会社は日々、生きて動いている…
愛人の一人や二人、入れたからといってキーキー言ってる場合じゃない…
前回の記事では、そう結んだ。
「それで虚しくないのか…」
人はそう思うだろう。
慣れというのは恐ろしいもので、虚しいと思わない。
それ以上に、会社が面白いというのもある。
利益の問題ではない。
夫は月給制なので、利益の増減が収入に影響することは無いのだ。
面白いのは、こちらの気分がどうであろうと
会社が人間と全く違う意志を持って自転していることである。
もちろん良いことばっかりじゃないし、面倒なことや嫌なこともたくさんある。
それを含めて、私には面白い。
毎日が塞翁が馬なんだから、どうせ別れる男と女に構っちゃおられん。
その面白さは、夫と結婚しなければ入手できなかった。
これには心から感謝している。
夫が色々やらかしてくれるからではなく、彼の業種という物理的なことだ。
製造業や小売業であれば、私は安く使える猫の手の一本として
労働に駆り出されているだろうから、また違った人生を歩んでいたことだろう。
しかし夫の家は、輸送業を兼ねた建設系の卸業。
輸送(広い意味で実家と同じ)、建設(高単価かつ男社会)、卸(利幅が大きい)…
これは私が好みとする業種だ。
得意分野だからこそ、義父は私を警戒して寄せ付けなかった。
未来を託すのは血を分けた娘と息子だけ…
他人の私に触らせるものかという気迫すら感じていた。
夫が駆け落ちしていなくなった時、短期間ながら関わったことはある。
やはり自分に向いていると思ったものだ。
それから約20年後、義父の会社を閉じて本社と合併した以降は
これまた私の得意分野、継子や嫁の身の処し方や
本社側の心理の読み取りが生命線となる。
これがわかる者は滅多といないので、発言権は増した。
好きな仕事に関わることができ、好きなことが言える…この喜びは大きい。
その幸運を手にしながら、夫の行動に目くじらを立てるのは傲慢というものよ。
人は全てに満足することはできない。
皆、「これさえ無ければ」という苦しみや悲しみを抱えて生きているものだ。
ちなみに私の「これさえ無ければ」は、夫の浮気に義姉の里帰りに嫁舅だった。
これらが三つ巴となって、私を苛んだものだ。
けれども40数年の結婚生活を経た今、はっきりとわかったことがある。
三つ巴の三重苦なんかじゃない。
全ては義姉の里帰りが根源。
それを許す甘い親、弟から会社を奪いたい姉、姉の罠に泣く弟、小姑を嫌う嫁…
これで家庭がうまく行くはずが無いのはともかく
私が本当に嫌だったのは彼女の日参だと気づいた。
浮気より、よっぽど嫌だで。
あ、介護と姑仕えも浮気よりきついで。
義父が他界して、一人減ったどころじゃねえぞ。
伴侶というブレーキを失った年寄りは、かなり手強い。
とは言いながら、その代替えなのか、私は健康に恵まれてきた。
明日はどうなるかわからないが、一番大切な健康に恵まれ
好きなことができるのはありがたい。
さらに二人の息子という子宝まである。
この子たちも明日はわからないが、今のところ健康で仕事ができているのだ。
この上、妻として愛されたいだのと、寝言を言ってはいられない。
亭主のオンリーワンになったからといって、それが何になるのだ。
死ぬ時はどうせ一人じゃないか。
オンリーワンが一番大切だと思う人は
それを目指して愛し愛される人生を送ったらいい。
私には必要無い。
要は個人それぞれの優先順位なのである。
この私とて、愛し愛され信頼し合う夫婦に憧れはあった。
しかしこの結婚生活で入手できないことは、わかっていた。
自営業は時間が自由になる。
8時から5時まで拘束されて働き続けることが無いので、疲れない。
つまり夫には暇があり、体力が余っている。
人間、暇があると良からぬことを考えるものだし
体力が余っていれば女でも追いかけようかという気にもなる。
この傾向は夫だけでなく、義父もそうだったし
周囲の自営業者やその二代目たちにも多く見られた。
婚外子を作った知人も、一人や二人ではない。
田舎の自営業者って、浮気するかしないかの二種類しかいないと思う。
そして13年ほど前、義父の会社が危なくなった。
社長が遊んでいるとこうなる例には、すでに事欠かない。
高度成長期とバブル、人生で二つの恩恵を受けて
すっかり傲慢になった町の社長たちは、次々に倒産や廃業へと追い込まれていた。
とうとう、うちの番が来たと思っただけ。
そんな薄氷を渡るがごとくのある日、次男はダンプの給油を突然、止められた。
仕事終わりにガソリンスタンドへ行ったら
「現金でしか給油できない」と言われて、帰るしかなかったのだ。
契約しているガソリンスタンドには、約束手形で支払いをしていた。
ダンプは乗用車と違って、一度に数百リッターの軽油が必要になる。
料金の方も1回の給油が1台につき数万円になるため、それが複数台となると
支払いは1ヶ月で数百万円にのぼる。
それを現金払いでしか受け付けてもらえなくなったということは
会社の信用が地に落ちたことを意味していた。
輸送系の危ない会社を察知し、真っ先に取引を停止するのは
銀行でも車両のディーラーでもなく、いつもガソリンスタンド。
大手のガソリンスタンドは帝◯データバンクなどの情報会社と契約していて
危ない取引先を随時、知らせてもらうシステムが取られている。
危ない取引先とは、一回目の不渡りを出した会社や支払いが遅れている会社のことだ。
その情報を知ることで、ガソリンスタンドは取引停止を決める目安にし
不払いで損益を被らないよう自衛するのである。
私はガソリンスタンドではなく食品会社で事務をしていたが
その時も危ない取引先の情報が、毎日のようにFAXで送信されてきたものである。
ともあれダンプ屋にとって燃料が注げないということは
明日から仕事ができないということだ。
燃料の補給ができなければ、カラで帰るしかない。
ただでさえ経営が厳しいのに、仕事ができなくなったら
「潰れろ」と言われたも同じである。
「現金でしか給油できない」の口上は、取引停止、ひいては出入り禁止を告げる
円滑な言い回しに他ならなかった。
次男がどんな気持ちで帰って来たか。
本人は言わないが、涙が出るほど恥ずかしくて辛かったと思う。
その少し前には、資金繰りのために突然、長男のダンプを売却した。
私はまだ義父の会社がそこまで大変になっているとは知らず
長男が出勤しなかったことで事情をはっきりと把握したのだが
この時も長男の気持ちを思うと、親としてかなり情けなかった。
プータローになった長男は数日後、別のガソリンスタンドでアルバイトを始めていた。
止められたダンプの給油は、そこの社長が「うちで注げ」と言ってくれたので
からくも命拾いをした。
しかしグズグズしていたら、ここにも遅かれ早かれ迷惑をかけることになる。
それを避けたいのに加え、二度と我が子に同じ思いをさせたくないと思った。
この一件が、今の本社との合併を決める決定打となった次第である。
当時の苦労話を聞いてもらいたいわけではない。
性懲りも無く浮気を繰り返す義父と、それを我慢できなくて女に電話をかけたり
薬を飲んで自◯の真似事を繰り返す義母…
夫婦の怒号が響くマイホームがどうなったかを言いたい。
見よ!
彼らが本能のおもむくままにやって来たことが、どんな結果を招いたというのだ。
大切なはずの会社を消滅させて全てを失い、子孫を泣かせただけじゃないか。
彼らの真似はしない…
その決意の前には、たかが浮気、たかが愛人よ。
女の幸せ?妻のプライド?
いらんわ、そんなモン。
私には、我が子と会社という大切なものがある。
この上、女の幸せや妻のプライドまで欲しがるのは欲張り過ぎじゃ。
今回は、たまのサービスのつもりで記事にしてみた。
私は今で十分、幸せだ。
《完》
愛人の一人や二人、入れたからといってキーキー言ってる場合じゃない…
前回の記事では、そう結んだ。
「それで虚しくないのか…」
人はそう思うだろう。
慣れというのは恐ろしいもので、虚しいと思わない。
それ以上に、会社が面白いというのもある。
利益の問題ではない。
夫は月給制なので、利益の増減が収入に影響することは無いのだ。
面白いのは、こちらの気分がどうであろうと
会社が人間と全く違う意志を持って自転していることである。
もちろん良いことばっかりじゃないし、面倒なことや嫌なこともたくさんある。
それを含めて、私には面白い。
毎日が塞翁が馬なんだから、どうせ別れる男と女に構っちゃおられん。
その面白さは、夫と結婚しなければ入手できなかった。
これには心から感謝している。
夫が色々やらかしてくれるからではなく、彼の業種という物理的なことだ。
製造業や小売業であれば、私は安く使える猫の手の一本として
労働に駆り出されているだろうから、また違った人生を歩んでいたことだろう。
しかし夫の家は、輸送業を兼ねた建設系の卸業。
輸送(広い意味で実家と同じ)、建設(高単価かつ男社会)、卸(利幅が大きい)…
これは私が好みとする業種だ。
得意分野だからこそ、義父は私を警戒して寄せ付けなかった。
未来を託すのは血を分けた娘と息子だけ…
他人の私に触らせるものかという気迫すら感じていた。
夫が駆け落ちしていなくなった時、短期間ながら関わったことはある。
やはり自分に向いていると思ったものだ。
それから約20年後、義父の会社を閉じて本社と合併した以降は
これまた私の得意分野、継子や嫁の身の処し方や
本社側の心理の読み取りが生命線となる。
これがわかる者は滅多といないので、発言権は増した。
好きな仕事に関わることができ、好きなことが言える…この喜びは大きい。
その幸運を手にしながら、夫の行動に目くじらを立てるのは傲慢というものよ。
人は全てに満足することはできない。
皆、「これさえ無ければ」という苦しみや悲しみを抱えて生きているものだ。
ちなみに私の「これさえ無ければ」は、夫の浮気に義姉の里帰りに嫁舅だった。
これらが三つ巴となって、私を苛んだものだ。
けれども40数年の結婚生活を経た今、はっきりとわかったことがある。
三つ巴の三重苦なんかじゃない。
全ては義姉の里帰りが根源。
それを許す甘い親、弟から会社を奪いたい姉、姉の罠に泣く弟、小姑を嫌う嫁…
これで家庭がうまく行くはずが無いのはともかく
私が本当に嫌だったのは彼女の日参だと気づいた。
浮気より、よっぽど嫌だで。
あ、介護と姑仕えも浮気よりきついで。
義父が他界して、一人減ったどころじゃねえぞ。
伴侶というブレーキを失った年寄りは、かなり手強い。
とは言いながら、その代替えなのか、私は健康に恵まれてきた。
明日はどうなるかわからないが、一番大切な健康に恵まれ
好きなことができるのはありがたい。
さらに二人の息子という子宝まである。
この子たちも明日はわからないが、今のところ健康で仕事ができているのだ。
この上、妻として愛されたいだのと、寝言を言ってはいられない。
亭主のオンリーワンになったからといって、それが何になるのだ。
死ぬ時はどうせ一人じゃないか。
オンリーワンが一番大切だと思う人は
それを目指して愛し愛される人生を送ったらいい。
私には必要無い。
要は個人それぞれの優先順位なのである。
この私とて、愛し愛され信頼し合う夫婦に憧れはあった。
しかしこの結婚生活で入手できないことは、わかっていた。
自営業は時間が自由になる。
8時から5時まで拘束されて働き続けることが無いので、疲れない。
つまり夫には暇があり、体力が余っている。
人間、暇があると良からぬことを考えるものだし
体力が余っていれば女でも追いかけようかという気にもなる。
この傾向は夫だけでなく、義父もそうだったし
周囲の自営業者やその二代目たちにも多く見られた。
婚外子を作った知人も、一人や二人ではない。
田舎の自営業者って、浮気するかしないかの二種類しかいないと思う。
そして13年ほど前、義父の会社が危なくなった。
社長が遊んでいるとこうなる例には、すでに事欠かない。
高度成長期とバブル、人生で二つの恩恵を受けて
すっかり傲慢になった町の社長たちは、次々に倒産や廃業へと追い込まれていた。
とうとう、うちの番が来たと思っただけ。
そんな薄氷を渡るがごとくのある日、次男はダンプの給油を突然、止められた。
仕事終わりにガソリンスタンドへ行ったら
「現金でしか給油できない」と言われて、帰るしかなかったのだ。
契約しているガソリンスタンドには、約束手形で支払いをしていた。
ダンプは乗用車と違って、一度に数百リッターの軽油が必要になる。
料金の方も1回の給油が1台につき数万円になるため、それが複数台となると
支払いは1ヶ月で数百万円にのぼる。
それを現金払いでしか受け付けてもらえなくなったということは
会社の信用が地に落ちたことを意味していた。
輸送系の危ない会社を察知し、真っ先に取引を停止するのは
銀行でも車両のディーラーでもなく、いつもガソリンスタンド。
大手のガソリンスタンドは帝◯データバンクなどの情報会社と契約していて
危ない取引先を随時、知らせてもらうシステムが取られている。
危ない取引先とは、一回目の不渡りを出した会社や支払いが遅れている会社のことだ。
その情報を知ることで、ガソリンスタンドは取引停止を決める目安にし
不払いで損益を被らないよう自衛するのである。
私はガソリンスタンドではなく食品会社で事務をしていたが
その時も危ない取引先の情報が、毎日のようにFAXで送信されてきたものである。
ともあれダンプ屋にとって燃料が注げないということは
明日から仕事ができないということだ。
燃料の補給ができなければ、カラで帰るしかない。
ただでさえ経営が厳しいのに、仕事ができなくなったら
「潰れろ」と言われたも同じである。
「現金でしか給油できない」の口上は、取引停止、ひいては出入り禁止を告げる
円滑な言い回しに他ならなかった。
次男がどんな気持ちで帰って来たか。
本人は言わないが、涙が出るほど恥ずかしくて辛かったと思う。
その少し前には、資金繰りのために突然、長男のダンプを売却した。
私はまだ義父の会社がそこまで大変になっているとは知らず
長男が出勤しなかったことで事情をはっきりと把握したのだが
この時も長男の気持ちを思うと、親としてかなり情けなかった。
プータローになった長男は数日後、別のガソリンスタンドでアルバイトを始めていた。
止められたダンプの給油は、そこの社長が「うちで注げ」と言ってくれたので
からくも命拾いをした。
しかしグズグズしていたら、ここにも遅かれ早かれ迷惑をかけることになる。
それを避けたいのに加え、二度と我が子に同じ思いをさせたくないと思った。
この一件が、今の本社との合併を決める決定打となった次第である。
当時の苦労話を聞いてもらいたいわけではない。
性懲りも無く浮気を繰り返す義父と、それを我慢できなくて女に電話をかけたり
薬を飲んで自◯の真似事を繰り返す義母…
夫婦の怒号が響くマイホームがどうなったかを言いたい。
見よ!
彼らが本能のおもむくままにやって来たことが、どんな結果を招いたというのだ。
大切なはずの会社を消滅させて全てを失い、子孫を泣かせただけじゃないか。
彼らの真似はしない…
その決意の前には、たかが浮気、たかが愛人よ。
女の幸せ?妻のプライド?
いらんわ、そんなモン。
私には、我が子と会社という大切なものがある。
この上、女の幸せや妻のプライドまで欲しがるのは欲張り過ぎじゃ。
今回は、たまのサービスのつもりで記事にしてみた。
私は今で十分、幸せだ。
《完》