殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

スプレー売り

2024年06月21日 10時45分14秒 | みりこんぐらし

今月始め、90才になる実家の母が裏庭で転倒した。

高齢者はこういう時に骨折することが多いが

頭から突っ込んだのが幸いしたのか、首の捻挫で済んだ。

 

20年前に父が他界して以来

母は趣味のコーラス、俳句、編み物に勤しみながら

気丈に一人暮らしを続けていた。

しかし昨年、90才の声を聞いた途端に強い不安を訴え始め

夜昼なく頻繁に呼び出されるようになった。

そこで近所の主治医と心療内科の連携で投薬治療を開始したものの

今回の転倒を機に不安は強まる一方。

誰かそばに居れば落ち着くと本人は言うが

そばに行けるのは私しかいないため

実家への日参を開始して現在に至っている。

 

実家への日参といえば、夫の姉カンジワ・ルイーゼ。

が、このところ出席率悪し。

週に一度のペースで2才になる孫娘もみじ様の子守りをする彼女だが

68才の近頃は疲れが残るようになり、子守りの翌日は来なくなった。

 

もみじ様の子守り日に、翌日の休養日

それから彼女が老人体操教室に参加する木曜日と

義母ヨシコが老人体操教室に参加する金曜日も来ないので

ルイーゼは週に4日は来ない。

私が家を空けて実家に通うのが

何気に不満なヨシコの気をそらすため

できるだけ来てもらいたいところだが

厄介な人間ほど、必要な時に役に立たないのは世の常。

そんなもんよ…と思っている。

 

ともあれ私が話したいのは、そんなことではない。

実家通いのために毎日外出するとなると

出たついでにスーパーへ寄る機会が増える。

ここしばらく、食料確保の手段といったら

生協の宅配と金曜日の移動スーパーが中心で

スーパーへ行くのは肉の調達くらいだったのが

現在はスーパーが中心になりつつあるのだ。

 

先日も買い物を済ませ、陽射しのきつい駐車場に出て

車に乗ろうとした。

すると、黄色い日傘をさした若い女の子が駆け寄って来るではないか。

日傘といっても普通の女物ではなく

何やら宣伝文句の書かれた晴雨兼用の傘だ。

黄色いシャツの腰周りには、殺虫剤みたいなスプレーや雑巾

毛ばたき、タオルなどをぶら下げた太いベルトをしている。

 

「30秒でお車のライトをピカピカにしませんか?」

これ以上無いほどの笑顔に、ハイテンションの声。

スッピンの角ばった顔は、日焼けして赤くなっている。

年齢は20代後半と見た。

 

勢いがすごいので、私は思わず問い返す。

「へ?」

慣れているのだろう、女の子は間髪入れず言った。

「微妙なお返事、ありがとうございます!

30秒しか、かかりません。

ライトをピカピカにしませんか?」

「あなたが?」

「はい!」

どこまでも元気いっぱいだ。

 

「何で?」

そう問いつつも、私はすでに気づいていた。

腰にぶら下げた、車の絵が描いてあるスプレー…

彼女はスーパーの買物客に、これを売りつけたいのだ。

少し離れた所で、やはり同じような格好をした若い男性が

年配の女性に話しかけている。

 

「ご質問、ありがとうございます!

ライトをピカピカにしたいんです!

30秒いただけたら、ピカピカにします!

新商品のデモンストレーションなんです!」

「ふ〜ん…」

 

鈍い反応に、相手は戦略を変えた。

「お客様、このお車はコーティングをしていらっしゃいますか?」

「私のじゃないから、ようわからんわ」

私のだけど、面倒くさいのでそう言う。

 

「コーティングしてないお車でも、コーティングしたみたいになるんです」

「…ライトを磨くだけで?」

「アハハハ!まさか!」

部活帰りの女子高生のような底抜けの笑顔で

よどみなく彼女は言うのだった。

「このスプレーはライトだけでなく

お車全体を磨ける特別な商品なんです!」

「それが1本、ナンボ?」

「3,500円です!」

 

「3,500円!」

「これでお車がピカピカになります!」

「ほぅ…この田舎で1本3,500円のスプレーを何本売ったら

あなたと、あっちのお兄さんの日当が出るわけ?

商売にしては効率悪過ぎじゃない?」

「私たちは一人でも多くのお客様に

この商品を知っていただきたくて…」

「あっちの人はいいわよ、男だもの。

だけど、あなたはどうよ。

若い娘がこの炎天下に外で、身体に悪いわよ。

シミができたら元に戻らないし、リスクを考えて働かないと」

「いえ、あの…」

「こんな商売、やめときなさいよ」

「……」

「私、忙しいから、じゃあね」

女の子を凹ませようと思って言ったのではない。

彼女のことを考えて、本気で言った。

 

家に帰って、長男に話す。

「駐車場で、車のスプレー売る人がおったわ。

この辺も都会みたいになったんじゃね」

「変に明るい若者が、ライト磨いてくれるやつ?」

「それ、それ」

 

長男はこともなげに言った。

「あれ、宗教よ。

昔、スルメなんかの干物を売って、家を回りようたろ。

ワシ、子供じゃったけど覚えとるわ。

あれの車版よ。

安いスプレーを高い値段で売って、差額を宗教に寄付するんじゃ」

「え〜!」

 

そういえば、あのハイテンション…

立板に水の明るいしゃべり方…

洗脳された人特有のものだったかも。

何やら懐かしい気がしたのは、30年ぐらい前

一軒一軒、家を訪問しては玄関でいきなり歌を歌い出す

干物売りの若者と同じだったからなのね。

干物売りは、旧統一教会だったそうだけど

今度のもそうなのかしらん。

ちょっと驚いた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする