殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・17

2024年08月15日 14時56分28秒 | みりこん流

『入院の勧め』

順番が来たので、A先生の診察室に入った。

この日は点滴が無いので、いつものように問診。

毎日A内科医院に来て、一体何をしているかというと

週に一度弱のペースで点滴をする他は、A先生に会うだけだ。

 

もちろんA医院で処方されている血圧の薬や骨粗相症の予防薬

頚椎捻挫用の鎮痛剤や湿布薬、そして心療内科の薬…

それらの薬をもらうため、日替わりのように問診も行われる。

しかし主体になっているのは、寂しさを訴える母に

先生が優しい言葉をかけてくれること。

それで母は落ち着き、満足するのである。

 

が、この日はやはり、ちょっと違った。

いつにも増して機関銃のようにしゃべるそのテーマは

うちの義母ヨシコ。

「この子の姑さんは優しい息子としっかり者の嫁と

可愛い孫に囲まれて、その上、娘さんまで来るんです。

いつも家族と一緒で、何の心配も無い。

姑さんがうらやましい!」

この話、私にはよく言うが、A先生に話すのは初めてだ。

 

「人をうらやんでも仕方がないじゃん。

サチコさんはサチコさんの人生を生きにゃあ」

「いいえ先生!この子の姑さんはね、ホンマにいい人生なんですよ。

それに引き換え、私は一人ぼっち。

これほどみじめな人生が、どこにあります?」

「一人で頑張っとる人は、たくさんおってよ」

「もう嫌なんです、先生!

この子の姑さんの人生と、私の人生を取り替えて欲しい!」

ワッと泣き伏す悲劇のヒロイン。

 

しかしA先生、ちっともたじろがない。

こういう患者に慣れているのだろう。

「そうか、そうか…」

ニコニコしてうなづきながら、優しく母の手を握る。

こういうところ、彼のお父さんそっくりだ。

今は亡きお父さんはA内科医院の先代で

私の実母の胃癌を発見し

他界するまで小まめに往診を続けてくれた人である。

 

その後、幾分落ち着いた母を待合室に待たせ

A先生は私を呼んだ。

「次に心療内科へ行くのはいつ?」

「明後日です」

「先生に頼んで、入院させんさい」

A先生は真剣な表情だ。

 

「患者の方から入院を頼めるんですか?」

「頼めるよ。

明後日、言うてみんさい。

一人暮らしは限界じゃわ。

何かあったら危ないけん、一日でも早い方がええよ。

僕からも連絡しとく」

「わかりました…お願いしてみます。

すみません、いつも先生を頼ってご迷惑をかけてしまって…」

「全然。

町の人に頼ってもらうのが僕の仕事じゃけん」

「ありがとうございます」

「いいね?入院させるんよ」

別れ際、A先生は念を押すように再度言った。

 

施設か入院か…考えていた時期もあったけど

目の前の慌ただしさに、最近はかき消えていた。

それが急に、入院の方から近づいてきた感じ。

母の進路は突然、入院に決まったのかもしれない。

 

2日後、母を連れて心療内科へ行った。

A先生から連絡が行っているようで、女医先生は母に入院を勧めた。

「先週の血液検査で、腎臓が弱ってるみたいなので

ちょっと入院してみましょうか」

 

しかし母は頑なに拒否。

「入院?嫌です!

家がいい。

入院するんだったら、わたしゃ◯んだ方がマシ」

女医先生が何を言ってもダメなので、入院は決まらなかった。

「もし本人が入院したいと言い出したら

いつでもいいから電話してください。

すぐ対応します」

と言われ、その日は帰った。

 

帰りの道中、母はブツブツ言う。

「どうして入院させたいんかしらん。

何が腎臓よ、私は元気なのに」

「最近は三食きちんと食べられんけん、身体が弱っとるんじゃろ」

「どこも痛うも痒うもないんよ?!」

「血には現れるんじゃろ」

 

私から、入院した方がいいとは言わない。

入院を勧めるようなことを言ったら、後が大変だ。

「一人じゃないなら、施設でも病院でもどこでも行きたい!」

日頃はしょっちゅう言っているが

お産以外の入院を知らない母は

病気入院がどんなに楽しくないものかを知らない。

 

思っていたのと違っていたら最後

「継子に騙された!」と騒ぎ出すのは間違い無しだ。

騒ぐだけならいいが、恨み言を言うために

電話をかけまくるのはお決まりのコース。

そうなった時に

「自分が入院するって言ったんじゃん」

そう言い返せる球が必要だ。

球が無ければ応戦できないので、私からは入院を勧めない。

 

母は自分で決めたことでも、思い通りでなかった場合

全てを人のせいにして暴言を吐き続ける。

しかし、こちらに返す球さえあれば

聞くに耐えぬ罵詈雑言を何十秒かはストップできるし

別の話にすり替えるきっかけにも使える。

私が多少なりとも切り返しの口を持っているとしたら

それは母で鍛錬したものである。

 

入院するしないを争点に、長い戦いが始まると思っていたが

2日後、母は意外にも自ら

「入院してみようかしらん」

と言い出した。

「このまま一人でおるのもしんどいし

元気になるんだったら入院したいわ。

一昨日、先生の言うことを聞いて入院しときゃあよかった」

何度もそう言って悔やむ母。

 

「本気で言ようる?」

「本気」

「ただの憧れじゃったら、やめといた方がええよ。

そんなに楽しい所じゃないよ。

一旦入院したら、やっぱり帰りますとは言われんけんね」

「わかっとる」

「私は入院しろとは言うてないけんね?

後から、あんたのせいじゃ言わんといてよ?」

「言わん」

決心は固い様子だった。

《続く》


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2 コメント

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Unknown (ぎんど)
2024-08-15 22:19:46
どんな心境の変化何ですか?
もう、たいがいにしろ!とご先祖様が誘導されたのかしら。
続きを楽しみにしています。
返信する
Unknown (みりこん〜ぎんどさんへ)
2024-08-16 07:25:12
たいがいにしろ!アハハ!

今日アップする記事に出てきますけど
認知症や精神的なものに振り回されて
身体がしんどいことにあんまり気づかないんだけど
たまに本来の自分に立ち戻る時があって
その時にしんどさを実感するようです。
鋭いご質問だったので、このことはもう少し
詳しめに書こうと思います。
助かりました。

続きを楽しみにしてくださって嬉しいです。
ありがとうございます。
返信する

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