愛犬パピを失って数日。
人並みにペットロスになりそうだったが、そうはさせてくれないのが婆二人。
同居する義母ヨシコと、実家の母サチコである。
それは幸か不幸か。
気が紛れるので多分、幸なのかもしれない。
「寂しいね」と言いながら
テレビを見てワハハと笑っているヨシコはともかく
サチコの方は、9月25日から始まった週3回のデイサービスに
1回行ったきりで不登校を決め込んでいる。
彼女はデイサービスが始まる前から、行くのを渋っていた。
老女は皆そうだけど、自分が一番になれる場所を求める。
その確信が持てない場所には、強い警戒心を持つのだ。
そこで初日には彼女の姪、祥子ちゃんにも来てもらい
盛大に送り出すことにしたら
案の定、サチコはすんなりと迎えの車に乗り込んだ。
小規模多機能型介護施設の送迎車は
複数の利用者が乗り合う大型ではなく、軽自動車でサチコだけを送迎する。
笑顔で手を振って出発したが、サチコが視線を向けるのは祥子ちゃんだけ。
サチコに悪気は無い。
本能的にそうなるのだ。
子供の頃から慣れている。
父や祖父が撮った我々姉妹の写真は
私と一つ下の妹が、頭までしっかり入っていたが
サチコが写すと、彼女の娘マーヤだけにピントが合っており
マーヤより背の高い我々姉妹は、たいてい首から上が切れていたものだ。
写真に写るため、精一杯かわいい?笑顔を作ったウチらはどうなる。
こういうの、人はどう思うか知らないが、私は何とも思わない。
何とも思わないのにあえて話したのは
笑顔で手を振りたい相手や写真に残したい相手からは、ことごとく敬遠され
どうでもいい他人の私に命を預ける羽目になったサチコの身の上を
皮肉なものよと思うからだ。
さて施設に着くと、同じデイサービスを受ける老女の中に
顔見知りがいたそう。
その人に「先生!」と呼ばれたまでは良かった。
一時期、学校事務をしていた関係で、町の古い人々の中には
いまだにサチコを先生と呼ぶ人もいるのだ。
けれども先生、先生と呼んで親しげに近づいたその人は
サチコをつかまえて一日中、孫の自慢をしたという。
自慢はサチコの専売特許のはずだが、敵の切り札は東大出の孫。
サチコの物差しでは敗北ということになり
自慢返しができなかった悔しさと共に
最初に先生と持ち上げておいて、自慢の聞き役にされた屈辱に
サチコは大打撃を受けたのだった。
「あの人が来るんなら、二度と行かん!」
初めてのデイサービスから不機嫌そのもので帰って来たサチコは
そう吐き捨て、翌々日に予定されたデイサービスを休んだ。
「行きたくなきゃ、行かんでええわ」
私はそう思ったが、後でケアマネージャーから電話が。
「このままだと衰えるばっかりなので、滞在時間を短縮したり
週3回のところを1回にしてでも来ていただきたいんです。
お手数ですが、次のデイサービスの日からしばらく
朝の送り出しをお願いできませんか?」
わたしゃ衰えても構わんのだけど、あの人たちも仕事だ。
そのままにしておくわけにはいかないだろうから、承諾した。
次のデイサービスの日は入院していた精神病院の診察日だったので
前からの予定通り休んだ。
例のイケメン担当医にデイサービスのことを相談すると
彼はキラキラの目でサチコを見つめ、即座に言った。
「好きなことばっかり選んでやってると
好きなことって、だんだん無くなっていくんだよ。
嫌な所で我慢したら、家に帰った時にごはんが美味しいのよ。
ちょっと我慢してみたら、楽しいことがどんどん増えるから
行ってみようよ」
さすが、説得力がある。
一瞬でその気になり、「行きます」と答えたサチコだった。
その翌日は、地元のA内科医院へ血圧の薬をもらいに行き
さらに翌日、つまり昨日の午前10時
私はサチコのデイサービスの送り出しに行った。
「どうしても行かんといけんの?なんで?
あんたにもわざわざ来てもろうて迷惑かけるし
こんなことなら昼と夜の弁当も断って、施設とは縁を切る!」
プリプリと不機嫌極まりない。
「私に迷惑かけとうないんなら、行くべき所へ黙って行くのが協力じゃが」
そう言ったら、言い返しおった。
「施設を断って、あんたが朝から来んでもええようにするんじゃが!
これ以上の協力があろうか!」
だとよ。
「何を言うか。
施設と縁を切ったら、あんたの食事から何から
世話は全部、私にかかってくるじゃないの」
「あ、私はそれでええよ」
そげなことを平気で言うけん、なかなかあの世へ行かれんのじゃ…
そう言い返そうとしたら、ピンポ〜ンと迎えが。
若いオネエちゃんにチヤホヤしてもらい、しれっと行きおった。
明日はデイサービスの後
そのまま施設に宿泊する予定になっているが、無理だと思う。
デイサービスも宿泊も
帰りたくなったら何時だろうと連れて帰ってくれるのが
ショウタキの良いところではある。
ともあれ「入院より何より、デイサービスに慣れさせるのが難関」
親の介護経験者は口を揃えて言うけど、本当だった。
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