出雲大社へ向かう道中で、けいちゃんに浩子さんの死を伝えてから
6日が経った13日の晩。
病院の厨房で一緒に働いていた晴恵さんという女性から
けいちゃんにLINEがあった。
けいちゃんの元気が無かったのは、このLINEに深く傷ついたからだ。
アウトレットに向かう車の中で
彼女は泣きながら一部始終を話すのだった。
晴恵さんは私が辞めた直後に入った、一つ年下の美人。
何度か見かけたことがあるが、病院の厨房へ閉じ込めておくのは
もったいないほどの美貌である。
けいちゃんは美しい彼女がお気に入りで 、話にもよく登場する。
一緒に出かけたり、けいちゃんのアパートへ招いたりと
すごく仲良しだ。
LINEで晴恵さんは、けいちゃんが完全に東京へ引っ越す予定日をたずね
その日までに一度会いたいと連絡して来た。
けいちゃんはそれに応じた後、浩子さんが亡くなったことを知らせる。
晴恵さんは浩子さんが辞めるまでの6年間、一緒に働いていた。
亡くなったことを知らないだろうから、教えてあげたつもりだった。
ところが晴恵さんからの返信は、けいちゃんにとって驚愕すべきものだった。
「実は私、知っていました。
亡くなったのは今年の3月○○日です。
息子さんからのLINEで、もう危ないから最後にひと目会って欲しいと言われ
病院へ会いに行きました。
それから何日かして、亡くなったという連絡をもらって
家にお悔やみに行きました。
密葬だったし、ご家族から口止めされていたので黙っててすみません」
この文面を見たけいちゃんは、大ショックだったという。
浩子さんと晴恵さんが、そこまで仲良しだとは知らなかったからだ。
けいちゃんは、晴恵さんを親友だと思っていた。
浩子さんのことも、親友だと思っていた。
まさか浩子さんと晴恵さんが親友で、自分が蚊帳の外だったとは
夢にも思っていなかったのである。
そうだったんやね…とか何とか、やっとの思いでLINEを返したけいちゃん。
その後、しばらく呆然としていたそうだ。
「親友や思うてたんは、うちだけやったんやわ。
晴恵さんと浩子さんが親友なら、うちは何やったん?
利用されただけ?
2人が仲良しなんて、どっちからも全然聞いたことあらへんし
なんや裏切られたような気持ちになってな…」
しかも3月中旬といえば、けいちゃんはまだ病院に勤めていた。
晴恵さんが浩子さんの死を隠していたことも、けいちゃんには衝撃だった。
「恐ろしい人やわ…。
私はまだ一緒に働いてたんやから、教えてくれたってええやんか。
それか、最後まで何も知らんふりしてくれたらええやんか」
親友だと思っていた晴恵さんが、実は浩子さんと親友で
自分だけがそれを知らなかった…
晴恵さんは浩子さんの死を知りながら
何食わぬ顔で自分と一緒に働いていた…
けいちゃんは、このダブルショックに打ちのめされていた。
「なんかなぁ、一生懸命働いてきたのに
最後がこの仕打ちか思うたら情けのうてな。
朝まで寝られへんかった」
長い話の後、私は言った。
「晴恵さんが悪い」
こんな時は、バッサリそう言ってやるのが一番いい。
それが正しいかどうかはこの際、関係ないんじゃ。
晴恵さんが悪いと言った理由は、浩子さんが退職後に癌になったのではなく
癌が原因で退職したから。
浩子さんを気遣いながら、人員が補充されるまで
仕事をカバーしたのは上司のけいちゃんだ。
よって人道上、晴恵さんはけいちゃんに安否を報告するべきだった…
そう付け加えた。
「じゃけん、忘れ!うちらがおるが!」
私は言い、それまで運転しながら黙って話を聞いていたマミちゃんも
加勢する。
「そうよ!私らがおるけん、ええじゃん!」
「…わかった、忘れる」
けいちゃんは鼻をすすりながら、やっと笑った。
こういうことを格好つけずに包み隠さず話すのは
けいちゃんの美点である。
しかし私の方は、本心をそのまま伝えるわけにはいかない。
傷口に塩を塗ってしまうからだ。
けいちゃんは晴恵さんとも浩子さんとも親友だと信じていたが
けいちゃんは親友である前に、彼女たちの上司だ。
「年収はあなたの3倍だけど、お友達よ」
とはいかないものなのよ。
職場の友情は、同じ待遇の者同士でなければ育たない。
上司が部下に友情を求めるのは、甘いわい。
それに彼女たちには、共通の結びつきがあった。
浩子さんは略奪婚の成功者、晴恵さんは長年に渡る不倫の達人である。
晴恵さんは娘時代にどこかの会社へ勤めていたが
その美しさゆえに妻子ある上司の愛人となって幾星霜。
やがて上司は転勤だか退職だかでいなくなり
その頃には晴恵さん、ハイミスになりかけていた。
しかし田舎のことだから、噂が広まっていて縁談は無い。
親戚の勧めで冴えない従兄弟と結婚することになり
愛の無い結婚生活を送ることになった経緯は
本人がけいちゃんに話し、けいちゃんが私に話した。
ずいぶん前のことで、けいちゃんは忘れているが
美人の身の上話は、あけすけで面白かったので私は覚えている。
身の上話が好きな浩子さんは、晴恵さんとも仕事の合間に話したはずだ。
晴恵さんも、けいちゃんに話したのだから浩子さんにも当然話す。
お互いの似通った過去を知って強い絆が生まれるのは必然で
いわばこの方面では海千山千の2人の間に
おぼこいけいちゃんの入り込む余地は無かったといえよう。
やがて、アウトレットに到着。
都会的な雰囲気に、けいちゃんも元気が出たようだ。
私らみたいなオバさんは、あまりいない。
若いカップルや、小さい子供連ればかりだ。
バリー、ラルフローレンの他は
知らない名前の手頃な価格の店が多く、今ひとつ燃えない。
せっかく来たんだから、手の出ないゴージャスを眺めて
目の保養をしたいじゃないか。
マミちゃんによると、若向きの施設だからということだった。
食事は充実していて和、洋、中、伊…たくさんの店があった。
韓流好きなけいちゃんの希望で、韓国料理を食べる。
妥協。
それから再び店を物色。
今まで、どの店にもちゃんと入らなかったが
台所用品の『ティファール』には3人とも反応。
店に入って、けいちゃんは鍋、マミちゃんはフライパン
私もフライパンを2個と、フライ返しなどの小物を買った。
重たいので、後にすれば良かったと後悔した。
次に反応したのは、食器の『たち吉』。
鍋やフライパンを抱えた我々は、手が痛いと言いながら物色。
私は家族の箸を買う。
箸にも流行があって、新しいのは美しくて持ちやすい。
「うちら、どこまでもオバさんじゃ…」
と言いながら帰路についた。
《完》
6日が経った13日の晩。
病院の厨房で一緒に働いていた晴恵さんという女性から
けいちゃんにLINEがあった。
けいちゃんの元気が無かったのは、このLINEに深く傷ついたからだ。
アウトレットに向かう車の中で
彼女は泣きながら一部始終を話すのだった。
晴恵さんは私が辞めた直後に入った、一つ年下の美人。
何度か見かけたことがあるが、病院の厨房へ閉じ込めておくのは
もったいないほどの美貌である。
けいちゃんは美しい彼女がお気に入りで 、話にもよく登場する。
一緒に出かけたり、けいちゃんのアパートへ招いたりと
すごく仲良しだ。
LINEで晴恵さんは、けいちゃんが完全に東京へ引っ越す予定日をたずね
その日までに一度会いたいと連絡して来た。
けいちゃんはそれに応じた後、浩子さんが亡くなったことを知らせる。
晴恵さんは浩子さんが辞めるまでの6年間、一緒に働いていた。
亡くなったことを知らないだろうから、教えてあげたつもりだった。
ところが晴恵さんからの返信は、けいちゃんにとって驚愕すべきものだった。
「実は私、知っていました。
亡くなったのは今年の3月○○日です。
息子さんからのLINEで、もう危ないから最後にひと目会って欲しいと言われ
病院へ会いに行きました。
それから何日かして、亡くなったという連絡をもらって
家にお悔やみに行きました。
密葬だったし、ご家族から口止めされていたので黙っててすみません」
この文面を見たけいちゃんは、大ショックだったという。
浩子さんと晴恵さんが、そこまで仲良しだとは知らなかったからだ。
けいちゃんは、晴恵さんを親友だと思っていた。
浩子さんのことも、親友だと思っていた。
まさか浩子さんと晴恵さんが親友で、自分が蚊帳の外だったとは
夢にも思っていなかったのである。
そうだったんやね…とか何とか、やっとの思いでLINEを返したけいちゃん。
その後、しばらく呆然としていたそうだ。
「親友や思うてたんは、うちだけやったんやわ。
晴恵さんと浩子さんが親友なら、うちは何やったん?
利用されただけ?
2人が仲良しなんて、どっちからも全然聞いたことあらへんし
なんや裏切られたような気持ちになってな…」
しかも3月中旬といえば、けいちゃんはまだ病院に勤めていた。
晴恵さんが浩子さんの死を隠していたことも、けいちゃんには衝撃だった。
「恐ろしい人やわ…。
私はまだ一緒に働いてたんやから、教えてくれたってええやんか。
それか、最後まで何も知らんふりしてくれたらええやんか」
親友だと思っていた晴恵さんが、実は浩子さんと親友で
自分だけがそれを知らなかった…
晴恵さんは浩子さんの死を知りながら
何食わぬ顔で自分と一緒に働いていた…
けいちゃんは、このダブルショックに打ちのめされていた。
「なんかなぁ、一生懸命働いてきたのに
最後がこの仕打ちか思うたら情けのうてな。
朝まで寝られへんかった」
長い話の後、私は言った。
「晴恵さんが悪い」
こんな時は、バッサリそう言ってやるのが一番いい。
それが正しいかどうかはこの際、関係ないんじゃ。
晴恵さんが悪いと言った理由は、浩子さんが退職後に癌になったのではなく
癌が原因で退職したから。
浩子さんを気遣いながら、人員が補充されるまで
仕事をカバーしたのは上司のけいちゃんだ。
よって人道上、晴恵さんはけいちゃんに安否を報告するべきだった…
そう付け加えた。
「じゃけん、忘れ!うちらがおるが!」
私は言い、それまで運転しながら黙って話を聞いていたマミちゃんも
加勢する。
「そうよ!私らがおるけん、ええじゃん!」
「…わかった、忘れる」
けいちゃんは鼻をすすりながら、やっと笑った。
こういうことを格好つけずに包み隠さず話すのは
けいちゃんの美点である。
しかし私の方は、本心をそのまま伝えるわけにはいかない。
傷口に塩を塗ってしまうからだ。
けいちゃんは晴恵さんとも浩子さんとも親友だと信じていたが
けいちゃんは親友である前に、彼女たちの上司だ。
「年収はあなたの3倍だけど、お友達よ」
とはいかないものなのよ。
職場の友情は、同じ待遇の者同士でなければ育たない。
上司が部下に友情を求めるのは、甘いわい。
それに彼女たちには、共通の結びつきがあった。
浩子さんは略奪婚の成功者、晴恵さんは長年に渡る不倫の達人である。
晴恵さんは娘時代にどこかの会社へ勤めていたが
その美しさゆえに妻子ある上司の愛人となって幾星霜。
やがて上司は転勤だか退職だかでいなくなり
その頃には晴恵さん、ハイミスになりかけていた。
しかし田舎のことだから、噂が広まっていて縁談は無い。
親戚の勧めで冴えない従兄弟と結婚することになり
愛の無い結婚生活を送ることになった経緯は
本人がけいちゃんに話し、けいちゃんが私に話した。
ずいぶん前のことで、けいちゃんは忘れているが
美人の身の上話は、あけすけで面白かったので私は覚えている。
身の上話が好きな浩子さんは、晴恵さんとも仕事の合間に話したはずだ。
晴恵さんも、けいちゃんに話したのだから浩子さんにも当然話す。
お互いの似通った過去を知って強い絆が生まれるのは必然で
いわばこの方面では海千山千の2人の間に
おぼこいけいちゃんの入り込む余地は無かったといえよう。
やがて、アウトレットに到着。
都会的な雰囲気に、けいちゃんも元気が出たようだ。
私らみたいなオバさんは、あまりいない。
若いカップルや、小さい子供連ればかりだ。
バリー、ラルフローレンの他は
知らない名前の手頃な価格の店が多く、今ひとつ燃えない。
せっかく来たんだから、手の出ないゴージャスを眺めて
目の保養をしたいじゃないか。
マミちゃんによると、若向きの施設だからということだった。
食事は充実していて和、洋、中、伊…たくさんの店があった。
韓流好きなけいちゃんの希望で、韓国料理を食べる。
妥協。
それから再び店を物色。
今まで、どの店にもちゃんと入らなかったが
台所用品の『ティファール』には3人とも反応。
店に入って、けいちゃんは鍋、マミちゃんはフライパン
私もフライパンを2個と、フライ返しなどの小物を買った。
重たいので、後にすれば良かったと後悔した。
次に反応したのは、食器の『たち吉』。
鍋やフライパンを抱えた我々は、手が痛いと言いながら物色。
私は家族の箸を買う。
箸にも流行があって、新しいのは美しくて持ちやすい。
「うちら、どこまでもオバさんじゃ…」
と言いながら帰路についた。
《完》