次男から積込みの量が少ないと聞いて
夫が実は私の何倍も怒っているのを知った。
自身の高齢化という抗えない事情によって
会社が藤村の手で滅茶苦茶にされていく…
夫がこの逆境を何とも思わないはずがない。
少ない積込み…それが夫なりの、そして夫にしかできない行動である。
すでにお話ししたが、夫は重機のオペレーター。
ダンプに商品の積込みをするのが仕事だ。
しかし、ずっと専任のオペレーターだったわけではない。
ついぞこの夏までは、積込みもやるけど商談もやる
ごく普通の現場責任者だった。
来客中や外出中は、社員の誰かが自然に積込みを交代し
手が空けば夫が戻り…と臨機応変にやり繰りしながら
夫も社員も自由に楽しく働いていた。
藤村が実権を握ってから、雰囲気が変わった。
気負って皆の一挙一動に口を挟み、自分の命令で動かしたがり
言うことを聞かなければ本社に言いつけるのは
どこの会社にもいる愚かなおじさんと同じなので
気に病むほどでもない。
しかしチャーターを呼び過ぎる藤村の悪癖が、夫の職業を変えた。
チャーターがどんどこ来るので
積込みのスピードが早い夫しか対応できなくなったのだ。
仕事があんまり無いのに藤村がやたら呼ぶもんだから
チャーターは喜んで来るようになる。
楽な仕事があると聞けば、そりゃ誘い合って来る。
藤村はそれを人望と思い込んで、ご満悦。
だからチャーターと藤村は幸せだ。
しかし束になって積込みを待つチャーターに対応できるのが
夫しかいないとなると、夫は重機から離れられなくなる。
商談には藤村が出しゃばり、来客は多忙を察して帰る。
藤村は夫を積込みの仕事に追いやり
やがて体力の限界で辞めるのを待つ態勢に入ったのだ。
夫の方はそれで不満かというと、そうでもない。
藤村と神田さん、時に黒石が来て
我が物顔で過ごす事務所に居るのは馬鹿馬鹿しく
一味と思われるのも嫌なので、重機の中が落ち着くと言う。
よって夫はそのまま、重機の人になったのだった。
藤村は事務所で悠々と、夫の退職を待つだけになった。
しかし、これは彼の計算違い。
チャーターをたくさん呼べば呼ぶほど、会社は夫が必要になる。
藤村は夫を追い出そうとしながら
知らず知らずに夫の勤続を奨励しているのだ。
本当にいらないのはダンプにも重機にも乗れず
損益だけに貢献する藤村と
今では完全に藤村の手先となった無駄飯食い、神田さんである。
話を戻して、積込みの量を減らすとはどういうことか。
例えば藤村が、チャーターを10台呼んだとする。
その10台にそれぞれ最大積載量を積んで運搬させていたのを
八分目しか積まないということである。
ダンプ1台にどれだけ積込むかは、オペレーターをする夫の一存で決まる。
少なめに積込むと、仕事は捗(はかど)らない。
例えばひと箱10個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのと
ひと箱8個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのとでは
1回の配達で20個の差が出る。
2回、3回、4回…配達の回数が増えるにしたがって、差は大きくなる。
それと同じだ。
どうして捗らないのか、藤村にはわからない。
納入した商品を貯めるプール状の穴…
初日に神田さんのダンプが落ちた所…を満杯にしようと躍起になり
さらにチャーターを増やす。
赤字祭は、より盛大に繰り広げられるというわけ。
積荷が少ないのは、シロウト目にはわからない。
敏感な運転手には、エンジンの軽さでわかる場合もあるが
積荷が軽いと走行が楽なので異議は出ない。
また、この取引先はシステムが特殊で
こちらが出した請求書の金額を支払うのではなく
あちらが使用した分だけを1ヶ月ずつ支払う。
だから相手が損をすることもない。
こんな虫のいい支払い方をするから
前に取引していた会社が手を引いて、藤村が拾ったのだ。
儲かっていたら、前の会社は絶対に離さない。
赤字だから取引を止めたのだ。
ともあれ積荷を減らせば、藤村だけをジワジワと窮地へ追いやることになる。
1台4万円のチャーターをさらに呼びまくり
お金を湯水のように使ってせっせと運ばせるからだ。
しかし使った分だけ後払いでは、数字はマイナスになるばかり。
この業界に無知な藤村には、肝心のそこがわかってない。
夫ならではの、地味だが確実な反撃である。
チャーターが増えると、夫は積込みが増える。
しんどいと口に出す男ではないが、多分しんどい。
しかし夫が自分の身を削る覚悟で勝負に出たからには
応援するのみ。
厳密に言えばチャーター料金を支払う本社は
多少の損害を被ることになるが
この先も藤村が与えるであろう大損害を防ぐための
必要経費と考えてもらおうではないか。
それでも本社が藤村を必要とし、雇い続けるのであれば
そこまでの会社ということだ。
先も長くないだろうから、我々の心は痛まない。
今月の始めには、分厚い請求書があちこちから届いた。
が、決算の確定が遅れていて
藤村が叱られた気配は今のところ無い。
楽しみに待っていたが、ヤツの身の上に変化が無いので
ここで一旦終わることにしよう。
藤村どころか、我々の明日もわからないけど
合併した会社で生きて行くというのは、毎日がこんなもん。
このシリーズでは、そんなありふれた日常をお話ししてみた。
繊細な人には耐えられないかもしれないが
我々にとっては充実した日々である。
もしもあなたの親だか義理親の会社が倒産しそうになって
どこかの会社と合併することになり
ご主人とお子さんがそこで働くことになったら
思い出して役立てていただきたい。
無いか。
応援してくださって、ありがとうございました。
《完》
夫が実は私の何倍も怒っているのを知った。
自身の高齢化という抗えない事情によって
会社が藤村の手で滅茶苦茶にされていく…
夫がこの逆境を何とも思わないはずがない。
少ない積込み…それが夫なりの、そして夫にしかできない行動である。
すでにお話ししたが、夫は重機のオペレーター。
ダンプに商品の積込みをするのが仕事だ。
しかし、ずっと専任のオペレーターだったわけではない。
ついぞこの夏までは、積込みもやるけど商談もやる
ごく普通の現場責任者だった。
来客中や外出中は、社員の誰かが自然に積込みを交代し
手が空けば夫が戻り…と臨機応変にやり繰りしながら
夫も社員も自由に楽しく働いていた。
藤村が実権を握ってから、雰囲気が変わった。
気負って皆の一挙一動に口を挟み、自分の命令で動かしたがり
言うことを聞かなければ本社に言いつけるのは
どこの会社にもいる愚かなおじさんと同じなので
気に病むほどでもない。
しかしチャーターを呼び過ぎる藤村の悪癖が、夫の職業を変えた。
チャーターがどんどこ来るので
積込みのスピードが早い夫しか対応できなくなったのだ。
仕事があんまり無いのに藤村がやたら呼ぶもんだから
チャーターは喜んで来るようになる。
楽な仕事があると聞けば、そりゃ誘い合って来る。
藤村はそれを人望と思い込んで、ご満悦。
だからチャーターと藤村は幸せだ。
しかし束になって積込みを待つチャーターに対応できるのが
夫しかいないとなると、夫は重機から離れられなくなる。
商談には藤村が出しゃばり、来客は多忙を察して帰る。
藤村は夫を積込みの仕事に追いやり
やがて体力の限界で辞めるのを待つ態勢に入ったのだ。
夫の方はそれで不満かというと、そうでもない。
藤村と神田さん、時に黒石が来て
我が物顔で過ごす事務所に居るのは馬鹿馬鹿しく
一味と思われるのも嫌なので、重機の中が落ち着くと言う。
よって夫はそのまま、重機の人になったのだった。
藤村は事務所で悠々と、夫の退職を待つだけになった。
しかし、これは彼の計算違い。
チャーターをたくさん呼べば呼ぶほど、会社は夫が必要になる。
藤村は夫を追い出そうとしながら
知らず知らずに夫の勤続を奨励しているのだ。
本当にいらないのはダンプにも重機にも乗れず
損益だけに貢献する藤村と
今では完全に藤村の手先となった無駄飯食い、神田さんである。
話を戻して、積込みの量を減らすとはどういうことか。
例えば藤村が、チャーターを10台呼んだとする。
その10台にそれぞれ最大積載量を積んで運搬させていたのを
八分目しか積まないということである。
ダンプ1台にどれだけ積込むかは、オペレーターをする夫の一存で決まる。
少なめに積込むと、仕事は捗(はかど)らない。
例えばひと箱10個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのと
ひと箱8個入りの饅頭を10人でひと箱ずつ配達するのとでは
1回の配達で20個の差が出る。
2回、3回、4回…配達の回数が増えるにしたがって、差は大きくなる。
それと同じだ。
どうして捗らないのか、藤村にはわからない。
納入した商品を貯めるプール状の穴…
初日に神田さんのダンプが落ちた所…を満杯にしようと躍起になり
さらにチャーターを増やす。
赤字祭は、より盛大に繰り広げられるというわけ。
積荷が少ないのは、シロウト目にはわからない。
敏感な運転手には、エンジンの軽さでわかる場合もあるが
積荷が軽いと走行が楽なので異議は出ない。
また、この取引先はシステムが特殊で
こちらが出した請求書の金額を支払うのではなく
あちらが使用した分だけを1ヶ月ずつ支払う。
だから相手が損をすることもない。
こんな虫のいい支払い方をするから
前に取引していた会社が手を引いて、藤村が拾ったのだ。
儲かっていたら、前の会社は絶対に離さない。
赤字だから取引を止めたのだ。
ともあれ積荷を減らせば、藤村だけをジワジワと窮地へ追いやることになる。
1台4万円のチャーターをさらに呼びまくり
お金を湯水のように使ってせっせと運ばせるからだ。
しかし使った分だけ後払いでは、数字はマイナスになるばかり。
この業界に無知な藤村には、肝心のそこがわかってない。
夫ならではの、地味だが確実な反撃である。
チャーターが増えると、夫は積込みが増える。
しんどいと口に出す男ではないが、多分しんどい。
しかし夫が自分の身を削る覚悟で勝負に出たからには
応援するのみ。
厳密に言えばチャーター料金を支払う本社は
多少の損害を被ることになるが
この先も藤村が与えるであろう大損害を防ぐための
必要経費と考えてもらおうではないか。
それでも本社が藤村を必要とし、雇い続けるのであれば
そこまでの会社ということだ。
先も長くないだろうから、我々の心は痛まない。
今月の始めには、分厚い請求書があちこちから届いた。
が、決算の確定が遅れていて
藤村が叱られた気配は今のところ無い。
楽しみに待っていたが、ヤツの身の上に変化が無いので
ここで一旦終わることにしよう。
藤村どころか、我々の明日もわからないけど
合併した会社で生きて行くというのは、毎日がこんなもん。
このシリーズでは、そんなありふれた日常をお話ししてみた。
繊細な人には耐えられないかもしれないが
我々にとっては充実した日々である。
もしもあなたの親だか義理親の会社が倒産しそうになって
どこかの会社と合併することになり
ご主人とお子さんがそこで働くことになったら
思い出して役立てていただきたい。
無いか。
応援してくださって、ありがとうございました。
《完》