殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

春爛漫・5

2023年04月07日 13時52分20秒 | みりこん流
スギヤマ夫人と自分の関係が、バレてないと思い込んでいる夫。

彼女の入社が私の検疫を無事にクリアしたと感じてホッとしたのか

たずねもしないのにスギヤマ夫人のプロフィールをペラペラと話す。

名前はスギヤマノゾミさん…

年齢は41才…

子供はいない…

教師の資格を持っている…などなど。

また教師だよ、ケッ!


「資格持っとるんなら、うちなんかへ来んでも先生をやればよかろう」

「いや、公務員試験になかなか通らんけん、とりあえずうちへ来ることになった」

「公務員試験通らんのなら、教師じゃないじゃん」

「そりゃまあ…」

「頭のええモンは旦那の給料が減ったら、どこ行って何してもええ、いうことか」

「いや、トトロと違うて仕事の覚えが早い思うて」

「そりゃ頼もしいことで」

「トトロみたいにタバコ吸わんし、ゲームもせんし」


私は唐突に、無表情で言った。

「あんたらの関係は、知っとりますけん」

「…アハハハハハ…」

しばし沈黙した後、夫はうわずった声で不必要に長く笑った。

笑い飛ばして窮地を脱しようとするのは、バレた時にやるいつものパターンだ。

「何か、勘違いしてない?」

さも可笑しそうに言うが、目は真剣でやんの。


「もう嘘つかんでええよ。

スギヤマさんは、バドミントンのお仲間じゃろ」

「……」

びっくりしとる。


最初に京子さんの名前を出した時から

バドミントンを一緒にやっているのはわかっていた。

現在の夫には、バドミントン以外に出会いのチャンスが無い。

京子さんの親戚と言い出したのも、バドミントン繋がりでひらめいた言い訳だ。

ちょっとした共通点を大嘘に発展させるのは、浮気者の常套手段である。


夫は体制を整え直し、説明に入った。

旦那が専務をしているスギヤマ工業の給料が減ったため

仕事に就く必要性を感じた彼女から相談された…

ちょうど空きが出たと言ったら行くというので誘った…

女に何かされたり、就職をパーにされたら立場が無いので夫も必死だ。

空きも何も、こいつが来たがるからトトロを辞めさせたんじゃないか。

浮気が原因で離婚する妻はたくさんいるけど、浮気そのものよりも

醜い芝居や聞き苦しい言い訳が嫌になって別れるのかもしれない。


夫は最終的に、こう主張した。

彼女の入社は本社からもOKが出ているため、今さら無かったことにはできない…

未亡人イク子を入れた前科があるので、私が傷つくだろうと思い

嘘をつくしか無かった…。


聞きたまえ、これが浮気者の優しさというやつである。

本当に優しいのであれば、愛人を会社に入れなければいい。

しかし先に入れてしまう暴挙をやらかしておいて、それがうまくいったとなると

急に妻のショックを心配する優しさが芽生えたというわけだ。

どこかズレているのが、浮気者なのである。


「そういう情けは、かけていらんよ。

あんたが心配しとるのは私じゃなく、私がスギヤマさんの就職を潰すことじゃろ。

そんなことせんけん、安心して」

オトコに就職を頼むようなダサい女、相手にしたらこっちが恥ずかしいわい。


「ホンマにそういう関係じゃないんよ…バドミントンで頼まれただけじゃけん」

最後まで関係を認めない…それが浮気者。

例え今はそうであったとしても、気に入っているから雇ったのであり

バドミントンも一緒、会社も一緒となると、遅かれ早かれ発展するのは決定事項だ。


「バドミントンで就職の斡旋して、藤村みたいにハーレム作りゃええが」

そう言いながら、プッと吹き出してしまったワタクシ。

妻の笑顔にホッとしながらも、藤村発言は衝撃だった様子の夫。

しかし同じことをした夫に、衝撃を受ける権利は無い。


「あと…」

長くなるのは不本意だったが、これは言っておかなければならないので続けた。

「子供に恥をかかしたら、許さん。

それから旦那の会社の景気が悪いんなら、セクハラで訴えられんように。

ええお金になるけんね」


こっちの本社は大きいので、お金が取れると思ったら

そこは夫婦、いつどう変わるかわからない。

スギヤマ工業程度の会社であれば、慰謝料で倒産危機の一度や二度は救えるだろう。


現に一昨年の藤村事件…自分が目をつけた女を運転手として雇い入れ

結果的にセクハラとパワハラで労基に訴えられた事件…以降

本社は顧問弁護士を倍の人数に増やしてハラスメント対策を強化した。

対策は対策でも、訴えられた時の準備ではない。

ハラスメントを行って訴訟を起こされ、会社に損害を与えた社員を

今度は会社が訴えて賠償責任を問うためである。


会社で起きたハラスメントは、やらかした社員本人だけでなく

ついでに会社も訴えられるのが常識。

訴えられたからには、被害者が休んでいる間の給料や慰謝料など

払うものを払わなければ、会社は営業を続けられない。

だから会社は加害者個人に、その損害賠償を請求するのだ。

世の中は、このように変わりつつある。

愛じゃ恋じゃと浮かれる前に、まずそこを考えなければならない時代になったのだ。

本社もこれに倣い、弁護士を増員したというわけ。


藤村の時はお初だったため、何だかんだで合計800万かかった費用は

本社が全額支払って尻拭いをした。

しかし損害賠償システムが発足した現在は

初回の見せしめとして大変な金額を請求されるだろう。


夫が誰を会社に入れようと、私にとって大きな問題ではない。

どうせ、あと数年の社会人生命…

愛人を入れたことが本社にバレてクビになったとしても

退職がちょっと早まるだけよ。

しかし、こやつのせいで損害賠償を負う責任は回避したい。

老後資金どころの騒ぎじゃなくなる。


そうなったら、一応は離婚を視野に入れるかも。

婆さんをほっぽり出して、どこかへ行く…これも魅力的な人生よ。

するとブログの名前はみりこんじゃなくて、おりこんに変えようかの。

気になるのはその程度のことだ。


夫には、最後のひと花を咲かせてやってもいい。

性懲りも無くここまでやるからには

この人、やっぱり長生きしないんじゃないかという予感もある。

そうなった時に、やりたいことを止めた後悔より

思いっきりやらせた満足の方が良い思い出として残ると思うのだ。


それは私の寛大さではない。

年取ってくると、マジでどうでもよくなる。

夫が働いてくれたお陰で子供も大きくなったし、あとは死ぬのを待つばかり。

不安が無いとなると、怒りも湧かない。

今はのぼせ上がっていても、やがて嫌になるか、なられるかで終わる…

これを何十回も繰り返されてごらんよ。

家庭を揺るがすはずの浮気も、ただの習慣に成り下がるぞ。

ああ、浮気を知ってカッカしていた昔が懐かしい。
 
恋ができるのは元気な証拠、「せいぜいお気張りやす」が正直な本心である。


そういうわけで、私はノゾミの入社を承諾した。

ノゾミは4月3日から、元気に出勤している。

《続く》
コメント (2)
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