殿は今夜もご乱心

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始まりは4年前・18

2024年08月16日 08時32分13秒 | みりこん流

『ドクターストップ』

入院の決心をしたとはいえ、その決心を簡単に覆し

周りを責める材料にするのも母の特徴だ。

よって母の決心は、あんまり信用してない。

 

この入院が失敗したら…つまり病院を抜け出して逃げ帰ったり

病棟で暴れて強制退院させられるようなことになったら

次の入院は難しくなるかもしれない。

そして母は、最初に病院へ連れて行った私を一方的に恨むだろう。

私の言うことを聞かなくなって実子のマーヤを追い求め

以前よりもっと厄介なことになる可能性は高かった。

 

そもそも母は、私に世話をさせるのが不本意なのだ。

老いた彼女の世話をするのは一人娘のマーヤと

長兄の娘、祥子ちゃん…この二枚看板を予定していた。

「あの子らにお金をやって面倒を見てもらうけん。

あんたらの世話になることは絶対に無いけんね!」

まだ若い頃から、私と妹に宣言していたものだ。

 

しかし老後のフタを開けて見ると、そうはいかんかった。

巡り巡って継子の世話になる、あまりにも予定外の老後…

それは彼女にとって、敗北を意味する。

親身に世話をすればするほど、母の心が枯渇していくことに

私は気づいていた。

それが病気の原因になったと思っている。

 

ともあれ本人が入院したいと言っているのだから

躊躇するわけにはいかない。

たとえどんな結果になろうと

行動してみないことには何も進まないではないか。

丁か半か…

私は博打打ちのような気持ちで心療内科の女医先生に電話をし

母が入院したがっていると伝えた。

 

「入院したいって言い出しましたか〜」

「先生のおっしゃる通りにすればよかったと言ってます」

「やっぱりしんどいんじゃね〜…

数値を見ても、しんどくないはずがないんよ〜。

でも寂しいとか、◯にたいとかの気持ちが先になって

本当は身体がしんどいことに、本人は気がついてないんだわ〜」

「え〜…」

「でも気がついて自覚が出たんだから、入院させましょう。

明日の午前中に連れて来てください。

とりあえず着替えとお薬手帳と保険証を持って来てもらうとして

とにかく先に入院させて、後のことはそれからにしましょう」

 

こうして6月25日、母は心療内科のある総合病院へ

入院することになった。

マーヤの出産以来、52年ぶりの入院に

母は何を期待しているのかウキウキしている。

病室に入れられた途端に絶望するんじゃないのか…

病院までの道すがら、私はそれを案じる一方

あれはどういう気持ちなのか、自分が一生懸命に世話をした

ペットか何かを手放すような、うすら寂しい気分になった。

 

病院に着いて血液検査、コロナとインフルエンザの検査

身長体重の測定などがあり、終わったら看護師が母を迎えに来て

荷物と一緒に病室へ連れ去られてしまった。

その後はロビーの一角にあるテーブルで

男性の看護師から入院までの経緯、本人の病歴や職歴

アレルギーと偏食の有無などの聞き取りがあった。

 

「入院にあたって、何かご心配なことがありますか?」

最後に看護師がたずねる。

「心配はしてないんですが、母はものすごくワガママなので

病院の皆様にご迷惑をかけることだけが心配です」

と言ったら、彼は笑って答えた。

「大丈夫ですよ。

いろんな患者さんがいらっしゃるので

慣れていますから安心してください」

 

それが終わると介護士の聞き取りだ。

介護士の聞き取りは、洗濯にクリーニング制度を使うか否かなど

入院生活の細々した内容をたくさんたずねられた。

 

それから、女医先生との面談。

「サチコさんには、ドクターストップをかけます。

だから今回は任意入院でなく

医療強制保護入院という形になりますからね。

患者さんの意志とは関係なく、医師が決める入院です」

にこやかに明るく、けっこうシビアなことをおっしゃる女医先生。

ドクターストップって、ボクシングの試合中

倒れた選手にかける、ちょっとカッコ良さげなものだと思っていたが

まさか、母がかけられるとはね。

 

「しばらくここへ入院してもらって

落ち着いたら精神病院を紹介しますから

そっちへ転院してもらうことになります」

という話なので、母は当分帰れないらしい。

 

女医先生と話していたら、先ほど聞き取りをした男性看護師が

母を車椅子に乗せ、目の前のエレベーターから出てきた。

「どうしても娘さんに会うとおっしゃって、病室で暴れられて…」

すごく困っている様子。

だから言ったろう…サチコを甘く見ちゃいかん。

 

「みりこん!わたしゃこんな所、嫌じゃ!連れて帰って!」

泣きじゃくる母。

「はいはい、その前にどんなお部屋か、見せてちょうだいな」

女医先生と別れ、看護師と母とでエレベーターに乗り込む。

「部屋に行ったって、変なお婆さんしかおらん!」

あんたもじゃ…と思いながら病室へ。

なるほど4人部屋には、寝たきりのお婆さんが3人。

どなたも目を閉じ、口を開け、起きているのか寝ているのか。

「ほれ!見て!変なのしかおらんじゃろ?!

こんなのに囲まれたら、私までおかしゅうなるわっ!」

もうおかしいわ…と思いながら、なだめる。

 

そこへ介護士が来て

「入院に足りない物があるので買って来てください」

とメモを渡した。

前日、必要であろう物を準備したつもりだが

飲み物用と洗面用に加え、入れ歯洗浄剤をすすぐために

コップが合計3個いるのは知らなかったし

入れ歯ケース、入れ歯洗浄剤なども忘れていた。

この病院には売店が無いので、必要な物は町へ出て買うのだ。

 

そのまま母を置いて買いに行き、病室に戻ると

放心状態でベッドに横たわっていた。

目は開いているが、私が来たことに気づかずボ〜ッとしている。

かたわらにはポータブルトイレ。

看護師の聞き取りの際

「部屋から出られない措置を取るので、ご了承ください」

と言われたけど、こういうことなのね。

この状況、母は最高に嫌がるはずだ。

嫌過ぎて、おかしくなったのかも。

 

声をかけて泣かれたら困るので、買った物を介護士に渡し

そのまま帰ったが、冷酷な私もあの姿はさすがに胸にこたえた。

誰よりも自由気ままに生きてきた母が、急に狭い4人部屋に入れられ

ポータブルトイレで用を足すことを強制される現実は

衝撃以外の何ものでもなかっただろう。

自分の親であれば、涙が出るかもしれないな…と思った。

《続く》


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1 コメント

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Unknown (田舎爺S)
2024-08-16 10:25:26
今回の話で、亡くなった母を療養施設や、特別養護老人ホームに入所してもらったときのことを思い出しました。
仕事が忙しくて、なかなか面会に行かなかったことが、悲しく思い出されます。
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