
そして最も重要なのは、うちで保管している“秘書”の名刺を
証拠品として入手することらしい。
他の加入者は皆、その名刺をもらってないか
あるいは捨ててしまって残ってないそうだ。
11月の終わり、調査チームの来る日がやってきた。
長男が会う予定だったが、急な仕事ができてしまい
私が応対することになった。
緊張の二文字とは縁遠い私も、この日は少々緊張気味。
だって、はるばる東京は千代田区から知らない人が来るのよ。
かた苦しい中高年男性じゃないの〜?
何人もゾロゾロ来たら、どうしよう‥
話題が楽しいものじゃないだけに
この時ばかりはコイズミ君を軽く恨んだ。
はたして約束の午後2時、チャイムは鳴った。
「こんにちは〜」
意外にも、明るい女性の声。
玄関に出てみると、そこには浅野ゆう子が‥
いや、浅野ゆう子みたいな女の人が微笑んでいる。
女性、それも一人なのでホッとした。
40才過ぎだろうか、背がスラリと高く、頭が小さく
顔の部品も肌も、全てが美しい。
ほんのかすかなコロンの香りにも、うっとり。
特に素晴らしいのは、そのファッション。
仕立ての良い濃紺のスーツで、膝丈のスカートからは
巻いたカレンダーぐらいの細く長い足がのぞく。
ストッキングはもちろん、ナチュラルカラー。
ロングヘアを後ろで一つに結び、露出した耳には
直径1センチ余りのアクアマリンらしきピアスがユラユラ
胸元にも同じ石がユラユラしている。
アクアマリンは、どちらかといえば夏向けの石だけど
ここではスーツのインナーの色合わせとして使われているようだ。
そのインナーはシルクの光沢が優雅な、シンプルで柔らかいもの。
ピアスと同じ、淡い水色だ。
靴は、大判のビジネスバッグと同じく深い茶色。
長身者にのみ許された、カカトの高いハイヒールだが
女っぽいデザインではない。
履き込みが深く、ヒールが少し太めのビジネスライクなもの。
メーカーは確認できなかったが、靴が「上質です!」と言っている。
こういう靴は、足を入れたらシュパッと音がするはずだ。
両手の爪は、ネイルサロン製。
長過ぎず、さりとて短くもなく
ピンクとベージュの中間色で、上品な仕上がりである。
アクセサリーやインナー、靴やバッグといった小物で
堅いスーツに女らしさを加味したコーディネートは
見事としか言いようがない。
これが本当の、仕事ができる女性のファッションよ。
わかったか!秘書もどき。
名刺を出して挨拶を済ませると、その東京美人は言った。
「この度は弊社のコイズミがご迷惑をおかけ致しまして
誠に申し訳ございません」
「いえいえ、迷惑なんて思っていませんよ。
こういうことでも起きなければ
東京からこんなに綺麗な方が来てくださるなんてこと
ありませんもの!」
彼女の全てが目の保養であり
それが田舎のオバンにとってどんなに嬉しいかを
私は力説するのだった。
「年齢が高まると、褒められることが無くなりましたので
とても嬉しいです」
東京美人は恥ずかしそうに笑った。
その東京美人が言うには
「弊社では、社員が秘書を持つことを認めていません。
保険業に携わる者として一番いけないことは
身分を偽ることなんです」
だそう。
だから身分を偽った上、二社抱き合わせで販売し
顧客をあざむいたコイズミ君たちの行いを
許すわけにはいかないのだそうだ。
夫と長男の契約書、それに秘書の名刺を手渡したら
東京美人は高級ビジネスバッグから分厚いファイルを取り出し
そこへ大事そうに入れた。
ファイルには、調べ上げたことがズラズラと書いてあるようだった。
東京美人は昨日、コイズミ君たちとも面談したそうだ。
その内容は話さないが、彼女はかなり怒っている様子。
大物政治家然としたコイズミ君のことだから
多分悪びれもせず、ふてぶてしかったのだろう。
東京美人はこの後、彼が秘書を連れて勧誘した家を
あと二軒回って今日中に東京へ帰るそう。
コイズミ君の措置や訴訟の有無など
今後のことは東京に帰ってから検討すると言って
粗品の高級ボールペンをくれ、運転手付きの車で去って行った。
12月に入り、東京美人に渡した契約書が返還され
彼女の短い手紙が添えられていた。
それからしばらくして、A生命から葉書が届く。
「弊社の社員コイズミは、12月10日をもちまして退職致しました。
今後のことは支社の誰それが担当致します‥」
みたいな文面。
解雇か自主退職かは不明。
長男の同級生シオッペの話では、顧客の取り合いで秘書もどきと揉め
コイズミ君と彼女は別れたという。
そして今年の1月、コイズミ君から葉書が届く。
お詫びの言葉でも印刷してあるのかと思ったら、違っていた。
「このたび、総合保険会社◯◯を設立致しました。
お客様のお役に立てますよう社員一同、頑張る所存でございます。
何卒よろしくお願い申し上げます」
目まいがしそうだった。
《完》
調査チームの人がうちへ来るという連絡があった。
訪問の目的は、聴き取り調査。
加えて加入した二つの保険証書の確認。
そして最も重要なのは、うちで保管している“秘書”の名刺を
証拠品として入手することらしい。
他の加入者は皆、その名刺をもらってないか
あるいは捨ててしまって残ってないそうだ。
11月の終わり、調査チームの来る日がやってきた。
長男が会う予定だったが、急な仕事ができてしまい
私が応対することになった。
緊張の二文字とは縁遠い私も、この日は少々緊張気味。
だって、はるばる東京は千代田区から知らない人が来るのよ。
かた苦しい中高年男性じゃないの〜?
何人もゾロゾロ来たら、どうしよう‥
話題が楽しいものじゃないだけに
この時ばかりはコイズミ君を軽く恨んだ。
はたして約束の午後2時、チャイムは鳴った。
「こんにちは〜」
意外にも、明るい女性の声。
玄関に出てみると、そこには浅野ゆう子が‥
いや、浅野ゆう子みたいな女の人が微笑んでいる。
女性、それも一人なのでホッとした。
40才過ぎだろうか、背がスラリと高く、頭が小さく
顔の部品も肌も、全てが美しい。
ほんのかすかなコロンの香りにも、うっとり。
特に素晴らしいのは、そのファッション。
仕立ての良い濃紺のスーツで、膝丈のスカートからは
巻いたカレンダーぐらいの細く長い足がのぞく。
ストッキングはもちろん、ナチュラルカラー。
ロングヘアを後ろで一つに結び、露出した耳には
直径1センチ余りのアクアマリンらしきピアスがユラユラ
胸元にも同じ石がユラユラしている。
アクアマリンは、どちらかといえば夏向けの石だけど
ここではスーツのインナーの色合わせとして使われているようだ。
そのインナーはシルクの光沢が優雅な、シンプルで柔らかいもの。
ピアスと同じ、淡い水色だ。
靴は、大判のビジネスバッグと同じく深い茶色。
長身者にのみ許された、カカトの高いハイヒールだが
女っぽいデザインではない。
履き込みが深く、ヒールが少し太めのビジネスライクなもの。
メーカーは確認できなかったが、靴が「上質です!」と言っている。
こういう靴は、足を入れたらシュパッと音がするはずだ。
両手の爪は、ネイルサロン製。
長過ぎず、さりとて短くもなく
ピンクとベージュの中間色で、上品な仕上がりである。
アクセサリーやインナー、靴やバッグといった小物で
堅いスーツに女らしさを加味したコーディネートは
見事としか言いようがない。
これが本当の、仕事ができる女性のファッションよ。
わかったか!秘書もどき。
名刺を出して挨拶を済ませると、その東京美人は言った。
「この度は弊社のコイズミがご迷惑をおかけ致しまして
誠に申し訳ございません」
「いえいえ、迷惑なんて思っていませんよ。
こういうことでも起きなければ
東京からこんなに綺麗な方が来てくださるなんてこと
ありませんもの!」
彼女の全てが目の保養であり
それが田舎のオバンにとってどんなに嬉しいかを
私は力説するのだった。
「年齢が高まると、褒められることが無くなりましたので
とても嬉しいです」
東京美人は恥ずかしそうに笑った。
その東京美人が言うには
「弊社では、社員が秘書を持つことを認めていません。
保険業に携わる者として一番いけないことは
身分を偽ることなんです」
だそう。
だから身分を偽った上、二社抱き合わせで販売し
顧客をあざむいたコイズミ君たちの行いを
許すわけにはいかないのだそうだ。
夫と長男の契約書、それに秘書の名刺を手渡したら
東京美人は高級ビジネスバッグから分厚いファイルを取り出し
そこへ大事そうに入れた。
ファイルには、調べ上げたことがズラズラと書いてあるようだった。
東京美人は昨日、コイズミ君たちとも面談したそうだ。
その内容は話さないが、彼女はかなり怒っている様子。
大物政治家然としたコイズミ君のことだから
多分悪びれもせず、ふてぶてしかったのだろう。
東京美人はこの後、彼が秘書を連れて勧誘した家を
あと二軒回って今日中に東京へ帰るそう。
コイズミ君の措置や訴訟の有無など
今後のことは東京に帰ってから検討すると言って
粗品の高級ボールペンをくれ、運転手付きの車で去って行った。
12月に入り、東京美人に渡した契約書が返還され
彼女の短い手紙が添えられていた。
それからしばらくして、A生命から葉書が届く。
「弊社の社員コイズミは、12月10日をもちまして退職致しました。
今後のことは支社の誰それが担当致します‥」
みたいな文面。
解雇か自主退職かは不明。
長男の同級生シオッペの話では、顧客の取り合いで秘書もどきと揉め
コイズミ君と彼女は別れたという。
そして今年の1月、コイズミ君から葉書が届く。
お詫びの言葉でも印刷してあるのかと思ったら、違っていた。
「このたび、総合保険会社◯◯を設立致しました。
お客様のお役に立てますよう社員一同、頑張る所存でございます。
何卒よろしくお願い申し上げます」
目まいがしそうだった。
《完》
最後のOCHIが!!
ぬすっとたけだけしいとはこのことだ
もう税理士はやらないのかな?
そっちのほうが稼げるかもしれませんよね。
コイズミくん、前の会社の名簿を持ち出していませんか?
これ、完全にアウトな案件です。
前の外資系保険会社ではなく、金融庁にご報告するべき内容です。
ほんとよ!
びっくりしました。
くぢらさん、鋭い!
税理士の方がいいような気がしますよね。
シオッペの話では税理士の方は
やらないというより、もうできないんじゃないかと。
憶測ですが、東京でよっぽどのことをして
資格を剥奪されているか
業界に情報が回って、どこも雇ってくれないか
どっちかだと思います。
こんな子にお金のことを任せるの、怖いもんね。
そしてコイズミ君も、税理士より保険の方が
楽に稼げることを知ったのかもしれません。
葉書が届いた時は信じられなくて
何度も見返しました。
>コイズミくん、前の会社の名簿を持ち出していませんか?
前の会社で得た顧客を次の職場で役立てる‥
彼にとってはこれ、常識だと思います。
名簿だとアウトなんですか〜!
記憶だと言い張って逃げそう。
いろいろ盛りだくさんで楽しく読ませていただきました。
保険自体は詐欺でなくしっかりしたものだったことに少し救われました。
こういう人ってすごくアグレッシブでしょう?
いいことにこの頭脳とアグレッシブさを使えばよかったんじゃないかと思いますが
きっと悪巧みだから大成できたんでしょうね苦笑
そして迷惑かけておきながら
悪びれもせず連絡をよこせるその神経!大笑
人の感情がはかれないというのは
欠点のようで、彼の場合は利点になるんですね~
保険が詐欺だったら、泣きます(笑)
私もホッとしました。
が、今度の新しい会社の方は、わかりません。
はい、すごくアグレッシブです。
そうなんですよ。
せっかくの頭と性格をいいことに使えばいいものを。
でもこういう資質は、悪いことの方にうまく作用するんですよね。
>そして迷惑かけておきながら
>悪びれもせず連絡をよこせるその神経!大笑
ほんとよ。
私には理解できませんが、これも性格なんでしょうか。
そうか〜!人の感情がはかれないのか〜!この子。
悪事には利点になると思います。
ごく最近の情報によると、彼は新会社と同時に
ステーキハウスの開店準備をしているそうです。
小さい頃から食欲旺盛で、特に肉が好きだったんですよ。
今度は誰をだますのかしら。