殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

春爛漫・3

2023年04月04日 09時44分32秒 | みりこん流
自分のカノジョを会社の事務員として雇う…

夫の目論見を知った時、俄然興味の対象となるのは

誰しもそうだろうが、女の素性。

不倫相手の会社へノコノコ就職する図々しい女は、いったいどこの誰ぞや。

他人の亭主と必要以上に親しくなる女は、そもそも図々しい生物なので

今さら驚きはしないけど、人並みの好奇心はあるってもんよ。


ともあれ現時点ではっきりしているのは、女が亭主持ちであること。

独り者や母子家庭であれば、うちの事務員の給料ではやって行けない。

もっと条件の良い所を狙うはずだ。


トトロの場合は離婚して実家に戻り、自分と子供の生活費は親頼りだったので

小遣い程度の給料でも大丈夫だった。

また、不倫相手の会社に入り込むといったら

思い出されるのは28年前、夫の愛人だった未亡人のイク子。

夫が弁当を忘れて出社したので会社に届けたら

彼女が出てきて受け取ったという、ほとんど喜劇の幕開けにより

私の知るところとなったため、初給料まで滞在できなかったのは気の毒だが

職種は運転手なので給料形態は男と同じ。

経済的に困窮する可能性は無かったはずだ。


よって今回のは扶養家族として配偶者に養われながら

小遣い程度の給料をせしめ、ついでに恋を楽しむクチと断定。

つまり俗に言うダブル不倫というヤツよ。


チッ…

いまいましく思うワタクシ。

だってダブル不倫だと、慰謝料が取れんじゃないか。

何でって、慰謝料請求の訴訟を起こしたら

向こうの旦那もうちの夫を訴えるじゃんか。

非を突かれてお金を取られるとなったら

人はどんなことをしてでも取られないように防御するものよ。

で、弁護士同士で話し合って相殺

あるいは有責割合の多い方が差額を払うことになり

弁護士費用で赤字になる可能性も出てくる。


そして罪は同じ不倫でも、男と女では女の方が有利。

セクハラされた…嫌だったけど怖くて言えなかった…

女は、そんな後出しジャンケンという手がある。

そうなったら、あたしゃ浮気者の女房だけでなく、変質者の女房じゃんか。

バカバカしい。


そういえば変質系でもダブル不倫でもなかったが

その昔、夫が女教師ジュン子と浮気した時は

彼女の父親が婚約不履行で夫を訴えると言ってきた。

児童の父親と知った上で関係を結び、自分たちが不利になるとこれだ。

まだおぼこかった当時の私は、その身勝手な言いぐさに脱力し

人はここまで汚くなれるのかと驚いたのはともかく

女の方が持ち弾は多いことを知った。

こうして一歩ずつスレて行き、今の私ができあがったというわけである。



『劇場への招待』

ゴールデンウィークの不倫旅行は、納骨にかこつけてOKが出た…

就職の方も親しい京子さんの親戚ということにして、無事にクリアできそう…

およそのメドが立ったところで届くのは、舞台への招待状である。


京子さんの紹介だと今一つ弱いのは、私も懸念していた。

なぜなら私が彼女と次に会った時、話が事務員の紹介に及んだら困るではないか。

嘘なんだから言うつもりは無いけど、夫としては心配なはずだ。


親戚どころか何も知らないとなると、気性の真っ直ぐな京子さんは当然、怒る。

誠実なご主人も怒る。

青果店に出入りできなくなったり、店に集まる仲間にそっぽを向かれたり

京子さんとの共通の趣味、バドミントンまで続けられなくなったら

夫は耐えられまい。

それを回避するためには、もうひと押しが必要だった。


そして先日、正確には3月28日、夫は私に言った。

「今度、商工会に新しい制度ができたらしい。

異業種交流制度ってやつ」


その内容を簡単に説明すると…

例えばAという会社があり、そこは人員が余っている。

そして例えばBという会社があり、そこは人を募集している。

そこで商工会はA社とB社を仲介し、人員の余っているA社から

人員の足りないB社へ1年契約で人員を派遣するという。

そしてこの制度を使った場合、B社へ派遣された人員の給料の一部が

国からの補助金で賄われるという話だ。


あるか、そんなモン。

商工会は、いつからハローワークの邪魔をするようになったっちゅうんじゃ。

さあ、国まで巻き込む壮大な舞台の始まりである。


夫は異業種交流制度の説明をした後、おもむろに述べた。

「うちも別の会社から一人、派遣されて来ることになった。

うちは本社が大きいけん、制度のモデルケースになってくれということで

永井部長の所へ話が行ってしもうた。

で、永井部長がすごい乗り気になってしもうて

事務員の就職はワシを飛ばして本社と商工会の話になったけん

ワシはノータッチよ」

今度は夫の天敵、本社の永井営業部長まで登場。

つまるところ、夫は事務員の就職に関与してないことを主張したいらしい。


「それで?」

「それで…スギヤマ工業(仮名)から事務員が来ることになったけん」

スギヤマ工業というのは、とある建築材料の製造工場。

昭和までは元気が良かったが、時代の流れと共に

その製品を使用する建造物がほとんど無くなったため

別の用途を探し求めながら細々と営業している会社だ。


「スギヤマ工業は人が余っとるん?危ないと聞いとるけど、余裕じゃね」

「余っとるというか…これはスギヤマ工業の社長が希望したことで 

事務員を派遣する代わりに本社を紹介してもらいたいらしい。

売上が落ちるばっかりじゃけん、本社のネットワークで販路を拡大したいんだって」

あるか、そんなモン。

自分とこの取引先をよその会社に紹介して

商売の手伝いをしてやるようなお人好しが、どこの世界にいるのだ。


「京子さんの親戚の人は、どうなったん?」

「じゃけん、その人が来る」

「京子さんの親戚が、たまたまスギヤマ工業の事務員で

たまたま商工会の制度ができて、たまたまその事務員がうちへ来る…

すごい偶然」

「ワシはわからんけど、そういうことになったけん」

「名前は?」

「スギヤマさん」

「スギヤマ工業の家族?」

「息子の嫁」

「あそこは嫁が事務しよったっけ?」

「いや、無職で仕事探しよったけん…」

「は〜ん」


夫は何が言いたいか。

自分の女がスギヤマ工業の嫁だと、うっかり自白しているのだ。

2割の事実に8割の嘘を混ぜる…それが浮気者。


最初は京子さんの親戚に決まったと言っておきながら

次は商工会の制度が出てきて、話は広島の本社へ飛び

今度は本社と商工会が決めたと言う。

辻褄が合わないにもほどがある。

そして来るのはスギヤマ工業の事務員でなく、無職の嫁。

様々な登場人物を引っ張り出して撹乱したつもりだろうが

話が長くなって、最初についた嘘を忘れたらしい。


京子さんの名前を出したのは、私を信用させるため。

商工会の名前を出したのは

夫の意思でなく制度だから仕方がないということにするため。

永井部長の名前を出したのは、私の手が及ばないようにするため。

女を守るために考えた、渾身のストーリーだ。

家族は守らないが、よその女は二重三重に手厚く守ろうとする…それが浮気者。


その光景を見るのは、鼻の奥がむず痒くなるような気恥ずかしさを伴うが

本人は演技に一生懸命である。

しかし彼らが、女を最後まで守り切ることは絶対に無い。

女は必ず、途中でいきなり放り出される。

彼らは誰かを守るという、滅多にしない珍行為をする自分に酔っているだけで

女を愛しているわけではないからだ。

酔いが冷めたらいとも簡単に、そしてふいに手を離す…それが浮気者。

いずれにしても大根役者、アカデミー賞は獲れそうにない。

《続く》
コメント (2)
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